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5月のグラウンド、君と走る日


5月に入り、新緑が校庭を鮮やかに彩っていた。蒼人と空は、入学から1カ月が経ち、ようやく中学校生活に慣れてきた頃だった。蒼人は空に誘われる形でサッカー部に入部することを決めていた。自分は運動が得意ではないと思っていた蒼人だったが、空の「一緒にやろうぜ!」という言葉に背中を押され、入部届を出したのだ。空はもちろん、サッカー部に入る気満々で、部活の初日を心から楽しみにしている様子だった。


部活初日、放課後のグラウンドには新入生と先輩たちが集まっていた。サッカー部の顧問である体育教師の田中先生は、がっしりした体格の中年男性で、「初心者でもやる気があれば大歓迎!」と笑顔で新入部員を迎えた。蒼人は少し緊張しながら、空の隣に立って先生の話を聞いていた。

「ソ:なあ、蒼人! やっと部活始まるよ! めっちゃ楽しみ!」

空が小声で囁き、蒼人の肩を軽く叩いた。蒼人はその明るさに少し安心しながらも、先輩たちの真剣な顔つきに気圧されていた。

「ア:うん…でも、俺、ちゃんとできるかな…」

「ソ:大丈夫だって! 俺がいるからさ。蒼人、絶対上手くなるよ!」

空の笑顔が眩しくて、蒼人は小さく頷いた。空がそばにいると、いつもより少しだけ勇気が出る気がした。


初日は軽い自己紹介と基礎練習から始まった。新入生は10人ほどで、先輩たちを含めると部員は30人近くいた。自己紹介では、空が「星野空です! サッカー大好きです! よろしくお願いします!」と元気よく挨拶し、先輩たちから「いいね、元気なやつ!」と拍手をもらった。蒼人は緊張しながら「山崎蒼人です…よろしくお願いします」と小さく言ったが、空が「蒼人、もっと声出せー!」と茶々を入れ、みんなが笑った。恥ずかしかったけど、空のおかげで少し緊張が解けた。


練習が始まると、まずはランニングとストレッチ。先輩たちに混じってグラウンドを走るのは、想像以上に大変だった。蒼人はすぐに息が上がり、足が重くなった。

「ア:はあ…はあ…俺、走るの苦手…」

蒼人が立ち止まりそうになると、空が後ろから駆け寄ってきた。

「ソ:蒼人、頑張れ! 俺も一緒に走るからさ!」

空が並んで走ってくれるので、蒼人はなんとか最後まで走りきった。汗だくで息を切らしながら、蒼人は空に感謝した。

「ア:ありがと…空、めっちゃ速いね」

「ソ:へへ、俺、小学校の頃からサッカーやってたからな! 蒼人もすぐ慣れるよ!」

空が汗を拭いながら笑う。その笑顔が夕陽に照らされて、蒼人の胸がまたドキッとした。なんでだろう。こんな瞬間、最近よくある。


ランニングの後は、パス練習に移った。先輩がボールを蹴る様子を見本で見せ、新入生たちはペアになって練習することに。蒼人と空は自然とペアになり、グラウンドの端でボールを蹴り始めた。空は軽やかにボールを扱い、蒼人に優しくパスを送る。

「ソ:ほら、蒼人! こうやって足の内側で蹴るんだよ。やってみて!」

「ア:う、うん…こう?」

蒼人がぎこちなくボールを蹴ると、少し曲がってしまった。空は笑いながらボールを拾いに行き、「全然いいよ! 最初はこんなもんだって!」と励ましてくれた。蒼人は空の優しさにホッとしながら、もう一度ボールを蹴った。今度はまっすぐ空に届き、空が「ナイスパス!」と大声で褒めてくれた。蒼人の顔が熱くなり、小さく笑った。

「ア:…空、教えるの上手いね」

「ソ:だろ? 俺、蒼人にサッカー好きになってほしいんだ!」

その言葉に、蒼人の胸が温かくなった。空がそんな風に思ってくれていることが、純粋に嬉しかった。


練習の終わりには、新入生同士でミニゲームが行われた。3対3の小さな試合で、蒼人と空は同じチームになった。もう一人のチームメイトは、同じクラスの佐藤という少し大人しい男の子だった。試合が始まると、空が中心になってボールを運び、蒼人に「ここだよ!」とパスを送ってくれる。蒼人は緊張しながらもボールを受け、なんとか前に進もうとしたけど、相手にボールを奪われてしまった。

「ア:あ…ごめん…」

蒼人が肩を落とすと、空がすぐ駆け寄ってきた。

「ソ:いいよ、気にすんな! 次、次! 蒼人ならできるって!」

空の言葉に励まされ、蒼人はもう一度ボールに向かった。試合の最後、蒼人が空からパスを受け、思い切ってゴールに向かって蹴った。ボールはゴールポストの端をかすめて外れてしまったけど、先輩たちから「ナイスシュート!」と拍手が起きた。蒼人は驚きながら、空を見た。

「ソ:蒼人、すげえ! めっちゃよかったよ!」

空がハイタッチを求めてきて、蒼人は照れながら手を合わせた。その瞬間、蒼人の心が弾んだ。空と一緒にサッカーをするのは、思ったよりずっと楽しい。


練習が終わると、部員たちはグラウンドの端で水を飲んだり、ストレッチをしたりしてクールダウンした。蒼人は疲れ果てて芝生に座り込み、空が隣にやってきた。

「ソ:なあ、蒼人。今日、どうだった? 楽しかった?」

「ア:うん…疲れたけど、楽しかった。空のおかげで」

「ソ:やった! 俺も蒼人と一緒で楽しかったよ。明日も頑張ろうな!」

空が笑いながら、蒼人の頭をポンポンと叩いた。その仕草に、蒼人の顔がまた熱くなった。友達として普通のことなのに、なぜか特別な感じがする。


帰り道、夕陽がグラウンドをオレンジ色に染めていた。二人は並んで歩きながら、今日の練習について話した。空は興奮気味に「先輩たち、めっちゃ上手かったな!」とか「次はもっとシュート決めようぜ!」と話す。蒼人はその声を聞きながら、時々空の横顔を盗み見た。夕陽に照らされた空の顔が、なんだかいつもより大人っぽく見えた。

「ソ:なあ、蒼人。俺さ、蒼人とこうやって部活できるの、めっちゃ嬉しいんだ」

空が急に真面目な声で言った。蒼人はびっくりして、足を止めた。

「ア:え…どうして?」

「ソ:なんかさ、蒼人といると安心するっていうか…俺、蒼人のこと大好きだよ。友達としてな!」

空が照れ笑いしながら言った。蒼人の胸がドキドキして、言葉に詰まる。

「ア:…俺も、空のこと…大好きだよ。友達として」

やっと絞り出した言葉に、空が「だろ? 俺ら、最高のコンビだよ!」と笑った。蒼人も笑ったけど、心のどこかで「友達として」という言葉に違和感を感じていた。友達以上の何かがあるような気がして、蒼人は自分でもその気持ちに戸惑った。


家に帰ると、母が夕飯の準備をしていた。蒼人はランドセルを置いて、母に話しかけた。

「ア:今日、部活の初日だったんだ。サッカー部」

「母:へえ、楽しかった? 蒼人、運動あんまり得意じゃないって言ってたのに」

「ア:うん…でも、空が一緒だから、頑張れた。楽しかったよ」

母は「空くんって、いい子ね。蒼人を引っ張ってくれるんだ」と笑った。蒼人も笑ったけど、心の中では空の「大好きだよ」という言葉がぐるぐる回っていた。友達として、だよね。でも、なんでこんなに気になるんだろう。


夜、蒼人はベッドに寝転がって天井を見た。今日の練習のことを思い出す。空の笑顔、優しい声、一緒に走ったグラウンド。全部が鮮やかで、胸が温かくなる。でも、同時に、友達以上の気持ちが芽生えていることに、蒼人は少し怖くなった。まだよくわからない感情。サッカー部に入ったことで、空と過ごす時間がもっと増える。それが嬉しいけど、どこか不安でもあった。


次の日、朝の教室で空が「蒼人、おはよー! 今日も部活頑張ろうな!」とやってきた。蒼人は「うん、頑張ろう」と笑顔で答えた。5月のグラウンドで、二人はこれからも一緒に走っていく。蒼人の心の中で、友情と何か新しい感情が、少しずつ育ち始めていた。


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