第十章 和睦の婚姻
白川の約束
桜井市、白川の清流が三輪山の麓を流れ、春の陽光が水面にきらめく。桜の花びらが風に舞い、川辺の草を彩る。出雲の若者、八重事代主は大国主の長男で、穏やかながら気高い眼差しを持つ。彼は笠との和平を求めて白川の地に立つ。そこへ、饒速日の娘、玉櫛姫が偶然現れる。彼女の青い衣は川の流れのように揺れ、目は希望に輝く。
「八重事代主、貴方は出雲の未来と聞く。和平を心から願う?」玉櫛姫が静かに問う。
「姫、戦いは民の心を裂く。笠と出雲を結び、笑顔を取り戻したい」と八重事代主が答える。
「父上の志も同じよ。私の心を貴方に預けるわ」と玉櫛姫が微笑み、手を差し出す。
川辺の民が囁く。「玉櫛姫様、なんて美しい! 八重事代主様と神々の縁だ!」
老女が涙ぐみながら言う。「この出会い、神々が導いた。戦争が終わるよ、きっと。」
八重事代主は姫の手を握り、思う。「この娘なら、笠と出雲を一つにできる。俺の誇りを懸ける。」
桜の木の下、二人は誓う。「共に日ノ本を平和に」と。
三輪山の談判
耶馬臺国の新都、三輪山の宮殿。大広間の木柱には神々の彫刻が施され、松明の火が揺れる。饒速日は八重事代主を招き、和平を話し合う。活玉依姫と天道日女命が傍らに立ち、素戔嗚も同席する。初瀬川のせせらぎが窓から響き、夜の静寂を和らげる。
「八重事代主、大国主は和平を認めるか?」饒速日が十種神宝の剣を握りながら問う。
「父は出雲の誇りを愛する。だが、姫との縁なら和平を受け入れる」と八重事代主が力強く答える。
活玉依姫が言う。「尊、八重事代主の目は誠実。和平はこの縁で築かれるわ。」
天道日女命が微笑む。「私の父も姫の幸せを願う。出雲と笠は一つになれるわ。」
素戔嗚が杯を掲げ、「若者、いい姫だ。替矢姫の魂もこの和平を喜ぶ。」
民が広間外で囁く。「八重事代主様と玉櫛姫様…この結婚で戦いは終わるんだ!」
饒速日は頷き、思う。「神々よ、この談判を成功させたまえ。民の笑顔のために。」
婚姻の祝祭
三輪山の神籬、桜が満開に咲き誇る。八重事代主と玉櫛姫の結婚の儀が執り行われる。
祭司の祝詞が高らかに響き、太鼓が山を震わせる。笠と出雲の旗が並んで風に揺れ、民は酒と歌で祝う。桜の花びらが舞い、場は神聖な光に包まれる。
「八重事代主、姫を愛し、耶馬臺国を守れ」と饒速日が厳かに宣言。
「尊、玉櫛姫と共に日ノ本を平和に導く」と
八重事代主が誓う。
玉櫛姫が微笑む。「貴方の心は私の光。笠と出雲を一つにするわ。」
天道日女命が言う。「姫、貴女は日ノ本の希望。出雲も笠も貴女を祝福する。」
民が歓声を上げる。「八重事代主様、玉櫛姫様、永遠に栄えあれ!」
若い男が囁く。「こんな神聖な儀式、見たことねえ…神々が降りてきてるぜ!」
素戔嗚は笑い、思う。「替矢姫、そなたもこの喜びを見るか。俺の旅はここで報われた。」
日向の佐怒彦
数年後、耶馬臺国の新都は繁栄を極める。
初瀬川の田は稲穂で黄金に輝き、民の笑顔が溢れる。ある日、日向の地から使者が三輪山に到着。使者は佐怒彦、大山祇命と邇邇芸尊の血を継ぐ日向の若き指導者だ。彼の目は神々の光を宿し、声は力強い。
饒速日は孫娘の伊須気余理姫を三輪山の麓の川辺で待たせ、佐怒彦がうまく口説けば結婚を許すことにしていた。
佐怒彦は伊須気余理姫に気に入られて一緒に皇居に上がってきた。
「饒速日様、日向の民も日ノ本に連なりたい。 貴方の統一の志に心を動かされた」と佐怒彦が言う。
「佐怒彦、そなたの気魄は日向の海のようだ。 共に日ノ本を築こう」と饒速日が答える。
玉櫛姫が微笑む。「父上、佐怒彦様は日向の光。耶馬臺国に新たな希望よ。」
八重事代主が言う。「この男なら、俺たちの子も未来を継ぐ。日ノ本は安泰だ!」
民が叫ぶ。「佐怒彦様、ようこそ! 耶馬臺国に栄光を!」
老女が囁く。「日向の佐怒彦、まるで神々の子…未来の王になるかもね。」
饒速日は佐怒彦を見つめ、思う。「この若者が日ノ本の未来だ。神々よ、彼を導きたまえ。」
日本の統一
耶馬臺国は五国に分かれ、中央の三輪を中心に九州の耶馬壱国、三重和歌山の耶馬二国、出雲の耶馬三国、東国の耶馬四国が連なる。
笠と出雲の和平は固まり、民は戦いの恐怖から解放される。三輪山の新都で、饒速日は佐怒彦を招き、統一を宣言する。朝日が宮殿を照らし、稲穂が風に揺れる。
「日ノ本は一つだ! 笠、出雲、日向、全ての民が共に生きる!」饒速日が剣を掲げる。
佐怒彦が言う。「尊、貴方の志は日向の海に響いた。日ノ本を永遠に守る!」
玉櫛姫が微笑む。「父上、貴方の夢が叶った。佐怒彦様が日ノ本を導くわ。」
八重事代主が叫ぶ。「耶馬臺国は神々の国! 民よ、共に栄えよう!」
民が歓声を上げる。「佐怒彦様、饒速日様、万年栄えあれ! 日ノ本に平和を!」
若い女が囁く。「戦争が終わった…佐怒彦様の時代、どんな未来になるんだろう!」
饒速日は三輪山を見上げ、思う。「素戔嗚、祖母上…この統一はそなたらの魂の結晶だ。」
三輪山の永遠
夕暮れ、三輪山の頂。饒速日は活玉依姫、天道日女命、玉櫛姫、八重事代主、伊須気余理姫、佐怒彦と並び、統一された日ノ本を見下ろす。夕陽が山を赤く染め、初瀬川がきらめく。民の歌声が麓から響き、星が空に瞬き始める。
「佐怒彦、そなたが日ノ本の未来を継ぐ。民を導け」と饒速日が言う。
佐怒彦が頷く。「尊、貴方の志を継ぎ、日ノ本を永遠に守る! 日向の誇りを懸けて!」
玉櫛姫が涙を浮かべ、「父上、貴方の夢が私の誇り。佐怒彦様に全てを託すわ。」
天道日女命が言う。「笠と出雲、日向が一つに…神々の奇跡よ。」
民が山麓で叫ぶ。「耶馬臺国、永遠に! 佐怒彦様、万年栄えあれ!」
饒速日は夕陽を見つめ、呟く。「神々よ、民よ、ありがとう。日ノ本はそなたらの魂と共に輝く。」
星空が広がり、三輪山は神々の座として、日本の未来を永遠に照らし続けた。
終わり
「三輪の湖光」を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。この物語は、奈良県桜井市の三輪山と初瀬川の湖を舞台に、日本神話の壮大な世界を背景として、人の愛と葛藤、悲劇と再生を描いた一編です。紀元前300年頃の大倭と耶靡堆国の対立から始まり、素戔嗚の悲劇、饒速日の統一による耶馬臺国の誕生まで、歴史と神話の狭間で揺れる人々の心を追いかけました。三輪山は、日本最古の大神神社が鎮座する神聖な地であり、古来より神々の座として尊ばれてきました。また、桜井市に伝わる三輪そうめんの起源や、初瀬川の湖のような風景は、私の故郷への深い愛着から生まれました。この物語の着想は、幼い頃に父から聞いた三輪山の神話と、初瀬川の静かな水面に映る夕陽の美しさでした。そこに宿る歴史の息吹と、人々の営みが、物語の骨格を形作りました。執筆中、素戔嗚と替矢姫の悲恋や、饒速日と天道日女命、活玉依姫の絆を通じて、愛と犠牲、和平への願いを描くことに心血を注ぎました。特に、素戔嗚の追放と再生の旅は、私自身が人生の試練を乗り越える中で感じた思いを投影したものです。彼の慟哭と決意が、読者の皆様の心に響いたなら幸いです。また、耶馬臺国という名は、邪馬台国に着想を得つつ、三輪の地に新たな神話的意義を与えたいという願いから生まれました。物語の背景には、大神神社の神聖さや、三輪山が持つ悠久の歴史があります。検索結果によれば、三輪山は約1200年前にそうめんの起源を生み、飢饉と疫病に立ち向かった神話が残っています。また、日本最古の市場「海柘榴市」の伝説も、物語に交易や民の活気を描くヒントを与えてくれました。これらの歴史的要素を織り交ぜ、現代の読者に神話の息吹を感じていただけるよう努めました。この物語を通じて、争いと和解、喪失と希望の間で揺れる人間の心、そして三輪の湖光に映る永遠の光を、皆様に感じていただければ幸いです。素戔嗚の悲しみ、饒速日の志、玉櫛姫や活玉依姫の強さが、どこかで皆様の心に寄り添うことを願っています。最後に、三輪山と初瀬川の風景、そしてこの物語を支えてくれた読者の皆様に、心からの感謝を捧げます。千田寛仁
2025年7月12日
桜井市にて