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極悪人間ヒーローになる  作者: 溝野魅苑


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3/15

夏だった

「この修道院な…中々良い場所にあると思わんか?」


夏だった。


事の起こりは親父のその一言だった。勿論、ヤクザが親父と言えば、それは父親の事ではなく、組の長、所謂組長の事だ。その関係は実の親子の縁より深くて厳しい。親父が白と言えば黒いものでも白なのだ。

「へい。」

「そうか。そうだよな。」

親父は机に散らばった紙をとんとんと指で叩いた。

「隅谷な。自治会長の。飛びやがったよ。」

「そうなんすか。」

「わけがわからんよなぁ。一年前によ、突然修道院をやるから金貸せと来てよ。」

「そうなんすか。」

「まともなとこから金借りれなかったんだろうな。トイチでもほいほい判ついてきやがってよ。」

「そうなんすか。」

「挙句の果てに東尋坊だ。」

「そうなんすか。」

「…お前はつまんねえ男だな。」

「すいません。」

「修道女の女とな、そいつが集めたガキどもが居着いちまってる。お前これ何とかして来い。」

「へい。」

親父達がやってる事は俺には難しくてよくわからない。俺は暴力しかできないからな。親父達もそれを知っている。今時暴力だけでエリート街道の俺を、些か馬鹿にもしているのだろう。それでもこの世界では俺のような奴も必要だ。俺がいなかったら、小汚ねえ人殺しも暴力も、土地や金を転がす能力を反故にして、賢い人間がやらねばならん。小汚ねえ人殺しも暴力もしたくない賢い人間、小汚ねえ人殺しと暴力しかできない人間。世の中上手く回っていやがる。



スマートフォンが鳴っている。五回。十回。そして切れる。しばらくののち、またスマートフォンが鳴る。五回。十回。そして切れる。そんなのが、彼此十五分続いてる。バイブレータにもしているんで、その繰り返しでスマートフォンが早く出ろよと言わんばかりにジリジリジリジリと俺の方に這って来る。

最後にスマートフォンが鳴ってから十分間、スマートフォンは鳴りもしない。這いもしない。

どん!どん!どん!

強い調子でドアがノックされ、聞き慣れた声が俺の名を呼ぶ。

「相楽さん!相楽さん!おはようございます!京也です!」

俺は時間が守れない。仕事の時はいつも舎弟の京也にモーニングコールをさせ、ほぼモーニングコールで起きることがないから、結果としてこうして迎えに来させている。

「相楽さん!相楽さぁん!?今日はこれから女子どもを片付…あっ!」

俺は慌ててがなる京也の腕を掴んで部屋に引っ張り込み、ドアを閉めた。

「だからお前、何回言ったらわかるんだよ?女子ども片付けるとか玄関先でがなるんじゃねえよ!」

アパートの住民に俺はヤクザとは言ってない。当たり前だ。どんなに心の広い大家でも、そんな奴に貸せる部屋はないし、どんなに心の広い店子でも、「仕事はヤクザを少々やっておりまして。」なんて奴がタオルを持って引越しの挨拶に来たら笑顔で「よろしくお願いします。」と言わないだろう。そうは言っても、これは今日初めての事じゃない。いつも通り。みんな薄々わかっているだろう。

「あっ…あ…はい、すみません。すみません…。」

涙で目をキラキラさせながら京也が土下座した。俺はタバコを口にくわえ、マッチを擦る。ライターを使わないことに意味はない。何となくマッチが好きなんだ。

「それで、あの、おん…あ、仕事…」

涙を手でぬぐいながら、おずおずと京也が口を開く。これもいつも通り。京也はなぜか大学を出てこんな稼業についている。血生臭いことが苦手で現場で吐くし、気が弱くてすぐ泣く。何でこの世界に入ったんだろう?



「はぁー。気が進まないっすねえ、相楽さん。」

ハイエースの運転席で京也がため息をついた。

「え?何で?」

「何でって…修道院ですよ?修道院って言ったら神聖な場所でしょう。私利私欲で暴力的な事したら神罰が下りますよ。嫌じゃないですか。こんな事。」

「そんな事言うなよ。親父の命令は絶対だ。」

ビクッと身を縮める。声がぐっと小さくなる。

「あっ…と…いや、あの親父を批判してるわけじゃないですよ。一般論に基づいた心情として…。」

暴力マシーンの俺には、大学を出てこんな稼業についている京也の言葉はいつも半分位しか分からない。分からないけど親父の命令は理不尽でも意味がわからなくても絶対だ。

「お前って何でヤクザやってんの?」

「え…。」

また、ビクッと身を縮めて、押し殺したような小さな声で返事をする。顔は、明らかに怯えた顔。京也は俺の事も怖いんだろう。当たり前だよな。暴力マシーンの俺に好感を持つ奴なんていないよな。

「大丈夫だよ。幾ら俺でもおめえは殺さねえよ。本当、気ぃ弱えよな?大学出てて、怖がりで、血生臭いことが苦手で。そんなんじゃ喧嘩なんかした事ねえだろ?」

「ないですね。」

「だからよ、それで何でヤクザになろうと思ったのかなぁって思って。」

少し考えてから京也は口を開いた。

「就活に失敗したんです。」

「それだけ?」

「80社受けて全部落ちて…何かヤケクソになって死のうと思ったんですよ。勉強ばっかしてて根暗でオタクで楽しい事なんか何にもない人生だったから死ぬ前ぐらい思い切ったことしようと思って、組の門叩いたんです。」

就職活動をした事がない俺には、80社受けて全部落ちる事が死ぬほどの事なのか、勉強ばっかしてて根暗でオタクな人生を送った事がないからそれがどれほど楽しくないのか、まったくわからなかったが、例えて言うなら、俺がヤケクソになって区役所の役人になろうとするようなものだろうと思う。しかし、俺はヤケクソになったからと言って、果たして区役所の役人になろうと思うのだろうか?多分、思わない。やっぱり大学出てる奴は、頭のいい奴は考える事が違う。

「お前、すごい奴だな。」

素直に、心からそう言ったが、京也はきょとんとした顔で俺を見て、おっかなびっくり口を開いた。

「あ…ありがとうございます。」



真夜中。

俺は全裸で血に塗れていた。

一仕事終えてだらしなく垂れ下がっている逸物も乾いた血に覆われている。足元には女だったものが転がっている。

今はもう女じゃない。女の死体だ。俺が殺したからだ。

女はびっくりするほど緑色の目をしていた。

アダルトビデオ…それも洋物の、で、見た通りの修道女。

ショボくれたプレハブ作りの隅谷の修道院には呼び鈴がなく、俺はドアをノックした。

「ハァイ?」

平仮名のはいではなく、カタカナのハイ。甘ったるい小さいァが入るような。隅谷の野郎、外人女に入れあげた挙句、ヤクザに借金か。

「どうも。ヤクザです。」

いうが早いか、俺は女の頭を鷲掴みにし、勢いよく振りかぶり、それから壁に叩きつけた。血と白い塊が飛び散る。歯が何本か折れたのだろう。別にいいや。どうせ殺すんだし。手を離したら、女は壁伝いにゆっくりずるずると倒れ込んだ。何か言っているが、生憎俺は外国の言葉がわからない。倒れ込んだ女に馬乗りになり服をひっぺがす。真っ白いでかいおっぱいが波打って現れた。

「恨むなら隅谷を恨みな。」

俺は女の乳首を噛み切り、飲み込んだ。女は身動き1つ取らない。そういえば、ガキどももいるんだっけ?それも片付けないといけないんだよな。あんまりゆっくりもやってらんねえか。俺は女の股に逸物を捩じ込み、腰を振りながら鳩尾にナイフを突き立てた。ぎゅっと膣が締まり、逸物が悲鳴を上げ、快感が脳に突き刺さる。それから臍の下までナイフで切り裂く。血が吹き出てきた。多分もう死んでる。別に生きてても関係ない。この行為にも意味はない。ただ人生最後に最悪の思い出を与えたいだけだ。血が噴き出す傷口に手を入れ、自分の一部を探す。ぐっちゃぐっちゃと湿った音がしている。探り当てた逸物を女の臓物の中でしごき、俺は達した。ガキの笑い声が聞こえたような気がした。



「相楽さーん?終わりました?」

京也がおずおずとドアを開けた。

「うわっ!まった…派手にやりましたねえ…。ちょっと…すみません…うっ…。」

京也は口を抑えて一旦外に出た。多分、吐いてる。

「はぁー。すみません。後片付けやりますから。シャワーと着替え、準備できてますんで。相楽さん、タクシーで先に帰って休んでください。」

ハイエースを改造してシャワーが使えるようにしたのは京也だ。排水はポリタンクに溜まる。全裸で殺すようになったのも京也のアイデアだった。

「証拠になりそうなものをできるだけ減らして、痕跡は一切外に出さなければ足がつく事はないですよね。」

死体はもちろん、俺を辿れるものはできるだけ減らし、どうしても減らせない体についた血、俺の体液やら髪の毛、全てを現場から持ち出さずに処理するから外に漏れないと言う理屈らしい。なるほどなぁ。さすがに大学を出ているやつは考える事が違う。

「その後はどうとでもなりますから。」

何をどうしてどうとでもしてるのかは俺には分からないのだが、実際、いつもたった一人で、一晩で何もなかったかのように綺麗にする。大卒で頭が良くて、血生臭いことも苦手でヤケクソでヤクザになった京也だが、現場の後始末は京也に敵うやつはいない。

「そういえば、ガキどもはどうしたんですか?」

そういえばそうだ。声はしたんだ。どこかにいるはずだ。どうしたんだろう?

「女だけしかいなかった。」

「二階にでも隠れてるのかなぁ?ちょっと俺、探してみますね。」

京也が安っぽい階段を登って行き、また女だった物と俺だけになった。

「…は…いね。」

声が聞こえた。

「京也!何か言ったか?」

俺は二階に行った京也に呼びかけた。しばらくの後、京也が階段を降りてきた。

「え?何も言ってないですよ。気持ち悪いこと言わないでくださいよ。俺が恐がりなの知ってるじゃないですか。」

だったらヤクザにならなければいいのに。

「…か…は…いね。」

また、ガキの声。下にいるのか?

「京也っ!ガキどもはいたか?」

「あっ!…いや!いませんね。」

俺はナイフを構え、一階を見て回った。開けられそうなドアは全部開け、クローゼット、物置、食器棚、パントリー、子どもが入れそうな広さがあれば、中のものを全部ぶちまけて見てみた。しかし、全く影も形もない。

「どうなってんだ?」

「わかりません。でもおかしいですね?2階もそうでしたけど、今相楽さんがぶちまけた物の中にも子ども用の物が何もない…元々いなかったとしか思えないような。」

「そうかもしれんな。」

親父の勘違いかもしれねえし、女がどうにかしたのかもしれねえ。まあ殺して片付けるだけの俺たちにはどうでもいいこった。

「あ!じゃあ、もう、本当、帰って休んでください。あとは俺の仕事ですから。」

京也に押し出されるように俺は外に出た。

月が綺麗だった。

俺はハイエースでシャワーを浴び、綺麗な服を着て、修道院…だったものを後にした。

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