相楽さんって笑うんですね
物心ついた時から誰かに会わなくちゃいけないような気持ちがずっとどこかにあった。
就活に失敗して自棄を起こしてヤクザの門を叩こうと考えたりもしたけど、そんな度胸は俺にはなくて、結局バイトで何とか毎日を凌いでいる。
「お疲れ様でした〜。」
夜勤の掃除のバイトを終えて世間の人とは逆の方向に向かう電車に乗る。そんな時、ふと違和感を覚える。俺の人生に誰かいたような気がする。特別な誰かが。彼女いない歴=年齢の俺がそんなはずはないのだけど、誰かに向けた重い気持ちの記憶だけがずっと胸に燻っていた。
大学の時に、同じオカルト研究のサークルにいた美咲先輩に話したことがある。
「前世の記憶かもしれないな。思いが強ければ現世で再び出会えるかもしれないよ。運命の出会いというやつだ。」
先輩はそう言ってニヤニヤした。運命の出会いねえ。オカルトは好きだけど科学的に立証しようと考えて大学の研究室に残っている美咲先輩にしてはロマンティックで現実味のないことをいうもんだと思った。
「そんなのあるわけないじゃん。」
ため息混じりにつぶやいた時、頭に何かぶつかった。
「痛っ。何これ?」
黒い四角い小さな箱根細工の箱だった。拾ってみると、金属的な質量、質感がある。何気なくポケットに突っ込み家に帰った。
この夜、俺は夢を見た。
「相楽さんっ!逃げましょう!」
目の前にはデカくて治安の悪い顔をしたおっさんがいた。俺はそのおっさんを「相楽さん」と呼んで、右手を差し伸べている。
「何…今日は取り立てだろ?」
治安の悪い顔のおっさんが治安の悪い単語を口にしている。
「逃げるんです!この世界から!」
この世界?どの世界?ヤクザをヤクザから足を洗わせようとしている夢なのか。
「相楽さん」に手が届きそうになった瞬間、視界は白くなりそこで目が覚めた。
「何だ?この夢。相楽さんって誰だよ。」
俺は独りごちた。
それから毎晩同じ夢を見ている。
「逃げるんです!この世界から!」
手が届きそうになるけど届かなくて白くなる。もう展開も覚えてしまっている。
ある時、ふっと疑問が湧いた。
「相楽さん」に手が届いたら夢の展開は変わるのだろうか?
元々オカルトや都市伝説のような不思議な世界が好きな俺は、ちょっとこの体験を楽しんでいた。
「何…今日は取り立てだろ?」と「相楽さん」がいう前に距離を詰めてみよう。
その晩も同じ夢だった。
「相楽さんっ!逃げましょう!」
目の前にはデカくて治安の悪い顔をしたおっさんがいた。俺はそのおっさんを「相楽さん」と呼んで、右手を差し伸べている。
「何…
今だ。
俺はグッと距離を詰め「相楽さん」に手を触れた。見えない壁が砕けるような感覚があった。
「繋がった。」
相楽さんがニヤリと笑って言った。
確かに繋がった。
梶さんを殺した日の夜、タオルを探していたら不意に何かもかもが真っ暗になり、次の瞬間には当たり前のように別の記憶を生き、別の人生を歩んでいた。世界が書き変わってしまったかのように。
「相楽さんって笑うんですね。」
相楽さんの顔がまさに破顔一笑と言うべき、明るい笑顔になった。
「お前大学出てんだろ?勉強ばっかりしてきたんだろ?頭いいんだろ?何か考えてくれよ。何とかしてくれよ。」
その一言で消えてしまっていた掴みかけていた答えが蘇る。
何で相楽さんはこうなって、俺はならないのか?相楽さんにあって、俺にないもの。そこを俺は間違っていた。何もかもがめちゃくちゃになる前に俺が掴んだこと、それは相楽さんにあるものじゃなくて、相楽さんにないものなんじゃないかということ。約束は守れない、何でもすぐに忘れる、デリカシーはない、わがまま、暴力以外は人間として成立できていない、何かあると考えるにはあまりにも相楽さんには何もない。
相楽さんにあるのは純粋なエゴだけだ。
相楽さんは暴君。冷血漢。人非人。外道。鬼畜。鬼。悪魔。人でなし。ありとあらゆる人が、ありとあらゆる人にあらずとの形容を用いる暴力マシーン。考える力も失い、揺らぐ感情もない。だから潜在意識に植え付けられたものに歪まず真っ直ぐ届く。俺のように恋愛なのか崇拝なのかで揺らぐことなどない。
だが、狼狽える俺を見て笑い、やりたくない殺しをして落ち込み眠れなくなるような相楽さんはただの人間だ。ただの人間ではもうそうはいかないだろう。
「そうでしたよね。忘れて、お待たせてすみませんでした。」
俺も笑顔で答える。
「おう。俺は馬鹿だから忘れてたけど、2648回も待ってたらしいぜ?」
俺の持っている箱が光り出すのを感じた。
「相楽さん!これは…。」
「俺に押し込め。」
「やめろ!」
ガキどもの声が響き渡り、空が大きく割れた。俺はそれを無視して相楽さんに箱を押し込んだ。
「やめろ!今のそいつはダメだ!絶望を持っている!今のそいつはもはや脅威だ!」
割れた空から怒声と共にミミズが現れた。
箱が全て相楽さんに飲み込まれると相楽さんは白く光り始めた。光が収束すると、そこにいたのはただの相楽寿志だった。
「知らねえよ。」
「世界は滅亡したがっている!それを止めるためにお前を作ったのになぜお前はいつもいつも心を獲得してしまう?」
ミミズが相楽さんに襲いかかってきた。相楽さんは両腕でミミズを受け止めた。
「滅びたいなら滅びたいで好きにさせてやりゃいいじゃねえか。なんでお前らが決めんだよ?」
周囲を見回すと、点滅する光のように世界がひび割れたり元に戻ったりを繰り返している。
「創造主だからだ。決める権利がある!」
「ねえよ。生まれた後はこいつのもんだ。」
点滅が止まった。相楽さんはミミズを抑え込んでいた。
「こいつも俺もいいようにやり直させやがって。」
「システム強制終了おおおおおおおっ!!!」
「そんな事はできない。」
「なぜだ?!」
「お前ら俺よりバカだなあ。お前ら思い込めって言ったじゃん。」
「俺が思い込んでいるんだよ。お前らは俺に勝てない、世界も俺も自由に生きていいってな!」
「バカみたいなんだぜ?俺、手からビーム出せんだよ!」
ミミズを押し留めている相楽さんの両手が強い光を放った。
「そんな…バカな…」
相楽さんの放ったバカみたいなビームの光の中、ミミズは12人の子どもの姿になり、超音波のような耳障りで甲高い悲鳴をあげて黒く燃え尽きた。




