衰えてんじゃないの?
それからの一週間は、幸い殺しの仕事はなく、取り立てに行ったり捕まえた債務者を半殺しにしたりという当たり前の毎日を過ごしてた。京也が俺の下について四年だが、1人でやり始めちゃえば、だんだんそれに慣れて来て、まあそれはそれでやれなくない。
平和な日常だ。まるで困り事のない平和な日常。こうして真夜中にプリンを買いにコンビニにも行ける。
でももちろんそれは勘違いだ。
脅威との戦いもなかった。ミミズも来なかった。それから京也とも会ってない。それだけのことであって全部解決していない。
「解決?解決するような何かがあるの?」
今度こそ忘れはしねえ聞き覚えのある声。ガキどもだ。どこだ?俺はあたりを見回したが姿はない。卑怯な奴らだ。それにしても久しぶりじゃねえか。俺に怒鳴られて不貞腐れてやがったみてえだが?
「ふはっ。そんなわけないじゃん。野生動物に威嚇されて不貞腐れる人間がいるかい?」
くそ。なんかムカつくけど馬鹿だから返す言葉が思いつかない。
「それでいいんだよ。それが君だ。余計なことは考えるな。」
考えたらどうする?
「また痛い目に遭うことになるよ。」
また?またって何だ?おいっ!
「がっ!あっ…。」
突然目の前の何もないとっからミミズが出て来て俺を締め上げて来た。何でこいつ…?またってこいつのことか?じゃあ…あーくそっ、息が苦しい。夏場の犬のように短い呼吸しかできない。はあはあと短く息を吐くと血が吹き上がって来た。せっかくくっついた肋骨がまた折れて肺に刺さったのかもしれない。意味がわかんねえ。何で勝手に試験して勝手に世界を滅ぼす脅威と戦わせて、んで、勝手に殺しにかかるんだ?
「これは警告。殺しはしないよ。でも君程度の駒は幾らでも変えが効くんだから、あんまり調子に乗らないでね。」
ガキどもの声はそれきり聞こえなくなりミミズも消え、俺は地面に投げ出された。息ができない。殺しはしないって言うけど、こんな状態でこんなとこに放置されてたら死ぬよ?馬鹿じゃねえの。
「相楽さん…。」
ゲボゲボ血を吐きながら地面をのたうち回っていたら聞き慣れた声がした。京也だ。一瞬ホッとしたが、同時にあの時のことを思い出した。こんな状態で変なことされたら流石に俺でも逃げられん。一難去ってまた一難だ。
「う…せ…ろ。」
それだけ言うのが精一杯で何をすることもできない。雨上がりのミミズのように俺は地べたをのたうち、何とか逃げようとしたが、京也が俺に近づいてくる。今や何をするかわからないような奴になってしまった京也が。
「はぁ…くそが…。」
こういうのなんていうんだっけ?ばん…ばん…ああ…ばんじきゅうすだ。それだけ思って俺は意識をなくした。
「また来たの?最近多いねえ。相楽くんさあ、衰えてんじゃないの?」
気がつくと組お抱えの闇医者に嫌味を言われていた。どうやら京也は俺を組お抱えの闇医者に連れて来たらしい。
「…そらそうよ。もう四十になるんだぜ?」
「もうそんなんなるのか。」
思えばこの闇医者との付き合いも、俺がヤクザになってからずっとだから20年近い。その頃から爺いだったが今も爺いだった。一体何歳なんだろう。
「相楽さん…よかった。」
震える声のする方に目を向けると真っ赤に泣き腫らした目をした京也がいた。泣いてる。
「京也くん、相楽くんもう落ち着いたから送ってあげて。」
闇医者がそう言ったが、それはそれで今は困る。
「いや、1人で帰れる…あっ」
立ちあがろうとしたが足に力が入らず、俺はぐんにゃりと倒れた。
「ほらー。一応、君、手術されてるんだよ?まだ麻酔の影響あるから無理だって。京也くん、頼んだよ?」
「はい。ほら、相楽さん、捕まってください。」
京也が俺に触れる。俺に緊張が走る。それでも何事もなくハイエースに乗せられ、家に送り届けられた。
「…一体何があったんですか。」
俺の転がってる布団から少し離れたところに正座している京也が言った。俺はもう京也に何を言っていいかわからなかった。
「もういいよ。帰れよ、お前。来んなって言ったろ?」
「相楽さん…お願いします!俺、相楽さんが怪我したり死んだりするの嫌なんです。力になりたいんです…ならせてください。」
京也は泣きながら土下座している。四年間、面倒見て来た舎弟なのはその通りだ。でもその四年間が俺とやりてえ一心だったら話にならん。だめだ…俺には何も考えられないし決めることもできない。残念ながら、流されるような情もない。馬鹿で暴力しか才能がない暴力マシーンだから。ただこいつがいると考えることが増えてしまうから、正直めんどくさい。
「…ガキどもがミミズを仕向けてきた、だけだ。」
「え?」
「そんだけだよ。帰れ。」
さらっと話して帰らせようと思ったが当ては外れた。
「帰りません!もっと、ちゃんと、詳しく話してください!」
京也がグッと身を乗り出して来た。だがそれ以上の行動はない。もういいや、何でも。疲れた。俺は京也にガキどもが言ったこと、それからミミズが出てきたことを話した。
「余計なことを考えるな、ですか。この一連の現象についてってことですかね?」
「俺に聞くなよ。馬鹿なんだからよ。」
「あ、はい。」
それきり京也は黙り込む。重い空気が流れる。俺はタバコに火をつけたが、煙を吸うことを肺が拒絶して咽せた。
「で?お前、何であそこにいたの?」
正直、あんな事をしておいて、よくのこのこ来る度胸がこいつにあったなと驚いている。
「俺、この一週間、相楽さんの変身動画をよく調べてみたんです。それで気がついたことがあってご報告にと…。」
「でもよ、俺もう来んなって言ったじゃねーか。調べてもしょーがねーだろ?忘れろよ。」
「あ…あの、やっぱ俺、相楽さんの舎弟でいたくて。」
四十路目前の暴力マシーンに入れ上げる心理はマジでわからねえ。やっぱやりてえのか…?
「でもよお、こないだみてえな…」
「あれはっ…マジで!ガチで違うんです!本当に邪な気持ちとかじゃないんで!」
はあ。もうわかんねー。
「まあ聞くだけは聞いてやんよ。」
「ありがとうございます!この、これなんですけど見て欲しくって。」
そういうと京也はカバンから紙を取り出した。
紙は真っ白だった。いや、違う。少し緑がかっている。
「これ、相楽さんが変身してる時の拡大です。ここを見て欲しいんです。」
そう言って京也が指差したところに別の色が映っている。赤と灰色…というか銀色というか。
「何だこりゃ?」
「俺もそう思って、拡大したり彩度を下げたり…」
「俺にわかる言葉で言え。」
「あ、まあ色々やってみたんです。それがこっちの画像です。」
京也に手渡されたもう一枚の画像を見たら流石に俺でも理解した。
「箱…。」
「やっぱそう見えますよね?やっぱあの箱はなんか関係してんですよ。」
赤黒い血管ののたくる肉の塊にあの箱がめり込んでいた。めり込んでいるというか、血管は箱にものたくってる。同化しているって感じだった。
「これは俺の…。」
「心臓です。」
「じゃあ今俺の血には箱のなんかが混ざり込んでて体中に行き渡ってるってことか…。」
何てこった。ガチでそんなのもう人間じゃねえ。マジの化けもんじゃねえか。自覚はあってもわかっていてもそれなりに嫌な気分にはなる。
「相楽さんに埋め込まれてるものを取り出して調べるのは無理なんで、一昨日、箱の方を持って大学で物質科学の研究している先輩のとこ行ったんです。X線で中を調べられないかなと思って。」
ぶっしつかがくのけんきゅうをしているせんぱい。京也が当たり前のように言う。大学で研究している先輩がいる、そんな世界は俺にはない。俺にいるのは、地上げが得意な先輩とか闇金が得意な先輩とかだ。
「結果は何も写りませんでした。」
「じゃあ何でもないんだろ。」
「違いますよ、相楽さん。この箱自体が写らなかったんです。」
「なんか材質とかも関係すんじゃねえのか?」
「金属のような重さと硬さや加熱した時の特徴があるんですよ。だから何か金属的なものだと思うんですが、だったら強いX線なら金属の中も透過して写せるはずなんです。」
「もうぶっ壊しちまえよ。」
「それも試したんです。車で轢いたりグラインダーとか電動ドリルとか使ったり。でも何で出来てるのかわかんないんですけど壊れないんですよ。」
「何なんだ?そりゃ。」
京也は少し恥ずかしそうにしながら話を続けた。
「あー…俺の仮説ですけども、材質は地球上にはない何か、綺麗に立方体だから人為的に作られた…ものですかね。」
「あのガキどもが宇宙人だってことか?」
「まあ、かもしれないな、位の。」
「頭のいいお前が、なんか頭いいことして調べてそうならそうなんだろ。」
それは素直をそう思っている。京也なら何とかできるのかもしれない。またセクハラまがいのことをされるかもしれないが…せに…はらはかえられない?
「しょーがねえ。」
「え?」
京也の顔が露骨に明るくなる。俺は少し早まったか?と後悔する。
「まあ、俺も歳でよ。昔みてえに1人でやんのはしんどくなって来てっから。」
「あっありがとうございます!」
「あーでもまたお前にセクハラされんのは勘弁してほしいから箱は持ってくんな。」
「はっはい!ありがとうございます!」




