京也④
相楽さんに来るなと言われていたが俺の足は相楽さんの家に向かっていた。
その相楽さんは道端でゲボゲボ血を吐きながらもがき苦しんでいた。
「相楽さん…。」
「う…せ…ろ。」
それはそう言われて当然だ。でもこのままじゃ相楽さんは死んでしまう。そう思ううちにも相楽さんは動かなくなってしまった。
「相楽さん?相楽さん!」
俺は相楽さんを組お抱えの闇医者の所へ運んだ。
死んだらどうしよう?意識が戻らなかったらどうしよう?今、俺の生活の糧はヤクザで、ヤクザをやっていられるのはこの人のそばで、この人が暴力を振うのを見ていたいからだ。それがなくなってしまったら…俺はどうやってヤクザを続けて、どうやって生きていけばいい?グルグルと考えが巡り、俺はいつの間にか泣いていた。
「相楽さんって…笑うんですね。」
俺らの仕事に欠かせないハイエースを失い、それどころか相楽さんにまたあんな事をしたのに、俺の口から出た言葉は四年間で初めて見る相楽さんの笑顔についてだった。
「はは…え?」
「四年も舎弟やってて初めて見たかも…。」
いや、確実にそうだった。相楽さんは、ありとあらゆる人がありとあらゆる人にあらずという形容詞を用いて、考えることも感情を揺らすことも放棄している暴力マシーン。約束は守れない、何でもすぐに忘れる、デリカシーはない、わがまま、暴力以外は人間として成立できていない、それが尊敬、いや、崇拝する相楽寿志だったはず。
その後の仕事も債務者の自殺ということでなくなり、相楽さんは嬉しそうにしていた。
何かがズレたような、逆にハマったような、日常の歯車がかちりと動いたような気がした。それでも不思議と嫌ではない。寧ろ心地よく感じていた。
その時は。
一転して最悪になったのは俺にかかって来た一本の電話からだった。
昼に別れ、夜になってボロボロの相楽さんが帰ってきた。
「梶を殺せ。もし殺せなかったら破門だ。組じゃねーぞ?この世をだ。」
半日間続いた拷問のせいで、もちろん体もボロボロだったけど、若頭の言葉が一番響いているように思えた。
「あの…相楽さん、マジで梶さん殺るんですか…。」
「まあ、殺れと言われたからな。」
「でっでも…相楽さんずっとお世話になってたんでしょ?殺る…殺ら…殺れるんですか?」
流石に幾ら相楽さんでもそんな事ができるんだろうか?まだ十代の世の中を知らない頃に、ヤクザ世界とはいえ世の理を教えてくれた人を殺すなんて事が?親よりも長く付き合いがあった人を?
「まあそりゃ、殺るしかしょーがねーだろ?」
そんな殺しをする相楽さんはいつものあの美しい姿でいられるのだろうか。
「に…逃げませんか?」
この時、俺は俺の相楽さんに向ける重い感情の名を理解した。相楽さんに幸せであってほしい。心も体も傷ついてほしくない。この感情は、推しだ。
「俺は傷つかんよ?わけわかんねえこと言ってないでさっさと車用意しろ。」
傷つかん…その言葉は裏切られた。
「相楽さん、大丈夫ですか?」
梶さんを殺した後、俺の呼びかけに相楽さんは無言だった。
顔には絶望の色が滲んでいた。




