魔王の娘が絶望するまでの話
俺は今、魔王が封印されているかもしれない遺跡に忍び込んでいる。
本来なら厳重に立ち入りを禁止しているため忍び込むのは至難の業なのだが、ある協力者Hに抜け道があるとの情報を入手し、今に至る。
魔王が封印されたのは遥か昔、今では嘘か本当か定かではない。しかし、本物だと思わせる雰囲気がそこにはあった。
たとえ嘘でも、遺跡の難易度Sランク。
最上位冒険者の俺ですら立ち入りを禁止されている。
数多の遺跡を攻略した俺、最後の遺跡に挑む。
「最後の遺跡探索、これが終われば全ての遺跡を攻略した地上初めての男に――スーパーな男になれる! ……しかし、何故こんな所に魔王が封印されているんだ?」
この遺跡は魔王城の裏手に位置づけられており、外観は普通の洞窟だ。遺跡の中も……。
「普通の洞窟じゃないか?」
俺が今まで攻略してきた遺跡と違い、装飾品なり、別れ道なり、仰々しい模様なりが無く、ただの一本道、普通の洞窟に見えた。
最後の遺跡探索が、普通の洞窟なんて肩透かしが過ぎる。期待が大きかった分なおさらだった。しかし、遺跡の奥に進むに連れて、遺跡特有の魔力残滓を感じた。
今までの遺跡、全ての魔力を混ぜて煮込んだような、おぞましい魔力を。
外観も中身もただの洞窟だが、ここも立派な遺跡だ。それも、バケモン並みの。
――俺は心を改めて遺跡の奥に進んだ。
あれから一時間ほど経った頃。
遺跡の最奥に辿り着いた。
いや、辿り着いた言うには、簡単に着いてしまった。一向に現れない魔物、たった一つも無いトラップ。
……だが、奥に進むほど、魔力残滓の濃度が濃くなる一方。ほんの少しの油断もできなかった。
そして俺は、魔王が封印されていると言われる扉の前に立つ。扉の隙間から溢れ出る魔力、異常なレベルの濃さに息を呑む。もし、それを常人が身に浴びたら魔力の過剰摂取により倒れて……いや、死んでしまうだろう。
今、俺が無事で生きているのは、スキルのお陰だ。遺跡では使わないように決めていたが、扉の先に魔王がいるかもしれないんだ。出し惜しみはできない。
覚悟を決めた俺は、大きな扉に手を置く。
瞬間、扉が勝手に開いた。
――瞬時に扉との距離を取る。
武器を構え、いつ何が飛び出てこようと対処できるように備える。
扉からのそりのそりと出てきたのは、小柄な女性。地面を這いながら出てくる様は、一瞬魔物に見えた。それもそのはず、女性の体には角、尻尾が生えていたのだ。
だが、俺は警戒を怠らない。
人の形をしていようと、角と尻尾が生えたバケモノだ。そう思っていたのだが……。
人懐っこそうに近づいてくる仕草にすっかり絆されてしまい、その女性を抱き抱え、お持ち帰りした。
「……他意はない、遺跡の宝をお持ち帰りするのは冒険者の特権だ。別にひどく弱っていてかわいそうだ、なんて思ってないんだからな。勘違いするなよ、ふん!」
一人芝居の言い訳を並べ、遺跡から抜け出したのだった。
◆◇◆◇
妾は魔王の娘ルキシィー•アブァロリム。
魔族界のプリンセス、ニューヒーロー、パーフェクト…………とあまりにも完璧な存在として期待され続けてきた。
そんな生活もある日、突然終わりを迎えた。
――勇者が現れたのだ。奴は魔王城で我が父であるヌベルセト•アブァロリムを討ち取ると、次は魔王の娘である妾を討ち取ろうとしてきたのだ。
魔族の希望である妾を守るため、魔族達は妾に勇者ですら解くことのできない封印を施した。封印を施した場所は、魔王城の裏手にある冴えない洞窟。
勇者が寿命を迎えたら出る予定だったのだが……。
ある時、勇者に妾が封印されている居場所が割れた。しかし、勇者ですら破れない封印は妾をしっかり守ってくれていた。
だが、勇者も対策を立てた。妾を中から出られないように、封印の上から更に封印を施したのだ。ダメ押しに魔王が封印されている遺跡として伝承を残し、Sランクの遺跡として永久に見張りをつける算段を立て、妾を永遠に封印しようとした。
それに加えて、妾の中から溢れ出る魔力により部下の魔族ですら近づけない。
近づけるとしたら、勇者レベルの猛者だろう。
そして勇者の思惑通り、妾は二千年ほど封印されていた。外部の助けも期待できずに、二千年の苦しみを味わう。
突然の出来事だった。
長きに渡る封印が解かれたのだ。
意識は朧げだったが妾は必死に助けてくれたものに縋った。
それが人間だとも知らずに。
「――ンッ! はぁはぁはぁ……ここは?」
どうやら妾は、今まで意識を失っていたらしい。
誰かに助けられたのは覚えている。
案の定、妾の部下に助けられたのだろう。
二千年も策を練り、妾を助け出してくれるとは良い部下を持ったものだ。そう思い、妾が眠っていたベットから出ようと……。
その時初めて、隣にいる存在に気づいた。
「――ハッ!? え? 誰?」
「スゥーーーーパァーーーー」
隣で寝ていたのは、男性、しかも人間!
大きな寝息を立てるその姿は、警戒心のかけらもない。お前の隣にいるのはルキシィー•アブァロリム、魔王の娘だぞ! 例えそうじゃなくとも魔族だぞ!
魔族の怖さを思い知らしめるために寝首を掻いてやろうとした……が、やめた。
多分、封印を解き、助けてくれたのはコイツだ。
人間に助けられるとは忌々しい……。
隣で爆睡している件は水に流してやるとして、何故妾を助けた?
人間と魔族は目が合った瞬間殺し合いを始める。 それが当たり前の常識。
なのに何故?
……ッ! まさか、二千年のうちに常識が変わった? ……考えても真実には辿り着けない。
「おい、起きろ! 起きなさい! ……寝息うるさいのよーー!」
◆◇◆◇
目が覚めるとそこには、昨日お持ち帰りした女性が、俺を起こすために何度も体を揺すっていた。
「どうした……? まだ寝たいんだけど」
「どうしたもこうしたもない。……何故、妾を助けた?」
「……………かわいかったから」
「……へっ? か、かわいい、妾が?」
目覚めたばかりの意識がハッキリしない状態で答えた一言は、女性の頬を赤らめさせた。
「と、とにかく起きろーー! バカーー!」
瞬間、ノーモーションで魔法を連発してきた。
反射的にその攻撃を避けてしまい、部屋はボロボロになってしまった。
「おいおい、寝起き相手に結構めちゃくちゃだなぁ、アンタ! 俺じゃなきゃ死んでたぞ!」
「うるさい、お前が妾を……かわ……いい……って言うからーー!」
「一旦落ち着けよ!」
「そもそも、なんでお前が妾の隣で寝てるんだ! おかしいだろ!」
「……家にはベット一つしかないし、その日は疲れてたから。それより、体隠した方がいいと思うぞ……」
「え? ……きゃーーーっ! ちょっと見ないでーーっ!?」
……また、魔法を連発され部屋は完全に修復不可能に。
「助けない方がよかったかなぁ……」
◆◇◆◇
妾は人間の服を借り、それを着た。
まさか妾が俗っぽい平民の服を着る日が来るなんて……。でも、裸のままよりはマシだ。
「それで、何故妾は……裸……だったのだ? ――まさか、妾を襲って!」
「ちがうちがう! 襲われてたから助けたんだ……そのせいで大変だったんだからな」
「妾を襲う? 一体どういう……」
遺跡から解放された妾をそのままここに連れて来られた訳じゃないのか?
「話すと長くなるから簡単に言うと……遺跡攻略に協力者Hって言う奴が一緒に来てたんだ、遺跡の前までな。
協力者Hの契約で魔物のような人間を見つけたら譲る契約をしてたんだけど、そいつが俺の目の前でお前の服を破って、襲ったんだ。
だから咄嗟にそいつを殴って再起不能にしてやった。それで契約を破ってしまったから、その代償に大ダメージを負い、死にかけながらも家のベットに倒れ込んだって訳だ」
「それじゃあ妾は、お前に二度も助けられたのか……」
「それに協力者Hの奴、フードを被っていてよく見えなかったけど、お前と同じで角と尻尾が生えていた。それと子孫を繁栄させるとも言っていた、何か関係あるのか?」
妾と同じ魔族? 子孫を繁栄させる? ……まさかっ!! 既に魔族は滅びているのか?
「……なぁ、妾と似て角と尻尾が生えているものは、その協力者H 以外に知らんのか?」
「君が初めてだよ」
「……そうか」
――やっぱり、魔族はこの二千年で滅びたんだ。