そうなんだろうな
「いつもと何も変わらん感じだなぁ。」
心当たりなんてまるでない俺達はとりあえず梶さんの自宅に行った。おしゃれなマンション。デザイナーズマンションってやつなのかな?家具なんかも外国のやつっぽくてカッコいい。俺の知ってる梶さんはこの19年間ずっとそうだった。おしゃれで色々気がついて優しくて頭もいい。だからモテる。モテるのは羨ましかったが、頭も育ちも悪い俺が同じようになれないのはわかっていたし、なりたいという気持ちも湧いてこなかった。
そのおしゃれな部屋で、俺たちは手当たり次第にクローゼットやら洋服ダンスやらを開けてみたが、これと言って何もない。いや、何もなさすぎて寧ろおかしい。服が減っている様子もない。これだと着の身着のままで行方を眩ましたことになる。どうしたもんかとテレビ台の3段ある小さな引き出しの一番上を開けてみると一枚の写真が入っていた。
若い頃の梶さんと女と子ども。女も子どもも見覚えがない。大体梶さんに嫁と子どもがいるなんて話聞いたことがなかった。二段目の引き出しを開けると車の鍵が入っていた。
「京也、梶さんの車あるみてえだ。」
電車やバスで逃げたのか?まあ、車よりは足がつかないと言えばつかない。
「車、あるんですか?何でだろ?壊れてるとかですかねえ。」
俺たちは駐車場に移動して梶さんのBMWのエンジンをかけてみた。エンジンはかかるし、ガソリンも3分の2くらい入っていた。俺は車はわからないので、調べるのは京也に任せた。
「左ハンドルだとよくわかんねーな。」
京也はしばらくぶつくさ言って、ワイパーを急に動かしたり空調を変えたりと頓珍漢なことをしていた。
「あ…相楽さん。」
「なんかわかったか?」
「はい。これ、ナビの履歴…。」
「んー?あれ、ここ…。」
「はい。こないだのヤク中殺した倉庫ですね。」
ヤク中を殺した後、あの倉庫に毎日のように行っていたみたいだ。あそこは組の持ちもんじゃねえ。梶さんが個人で借りていたやつだ。気にするほどおかしい話じゃない。しかし、とりあえず他に手掛かりもないし、向かって損もないだろう。
数日前と同じ、高速を使えば一時間もかからない、近場の山中の倉庫に再び訪れた。
倉庫に鍵はかかっていなかった。不用心だな。そう思いながら俺は、鈍い音を立てる倉庫の戸を開け中に入った。
「やっぱりお前が来んのか。」
頭にひんやりとした感触。
「梶さん、お久しぶりです。」
俺はチャカを突きつけられたまま挨拶をした。
「梶さん…何があったんです?今ならまだ詫び入れれば何とか…」
「うるせえっ!」
説得しようと口を開いた京也が一喝された。
「おかしいよな?俺がお前に頼んだんだから、息子を殺ったのは俺なのに俺はお前を憎んでしまうんだよ。」
「息子?」
「お前に頼んだあのヤク中な、あれは俺の息子だったんだ。」
「初耳です。」
「あー、誰にも言ってなかったからな…親父にも、だ。」
梶さんはチャカを俺の頭に突きつけたまま話を続けている。流石に隙がない。
「お前が組に来る二、三年前だったかなあ。堅気の女孕ましちまったんだ。俺の生業を知ってた女は行方眩ましてな。1人で生んで育ててたらしい。」
「はあ。」
俺はいつもの馬鹿の相槌を打ちながら、ただただ隙を作るにはどうしたらいいかを考えていた。
「三年前に女が死んで息子が残った。それが箸にも棒にもかからねえ奴でさ。まあ二十年近く放ったらかしにしといて、今更そんなことしても何の贖罪にもならんが、それでも何とかしたいと思って自分の手元に置いたんだよ。」
声が震えている。多分泣いているのだろう。隙ができるとしたらこの後だな。
「でも結果はあのざまだ。」
「はあ。」
「腹括ったつもりだったんだがな…何も手につかねえ…。」
梶さんはため息を吐いて押し黙った。
「理不尽なのはわかってるが誰かのせいにしないとやってらんねえ。相楽、俺の自己満のために殺されてくれ。」
梶さんが引き金を引こうとしたその時、梶さんにタックルした。
「うおっ!」
梶さんは吹っ飛んで尻もちをつき、狙いの逸れた銃弾は天井を撃ち抜いた。そのまま馬乗りになろうとした俺を梶さんは再び撃とうとしたが、少しだけ俺の方が早く、距離を詰めることができた。チャカを握る梶さんの手を掴み、関節を逆にぶん殴り返した。何かの砕ける感触があり、梶さんの手からチャカが落ちた。すかさず俺はチャカを蹴り飛ばす。
「はあ…くっ…やっぱ強えな。」
「多分、素手じゃ俺殺せねえっすよ。」
「わかってんよ。もう二十年近い付き合いだぜ?」
そういうと梶さんは懐からドスを出した。利き手はさっき折ったから利き手じゃない手で扱うことになるはずだ。大した攻撃はできないだろうと考えて真っ直ぐ拳を振りかぶった。しかし、梶さんのドスは俺の二の腕を切り裂いた。
「お前みたいな若いのは知らんかもしれんがな、俺ら世代は左利きは右利きに直されてるからな。結果として両利きになるんだよ。」
そう言いながらすぐに身を翻し背後を取らせない。俺は唯一手が届いた折った右手を掴み、そのまま背負い投げをした。
「うぐぅっ!」
俺は梶さんの取り落としたドスを手にした。
「さーせん。殺ります。」
梶さんの乱れた髪を掴み首にドスを当てた。
「俺ぁ、お前のことはずっと嫌いだったんだよ…薄気味悪くてな。でもよ、今日は感謝してるぜ。ありがとうな…殺してくれて。」
梶さんの言葉を聞いてから、俺は首を切った。ゴボゴボと血が吹き出した。
「京也、あと頼んだぞ。」
「相楽さん、大丈夫ですか?」
俺は答えなかった。大丈夫じゃなかったからだ。俺は後悔も悲しみも葛藤も何もなく、ただ梶さんを殺した。殺せた。殺すために必要なことしか考えられなかった。薄気味悪い。そうだろうな。そうなんだろうな。




