こはいかに
ぼくは異聞怪聞伝聞Youtuber、【怖い蟹】。ぜひご視聴ください。
https://youtu.be/7rLtHyQAo_8
『OK?じゃあ、行きます。』
いつも通りのテロップが揺れる。揺れて舞うような明朝体。まるで海の中で繰り広げられる宴のようだ。
『始まりましたYoutube、異聞怪聞伝聞Youtuberのバムオです。』
木琴のワンパターンなフレーズが流れる。いや、音楽も物語も語り継がれる繰り返しが重要。
『今回のタイトルは【怖い蟹】です。』
ぼくは動画配信者を気取りつつも、動画収入では生活できずバイトとおばあちゃんの仕送りで命をつなぐ毎日を過ごしている。四半世紀をわずかに超えた年齢ながらも、いまだに動画収入での一獲千金を夢見ているぼく。そんなある日のこと、数少ないフォロワーさんから貴重な情報を頂戴した。
『アイルランドに変わった【浦島太郎伝説】があるらしいぞ。』
アイルランドがまずわからない、たしかイギリスの一部だったような?
『序盤のストーリーは大体一緒なんだが、最後に【Scary crab】、つまり【怖い蟹】ってのが出てくるらしい。』
【怖い蟹】?、そんなの浦島太郎のキャラクターにいたかな?
でもネタとしては面白そう、情報をくださったフォロワーさんに感謝の意を表しつつ、ぼくは浦島太郎featuring【怖い蟹】のリンク先をクリックした。開けて悔しき玉手箱、ぼくがおじいさんになったり、変なサイトに行きついたりしないように祈りつつ。
なるほど。話は数分で読み終わった。英語のサイトではあったが翻訳機能が大活躍してくれた。そしてアイルランドについても調べてみた。イギリスの隣に位置する国らしく、イギリスに支配されていた時期もあったようだけど、現在は独立した一つの国らしい。
そして浦島太郎featuring【怖い蟹】はフォロワーさんの言う通り流れは同じ、主人公は浦島村の太郎さん。その太郎さんはなんだかわからないけど亀を助ける。その亀を助けると、なんと亀は美しい女性に変身する。その美しい女性(元亀)に竜宮城と呼ばれる御殿に招かれる。そしてその美しい御殿では鯛や平目が舞い踊り、珍しさと面白さのあまり浦島村の太郎さんは月日を忘れて夢のような生活に溺れていた。しかしある日故郷が恋しくなり、帰ろうとすると美しい女性(元亀)に玉手箱というお土産を渡される。この辺までは原作浦島太郎と一緒だ。しかしここから一気にストーリーが様変わりする。故郷に帰ると脈絡もなく【Scary crab】つまりは【怖い蟹】が太郎さんの故郷に姿を現し、家や村が無くなるほど大暴れして、ついには村人が誰もいなくなってしまう。ここで話が終わり、玉手箱は出てこない。
なんだこれ?
話の流れはほとんど一緒なのだが、ラストシーンで唐突に現れる【怖い蟹】ってなんだ?
訳が分からないがネタとしては面白い。アイルランドとやらに伝わる浦島太郎featuring【怖い蟹】のお話、さっそくぼくのYoutubeチャンネルで紹介することにした。
いつも通りのオープニングを終えて、原作浦島太郎のあらすじを解説する。そのあとアイルランド版浦島太郎with【怖い蟹】の話を紹介する。少しは面白い話になった気がする。さぁ我が動画よ、舞い踊るが如くバズるがよい。
ネタは良いと思ったのだが、いまひとつ動画再生回数は回らない。それでも少しずつ数字が動くのをありがたく眺めていたぼく。そしてコメントは、常にお行儀の悪いメッセージが目立つ。その中でも割と良識的なコメントだけを選別しながら読んでみる。
『かのラフカディオハーンもアイルランド人、浦島太郎について検証しているらしいですね。』
うーん、ラフカディオハーンって人がわからない。まぁアイルランド人で浦島太郎を知っている人がいることを知っただけ良しとしよう。
『常若の国のアシーンというお話がアイルランドにあります。浦島太郎と同じようなお話だそうですよ。』
ぼくのフォロワーさんは本当に物知りさんが多い。アイルランドと浦島太郎の関係を調べてから動画作れば良かったかな?
そしてSNSメッセージも数件来ていた。例によって読むに値する、失礼、読んだほうが良さそうなメッセージから読み始めた。
『これは本当にアイルランドのお話ですか?』
とぼくの動画視聴者にしては丁寧な言葉で質問が書かれていた。
とりあえず、そうですよと返事を送るとすぐにメッセージが返ってきた。
『あなたは恩人の無事を知らせてくれた恩人です。ありがとう、本当にありがとうございます。』
なんだかよくわからない返事が来た。恩人の無事を知らせてくれた恩人?
さっぱり意味がわからない。なんにしても浦島村の太郎さんが助けた亀のごとく、このメッセージ主はぼくに感謝してくれているようだ。
『是非ともお礼をさせてください。』
詳細は分からないが動画収入が見込めないぼくには有り難いお申し出、浦島村の太郎さんが亀に乗った気分でぼくはお誘いに乗ることにした。
新宿の喫茶店で待ち合わせたメッセージ主の彼女:常世乙女さん。なんともクラシカルなお名前の彼女、ぼくより若干年上の黒髪が美しい純和風女性だ。乙女さんは京都在住、わざわざぼくに会うために上京して来てくれたらしい。よっぽどぼくの動画で無事を確認できた恩人とやらに感謝しているようだ。乙女さんは喫茶店で席に着くと飲み物を注文し、それがテーブルに置かれるのを待たず食い気味に話し始めた。
『昔々浦島が、助けたカメに連れられて、竜宮城へ行ってみれば、絵にも描けない美しさ。』
「ロンドンで信じられないほど美しい女性を見たんだ。」
アイルランドのダブリン大学で教鞭を振るっていたウィリアム・バークリーは、竹馬の友トーマス・オートルスに熱く語っていた。
「信じられないほど美しい黒髪、我々とは違う白い肌、そしてありえないほど溢れ出る気品、さながら神話から抜け出した女神の様だった。」
1900年代初頭、アイルランドのダブリンにある馴染みのパブで黒ビールを撒き散らさんばかりの勢いで話す親友ウィリアム、建築職人のトーマスはそれを微笑ましく見つめていた。大学教諭のインテリウィリアムがここまで入れあげるのだから、相当な佳人を見つけたに違いない。トーマスは珍しく興奮気味に話すウィリアムを静かに見守っていた。
「見ていろ、トーマス。俺は必ず彼女をアイルランドにお連れする。」
数か月後ウィリアムは見事にパブでの宣言を実現させた。トーマスはウィリアムの言う、神話から抜け出たような美女、常世カメとダブリンの街で出会った。カメは日本人で領事館勤務の父親とロンドンに住んでいた。そしてウィリアムの猛烈とも言うべきアプローチを受け、とうとうウィリアムの生まれ故郷アイルランドのダブリンへと嫁いできたのであった。トーマスは古き神話の女神が如き美しさを誇る、そのカメと名乗る女性に深々と頭を下げられ、慌ててその帽子を取った。
ダブリンの街は美しく、そしてその郊外は緑に溢れており、その緑が異国に嫁いだカメを慰めていた。その緑はカメの故郷日本と同じ色をしていた。異国に慣れないカメを優しく見守る夫ウィリアム、しかしこの頃のダブリンは不穏な空気に包まれ、それがカメの不安を煽っていた。ウィリアムの説明によると、アイルランドはもともと独立した国であったが、イギリスに武力で併合された。その後圧政による飢饉などで苦しめられていたアイルランド人たちには独立運動の機運が高まっていた。カメは憂わしげな冬が明けるのを夫ウィリアムと一緒に待っていた。
待ちわびていた春、そして平和な春の訪れを象徴するはずの復活祭、ダブリンの街に響いたのは祝砲ではなく、本当の大砲が響かせる轟音であった。アイルランド人たちが率いる義勇軍のダブリン師団、ついに独立に向けその牙をイギリスに向けた。
のちにイースター蜂起と呼ばれるこの戦い、ダブリン師団は一週間も持たずに降伏した。そしてここからイギリスによる尋問が始まった。
「運動に積極的に関与している者は反乱に参加していなくとも全員を逮捕せよ。」
これがイギリス本国から下った指令、アイルランド人は次々と逮捕された。そしてこの運動には参加していなかったはずのウィリアムもその一人であった。ウィリアムが疑われた理由、それは日本人妻カメの存在であった。アイルランド人のダブリン師団は当時のドイツと通じており、外国人と結婚したウィリアムに疑惑の目が向けられたのであった。
ドン、ドン、ドン、ドン
夜中にウィリアムの親友、トーマスが住むアパートメントのドアがノックされた。ドアを開けたトーマスが見たのは、妻のカメに支えられるようにして立つ、血まみれの親友ウィリアムの姿であった。
「俺はもうだめだ。」
誰もが口に出さなかった言葉をウィリアム本人が口にした。トーマスとカメは血止めしてもなお漏れ出るウィリアムの血液に、溢れる涙を禁じ得なかった。
「トーマス、頼む、カメを、日本へ帰してやってくれ。トーマス、お願いだ。」
そう言ったのを最後にウィリアムはこと切れた。大事な親友と大事な夫を失った二人には悲嘆にくれる暇など無かった。追手がかかる前に二人はウィリアムを埋葬する間もなく、ダブリンの街を夜陰に紛れて後にした。
二人の旅は壮絶なものであった。当時は世界中が戦火に焼かれていた時代、それでもウィリアムの遺言を守るべく、トーマスは奮起した。一年かけてようやくトーマスとカメは日本の土を踏むことが出来た。
トーマスとカメの二人は京都のはずれにあるカメの実家、常世家に這う這うの体で辿り着いた。ロンドンから帰国していたカメの父は涙ながらにトーマスの手を取り、その感謝を言葉だけではなく、家をあげての歓待で表現した。トーマスは日本家屋の得も言われぬ美しさにただただ魅了されていた。
『乙姫様のご馳走に、鯛や平目の舞い踊り、ただ珍しく面白く、月日が経つのも夢のうち。』
古くからの名家常世家、そこで執り行われるトーマスへの歓待は素晴らしいものであった。見たことも無いご馳走が毎日並び、トーマスの杯は渇く間が無いほど常に酒で満たされていた。美しい装束で踊る舞妓たち、その姿はまるで海中を舞い踊る魚の如き美しさであった。故郷アイルランドでの動乱、親友ウィリアムの死、そしてつらい道中、疲れ切っていたトーマスは文字通り時が経つのを忘れて、夢のような生活に身を置いていた。
『遊びに飽きて、気が付いて、お暇乞いもそこそこに、帰る途中の楽しみは、土産に貰った玉手箱。』
日本での生活が長くなり、多少なりとは日本語が理解できるようになったトーマス、彼は自分の現在を浦島太郎に重ねていた。文字通り助けたカメに連れられて、夢のような生活を送り続けていた。祖国アイルランドの動乱など忘れてしまったかのように。
『帰ってみれば、こは如何に、元居た家も村も無く、道に行きおう人たちは、顔も知らない人ばかり。』
「カメさん、どうして怖い蟹?Scary crabなのですか?」
カメから日本語の歌、浦島太郎を習っていたトーマスは聞いた。カメはトーマスの可愛らしい勘違いに思わず微笑んだ。
こは如何に=これは一体どういうことなのだ、という古い言い方なのだが、これが日本語を学んで日が浅いトーマスには、【怖い蟹】【Scary crab】と聞こえたのだろう。その勘違いを訂正しようとカメがトーマスの顔を見た時、トーマスの顔は暗く沈んでいた。
「元居た家も村も無く、道に行きおう人たちは、顔も知らない人ばかり。私の故郷アイルランド、ダブリンもきっとそうなっているに違いないです。」
悲しく呟いたトーマスにカメは言葉を失った。
時は未だ第一次世界大戦真っ只中、そしてトーマスの故郷アイルランドは今頃イギリスの圧政が続いていることだろう。カメ以下常世家の者たちは心配の色を隠せなかった。それでも旅立ちを決めたトーマスに路銀と旅支度をふんだんに揃え、未来永劫と続く感謝を抱えながらアイルランドへと向かうトーマスを見送った。
「その後トーマスさんからは何の連絡も無かったらしいの。アイルランドに着いたかさえも分からないまま。」
ものすごい歴史物語を語り終えた常世乙女さん、すっかり冷めたコーヒーにようやく手を伸ばした。唖然としているぼくに乙女さんは続けて話した。
「常世カメは私の高祖母、常世家の恩人トーマスさんのお話は代々ずっと受け継がれてきたのよ。」
「あなたが作った動画の【怖い蟹】、この話アイルランドに伝わっているってことは、トーマスさんが無事に故郷へ辿り着けた何よりの証拠でしょう?」
そう言うと乙女さんはぼくのカフェラテ代を含んだ伝票を拾い上げながら立ち上がった。すごいお話を聞かせてもらった上にカフェラテまでご馳走になって、ぼくは降って湧いた幸運に素直に感謝した。
会計を済ませてくれた乙女さんにお礼をすると、乙女さんは蠱惑的に微笑んだ。
「あら?まだ私からのお礼受け取ってないでしょ。感謝の宴はこれからよ。」
ぼくは乙女さんに連れられて竜宮城へと向かうことにした。
ぼくは異聞怪聞伝聞Youtuber、【怖い蟹】。感想をぜひお寄せください。
https://youtu.be/7rLtHyQAo_8




