前世 Antauxvivo
冬の日曜日の午後、住宅地の小公園に沿って歩いていて、ピタリ、足がとまった。
突然、わたしの頭のなかに、別の人物の体験なのにわたしのものと思える記憶が、いきおいよく湧きだしてきたのだ。
ウェブ小説ではやっている、前世の記憶のよみがえりだな、とすぐにわかった。
わたしは、これからどんな物語が自分に始まるのか期待しながら、記憶が頭にたまるのを待つ。
でもどうしたことだろう、まだすっかりたまりきらないうちに、別の人物の記憶が湧きはじめた。
前世の前世でわたしが体験したことらしい。そしてそれも湧き終わらないうちに、さらに前世の記憶が現れ、もっと前のわたしの見聞きしたことまでが混ざり……待って待って、ちょっと待って!
――ポン。
音がして頭に軽い衝撃が生じた。わたしは我にかえる。
黄色いゴムボールが近くに落ちて跳ねる。
小さい子が、公園の柵のむこうに来て、ごめんなさいと言った。わたしは、むしろ助けてもらったので、笑顔でボールをひろって返してあげた。
わたしはふたたび歩きだす。なにを思って出かけてきたのか、つい先刻の記憶がよみがえったのだ。
どら焼きが食べたい。コンビニチェーンで売っている、両手でもつほど大きなどら焼き。
前世がもたらす大冒険よりも、間近にある小さな欲望を満たすことのほうがずっとだいじだ。
明日からまた、がまんして働く生活が変わらず続いていくとしても。
Fino