餌食
インペリアル・ニヴァーレへの道のりは本来冬以外は避けるのが常識だ。勿論冬前の現在も時期が悪い。神聖国へ至る為に山間の大草原を越える訳だが、その雄大な景色はスイスの大自然を彷彿とさせるほどの絶景だ。真夏は避暑地としても人気があり、多くの王族や貴族が各地からやって来る。
しかし冬になると装いは一変し大自然が牙を向く。高級リゾート地は冬になると【死の雪原】と呼ばれ凍てつく白銀の世界へと変わる。
難易度で言うと南のネクロサハル砂漠も走破困難と名高いが、冬に限ればこの死の雪原に軍配が上がる。いや、足元にも及ばないと言われている。理由はいくつかあるが先ず積雪量が7メートルを超える。今は冬直前なので2メートル程で済んでいるが…
それを俺たちは上空から眺めている。足跡一つ無い白銀の世界、そこにダイブしたり足跡をつけたりして遊んでいる。
「雪の下は色んな生き物がトンネルを掘って迷路みたいになってるんだって」
雪が届かない大きな木の上で食事を取りながらミカが説明してくれた。冬眠=襲われる。つまりこの世界の野生動物にとって冬眠は死を意味するらしく、殆どの生物は頑張って越冬するらしい。この美しく静かな雪の下では日々熾烈な生存競争が繰り広げられているようだ。
取り敢えず目的地に向かうまでは野宿になるので雪の少ない岩場で焚き火をしながら俺の羽毛で寒さをしのぐ。
そんな感じで北上する事4日、やっと小さな街に辿り着いた。街全体が木工産業で成り立つ感じの街ようで彼方此方に切り出した大きな木が並べられ加工されるのを待っている。
その割には石造りの家が殆どで、恐らく火事を懸念しての事なのだろうか。ともあれ暖と食事にありつけるのは本当に有り難い限りと言わんばかりにとにかく目についた店に足を急がせる。
「カランカラン」
扉を開けると牛の首に付けるベルが来客を知らせる。
カウンターに座っていた白髪の男性がこちらを見るなり
「おいおい、女連れで来るような街じゃねーぞ?遭難か?」
「そうなんだ、とにかく食べ物を3人分くれないか?」
俺の軽いダジャレを無視して店主は何かを作り出した。テキトーなのか思いやっての事かは分からないがすぐにデカいホットドッグと豆スープが出てきたがアッと言う間に平らげた。
「お前さんら大変なのは分かるが食べたらすぐにここを出な、ここは荒くれ者が仕事で集まる街で、あんたらみたいなべっぴんさんは何をされるかわかったもんじゃねぇ、悪い事ぁ言わないから早く出て…」
「オヤジィ! 取り敢えずジャーキーと酒だ!」
店主の親切なアドバイスが言い終わる前に扉のベルがけたたましく鳴り、それを見たオヤジが大きな溜息をつくと黙って注文の用意をしだした。
次々に男達が店に入って来る。その数30人ほどで、全員が髭、筋肉、斧。山賊か木こりの二者択一のイージー問題だが、ミカとセララを見た瞬間、彼らは木こりから山賊にジョブチェンジしたようだ。店主が持って来た酒を煽りながら悪意と性欲が入り混じった視線で2人を見続けている。ミカはそんな視線をあまり気にする様子もなくウォッカをチビチビやっていて、セララは付き合わせの枝豆をひたすら頬張っている。
その内最初に扉を開けて入って来たリーダーらしき男が話しかけて来た。
「よう、アンタら観光じゃねぇよな?」
「ああ、仕事でちょっと立ち寄ったんだ」
「仕事? この辺に木こり以外の仕事なんてあんのか?娼婦ってんなら今すぐ買うぜ?」
意外にもお金を払う提案をしてくれている。意外と話の分かるやつなのかもしれない。
「いや、この女達は売り物じゃ無くて俺達は賞金稼ぎだ。期待に応えれなくて悪いな」(大人しくお前達の餌食になれなくて悪いなの意味だけどな)
「へぇ…アンタら有名なのかい?」
多分名前を聞いて勝てそうかどうかを判断したいんだと思う、さて俺達の名前が通ってりゃいいけど。俺は座ったままマント形状にしていた翼を4枚の大きな翼に戻した。それを見たミカとセララもマント状態を解除する。
「ノワル・フェニックスと呼ばれている。ここで会ったのも何かの縁だ、依頼があるなら安くしとくぜ」
その場がかなりざわついた。周りの反応を見るにどうやら通り名はその役目を果たしてくれたようだった。
リーダーらしき男は短い溜息を付き背もたれに大きくもたれかけた。
「・・・わぁ〜ったよ。おいオメェらお客さんにお行儀良くな! 俺はここの責任者でダンってんだ。小せぇが役人が使う宿舎があるから今日はそこを使いな」
何と最悪の場面を回避できたようで、その後ダンに宿舎まで道案内をしてもい無事に寝床を確保出来た。
さっきの緊張感から一気に解放され、俺はその場にあった椅子に体を預けた。
「はぁ〜危なかった。何とか悪意ある性欲の餌食にならずに済んで良かったよ」
机に項垂れながら安堵の溜息を漏らす俺にミカが応えてくれる。
「そうね、確かに悪意は回避出来たけど私達はどの道この後物凄い性欲の餌食にはなると思うんだけど?」
もちろんミカの言う通り彼女達は俺の餌食になった。




