誤算につぐ誤算
——蝙蝠の巣——
「鱗…確かな事は言えないけど【売春王】の系列でしょうね」
売春王は別名【奴隷王】とも言われていて、国内外の奴隷取引には必ずと言って良いほど関わっている。国によって奴隷の価値観は様々で、ここカルデモでは派遣社員くらいの感覚の人が多いように感じる。ドラゴニアでは奴隷は犯罪者ってイメージだし北に行けば奴隷そのものが禁止だ。
「私の方でも調べておくね、お友達残念だったね…」
ラッキーハロルドの宿に帰り食堂で夕食を取る。その時スパイクの荷物が運び出されるのが見えた。
そう言えば冒険者になる時『死後どうされますか?』の書類があったのを思い出した。スパイクはどうやらギルドに寄付すると書いてたみたいだな、その意味は家族がいない事を示している。
冒険者稼業に怪我や死んだりはつきものだけどこんな死に方は不本意だったろうな。
身近な人の死は自分が余ってたよりも意外と胸にいつまでも残った。
———アルゴノーツ領——
アルゴノーツ商会は大忙しだった。殆ど貿易の無かったザハリア王国との大型取引の噂はドラゴニア帝国内の勢力図を少し変える事になった。相互の運搬費が高くつき過ぎて儲けがほぼ出ないのが原因だとだったが、どういう訳か石材と木材の大型受注、おまけにポーション飲料の独占販売権まで獲得している。
アルゴノーツ領に生えている木は建築木材にはうってつけの材質だった。また岩や石なんかはその辺にゴロゴロしているのでまさに宝の山だった。
一時期数を減らしたスカラベも今はかなり増えてきている。フンを適切に処理して肥料にして牧草地に巻くと、別の品種なら冬も草が生えてくる事もわかった。
牧草地を無料で提供する代わりに労働力を借り、建築資材の加工や切り出しを手伝って貰う。なるべく元手をかけずに持っている資源で何とか運営を回していった。
山のように積み上がる木材と石材はお屋敷レベルの量じゃ無い、まるで城の城壁を作る程の量だ。これだけの量を運ぶとなると相当な回数と人数がいる。
これだけの運搬物を持って国境沿いの断崖絶壁を越えるのは不可能、これはもう絶対だ。ルートは迂回しか無い。かなり遠回りになるが断崖絶壁沿いに進むと緩やかに下って行き、やがてアウレリア大草原のサバンナ地帯に出る。そこから引き返すような形でサバンナを進むとザハリア王国に辿り着ける。しかし道中は魔獣が多い為、運ぶ量に応じた冒険者を護衛に雇う必要が有り、それが一番経費が高くなる原因でもある。しかもこのルートに生息する魔物や魔獣はかなり強く出会ったら即アウトなヤツもいる。
「ほんとガヤルド君達はよく生きて辿り着けたよね…しかもあっちですぐ名をあげるなんて」
幸い行きのルートは全て下りで帰り上りだが荷馬車は空っぽなので楽勝だ。そしてイーヨには運搬に対して極め付けの秘策があった。これは流石のアイリーンですら予測不可能な秘策中の秘策。
「ふふふ、驚くぞ〜、見てろよガヤルド君!」
——1ヶ月後——
「おい見ろよアイリーン、あのアニキがソワソワしてるぜw」
「1年半ぶりの再会ですからね」
見張りからの伝令で黄金羊の紋章の馬車が見えたと報告があった。イーヨの馬車に違いないが他の荷馬車が見当たらない所を見るとアウトな魔獣に遭遇してしまったか何かで、どうやら運搬は失敗に終わったようだ。
それでもイーヨとベルリネッタさえ無事なら今回は良しとしようとアイリーンは思った。
騎士団一同がお出迎えし、その先頭にはガヤルドが心待ちに待っていた。馬車が領内に入り広場に到着した。御者が扉を開き中から紳士服に身を包んだイーヨ・アルゴノーツ男爵が姿を現した。
続けてイーヨのエスコートで馬車からベルリネッタが降りてきた。
ガヤルドは抱きつきたい衝動を抑え騎士らしく恭しく一礼をする。それに続いてアイリーンらも片膝をついて礼を示す。
「ガヤルド君!久しぶり!」
「おい!もっと貴族ごっこさせろよw」
熱い抱擁と握手を交わす。続けてベルリネッタと抱擁を交わす。もうベルリネッタは涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。ガヤルドは
「ちょっとベルリネッタを慰めて来るからまた後でな!」と寝室に消えていった。
「ほんとガヤルド君相変わらずだよね、アイリーンさんも大変でしょう(笑)」
「ええ、それはもう…それより長旅ご苦労様でした。資材は残念ですが貴方達だけでも無事に辿り着けて何よりです」
「え? あ〜そっか、他の荷馬車が見当たらないからそう見えるよね。違うんだ見てて!」
そう言ってイーヨはポケットに手を入れ中から小石を沢山出してきた。サイコロのように綺麗に整えられた小石の1つをワンドでコンッと叩いてやると、たちまち一辺が3メートルの立方体の巨石が現れた。イーヨは小石を次々に巨石に変えて行ってあっという間に1ヶ月分の建築資材が姿を現した。
「凄いでしょ!僕の空間魔法とベルリネッタさんの圧縮魔法のコンボだよ、だから運搬費が格段に浮いてるからその分…アイリーンさん?」
「誤算!これは嬉しい誤算!イーヨ…いえアルゴノーツ男爵!今後とも宜しくお願いするわ、と言うか逃がさないわよ!」
「いや怖いよアイリーンさん」




