に…逃げませんか
「梶さんとこの若えのがゲロったみたいです。」
京也が目を赤くして甲斐甲斐しく俺の傷の世話を焼きながら言った。
ことの起こりは梶さんとこのシノギが少なかったことだった。それで梶さんとこの若えのが絞められて、こないだ殺した若え奴のことをゲロって、その後、梶さんは行方を眩まし…。
その処分を俺がやることになった。
「梶を殺せ。もし殺せなかったら破門だ。組じゃねーぞ?この世をだ。」
若頭の言葉を思い出す。
「はあ…。」
俺はため息を吐いた。あんなに賢い梶さんがこんなガバガバなことするなんて驚きだ。
「あの…相楽さん、マジで梶さん殺るんですか…。」
京也がハの字の眉毛で言った。
「まあ、殺れと言われたからな。」
「でっでも…相楽さんずっとお世話になってたんでしょ?殺る…殺ら…殺れるんですか?」
「まあそりゃ、殺るしかしょーがねーだろ?」
殺ると言わなきゃ今頃東京湾でカニに食われてる。若頭は頭も切れるが暴力も上手い。俺だって暴力だけなら自信があるが、そんな二刀流が相手じゃ歯が立たない。京也はじっと黙り込み、俺はどんよりとした体の痛みを感じながら転がっていた。
「に…逃げませんか?」
突然、青白く思い詰めた顔をして京也が言った。
「はあ?何言ってんだ?お前…。」
「あの、相楽さんはしばらく雲隠れして…あ、その間、俺が面倒見ます!だから…」
「面倒見るって…俺を犬猫と勘違いしてねーか?」
「じゃなくて。あの、その、やっぱり俺は相楽さんが好きなのは好きなんです。」
嫌な記憶が蘇り、俺は起き上がり身構えた。体中の傷が悲鳴を上げ、思うように動けない。まさかこいつ、この機に乗じてまた変なことを…?
「いっ…てぇ…くそっお前…。」
「あっいえ!動かないでっ!大丈夫です。何もしません!箱のアレとは違う感情なんです!それはっ!絶対本当で!言ったじゃないですか。俺、相楽さんと初めて仕事した時、マジで感動して…。それがなければヤクザなんかやめてました…。」
初めてこいつとした仕事か…。
それは確か、半グレ外国人ぶっ殺した時だ。うちのシマで旅行者のふりして大麻やらLSDやら持ち込んで売り捌いてた。
「あ、あの、俺、京也って言います。篠宮京也です。よろしくお願いします。」
震えて、時々裏返る声で京也が言った。
「ふーん。俺免許ねえからよ、とりあえず車だけ頼むわ。」
「あっはい…わかっわかりましたっ!」
それが初めての京也との会話だった。俺は名前を覚えようとも思わなかった。どうせ明日にはいないだろうと思ったからだ。それなりにキャリアがあって、まあ暴力だけとは言えそれなりの立場になってる俺だから、組は時々若え奴の面倒を見させようとして来た。でも、俺の仕事が仕事だ、若い奴は大体一回現場に同行するとゲロを吐き、次には来なくなっていた。特に京也みてえな気の弱そうな奴なんか何もなくても来なくなる、そう思ったから名前を覚えようと思わなかった。
「あんた、そこで待ってていいよ。」
奴らの根城の前に車を止めた京也に言った。血の気の引いた顔でずっと小刻みに震えている奴に来られても足手纏いだ。俺は斧を担いで車を降りて、奴らの根城のドアに向かった。不思議なことに少し離れて京也もついて来た。気にせず、俺は根城のドアを斧でぶち壊した。
「ひっ…!」
京也が息を呑んで固まっている。今すぐいなくなりそうだな、こいつ。構わず俺は事務所に踏み込む。
「はろー。にほんのやくざです。」
事務所の中には外国人が2人いて、外国の言葉でなんか叫んだり怒鳴ったりして来た。俺はよくわからないし、よくわかってもただ殺すだけだから気にしない。一番近くにいたやつに向けて斧を振り下ろす。甲高い声で叫びながら背中を向けて逃げ惑う。俺は斧を床から引き抜き、そいつの後頭部にぶち込んだ。もう1人がチャカで撃って来た。二発ほど体を掠めたがなんてことはない。暴力に特化した暴力マシーンの俺は暴力に必要な頑丈さまで備えてる。よくできたもんだとつくづく思う。俺はチャカで撃って来るやつにタックルした。馬乗りになり目に親指を突っ込む。プツンと目玉が弾ける感触がして絶叫が響き渡った。あまり騒がれても通報されて楽しめないので、手近にあった先に殺した奴の、なんかの臓器を口に突っ込んだ。絶叫は水分を含んだじゅくじゅくした音に変わった。
「うちのシマであんまり調子乗られちゃ困るってあんたんとこのボスにわかってもらえるように体の一部送りたいから耳もらいますよ?」
俺はチャカで撃って来た奴の耳を引きちぎった。口に詰め込まれたもう1人のなんかの臓器がぶくぶくと泡立っている。
「兄ちゃん、これ、若頭に渡さないといけないから持ってて。」
俺はまだ隅っこで顔を真っ白にして固まっている京也に引きちぎった耳を投げ渡した。
「ひゃえ?!」
京也はばね仕掛けのように一度跳ね上がり、取り落とした耳を震えながら拾い上げ、顔を背けてゲロを吐いた。
「証拠も手に入れたし、もう殺されて良いよ。」
俺は斧でチャカで撃って来た奴の頭をかち割った。
翌日のテレビでは、暴力団同士の抗争だとサラッと流された。一生懸命殺してもそんなもんなんだなと考えた覚えがある。
「あの時の手際の良さ…残忍さ、冷徹さ…まさに暴力マシーンって感じが美しすぎて…こんな人に出会えるなんてと感動したんです。それからは…何というか…推し?そうだ、相楽さんは俺の推しなんです。」
なんかとんでもないことを言い出した。推し?人殺しを推し?
「推し…ってうちわとか光る棒とかでキャーキャーするあれか?」
人殺しをアイドルみたいに見る?そんな人間いるのか。京也がそんなイかれた感情を持っているとは思わなかった。頭のいい奴ってみんなそんな感じなんだろうか。
「流石にそれはしないですけど、相楽さんに幸せであってほしいと思ってます。だから心も体も傷ついてほしくないんです。」
心も体も傷つく?体は殴る方が怪我するほどに頑丈だ。こころ?そんなもん、とっくの昔になくなっている。暴力的な職場で存分に暴力の才能を生かして、この世界で19年間やって来ている間に、僅かばかりに持ち合わせていた考える力も揺れ動く感情も、娯楽を楽しむことも失ってる。それが暴力マシーン、相楽寿志だ。
「俺は傷つかんよ?わけわかんねえこと言ってないでさっさと車用意しろ。」
「相楽さん…。」




