かきこおり
「やっほ」
真夏の暑い日、夏のセーラー服を着た彼女は私の前に現れた。彼女の声に返事をする前に、ベンチのある中庭の木陰に座った。人が少ない夏休み中の校舎には、どこか遠くから聞こえる蝉と、運動部の声しかそこにはなかった。
「まだ居たんだ。」
「うん、だってゆり先生に会えるでしょ?」
私の反応を見ながら、彼女はニヤッと笑った。そうだ、彼女はそういういたっずらっぽい子なのだ。
「知ってる?最近有名なあのかき氷屋さん。教室でみんなが話しててさー」
「かき氷?」
「そう!ふわっふわらしくてさ!もー食べたい!!」
かき氷…もうそんな季節なのか。と思った。
「……食べに行けばいいじゃない。」
「またそうやっていじわるする!一緒に行こうよ!!」
「無理。夏休みって言っても、それは生徒だけ。私は忙しいの。」
彼女はほほを膨らませて、不満げな表情を浮かべる。子供っぽいが、それも彼女の魅力なのだろう。
「ええーけち!」
「ケチで悪かったわね!」
「あれ?ケチって禁句だった?」
ごめん!と、全く謝罪の意味なんて含んでいない声で言ってきた。
「はぁ、そんなに食べたいならいつか一緒に行こ。」
「え!いいの!!やた!」
”いつか”なんて曖昧な約束でも彼女は喜んでくれる。まぁ、いつか本当に行けたら、きっと楽しいのだろうと。私のその”いつか”を想像した。
「ていうかさ、ゆり先生!やっぱり今年も、夏祭りの日見回り?」
「うん。どこかの誰かさんが、いつだかの夏祭りの日に川に落ちて、死にかけたからね。」
「へへ、その節はお世話になりました!」
照れながら、彼女は敬礼をしてそういった。なぜこのタイミングで敬礼なのかはわからないが、そんなことはいい。と自分なりに納得した。
「……なんであの時川に落ちたの?」
「んー……なんでだろうね!覚えてないや」
あの時と同じ、遠い笑顔で彼女は笑った。
本当になぜ彼女があの川に落ちたのか、わからない。あの時助けに来てくれた大人たちにも、彼女は
「へへ、気づいてたら落ちちゃった!迷惑かけてごめんなさい!」
とへらへらして言っていた。
その時、私は彼女を始めて遠く感じた。しかし、当時の私はそれどころではなかった。自分のことで精いっぱいだった。彼女が、なぜ遠い笑顔をしているのか、さえ問うのも忘れるほどに。
それ以来、彼女は遠い笑顔をよくするようになり、夏祭りが近づき水位が上がりだす時期に、川には地域の人や教師、交番勤務の警官がペアで交代しながら見回るようになった。
「じゃぁ、私仕事あるからそろそろ戻るね。」
「わかった!またね!ゆり先生!」
一人になると、夏蝉の声と暑さがより一層感じられた。
かき氷、食べたいな。