終焉回避システム
その夜、何がかわからないが大丈夫じゃないという気持ちがあって俺は眠れなかった。こんなことは初めてで、何をどうしていいやらわからない。ただ虚に天井を眺めていたら、泣き声が聞こえてた。泣いてるのは誰だ?京也か?違う。なぜならいつのまにか俺は変身していて、俺の部屋じゃない上も下もわからないような暗闇の中にいる。つまり泣いてる奴は脅威だってことだ。泣き声は今やわんわんと割れんばかりの大音量となっていて、うるさくてたまらん。こんなガキみてえに泣き喚くなんて一体どんな奴なんだ?そう考えると常夜灯のように視界がほんのりと明るくなって泣き声の出所がわかった。
泣いてるのは、大蜥蜴と青いブルブルの超エッチな女みたいの、木、氷の山、火柱…要は俺が倒した脅威達だった。俺を取り囲むように集まり、子どものように泣きじゃくっている。何でだろう?泣いてるのもだが、倒したはずなのになぜこいつらは現れた?結局いつも倒せてないのか。上も下もわからないような空間で上手く身動きが取れないが、それでも何とか身構えた。だが、必要か?どうせ倒せてないならとんだ茶番じゃねえか。俺は何をやらされてるんだ?もう全てめんどくさくなってきた。元々俺は知らぬ間に選ばれてやらされてただけだ。世界が滅ぶなら滅んでも別に構わない。好きにすればいい。そんな考えに捉われて動けずにいたら、頭上から巨大な青い手が現れた。手のひらの真ん中辺が白く光っている。逃げようにも上も下もわからないような空間で思うように体勢を変えるのが難しい。それにもう逃げようという気もない。青い手はグッと伸びて俺を掴んだ。あ。痛い。このガンメタグリーンになってから初めて受けた攻撃の痛みを感じた。鳩尾あたりにゴリゴリと何かを押し込まれていく痛み。俺が変身する時はカブトムシの蛹ん中みてえに一回溶けて別の形に固まる。内側は俺のままなのは、俺が肋骨折ってる時、そのままだったからわかってる。ということは、痛いのは内側の俺になんかしているからだ。神経に直接何かが触れ、神経が千切られる。その度何度か意識が飛ぶがまた痛さで意識が引き戻される。いつまで続くんだ、これは。こんな事なら抗えばよかった。どれくらいの時間そうしていたかわからないが、強い衝撃の後痛みが消え、手も大蜥蜴も青いブルブルの超エッチな女みたいのも木も氷の山も火柱も消えた。後には暗闇に投げ出されたままの苦痛に疲れた俺だけが残った。息を吐き、ゆっくりと目を開けた時、俺は俺、相楽寿志に戻っていた。
「また失敗だっ!」
ガキどもの声がした。いつもの余裕ぶって俺をバカにしてる感じじゃなく焦っているような苛立った声だった。何を失敗して、何で慌ててんのかわかんねーがざまあみろと思った。
「そんな場合じゃないよ。今回もまた君が誤作動してこの世界の滅亡が防げなかった。」
ごさどう?ごさどうって誤作動か?何だよ、それ?機械みたいにいうじゃねえか。
「君は何回やり直しても絶望を獲得してしまう誤作動を起こすんだ。そうなると君は脅威に共鳴してしまう。」
「何回やり直しても…?」
何を言ってるんだ?俺はこんな事は今まで一度も…。
「今回で2648回目だよ。」
二千…いつ?一体いつそんなことが…。
「毎回、システムの起動パスが君に埋め込まれるタイミングで、君は、感情を、絶望を獲得してしまい、滅びたがる地球に共鳴してしまう。その都度初期化して、アカシックレコードを書き直してやり直す。そうやって何とか滅びを回避してきた。」
暗闇の中だから視界はないはずなのにぐるぐると目が回った。吐き気がする。俺は…何者なんだ?
「ただそれでも問題はある。世界がその都度分岐してしまうんだ。君が初期化された2648回分、分岐した世界は生き延びている。」
待てよ…何の話だよ?
ずっと言われてた。暴君。冷血漢。人非人。外道。鬼畜。鬼。悪魔。人でなし。ありとあらゆる人が、ありとあらゆる人にあらずとの形容を俺に用いるようになった暴力マシーン。人にあらずと言われるはずだ。本当に人にあらずものだったんだから。
梶さんの最後の言葉。俺ぁ、お前のことはずっと嫌いだったんだよ…薄気味悪くてな。薄気味悪いはずだ、人間じゃねえんだから。
俺は。
「まあこんな話、今の君にしても意味はない。初期化するからな。」
相楽寿志。終焉回避システム。それが俺だ。
は?
何だよ。それ?
ふざけんなよ。
「終焉回避システムの再構築を実行します。」
頭ん中で、無機質な声が聞こえ、時々音楽のワンフレーズが延々とループしてしまってる時と同じような感じで聞いたこともない言葉が流れ始め、見たこともない出来事がボヤけた映像のように次々と浮かんできた。「多くの可能性を秘めたこの星に、生命を誕生させ、進化させ、繁栄させ、」海ができた。「生命の到達する最終的な着地点、則ち楽園となれるよう創り上げてきた。しかし、」火山が噴火した。「何度やり直しても滅びの道に進んでしまう。」三葉虫が這い回り恐竜が闊歩した。「生きて繋ぐという生命の存在意義に反し、この星は」隕石が落ちた。「終焉を求めて滅びの道を選び進む。」ネズミが生まれた。「星の意思を作り変える必要がある。その為に」氷河期になった。「生命が細胞となり、この星の意識に干渉することで」猿が生まれた。「世界の滅亡を阻止することができるように生命をデザインする。」人になった。「滅びの阻止という集団意識をすべての生き物の潜在意識に埋め込み、」道具を使った。「生命は生きるだけで皆、無意識に星に干渉する。それでも星が終焉を目指し動き出した時には」文明が生まれた。「終焉回避システムが起動する。」戦争が起きた。「その世界線は終焉回避システムと共に分断し、生命の楽園は永遠に在り続けるよう」見知った今になった。「アカシックレコードは書き直される。」
気持ち悪い。頭が割れそうだ。
「ぐ…うぅ…」
自分のものじゃない考えを無理やり頭にねじ込まれる。止めようと思っても止めることはできない。まるで脳みそが犯されてるようだ。頭痛で頭は割れそうだし、船に酔った時のようにグラグラと世界が揺れて吐き気がする。
「相楽さん?具合悪いんですか?」
京也が目を覚ました。
「んぅ…」
頭が痛い。気持ち悪い。くそ…こんなこと嫌だ。どうしたら…。京也。そうか、こいつは頭がいい。こいつなら何とか…。
「京也…俺は…う…え…ぇ。」
胃の中身が込み上げて来た。だが、梶さんを殺した後、何も食っちゃいねえ。出てくるのは胃液だけだ。
「わっ!タオルタオル!大丈夫ですか?」
「2648個のデータのバックアップに成功しました。」
「んっ!…ぎっ!」
カラオケなんかでマイク同士が近すぎると出るキーンという耳障りな音が頭の中で爆音で鳴り響いた。
「相楽さんっ!」
こういうの拷問でもあるよな。なるほど、効果的かもしれん。首から上がヒリヒリと痺れてバラバラになりそうだった。
「終焉回避システムを初期化します。」
そして、音も色も光もない暗闇。




