第六章 笠の動乱
八意思兼の病床
笠の鷲峰山、皇居の奥深く。八意思兼尊は病に伏し、榻の上で息を荒げる。窓から差し込む月光が、彫刻された木の柱に影を落とす。天照大神は夫の傍らで手を握り、涙をこらえる。
「兼、そなたが居ずばこの国はどうなる…」天照が震える声で呟く。
「大日孁貴、そなたは強い。国を導ける」と八意思兼が弱々しく答える。
「だが、素戔嗚が…出雲が脅威だわ」と天照が眉を寄せる。
「弟を信じろ。争いは…民を苦しめるだけ…」八意思兼が咳き込む。
女官がそっと言う。「八意思兼様、もう長くない…天照様、覚悟を。」
宮廷の外で民が囁く。「王が死ねば、笠はどうなる? 出雲が攻めてくるぜ。」
八意思兼は最後に微笑み、「神々に…国を託す…」と息を引き取った。
天照の嘆き
皇居の大広間。天照は喪衣をまとい、八意思兼の死を悼む。諸王が集まり、沈痛な空気が漂う。祭壇には米と塩が供えられ、松明の火が揺れる。
「兼が逝った…私の支えだったのに!」天照が祭壇に額を付ける。
高木神が静かに言う。「大日孁貴、悲しみを力に。国はそなたを必要とする。」
「だが、出雲の素戔嗚が勢力を増す。弟を呼び戻すべきか?」天照が問う。
「呼び戻せば和平も可能だ。だが、素戔嗚の心は…」高木神が言葉を濁す。
臣下が進言する。「天照様、末子の熊野久須毘を皇統に。出雲にいる彼を呼び戻しましょう!」
民が広間で囁く。「素戔嗚様、笠に戻るのか? でも、天照様と仲直りできるかな…。」
天照は決意し、「素戔嗚を召還する。だが、忠誠を誓わねば許さぬ!」
熊野久須毘の帰還
出雲で大国主命の娘と結婚していた熊野久須毘は、笠からの使者を迎える。出雲の川辺で、彼は妻に別れを告げる。桜の花びらが水面に散る。
「愛する人よ、笠へ戻らねばならぬ。皇統を継ぐためだ」と熊野久須毘が言う。
妻は涙を流し、「貴方を愛したが、国が呼ぶなら…行って」と頷く。
使者が急かす。「熊野久須毘様、天照様が待つ。急ぎ笠へ!」
熊野久須毘は馬に乗り、振り返らずに言う。「出雲との縁は切れた。笠に忠誠を誓う!」
出雲の民が囁く。「熊野久須毘、去るのか…大国主様、どう思うかな?」
若い女が言う。「笠と出雲、仲が悪くなりそう…怖いね。」
熊野久須毘は笠に到着し、天照に跪く。
「母上、戻った。皇統を継ぐ覚悟だ!」
素戔嗚の召還
天照の命で、使者が出雲へ向かう。素戔嗚は櫛名田姫と港で魚を干す中、使者の声を聞く。海鳥が鳴き、波が岩に砕ける。
「素戔嗚様、天照大神の命だ。笠へ戻り、忠誠を誓え!」使者が叫ぶ。
「姉上が今さら何だ? 俺を追放したのは誰だ!」素戔嗚が目を光らせる。
櫛名田姫が手を握り、「尊、行くべきよ。出雲と笠の和平のため」と囁く。
「姫、そなたの言う通りだ。だが、天照の心は信じられぬ」と素戔嗚が呟く。
出雲族が囁く。「尊、笠に戻るのか? 天照様、許してくれるかな…。」
素戔嗚は決意し、「行く。だが、俺の誇りは曲げん!」と船を準備する。
笠と出雲の緊張
三輪山の脇の坂道では女官たちが弓矢を手に待ち構えていた。
しかし、素戔嗚の立派になった姿に感服して、弓矢を扇のようにして舞い踊った。
笠の皇居。素戔嗚が到着し、天照と対峙する。大広間の柱に松明が揺れ、緊張が走る。熊野久須毘が傍らに立つ。
「弟、よく戻った。忠誠を誓うなら許す」と天照が冷たく言う。
「姉上、俺を追放し、替矢姫を死に追やったのは誰だ?」素戔嗚が声を荒げる。
「黙れ! 皇統は私が守る! そなたは出雲で好き勝手したな!」天照が返す。
熊野久須毘が割って入り、「母上、叔父上、争いは無意味だ。国を一つに!」
高木神が静かに言う。「素戔嗚、過去を水に流せ。笠と出雲が争えば、民が苦しむ。」
民が広間外で囁く。「素戔嗚様と天照様、火花散ってる…戦争になるかも。」
素戔嗚は拳を握り、「姉上、和平を望むなら、民を優先しろ」と言い放つ。
暗雲の兆し
夜、鷲峰山の麓。素戔嗚は川辺で一人、替矢姫を思い出す。天照は皇居で熊野久須毘に語る。
「兼が逝き、弟は信用できぬ。そなたが皇統を継ぐのだ」と天照が言う。
「母上、だが出雲の大国主が…彼は、強大だ」と熊野久須毘が不安げに答える。
一方、出雲では大国主が民に宣言する。「笠が我々を脅かすなら、戦う! 出雲の誇りを!」
出雲族が叫ぶ。「大国主様、俺たちがついてる! 笠に負けるな!」
笠の民が囁く。「天照様と素戔嗚様、仲直りできなきゃ…戦争だよ。」
素戔嗚は川の水面に映る月を見上げ、呟く。「姫、俺は何をすべきだ? 出雲と笠、両方を守りたい…。」
夜風が冷たく吹き、笠と出雲の間に暗雲が立ち込める。