第三章 追放の悲劇
迫害の嵐
大和盆地、笠の東の淋しい地。
素戔嗚尊と替矢姫は小さな家で慎ましく暮らす。だが、天照大神の怒りは収まらず、使者が次々と訪れる。
「素戔嗚、皇居への出入りを禁ず!」使者が冷たく告げる。
「姉上がそこまで…俺は何も企んでいない!」素戔嗚が拳を握る。
替矢姫は涙をこらえ、「尊、私のせいよ。天照様は私の子を恐れている…。」
「姫、そなたは無垢だ。俺が守る!」素戔嗚が抱きしめる。
近隣の民が陰で囁く。「素戔嗚様、可哀想に…侍女との恋がこんな目に。」
老女が呟く。「天照様、厳しすぎる。神々の子を追うなんて…。」
冬の寒さ
冬、初瀬川の風が冷たく吹く。替矢姫は機織りに励むが、寒さに震える。素戔嗚は死んだ馬の皮を剥ぎ、姫の椅子にかける。
「姫、これで少しは暖かいだろ?」素戔嗚が気遣う。
「尊、貴方の心で十分よ。神々に感謝するわ」と替矢姫が微笑む。
だが、天照の使者が再び現れ、嘲る。「馬の皮をかけるか! 皇子の風上にも置けぬ!」
「黙れ! 姫を侮辱するな!」素戔嗚が怒鳴る。
替矢姫が震えながら言う。「尊、争わないで…私が我慢すれば…。」
夜、素戔嗚は星空に祈る。「神々よ、姫を守ってくれ。俺の罪なら俺が受ける!」
追放の宣告
鷲峰山の皇居。天照大神は八意思兼尊と協議し、素戔嗚の国外追放を決める。
「弟は皇統を乱す! 国外へ追放する!」天照が声を荒げる。
「大日孁貴、落ち着け。素戔嗚はまだ若い
。子も生まれていない」と八意思兼が諭す。
「子が生まれたらどうする? 私の位を奪う気だ!」天照が目を光らせる。
使者が東の地へ向かい、素戔嗚に告げる。
「天照大神の命だ。出雲の港から船出せ。」
替矢姫は蒼白になり、「尊、私のせいで…私が天照様を怒らせたのね!」と泣く。
「姫、俺はお前を選んだ。どこへ行こうと共にある!」素戔嗚が誓う。
替矢姫の悲劇
追放の知らせに耐えきれず、替矢姫は自責の念に苛まれる。機織りの部屋で、彼女は箸を手に震える。
「尊を追放だなんて…私の愛が全てを壊した!」替矢姫が嗚咽する。
「姫、何だその箸は! やめろ!」素戔嗚が駆け寄るが、間に合わない。
替矢姫は箸でホトをつき自らの命を絶ち、倒れる。「尊…ごめんなさい…神々に詫びるわ…。」
「姫! なぜだ! 俺を置いていくのか!」素戔嗚は慟哭し、姫を抱き上げる。
近隣の民が駆けつけ、呆然とする。「替矢姫様…なんてことに…。」
老女が涙ながらに言う。「天照様の怒りが、こんな悲劇を…神々よ、なぜだ!」
帰らずの墓
素戔嗚は替矢姫の亡魂を細川で清め、桜井市の帰らずの墓に葬る。川の岸で、素戔嗚は石に腰かけ、悲しみに沈む。
「姫、そなたの笑顔が俺の全てだった…なぜ神々は奪った?」と呟く。
民の一人がそっと言う。「素戔嗚様、強く生きて。姫様の分まで。」
素戔嗚は立ち上がり、拳を握る。「天照、俺を追うなら追え! だが、姫の魂は俺と共にある!」
川の対岸で、子供が囁く。「素戔嗚様、怖いけど…カッコいいな。」
素戔嗚は決意を胸に、ダンノダイラの出雲族に声をかけに行く。「俺に従え! 新天地を求める!」
出雲の港へ
桜井市、三輪山の東南、初瀬川の港。数百メートルの川幅は湖のようだ。素戔嗚は出雲族を率い、船を用意する。
「我々は新天地へ行く! 共に来い!」素戔嗚が叫ぶ。
「尊に従う! 出雲族の誇りを!」族長が応じる。
船頭が言う。「新羅は遠い。だが、尊の志なら海も越えられる!」
民が囁く。「素戔嗚様、姫様の死を乗り越えるなんて…神々の子だ。」
船は夜明けに出発。素戔嗚は船首で呟く。
「姫、俺は生きる。そなたの分まで…。」
初瀬川の水面に、替矢姫の面影が映るかのようだった。