忘れてなかったらな
その日、俺は昼から梶さんに呼ばれていた。
梶さんの元へ向かうハイエースの中で京也が思い詰めた表情で言った。
「変身した時とか子ども達が現れた時とかの、相楽さんしか把握できないことは俺に全部話してください。俺が相楽さんの代わりに考えますから。」
頭のいい奴はこれだから困る。全部覚えておくのも、それを話すのも頭を使うことなんだぜ。俺にできるわけないだろう。
「めんどくせぇ。こないだのデジカメで撮ればいいだろ?」
「見たでしょう?デジカメは相楽さんに同化できてなかった。つまり変身後は撮影できないって事ですよ。」
「ってことは、無駄に俺はトイレや風呂まで撮影されてたのかよ?お前に?おかずにしたりしてねーだろうな?」
京也の顔が真っ赤になる。
「いや!だから何もない時のは見てないですって!それにあれは箱のせいで…まあでも、された側にした側が言っても簡単には信じてもらえませんよね…。」
京也はまたハの字の眉毛になった。居心地の悪い俺はタバコに火をつける。まあ、実際バカの俺が考えても無駄なんだから、そらぁまあそれでいいだろう。
「わかったよ…忘れてなかったらな。」
「親父には内密にして欲しいんだが。」
「はあ。」
梶さんは曇った顔をしていて、いつものモテるおじさん感がなかった。
「ちょっとトラブっちまって。俺んとこの若えのがやらかしてな。」
「そっすか。」
「売りもんに手ぇ出しちまって。」
「そっすか。」
「俺も目ぇかけてた奴だからよ。何とかしてやりたかったんだけど…。」
「はあ。」
「もう手お…あー、いや。」
「はあ。」
梶さんは何か言おうと口を開いたが、俺の顔を見てため息を吐いて口を閉じた。
「はあ…お前に言っても時間の無駄か…。」
さすが梶さん。長い付き合いだけあってよくわかってる。俺に詳しく話したところで何も出ない。
「はい。」
「はあ…まあ、そういうわけで処分頼むわ。」
返事をした俺を梶さんはちょっとうんざりしたような顔で見て、やることだけ手短に言った。頭のいい人間からすれば、俺みたいなバカと話すのはうんざりするもんなんだろう。気にせず俺は梶さんの元を後にし、現場に向かうためにハイエースに乗り込んだ。
「…何なんでしょうね?親父に内緒でって。」
ハイエースを走らせながら京也が不安げに言った。
「知らね。興味もねえ。」
「はあ。」
京也は間の抜けた返事をしてそれきり口を閉じた。現場は高速を使えば一時間もかからない、近場の山中の倉庫だった。中に入ると酷い匂いがして甲高いクスクス笑いが響いていた。
「うわっ…気味が悪いですね。」
京也が身をすくめながら言った。声の出所に歩を進めると見たことのある若え奴が手錠をされて転がっていた。そこいら中、ゲロとクソと小便塗れでとんでもなく臭え。手錠をされた若え奴は、ゲロ塗れの口をだらりと開き、舌が長く伸びている。ゼエゼエと息は荒く、クスクス笑い続けたかと思えば、うーとかあーとか呻き出す。明らかに様子がおかしい。
「あ…そういうことですか。」
声の主の正体がわかったら、安心したのか京也がぼそっと呟いた。
「…だな。さっさとやっちまおうぜ。」
声の主の正体は俺にもわかっていた。親父に内密の理由も。これは、あれだ。ヤク食っちまってる。ヤクザにとって、ヤクは売るもんでてめえで食らうもんじゃねえ。ヤクの売買はうちのシノギの一つだ。それをやらずにてめえで食っちまって、挙句廃人になっちまったってことだ。もう人間として使いもんにならねえから処分するしかねえ。
「相楽さん…や、やべえっす。」
ふいに京也が震える声で言った。
「あん?…あ。」
理由はすぐにわかった。俺が光り始めてる。マジかよ?このタイミングで?
「京也!何とかできねーか?これ!」
「いやいやいやいやいや!無理っす!」
「じゃあお前、そいつ殺…」
しといてくれ。と言いたかったが言葉は届かなかった。届いたところで京也じゃ殺しはできねえ。やべえ、早く戻らないと。ここはどこで脅威はどこだ?やたらと暗くて暑い。また外国か?それとも地面の中か?
突然視界が明るくなりとんでもない風圧に吹き飛ばされた。爆発だった。大小の爆発を繰り返しながら火柱が上に伸びている。噴火してるのか?じゃあここは火口か。繰り返す爆発でガラガラと岩が崩れて俺が埋まる。俺は俺を埋めている岩を打ち砕いて外に這い出たが、次々と繰り返す爆発は、その度俺を吹き飛ばし岩で俺を埋める。火柱から何本もの火の手が伸びてその手が次々と爆発を繰り返してた。この火柱自体が脅威か。火柱は俺を見つけたらしく、数本の火の手が俺に伸び、俺の手足に絡みついた。ジリジリと音がして数秒ののち次々に爆発した。
心臓を奪われて、もう俺の俺っぽいところはどれ位残ってんのかはわからないが、怪我したり痛かったりしない。ただその衝撃は俺が元々している怪我には響く。爆発してもバラバラになるようなことはないが衝撃は治りかけの肋骨に響き息が詰まる。
バラバラに…。ふと、俺は施設にいた時のことを思い出した。俺も大概やばい奴だったが、その俺でも引くレベルのヤバい奴がいた。そいつは俺みたいに暴力的な奴ではなく、寧ろ逆で物静かな男だった。大体1人でいて、よく生き物を引きちぎってバラバラにしていた。初めは虫だったが、トカゲとかヤモリとかカエルとかの小さい動物となり、だんだんネズミとかモグラとかと大きくなっていき…その後は考えたくない。一度なぜそんなことをするのか聞いてみたことがある。そいつは静かに笑ってこう答えた。
「心を探しているんだ。」
こいつらも同じなんだろうか?
そんなことを考えてても時間の無駄だ。早くこいつを何とかしないと。勢いはあっても所詮火だ。水。この勢いでもけせるくらいの大量の水。そう思ったら大きな波のように水が溢れ出て火柱は消え去った。
「ああああああああああああああっ!」
うるせえ。何だこりゃ?
「さっ…さっ…相楽さぁん!」
絶叫が響き渡る中、京也がガタガタ震えてへたり込んでいた。
「すまねえ。何分無駄にした?」
「一時間くらいです…俺、相楽さん待ってたんですけど、こいつ急に喚き出して…。」
ヤクが切れたのか?俺は喚いてる若え奴の髪を掴んで引き起こした。
「かじさんっ!かじさああああああああんんっ!ああああああああああっ!たすけっ!くわれる!ああああああっ!」
食ったのはてめえだ。俺はそいつの首に腕をかけた。声は止まらない。そのまま腕に力をかけるとゴキッという鈍い音がして、硬いものが砕ける感触がした。
「かぁじ…さあん…す…みま…」
若え奴は最期に消え入るような声で筋の通った言葉を口にした。腕を離すと、重さと湿り気を感じるどさりと言う音をさせて崩れ落ちた。
流石に後味が悪い。俺は後始末を京也に任せてハイエースに戻った。線香がわりにタバコに火をつける。
脅威は俺の中の箱を探してるんだろうか。




