体育祭、君と走った瞬間
6月下旬、梅雨が一時的に明けた晴れた日、学校では毎年夏休み前に体育祭が開催されることになっていた。校庭にはテントが張られ、クラスごとに応援グッズの準備や競技の練習が行われていた。蒼人と空はサッカー部での活動を続けながら、体育祭に参加することに。テストや遠足を乗り越えた二人は、最近ますます一緒にいる時間が長くなり、クラスでも「仲良しコンビ」として知られていた。蒼人は空への気持ちが「友達以上」だと自覚しつつも、まだ素直になれずにいた。
体育祭の1週間前、クラスのホームルームで競技の割り当てが発表された。リレーや騎馬戦、借り物競走などがあり、蒼人と空はリレーのメンバーに選ばれた。
「ソ:おお、蒼人! リレー一緒じゃん! 絶対勝とうぜ!」
空が目を輝かせて言う。蒼人は走るのは得意ではないけど、空の楽しそうな顔に押されて頷いた。
「ア:うん…でも、俺、足速くないし、空に迷惑かけたら…」
「ソ:大丈夫だって! 俺が最後でバトンもらうから、蒼人が頑張れば勝てるよ!」
空が自信満々に笑う。蒼人の胸がドキッとして、練習を頑張ろうと決意した。友達として支えたい。でも、心の奥では空を喜ばせたいという気持ちが強くなっていた。
クラスでは応援グッズの準備も進めていた。1年A組はクラスカラーである青を基調に、応援用のハチマキや旗を作ることになった。蒼人と空は一緒にハチマキにペンで「A組がんばれ!」と書き込み、時々手が触れ合って蒼人がドキッとする瞬間があった。
「ソ:なあ、蒼人! 俺、字下手だからさ、蒼人が書いてくれると助かる!」
「ア:え、俺もそんなに上手くないよ…でも、いいよ」
蒼人が丁寧に文字を書くと、空が「めっちゃ上手いじゃん! さすが蒼人!」と笑顔で褒めてくれた。蒼人は照れながらも、空の笑顔に心が温かくなった。
練習が始まると、クラスメイトと一緒に校庭を走った。蒼人は最初、息が上がり気味でバトンパスをミスすることもあった。
「ア:ごめん…また落としちゃった」
蒼人が肩を落とすと、空が近づいてきて肩をポンと叩いた。
「ソ:いいよ、蒼人! 最初はみんなそうなんだから。もう一回やろう!」
空が優しく励まし、再度バトンを渡す練習を始めた。蒼人は空の笑顔に励まされ、なんとかパスを成功させた。
「ソ:ナイス! 蒼人、めっちゃ上手くなったじゃん!」
空が褒めてくれて、蒼人は照れながら笑った。その瞬間、空が蒼人の手を握って「これでバトン渡す感じだよ」と教えてくれた。手の温もりに、蒼人の心がまた跳ねた。
「ア:…うん、わかった。ありがとう、空」
「ソ:おう! 俺らなら絶対優勝だ!」
二人の笑顔が校庭に響き、クラスメイトからも「いいコンビだね」と声が上がった。
体育祭当日、朝から太陽が照りつけ、校庭は熱気に包まれていた。観客席には保護者や地域住民も集まり、賑やかな雰囲気だった。蒼人はクラスカラーの青いハチマキを頭に巻き、少し緊張しながらスタートラインに立った。空はアンカーとして最後を任され、蒼人は2番手だった。
「ソ:蒼人、任せたよ! バトンしっかり渡してね!」
「ア:うん、頑張る…空、絶対ゴールまで行けよ」
空がウィンクして笑う。その笑顔に、蒼人は勇気をもらった。号砲が鳴り、第1走者がスタート。バトンが蒼人に渡されると、蒼人は全力で走った。息が上がるけど、空の顔を思い浮かべて頑張った。
「ア:空、受け取れ!」
蒼人がバトンを渡すと、空が一気に加速。観客の歓声の中、空がゴールテープを切った。クラスは大喜びで、蒼人も走り終わって息を切らしながら笑った。
「ソ:蒼人! ありがとう! お前のおかげだよ!」
空が走ってきて、蒼人に抱きついた。汗と熱が伝わり、蒼人の心臓が激しく鼓動した。
「ア:…空、離してよ…恥ずかしい…」
「ソ:えー、いいじゃん! 勝ったんだからさ!」
空が笑いながら離れず、蒼人の肩に手を置いたままだった。クラスメイトが「やばい、仲良すぎ!」と笑い、保護者席からも視線が集まった。
昼休み、クラスで弁当を食べながら、女子生徒たちがひそひそ話を始めた。
「女1:ねえ、蒼人と空ってさ、最近ほんと仲いいよね。リレーでもあんなに抱き合って…」
「女2:うん、なんかBLっぽくない? 付き合ってるのかな?」
その噂が風のように広がり、佐藤が「またBL疑惑かよ」と笑いながら近づいてきた。
「サ:おい、二人とも。みんながBLだって噂してるぞ。どうする?」
「ソ:バカ言うなよ! 友達同士だよ、普通!」
空が笑いものにするけど、蒼人は顔が熱くなって俯いた。BL、か。友達以上の気持ちがあるのは確かだけど、そんな風に思われるのは恥ずかしかった。
「ア:…別に、気にしないでいいよ。友達だからさ」
「ソ:だろ? 俺ら、ただのベストフレンドだ!」
空が強めに言うけど、その言葉に蒼人は少しモヤモヤした。ベストフレンド、でいいのかな。
午後の騎馬戦では、蒼人が下、空が上のペアになった。練習不足でバランスが悪く、最初は転びそうになった。
「ア:空、重い…動かないでよ」
「ソ:えー、蒼人、もっとしっかり持てよ! 俺、落ちないからさ!」
空が笑いながら蒼人の肩を掴む。二人でバランスを取りながら歩き、なんとか相手チームに勝つことができた。勝った瞬間、空が興奮して蒼人の頭をガシガシと撫でた。
「ソ:蒼人、すごい! 俺ら、無敵だよ!」
「ア:…うん、ありがとう。空と一緒でよかった」
その言葉に、空が一瞬真剣な顔をして蒼人を見つめた。蒼人も空の目を見て、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。クラスメイトが「またイチャイチャしてる!」と笑う声が聞こえ、蒼人はますます顔を赤らめた。
体育祭の最後には、クラス対抗の綱引きが行われた。蒼人と空は隣同士で綱を握り、力を合わせて引っ張った。
「ソ:蒼人、もっと力入れろ! 俺らが引っ張れば勝てるって!」
「ア:うん…頑張るよ、空!」
二人が声を掛け合いながら綱を引くと、クラスが勝利。みんなで歓声を上げ、蒼人と空は疲れ果てて芝生に倒れ込んだ。
「ソ:はー、疲れたけど楽しかったな! 蒼人、よくやった!」
「ア:…空も、すごかったよ。俺、こんなに頑張れたの初めてかも」
空が笑いながら蒼人の頭をポンと叩いた。その瞬間、蒼人の心がまた温かくなった。
体育祭が終わり、校庭でクラス写真を撮った。空が「蒼人と隣だ!」と強引に隣に立たせ、肩を組んできた。シャッターが切られると、空が「次はもっと勝とうな」と囁いた。帰り道、夕陽が校庭を染める中、二人は疲れ果てて歩いた。
「ソ:今日、蒼人と一緒で楽しかった。ありがとうな」
「ア:…俺も、楽しかったよ。空と一緒なら、何でも楽しい」
空が「だろ?」と笑い、蒼人の肩に寄りかかってきた。晴れた空の下で、二人の距離はまた近づいた。
家に帰ると、母が「体育祭、どうだった?」と聞いてきた。
「ア:勝てたよ。リレーと騎馬戦で…空と一緒に」
「母:いいねえ。蒼人、ねぇ写真、見せて?」
蒼人は写真を見せながら、空とのことを話した。母は「仲良しでよかったね」と笑ったけど、蒼人の心は複雑だった。BLと言われたことが頭から離れず、友達以上の気持ちが膨らんでいる。
「ア:…母さん、友達って、どれくらい近づいていいんだろう」
「母:え? 蒼人、悩んでるの? 好きな子がいるなら、自然に過ごせばいいよ」
母の言葉に、蒼人はハッとした。好きな子、か。空のことだ。夜、ベッドで写真を見つめながら、蒼人は独白した。
「ア:…空のこと、好きだ。友達以上だ。でも、どうしたらいいのかな」
その葛藤は、夏休み前の学校生活や部活でのエピソードにつながる次話への期待感を残した。