第四章 新羅の試練
海を越える決意
桜井市を出た素戔嗚は、ダンノダイラの出雲族を率いて海路を進む。初瀬川の港を後にし、船は日本海の荒波を越える。船底が軋む中、素戔嗚は船首に立ち、替矢姫の死の痛みを胸に刻む。波が白く砕け、塩の香りが鼻をつく。
「姫、俺はそなたの魂と共に生きる。新天地で必ず国を築く」と素戔嗚が呟く。
出雲族の族長が肩に手を置き、「尊、悲しみを力に変えろ。俺たちがついてる!」と励ます。
若い船頭が叫ぶ。「風が強いぜ! 新羅まで持つかな、この船!」
「神々が導く。恐れず漕げ!」素戔嗚が一喝し、櫂を握る民の目に力が宿る。
船尾の老人が囁く。「替矢姫様の死…尊の目はまだ涙に濡れてる。あの悲しみ、俺たちも背負うぞ。」
夜の海に星が瞬き、素戔嗚は甲板で祈る。「神々よ、姫の魂をこの船に。俺を試すなら、どんな嵐も受けて立つ!」
新羅の不毛な地
新羅の岩だらけの海岸に船がたどり着く。灰色の空の下、痩せた土と枯れた草が広がる。素戔嗚は出雲族を率いて内陸へ進むが、農耕に適した土地は見つからない。冷たい風が顔を刺し、疲れた民が膝をつく。
「この地で米は育たぬ…神々は何を試すのだ?」素戔嗚が岩に腰かけ、拳を握る。
出雲族の若者が不満を吐く。「尊、なんでこんな荒野に来たんだ? 大和の湖の方がまだマシだ!」
「黙れ! ここで生きる道を探す。それが姫への誓いだ!」素戔嗚の声が響く。
老女が穏やかに進言する。
「尊、海辺に小さな集落がある。そこの民に話を聞こうよ。」
集落に着くと、新羅の長が現れ、訝しげに言う。
「よそ者か。農耕は無理だ。だが、魚は豊富。共に暮らすか?」
素戔嗚は首を振る。
「我々は日本の地に戻る。姫の魂が俺を呼ぶ。この荒野に未来はない。」
集落の女が囁く。
「あの男、目が燃えてる…まるで神だわ。」
八咫烏との出会い
新羅の集落で、ぼろをまとった秦の遺臣たちが素戔嗚に近づく。彼らは秦を追われた漂流民、後に八咫烏と呼ばれる者たちだ。リーダーの男は額を地面につけ、懇願する。
「素戔嗚様、貴方の志に命を懸けたい! 日本の国へ連れて行ってくれ!」
素戔嗚は鋭い目で問う。「そなたらは何者だ? なぜ俺に従う?」
「我々は秦の末裔。秦で迫害され、彷徨った。だが、貴方の強さに未来を見た!」リーダーが叫ぶ。
素戔嗚は一瞬、替矢姫の笑顔を思い出し、頷く。「いいだろう。共に日本へ戻る。神々が道を示す!」
出雲族の若者が不信げに言う。「この秦の連中、信用できるのか? よそ者だぜ。」
八咫烏の女が笑う。「我々の弓は尊を守る。試してみなよ、若造!」
素戔嗚は火を囲み、言う。「皆、俺の仲間だ。秦も出雲も関係ない。一つの国を目指す!」
嵐の試練
日本への帰路、海は荒れ狂う。黒い雲が空を覆い、雷鳴が轟く。船は波に翻弄され、出雲族が甲板で叫ぶ。「神々よ、なぜ我々を試す!」
素戔嗚は船首に立ち、風に髪をなびかせ祈る。「姫、そなたの魂よ、この嵐を鎮めてくれ! 民を救う!」
八咫烏のリーダーが叫ぶ。「尊、帆を張れ! 風を切り裂くんだ!」
船頭が汗と海水にまみれ、「この嵐、乗り切れば出雲だ! 皆、力を貸せ!」と叫ぶ。
若い出雲族が震えながら言う。「尊の目…神々みたいだ。俺、信じるぜ!」
嵐の中心で、素戔嗚は姫の幻を見る。「尊、進め…」と囁く声に、素戔嗚は叫ぶ。
「姫、俺は負けん!」
夜が明け、嵐は静まる。船は島根県出雲の港にたどり着く。素戔嗚は疲れ果て、呟く。「姫、そなたの加護か…ありがとう。」
出雲の希望
出雲の港、奥出雲の集落。主足名稚命が素戔嗚を暖かく迎える。集落は緑豊かで、川のせせらぎが響く。足名稚命は娘、櫛名田姫を差し出し、言う。
「素戔嗚様、出雲へようこそ。娘を娶り、この地を共に治めてほしい。」
櫛名田姫は穏やかな目で言う。「尊、貴方の悲しみを聞いた。私の愛で癒したい。」
素戔嗚は姫の手を取り、替矢姫の面影に一瞬揺れるが、答える。「櫛名田姫、そなたの心は清い。この地で新たな国を築こう。」
出雲族の老人が囁く。「替矢姫様の後か…櫛名田姫、気立てがいいな。」
民の女が笑う。「尊、幸せになってよ。出雲は貴方を待ってたんだ!」
素戔嗚は集落を見渡し、誓う。「この地を豊かにする。姫、共に未来を!」
祝宴の夜
奥出雲で祝宴が開かれる。櫛名田姫との結婚を祝い、八咫烏と出雲族が火を囲む。酒が注がれ、歌が響く。
「尊、この地は希望だ! 俺たちの弓で守るぜ!」八咫烏のリーダーが杯を掲げる。
櫛名田姫が微笑む。「尊、父も民も貴方を信じてる。出雲は貴方で輝くわ!」
素戔嗚は静かに言う。「替矢姫の魂も、ここで見守る。この地で必ず国を築く。」
若い出雲族が叫ぶ。「素戔嗚様、櫛名田姫様、万年栄えあれ!」
夜空に星が瞬き、素戔嗚は櫛名田姫の手を握る。「姫、そなたとなら、どんな試練も乗り越える。」
集落の火が揺れ、新たな希望が芽生えていた。