本の紹介④『夏子の冒険』 三島由紀夫/著
北海道を舞台に繰り広げられる少女の冒険活劇
昨年まで三島由紀夫作品を読んだことがなかったのですが、読む前は生真面目で厳つい作風というイメージを持っていたので、良い意味で裏切られました。私小説や純文学以外にも、恋愛小説、コメディ、SFチックな作品など、実にバラエティ豊かな作品たちを生み出しています。
同じ作家の本を連続して読んでいると飽きてしまうことが多いのですが、三島作品は幅広い作風に加えて、政治や戦争を題材にした堅めの作品を含め、読者を楽しませようという工夫が随所に施されているため、全く飽きが来ません。最近では、本屋で日本の作家の作品を購入しようと思うと、決まって三島由紀夫の作品が置いてある棚に足が向きます。
本作は三島作品の中ではマイナーな部類かもしれませんが、良質な冒険活劇、ラブコメディを楽しむことができ、三島作品にとっつきにくい印象を持っている人にオススメの逸品ですね。
主人公の夏子は裕福な家庭に育ち、敗戦直後の時代に4年制大学に進学している、いわゆるお嬢様なのですが、さっぱりした性格でちっとも嫌味な感じがしません。誰に対しても偏見を持たずに接すことができ、博愛主義的なところがありますが、心のうちに情熱を秘めており、自分の気持ちに正直な言動をするため、周囲の人間を困惑させるキャラクタです。
夏子は自分の情熱を満たしてくれる存在を求め様々な男性と付き合いますが、ある時、退屈な世の中に愛想を尽かし、函館の修道院に入ると宣言し、北海道へ旅立ちます。道中、恋人を殺した熊を討つために猟銃を担いで北海道に向かう青年に出会った夏子は共感を覚え、青年の後を追って行方をくらまします。ここから、夏子と青年の熊撃ちの旅と、修道院への付き添いに同行していた母親たちの夏子捜索の旅が展開されていきます。
主役の夏子はもちろんのこと、夏子を追う親族のおばさまトリオ(祖母、伯母、母)や、青年の同僚の新聞記者、途中から捜索に合流する牧場の娘など、脇を固めるキャラクタも魅力的で、ドタバタ劇としても良質な物語に出来上がっています。読んでいてビジュアルが自然に浮かび上がり、自分は「わたせせいぞう」さんの絵を思い浮かべながら物語を追いました。お淑やかに見えて、芯のしっかりした女性像やユーモアのある雰囲気がぴったりだと思ったからです。
オチに当たる場面での選択、振る舞いを含め、夏子は実にあたらしいキャラクタだと感じました。あたらしいと言っても、今風だとか、現代的だとかいった意味ではなく、時を経ても色褪せない魅力があると言った方がふさわしいですね。
夏子の言動は人によっては自分勝手と映るかもしれませんが、夏子は我が儘に、自由気ままに生きているのではなく、自分よりも大切なもの、心のうちの情熱に忠実に生きているという印象を受けました。共感する存在に対しては、献身を惜しまず、自らは一歩下がって見守ることも辞さないのです。これは自分を前に出そうとするエゴむき出しな生き方とは一線を画すものだと思います。
魅力的なキャラクタは、読者が心のどこかで憧れていること、手の届かないことを物語の中で体現する存在だと考えます。親近感を持たせるだけのキャラクタ造形では魅力的にはならないのです。たとえ、言動に共感が出来なくとも、自分がしたくても出来ないことを実現するキャラクタに読者は惹きつけられるのだと思います。
本作が発行されたのは1951年、今から70年以上前になりますが、今読んでも古さを感じさせません。もちろん、時代設定などは古いものなりますが、ストーリーやキャラクタのあたらしさは時を経ても決して色褪せないものです。そこが流行りものとの最大の違いです。流行りものに終始する作品が、すぐに飽きられ古臭くなりますが、本当にあたらしいものはいつの時代も人を魅了します。
色々な情報に振り回される場面が多い現代社会においては、自分の中で信じるべきものを定め、それに愚直に突き進む夏子のような生き方への憧れはより強まっているのではないでしょうか。 終わり




