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12月1日(7) ツインルームと異世界の貴族継承権

本日3回目の更新です

 バスに乗ってホテルまで戻ると、フィリップさんが思い詰めた顔で言う。


「リリカ嬢、寝床のことなのだが」

「フィリップさんが嫌じゃなければ、昨日と同じように同じ部屋の別々のベッドでいいと思っていますよ。シャワーや着替えだけ気をつければいいんじゃないんですか?」


「リリカ嬢、私は男で、リリカ嬢は美しい令嬢だ。間違いがあってはいけない」

「私が美しいかどうかはさておき、お互い間違わなければ良いのではありませんか? フィリップさんは騎士なのでしょう? 騎士たる者、それくらいの自制は当然ありますよね? ベッドはちゃんと二つあるし、私は別に構いませんよ」


「––リリカ嬢の信頼に応えられるよう、努力する」

「努力するんじゃなくて、応えてください。外は寒いですし、ホテルの廊下やロビーで寝てもらうわけにはいきませんから」


  できるだけ平静を装って言う。私とて成人だし、一通りの警戒心はある。だがあまり他の選択肢が思い当たらない。フィリップさんの騎士道を信じるのが最も現実的な解決策だろう。


 フィリップさんにトイレを使ってもらってから、先にシャワーを浴びる。クリスマスマーケット途中に寄ったドラッグストア(イギリス英語では「ケミスト」と言うらしい)で買った日本でもお馴染みのブランドの全身シャンプーはユニセックスだ。髪をバスタオルで巻き、ホテルのバスローブを羽織る。私がはおるとフロアレングスだ。もちろん前はしっかり結ぶ。


「フィリップさん、シャワーどうぞ」

「いや、洗浄魔法でいい」


 フィリップさんがなにかの呪文を唱えると、また例の石鹸の匂いがした。同じ呪文を麻のナイトシャツに唱えると、石鹸の匂いはさらに強くなった。


「便利ですね」

「使えればな」

「皆さん使えるのですか?」

「使えない者もいる」


「そういう人はどうするのですか?」

「洗浄魔法を使える親しい者か使用人にかけてもらうか、リリカ嬢のように普通に水で洗う」


「使えない人はどれくらいいるのですか?」

「貴族は使える者が多いが平民は少ない。貴族で使えないとなると、その、色々と目立ってしまい、不利になることがある。屋敷で暮らしている時や軍の遠征中は家族や使用人や仲間にかけてもらえるが、旅などの単独行動の時は本当に困るらしい」


「じゃあ、これはいらなかったですね」

「なんだ?」

「歯ブラシです。クリスマスマーケットに行く途中に寄ったドラッグストアでフィリップさん用に買いました」


「どうやって使うのだ?」

「歯磨き粉をつけて歯を磨きます。これを1日二回以上しないと、虫歯になります。ちゃんとやっても虫歯になることがありますけどね」


「歯の洗浄か。洗浄魔法で無意識にやっていたのか。平民は歯を洗浄しないから歯がわるい者が多いのだろうか」

「可能性はありますね。これも買ったんですけど、使います?安全剃刀です。5枚歯だからきれいに剃れますよ。セットで付いてきたこのジェルを顔につけて、剃刀で撫でるように剃ると、顔を切らずに綺麗に剃れます」


 赤毛の無精髭はお洒落に見えるが、本当は剃りたいのかもしれないと思って買った。


「ほう、面白そうだ。試してみよう」

「ここを押すとジェルが出てきます」

「ゼリーのようなものだな。いい香りだ」


 節が目立つ大きな手で顔に塗りつける仕草に妙な色気がある。


「これは使いやすいな。遠征中は自分で髭を剃るのだが、なかなかうまくできなくて、剃り残しがあったり顔を切ったりした。髭剃り魔法が作れないものか、友人と試したものだが、うまく行かず、禿げた」


「誰が」

「友人が」


「どこが」

「全身」


 えっ、気の毒すぎる。


「今も禿げているのですか?」

「遠征から戻ったときに王宮の魔導士に相談し、かなり回復したのだが、今でも一箇所だけ禿が残っている」


 十円ハゲがある騎士を想像した。長髪だからあまり気にならないのだろうか。


「この剃刀は本当にいいな。故郷でもこのようなものがあればいいのに」


 無精髭も男前だったが、ツヤツヤ肌も男前だ。隣のベッドで男前が寝ているのは入眠の助けになるか、妨げになるか。


「昨日の夜は上から寝てしまって気づかなかったが、この掛け布団は軽くて暖かいな」

「羽毛布団です」

「鳥の羽毛を袋に詰めているのか。道理で暖かいと思った」


 そういえば羽毛布団はヨーロッパでは昔から一般的だったものの、イギリスやアメリカに広がるまでは時間がかかり、厚い毛布やキルトを重ねて寒さを凌いだと聞いたことがある。フィリップさんの世界もそういう流れなのだろうか。


「故郷に戻れたら試しに作ってみたい。この世界のカミソリも、羽毛布団も、油で揚げた魚も、パンで包んだソーセージも」

「売れるんじゃないですか」

「売れたら領地が潤うな」

「父君の後継者にという声が高まってしまうかもしれませんよ」

「それは……どうかな」


 しまった。口が滑った。フィリップさんは私の婚約破棄の話を避けてくれているのに、私は安易にお家騒動の話をしてしまった。どう取り繕うかと考えていると、


「父上の後継は遠慮したいと考えていたが、今日、リリカ嬢とこの街を色々見て、領地へ持ち帰ったら領民の役にたつかもしれないものをいくつも見た。領民を豊かにできるのなら、試してみたいと思った。そして新しいことを試すには後ろ盾と資金がいる。もし戻れたら、もし望まれるのなら、名乗りを上げるのも良いかもしれないと思った」


 そうだった。フィリップさんは故郷に戻りたいのだった。ロンドン観光を楽しむのはあくまでも気分転換なのだ。


「このような気持ちになれたのもリリカ嬢のお陰だ。礼を言う」

「いいえ、私は楽しく観光をしたいだけですから」

「今日は本当に楽しかった。明日も楽しくこの街を歩きたい」

「そうですね。一緒に歩きましょう。明日は宮殿と寺院とお茶と舞台に行くから盛りだくさんですよ」


「では英気を養うためにもう寝よう。リリカ嬢が良い夢が見られることを願う」

「フィリップさんも。おやすみなさい」


 フィリップさんの香りのような石鹸はロンドンのどこかで売っているのだろうかと考えながら眠りについた。

ここで書き置きは終わりなので、更新は途切れると思います。脳内では完結しているので、引き続きよろしくお願いします。

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