準備はよろしいですか?間も無く覚醒のお時間です。
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ピピッ ブゥン
数字は正解した様で足元が優しい光り光が俺を包み込む。と、次の瞬間突然空間が歪み視界がマーブルになった。目がまわる様な目眩の感覚が襲う、立っていられなくなり思わずその場にへたり込んだ。
幸い目眩はすぐに治り立ち上がって当たりを確認する。光源は分からないが部屋全体が明るく、まるで来賓用のゲストルームっぽい上品な感じがする空間だった。
高そうなソファーが2つ向かい合わせに置かれ、その間に高そうなテーブルが配置されている。高鳴る胸を押さえながらソファーに腰掛けてみると革作りとは思えないほど柔らかいフカフカのソファーに驚く。
上質な木が使われているテーブルに目をやるとここに手を置けと言わんばかりの手形が書いてあった。勿論だが手を置く、すると向かいのソファーの後ろが光り出したので思わず身構えてしまう。
光から現れたソレは立派な角を生やした雄牛の頭を持ち、全身には黒いローブをまとったまるで悪魔の様な出立の何かが現れた。
「いやー本日はお足元の悪い中ご来場誠に有り難うございます!私ドラゴニア支部長のアスモデウスと申しますよろしくお願いします!」
現れたのは支部長だった、アスモデウスって確か悪魔だよな?しかもかなり有名な悪魔だよな?
「早速ですが本日はどのコースをご希望でしょうか? 私としましてはこちらの生涯保証プランが」
「待って待って、何が何だか分からないんだけど」
いきなりガンガン営業をかけられてまるで何か悪い勧誘を受けている気がする。悪魔だし
取り敢えずここに至るまでの経緯をアスモデウスに説明、彼の仕事とは関係の無い話しであるにも関わらず、彼は見た目に反してかなり親身になって聞いてくれた。
「なるほど、大変な目に遭われた直後なのにご事情を知らなかったとは言え大変失礼を致しました。少々お待ち下さい」
そう言うとアスモデウスは立ち上がってソファーの後ろに周り、何やら唱えると光の中へ消えていった。しばらくすると山羊の角を生やし手には銀色のトレーを持ったメイド服の美人を伴い再びアスモデウスが現れた。メイドはトレーをテーブルに置き被せてあったスカーフをスッと引き上げると視界に食べ物が飛び込んできた。
ゴクリ
「どうぞお召し上がりください、まずは空腹を満たしましょう」
雄牛顔だが優しい微笑みが伝わる。もう悪魔でも何でもいい、この空腹を満たせるなら。俺は半泣きになりながら目の前のパンやらスープやらを平らげていく。ご丁寧にサラダや肉まで揃えてくれていた。この世界で肉はかなり高級品で貴重なモノだ。
理由はモンスターは寄ってくるが獲物となる動物は逃げるからだ。しかも逃げる事に特化、進化を遂げているから並大抵の事では美味い肉にありつけない。ぶっちゃけこの世界に来て3年経つが口に入れた肉はコレで2度目だ。1度目は森でたまたま寿命を迎えた鳥をGETできた時だった。
メイドがタイミングを見て暖かい紅茶を淹れてくれた。満腹とまではいかないが満足に足る充分な計らいに感謝を述べた。
その後メイドが俺の隣に座り怪我の手当てまでしてくれた。女性特有の良い香りが鼻を刺激する。密着とも言える距離で丁寧に俺の顔を手当てしてくれるその手柔らかく、そして暖かく。俺は自然に涙が溢れてしまった。と、同時に久々の肉のせいか美人なメイドの甘い香りのせいか俺のJrが痛々しい程にイキり立っている。泣いてるのに。本能って時に情け無くなるね。
しかしメイドは何も言わずに微笑み、親指で涙を拭ってくれた。手当が済むとメイドは慣れた手際で食器をまとめ、ソファーの後ろに周り一礼をして光の中へ消えていった。
紳士的なアスモデウスは優しい語り口調で口を開いた。
「落ち着かれましたかな?」
「あ、はい、お陰様で、本当に有り難う御座います」
俺はソファーから立ち上がり心からの謝礼を述べる。ここまで心から感謝した事っていつぶりだろう?いや、命を助けられたに等しい経験なんてした事無いから初めてかもしれない。
「とんでも御座いません、皆さんに喜んで頂く事が我々の仕事ですから」
どうもイメージしてた悪魔とは乖離しているような気がする。悪魔って甘い言葉と甘い誘惑で契約を結ばせる感じだと思っていた。
「我々の仕事?あの、それってどう言う仕事なんですか?」
「仕事でございますか?ご存知の様に神と同じ【魂の救済】ですが?」
神と同じと言い切ってしまう事に驚いた。何かで読んだ事があるが神や悪魔は嘘がつけないらしい。厳密に言うと嘘は言えるが嘘がバレた途端に契約解除&ペナルティがあると。つまり永久クーリングオフのリスクヘッジの為に正直らしい。
「あの…大変失礼な事をお聞きしますがその…悪魔って魂を盗むとか騙し取るとかのイメージが強かったんですけど」
「お恥ずかしい限りです。大昔に確かに心無い支部がその様な事をしでかしたのは事実で有り、完全に我々運営側の過失で御座います、その評価は甘んじて受ける所存で御座います。しかしながらその反省を活かし今日に至るまで顧客満足度100%を目指しノークレームでやってきております!ここは自信を持ってお勧め出来るセールスポイントと自負しております!」
(まぁ、ノークレームなのはアレから顧客ゼロだからだけど。吾輩嘘は言ってない)
「またお言葉ですがクレームと言うのであればあの神でさえクレームは御座います。『神はいないのか』『神は我々見捨てた』など書物を見ればその数は相当数御座います。あの神でさえ。勿論我々の様な弱小な邪教団は非難悪評など当然の事と受け止めております」
「でも悪魔の魂の救済ってどうやるんですか?」
「そうですね、我々が得意な分野で申しますと入団後に復讐を果たされた方などは大変な高評価を頂いております。神々が癒しとバフなら我々は攻撃とデバフが売りなのでその辺りは顧客のニーズによって違いますが、基本的にエンジェルサイドさんとは棲み分けが御座います」
あぁ〜成る程。何となくわかってきた。腹も満たされ体力も戻り、安全な空間で安心して話せるので頭が回る。
「あの、仮に契約した場合そちらは何を要求するんですか?」
「基本的にはネガティブ因子で御座います」
アスモデウスの話によると愛や希望はポジティブ因子を産み、憎悪や絶望はネガティブ因子を産む。神や悪魔はそれらを喰うらしい。
「ん?だとすると愛が薄れるとかは神が愛を食べてるって事ですか?」
「はい、仰る通りです」
「て事は苦しみや絶望が薄れるのは悪魔がそれを食べてくれているからですか?」
「全くもって仰る通りです」
「・・・え?だとしたら神と悪魔の評価って逆じゃ無いですか?」
「その様に仰って頂けますと大変励みになります。しかしながら天使は愛を創り出すために尽力し、我々悪魔は悪意を創り出すために尽力せざるを得ません」
成る程ね
「しかしながら強い力や武器が悪いのか、否!断じて違います! 包丁は美味しい料理を作れますが使う人によっては人も殺せます。要はそれを使う人の問題では無いでしょうか!?」
ライフル協会みたいなセリフだが大いに一理あると俺は思う。
「先程貴方の涙を見てそう確信しました。あなたの様な心根の優しい方にこそ我が教団が相応しいと」
「あの、ちなみになんですが仮に契約した場合の俺のデメリットって何ですか? 支払いとか」
アスモデウスは背筋を伸ばし向き直る。
「ご安心下さい。コチラが今回お勧めの生涯安心コースで御座いますが、デメリットは…」




