思い込め
いつものルーティン。
スマートフォンが鳴っている。五回。十回。そして切れる。しばらくののち、またスマートフォンが鳴る。五回。十回。そして切れる。そんなのが、彼此十五分続いてる。いつもと違うのは、俺があの後眠れなくて目が覚めていることだ。だが、俺はスマートフォンをじっと見ている。バイブレータにもしているんで、繰り返させるうちにスマートフォンはジリジリジリジリと俺の方に這って来る。早く出ろよと言わんばかりに。
起きてんだから出りゃあいい。出りゃあいいのはわかっているし、相手が京也なのもわかってる。今日も仕事があるからだ。それ程までにわかっているのに俺は電話をただ見ている。電話に出たら、仕事のために外に出なくてはいけなくなる。外に出たらまた大蜥蜴に会ってしまうかもしれない。そうしたら俺はまたガンメタグリーンのヒーローショーになってしまう。馬鹿だから、どうしていいかなんて考えつくことができない俺は、電話をただ見ていることしかできない。
最後にスマートフォンが鳴ってから十分間、スマートフォンは鳴りもしない。這いもしない。
どん!どん!どん!
強い調子でドアがノックされ、聞き慣れた声が俺の名を呼ぶ。
「相楽さん!相楽さん!おはようございます!京也です!」
俺にとってはガンメタグリーンのヒーローショーに対する苦悩のひと時であっても、京也にはいつもと変わらない1日の始まりだ。
「相楽さん!相楽さぁん!?今日はこれから取り立て行くん…あっ!」
あーもう!また…俺は慌ててがなる京也の腕を掴み部屋に引っ張り込み、ドアを閉めた。
「だからお前さあ…取り立ても玄関先で言っていい言葉じゃねえんだよ…。」
「あっ…あ…そか…すみません。すみません…。」
いつも通りに涙目の京也の土下座。何一ついつもと変わらない。俺はため息を吐いてタバコを口にくわえ、マッチを擦る。
「それで、あの、取り…あ、仕事…」
涙を手でぬぐいながら、おずおずと京也が口を開く。
「行きたくない…。」
「えっ?!」
そのまま京也は固まった。口がえの形のままで、まるで安物のダッチワイフだ。
「お前一人で行ってくれないか?」
安物のダッチワイフの京也の目から涙がポロポロ零れ落ちた。ヤクザだろうが。泣くかよ?泣くなよ。
「むむむむむむむむむむ無理ですよお!俺、無理ですよお!喧嘩!した事ないんす!言ったじゃないですか!言ったじゃないですか!勉強ばっかしてて根暗でオタクで、気も弱いし…無理です!無理なんですよお!」
俺の両腕にすがりつき、27にもなろうと言う、しかも曲がりなりにもヤクザの男が、漫画みたいに顔を涙と鼻水でベロベロにして泣きじゃくる。
結局、俺はハイエースの助手席にいる。
運転席で京也がまだ鼻をすんすんさせている。
「あの…さっきはすみませんでした…。」
すんすん。
「うん。まあいいよ。」
悪いのは俺だし。幾ら時間が守れなくて舎弟にモーニングコールさせてて、それでも起きなくて迎えに来させてる俺でも、今まで一度も仕事を休んだ事はない。俺だって別に、今日の仕事に不満があったりサボってのんびりしたかったわけじゃない。くそう。ガンメタグリーンのヒーローショーさえなければ。あれになるのが嫌なんだ。脅威である事で安定している俺の頭をぐしゃぐしゃにするから、あれになるのが怖いんだ。
「ラジオかけますか。かけますね。」
すんすん。気まずいのか、京也がそう言ってラジオつけた。ラジオでは、古いパンクバンドの歌が流れている。
繰り返し繰り返し、お前はカスだ、クズだと言ってくる。
わかっているよ。俺はカスだ。クズだ。何なら親もクズだ。筋金入りのクズだよ。
と、突然、黒板を引っ掻くような気色悪い音が歌を妨げた。
「うわっ!俺、これ嫌い!何なんですか…ね…相楽…さん?」
京也が今日二回目のダッチワイフの顔。その顔が、だんだんと白くなっていく。違う。京也が白くなってるんじゃない。俺が光り始めてるんだ。
「ばっか…こんなっ…ちょっ…マジで辞めろって!」
誰にともなく俺が叫ぶ。そのみっともない叫びと共に、俺はまた、アレに、ガンメタグリーンのヒーローショーになってしまった。
「ひゃ…さ…相楽さん?!」
京也の顔がダッチワイフから崩れ、笑ってるような引きつってるような変な顔になってる。
そして、またラジオから黒板を引っ掻くような音。同時に、目の前の道路に並んで立つ電信柱が遠くの方から順番に倒れていく。大蜥蜴はいない。そうか。いつも同じじゃないのか。道路にいた人々は、悲鳴をあげたり転んだりしながら逃げまどっている。倒れた電信柱に潰された車のドアが、ばんっと開き、男が飛び出して何かをがいぐい引っ張っている。無駄なことを。助手席にいたやつなんかどうせ死んでるよ。と思っていたのに俺はいつの間にかそこにいて、電信柱を持ち上げていた。ぐいぐい引っ張っている男は俺と電信柱を見比べて、しばらく考え、何か納得したようにぴょこぴょこと会釈して、助手席にいた人物を引きずり出して走り去った。6歳くらいのガキだった。なるほど。こういう機能もあるのか。俺の意思に関わらず、人助けをしちゃう機能が。ぐらぐらと自分が揺らぐ。そこにまた黒板を引っ掻くような音がした。ラジオはないのに何で聞こえるんだろう?いや、これは聞こえるというより、体が感じとっている。ウーファーのついた車が付近を通ると、音はしないのに振動だけ感じ取るようなあれ。姿は相変わらず見えない。何もないところから、突然衝撃を受けた。ええ?側にいるの?どうしよう。どうしたらいいんだろう。ぶん殴ったり殺したりするだけならできるけど、頭を使わなきゃいけないなんて、俺にはどうすることもできない。ただただ俺は、右に左にと吹っ飛ばされていた。
「ふーん。脅威も学習するんだ。」
ガキどもの声。いいところに来てくれた。
「おい!どうすりゃいいんだ?頭いいんだろ!考えてくれよ!」
地面に叩きつけられながらガキどもに言った。
「その体はさあ、変身っていうより潜在能力を引き出しているんだ。それは人間としてというより世界の細胞として誰もが持っているものでね。だからそれを集積し」
「馬鹿野郎か!そんな話聞いてる間にやられるわ!」
俺の命など何とも思っていないクソガキどもには、俺が大変な状況で命の危険がある事すらどうでもいいのだろう。呑気に滔々と難しい話をしていやがる。
「大丈夫だよ。今は役割を果たすまで死なない。」
確かに、さっきから右に左にと吹っ飛ばされているのに痛いとかどこかおかしくなったという感覚は全くなく、ただただ吹っ飛ばされた衝撃だけが体に響いている。
「話は戻るけど、それを集積する装」
ガキどもは悠長に話を続けようとしている。こいつらは、馬鹿か。頭がいいのに馬鹿なのか。俺に理屈を話して、わかる頭がない事を知ってるのに何で悠長に話を続けようとしているんだ。
「馬鹿に話してもしょーがねえだろう!俺でもわかる言い方をしろよ!」
「思い込め!」
思い込む?何を?何をだ?くそったれのクソガキどもは不貞腐れたのかしらんがそれきり黙り込んだ。
くそ!何をだよ?見えるとでも思い込みゃ見えるようにでもなるのかよ?
あ、見えた。
そいつが見えたというより、音が、振動が見えた。青い、線が空に伸びている。目で追うと黒い点。あんなに小せえのかよ。近付ければ握り潰せる。近付ければ…次の瞬間にはそいつの前にいた。が、でかかった。点でもなかった。点にしか見えない位離れていたんだなぁ。近くで見ると、これは、あれだ、超エッチな女の体に似てる。真ん中の、ぶよぶよした透明の部分がぶるぶる震えている。ぶるぶるは次第次第に大きくなり、青い線を吐き出すと、また小さいぶるぶるになる。とりあえず、ぶるぶるに力いっぱい拳を叩き込んだ。物凄くぶるぶるして青い線が四方八方に出まくって、また小さいぶるぶるに戻った。まあ、弱点が大きくど真ん中でぶるぶるしてるほど都合良くはねえよなぁ。でも、じゃあどこだ?なんて考える力は俺にはない。とにかくやたらめったらぶん殴ったら、超エッチな女の体にヒビが入った。その間、大きいぶるぶる、青い線が出まくりを繰り返していたから、下に広がる町では大変なことになっていたかもしれないが、俺はただただ終わらせたいので、そんな事はどうでもいい。ぶん殴ってぶん殴ってぶん殴った。そのうち超エッチな女の体に大穴が開いて、ぶるぶるはぶるぶるしなくなった。それでも俺はぶん殴り続けた。超エッチな女の体部分は完全に粉々になり、ぶるぶるしなくなったぶるぶるだけが残っていたので、俺はそれを握り潰した。
終わらせた。ざまぁみろ。
「ざまぁみろ!」
俺は怒鳴った。何に?クソガキどもに。脅威に。空に。海に。全てに。
気がついたら、相楽寿志がハイエースの助手席にいた。




