花びら Petalo
あはれまこと雨にありけりまたしても降るか、さきほど星の見えしに
――若山牧水
春風が桜の花びらを散らす。
思いがけず用意された美しい光景のなかを歩くことになり、わたしはとまどった。
まるでテレビドラマのヒロインのよう。
でも、わたしはもう少女じゃない。「人はみなそれぞれが自分の物語の主人公だ」なんて言葉は嘘なのだと、よくわかっている。
主役になった気分をいっとき味わわせておいて、あとでとてつもない対価が要求されるのではないかしら。
わたしは道路の端に寄り、うつむいて、足早にそこを通りすぎる。
家に帰ってから鏡を見ると、髪に花びらが一枚。
やわらかな白さのなかにかすかなピンク色が感じられて、かわいらしい。
広い世界のなかでおだやかに息づいて去る、小さなもの。
こんな姿でいられるなら、対価を払ってもいいな、と思う。
ヒロインにはならないけれど、エキストラにもならないよ。
目にちょっと力をこめたとたんに、くしゃみが出る。しまらない。
鼻水まで出かけて、わたしは鏡のなかのわたしと目をあわせ、苦笑いしてしまう。
Fino