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丘の上の風に抱かれて

誤字脱字等修正しました。

 昔々あるお城に少しやんちゃで元気の良い王子様がおりました。

 王子様は度々


「お城の中は退屈だ!

 外へ遊びに行きたい!」


 と言って城を抜け出そうとするので、王様もお妃様もお城の家臣の者たちも皆王子様のわんぱくぶりには頭を悩ませておりました。


「はぁ~…全くうちの息子はどうしてああも城外へ行きたがるのじゃ」


「そうねぇ…元気なのは取り柄なのだけど、困ったものね…」


 王様とお妃様はそう言って溜め息を吐きました。

 そこへお城の兵士たちが慌てて玉座の間へ駈け込んで来てこう言いました。


「王様ー!!

 大変です!!

 カイエル様が窓から部屋を抜け出してしまいました!!」


「な…何じゃと!?

 あの馬鹿息子!

 城の外は一人で出歩いては危険だと毎日のように言い聞かせておるのに!

 何故こうも言う事を聞けぬか!?

 すぐに探して連れて帰って参れ!!」


「ははっ!!」


 ―城外にて―


 お城の外へと飛び出した王子様は丘の上にある小さな農場へと辿り着きました。


 そこの牧場には沢山の羊がおり、黙々と草を食む者、草を食み終え恍惚の表情で座り込み昼寝をしようとしている者、何をするともなくただ黙ってこちらを見据えている者が思い思いに過ごしておりました。


 牧場の隅の畜舎に目をやると、何やら小さな人影が動いているのが見えました。

 王子様はそっと近付いて行って話かけました。


「ねぇ君、何してるの?

 この羊たちは皆君の羊なのかい?」


 人影は作業をしていた手を止めて振り返りました。


「誰!?」


「あ、驚かせたならごめん。

 僕はカイエル。

 歩いていてたまたまここを通りかかっただけなんだけど、沢山の羊が見えたから驚いたのさ。

 この羊たちは皆んな君の羊なのかい?」


「ううん、違うよ。

 私は羊主様から羊を預けられて羊番をしているだけのただの羊飼いよ。

 羊の世話を任せて頂いてお給金を頂いて暮らしてるの」


「へぇ~…」


「あなたは?

 どこから来たの?」


「僕かい?

 僕はお城の方からずっと歩いて来たのさ」


「お城の方ってことは、あなたはお城で働いてる人なの?」


「働く…?

 それは仕えるっていう意味かい?」


「へぇ~…あなたお城に仕えてるの!?

 凄ーい!!

 私お城って行った事ないの。

 お城っていう所はキラキラした物とか、一流のシェフが作る凄っごい料理とかが沢山あるんでしょ!?

 いいなぁ~…」


 カイエルが王子様である事を知る由もない羊飼いの少女は、カイエルがお城に仕える仕事をしているものだと勘違いしたまま、目をキラキラと輝かせそう言いました。


「そ…そうかな?

 凄いのかな?それは」


 少女の好奇心に満ちた純粋な表情に気圧されながら、王子様はそう返しました。

 王子様にとっては沢山の料理やお城のシャンデリア、宝石、金の刺繍などは日常生活の中の一部であり、ごく有り触れた当たり前のものだったからです。


「そりゃそうよ!

 だってこの辺一帯を見渡してご覧なさいよ。

 金の糸一本落ちちゃあいないわ」


「でもこんなに広くて眺めも良い!

 それにあんなに羊が沢山いる!

 楽しいじゃないか!」


「そりゃあ羊はいるけどさ…、でも私はやっぱりお城って良いなぁって思うわ。

 きっと見た事もない料理が沢山あるんだろうなぁ」


「ねぇねぇ、そんな事より何かして遊ぼうよ!

 こんなに広いんだからさ。

 君、僕と友達になってよ。

 お城じゃあ誰も僕と遊んでくれないんだ。

 だから僕友達もいなくて…」


 王子様は寂しげな表情を浮かべてそう言いました。

 少女もまた日々の仕事に明け暮れる生活をしていたので友人はいませんでしたが、少女の周りにはいつも沢山の羊たちがいたので、特に寂しいなどと考えた事はありませんでした。


 少女は王子様の寂し気な顔をみて、そこはかとなく気の毒に感じたのでした。


「友達になるのは良いけど私はまだ仕事が終わってないから遊べないの、ごめんね」


「そうなのかい?

 じゃあ君の仕事を僕が手伝ったら、君は僕と遊んでくれるかい?」


「いいの?

 結構大変よ?

 まず動物の小屋の掃除をするの。


 羊たちが食い散らかして地面に散らばってる干し草や床の砂埃の掃除をした後、糞を集めて肥溜めに運んだり、新しい干し草を餌箱に運んだり、やることは山ほどあるわ!


 羊は胃袋が四つあるから一日に何キロもの草を食べるから大変なのよ」


「へぇ~…そうなんだね。

 でも僕手伝うよ。

 君と早く遊びたいからね」


「本当に?

 あなた変わってるわね。

 あ、でも仕事を手伝ったから給金を分けてくれってのは無しよ!?


 どんなに働いたって毎日食べていくだけで精一杯なくらいにしか賃金なんて貰えないの。

 だからとてもじゃないけど、あなたに分けてあげられるような余裕なんかないのよ」


「賃金…?

 何それ?

 君はその賃金っていうものを貰うためにここで働いているのかい?」


「随分と当たり前の事を聞くのね!?

 当然じゃない!

 あなただってお城で働いて賃金を貰って暮らしてるんじゃないの!?」


「え…?

 う~ん…よく分からないんだよ、僕」


 貧困とは無縁な暮らしを送ってきた王子様は少女の話があまり理解できず、困惑してそう答えました。


「あなた、本当に不思議な人ね。

 あなたってちょっと変わってるのね」


「そ…そうかな?

 それよりも僕、君の仕事を手伝うから終わったら君、僕と遊んでくれるかい?」


「うん、何もあげれないけどそれでも良ければ良いわよ」


「本当かい!?

 よーし!

 じゃ早速やろう!」


 王子様は気色に満ちた顔でそう言いました。


「変な人…」


 少女は新種の生き物に会ったような気分でそう呟きました。

 掃き掃除の後は肥溜めへ。


「ゔっわ~…くっさ…。

 ねぇ、羊の糞なんか集めてどうするんだい?」


 王子様は鼻をつまみながらそう言うと


「あぁ、動物の糞は畑の良い肥料になるのよ。

 この子たちの糞が畑の土の良い栄養剤になって美味しい野菜を作ってくれるのよ」


「へぇ~…君は本当に色んな事をよく知っているんだなぁ」


「そ…そうかなぁ、エヘッ」


 少女は少し照れ臭そうに笑いました。


「さぁ!

 そんな事より、仕事はまだまだ一杯あるのよ。

 早く取りかからないと!」


「うん!」


 二人は残りの仕事を片ずけ一段落した所で、王子様のお腹が鳴りました。


「うふふ…お腹減ったね。

 お昼にしようか」


 少女はそう言って干し草の上に座りました。


「あなたも座ったら?」


 少女はそう言って自分の隣をポンポンと叩きました。

 王子様は少女の隣に腰かけました。

 少女はポケットから固いパンを取り出して半分に分けました。


「その日暮らしで貧しいから固いパンしかないけど、これで良ければ半分どうぞ」


 そう言って王子様に固いパンを差し出しました。


「良いのかい?

 ありがとう」


 王子様はそう言って受け取ったパンを齧った。


「固った!

 でも凄く美味しいよ!」


「そう?

 それなら良かった。

 それにしてもあなたって変わった人ね。

 固いパンをそんなに美味しそうに食べる人初めて見たわよ。

 固いパンを食べた事はないの?

 いつもあなたは何を食べてるの?」


「僕かい?

 僕はチーズや、羊の肉や野兎の肉のソテー、それに白いパンなんかも食べてるよ。

 白いパンはこれよりも、もう少し白くて柔らかいんだ」


「うわぁ~!!

 凄い凄い!!

 いいなぁ~…あなたのお家、凄くお金持ちなのね!

 いいなぁ~…白くて柔らかいパンかぁ~…。

 一度でいいから食べてみたいなぁ~」


 夢見る少女のように少女は目を輝かせ、恍惚の表情を浮かべました。


「今度持ってくるよ。

 いつか君にも食べさせてあげる」


「本当!?

 きっとよ?

 約束だからね!」


 少女は胸の所で拳を作りそっと目を閉じた。

 王子様は首を傾げ


「何だい?それは」


 そう聞くと少女は


「ほら、あなたも同じくやるの!

 約束する時はこうして‶心に誓います″ってやるのよ!

 さぁ!」


 そう言い


「そうなんだ。

 OK!

 こうかい?」


 王子様も少女と同様に胸に拳を当て目を閉じた。


「そうそう!

 じゃあいくよ!

 カイエルはいつかきっと白くて柔らかいパンを、私に食べさせてくれる事を誓います」


「誓います」


 少女は目を開けて


「うふふ、約束よ!」


 そう言って笑顔を浮かべた。


「うん、絶対!」


 王子様も屈託のない笑顔を向けた。

 さぁ、お昼を食べた後は羊を小屋にしまう時間まで自由時間です。

 王子様はすっくと立ちあがって


「さて、君の仕事はもう終わりかい?」


「うん、あなたが手伝ってくれたお陰でほとんど終わったわ!

 あとは羊を小屋に入れる夕刻まで自由時間よ!」


「じゃ、早速遊ぼうよ!」


「うん、良いけど。

 野犬とかに襲われたりしないように羊を見張ってなきゃいけないから、牧場は離れられないけど良い?」


「うん、もちろんさ!

 この牧場の中で遊べば大丈夫だろ?」


「うん、そうね!」


「よーし!

 じゃあ早速追い駆けっこしようよ!

 さぁ!ここまでおいでー!」


 そういってカイエルは勢いよく走り出しました。


「あ!

 待ちなさい!

 いきなりズルいわよ、もー!!

 絶対捕まえるんだから!!」


 そう言って少女もまた王子様を追って走りだしました。

 牧場の端まで走ってはまた反対側の端までめいいっぱい二人は駆け回りました。


 走り疲れた後は干し草の上で少女の家族の事、王子様のお城の話など沢山話をしました。


 お互いの生まれた境遇や育った環境が全く違うため、どんな話も新鮮に映り、日が落ちる刻まで尽きる事無く話が続きました。


「そろそろ帰らなきゃ」


「うん!

 私も羊たちを早く小屋に入れないと!

 放っておくと狂暴な野犬たちが羊を狙ってくるかもしれないから」


「そっか。

 今日は凄く楽しかったよ。

 またここへ来ていいかい?」


 王子様がそう尋ねると


「うん、もちろんよ!

 歓迎するわ!」


「ありがとう。

 じゃあまた!」


「うん、さようなら!」


「うん、さようなら!」


 お城へ向かって走り出す王子様に少女は手を振った。

 王子様は少女の名前をまだ聞いていなかった事を思い出して振り返りました。


「ねぇ、君の名前は?」


「私?

 私はアミリーよ!

 じゃまたね、カイエル!」


「アミリーか…。

 うん、また!」


 王子様は少女の名前を呼ぶと、そこはかとなく心が温かくなる感覚を感じました。

 王子様は再びお城の方へ走り出しました。


「アミリー、また!」


 気色に満ちた面持ちでそう一人呟きました。


 ―お城にて―


「カイエル様!

 一体今までどちらに行かれていたんですか!!

 城の兵士たちも散々探し回ったんですぞ!?」


「エヘヘッ。

 ちょっとそこまでね!

 秘密だよ」


 丘の上の少女の事を話してしまったら次にお城を抜け出した時に、家臣たちがすぐに連れ戻しにやって来る事を危惧した王子様はじいやにそう言いました。


「はぁ~…全く…。

 この国の跡継ぎとなろうお方が実に嘆かわしい。

 それに何ですか?

 その身なりは。

 泥だらけな上に妙な匂いまでする始末…。

 ちょっとそこの君!」


「はい!」


「カイエル様を浴場で洗って綺麗にして差し上げなさい。

 ついでに服も綺麗なものにお取替えしなさい!」


「ははっ!

 ではカイエル様、参りましょう」


 お城の兵士とメイドに連れられて王子様は浴場へと向かいました。


 ―翌日―


 昨日王子様がお城を抜け出したので、今日はじいやが王子様の監視役として度々王子様の部屋を覗きに来ました。

 しかし王子様は上手くじいやの目をかいくぐって、またお城を抜け出しました。

 丘の上の牧場にあの少女はおりました。


「やぁ、アミリー。

 今日も仕事かい?」


 王子様が話しかけるとアミリーは手を止めて振り向き


「そうよ。

 だってお仕事しないとご飯を食べていけないですもの」


「そっか。

 よーし!

 僕も手伝おう。

 早く終わらせてまた遊ぼう!」


 王子様はそう言って腕をまくりました。


「今日も手伝ってくれるの?

 うふふ、ありがとうカイエル」


 少女は口元に手を当てて微笑みました。

 昨日と同じように小屋の掃除や干し草の補充を終わらせ、干し草の上で固いパンを食べました。

 そして昨日のように駆けっこをしたり、羊を撫でたりして過ごしました。


 翌日もその翌々日も王子様はじいややメイドの目をかいくぐってはお城を抜け出しました。

 そのせいでとうとう王子様は監視役として、朝から夕刻までの時間帯に家庭教師を付けられてしまい、容易にお城を抜け出す事が出来なくなってしまいました。


 ―あくる日―


 朝食に白いパンが出ました。

 王子様は何としてもこの白いパンを、あの丘の上の少女に食べさせてあげたいと思いました。


 しかし監視役の家庭教師がずっと部屋にいたままでは、部屋を抜け出す事などできません。


 そこで王子様は仮病を使う策を思いつきました。

 王子様は白いパンをこっそり二つポケットの中に忍ばせ、部屋へ戻った後


「ゔっ!!

 ゔぅーっ!!

 あ、頭が痛いよ!!!

 だ…誰か!!

 町から医者を呼んで来ておくれ!!

 ギャーッ!!!

 い…痛いよーーー!!!

 頭が割れるように痛いんだ!!!」


 そう言って突然頭を抱えながら床に転がってみせました。

 部屋で待機していた家庭教師は王子様の演技にすっかり騙されてしまい、慌てふためいて部屋を飛び出し助けを求めました。


 一案を思いついた王子様はすぐさまベッドへ潜り込み、頭から布団を被りました。

 家庭教師に呼ばれて来たじいやとその家臣たちが王子様の部屋へ入って来ました。


「カイエル様、一体どうなされたのですか!?」


 駆け付けたじいやはベッドの膨らみにそう問いかけました。

 王子様が


「あぁ…じいや。

 僕はもう駄目かもしれない。

 あ…頭がまるでハンマーで殴られてるかのように割れそうな程ガンガンと痛むんだ。

 もしかしたら何かの伝染病かもしれない。

 もしもそうだったら僕の病気を皆に感染させてしまうかもしれない」


 と言うと、部屋で話を聞いていた者たちが物は言わぬがたじろぎました。

 王子様はじいややその他の下臣たちが後退りながら狼狽する様を布団の隙間から見ていて、しめしめと思いました。


 皆が伝染病に感染する事を恐れる事を利用して、誰も部屋に立ち入らせないようにすれば抜け出しても誰も気づかないだろうという算段を立てたのです。


「皆にこの病気を感染させてしまっては申し訳ないから、医者が来るまでは誰もこの部屋に立ち入らない方が良い。


 食事は小さなバスケットに入れて、僕の部屋のドアの前にでも置いておいてくれ。

 僕が食べれそうな時に部屋へ持っていって食べる事にしよう。


 そう言う事で僕はこれから医者が来るまで寝る事にする。

 だからくれぐれも誰も僕を起こしたりしないよう頼むよ。

 それに具合が悪い時は寝ているのが一番だと言うからね。


 いいかい?

 城の者全員にちゃんとそう伝えておいておくれよ?」


 王子様がそう言うと王子様の作り話をすっかり信じたじいやは、お城の者たちに早速王子様の命令を伝えました。

 じいやは


「ではカイエル様、何かありましたらすぐにこのじいやめを呼んで下され。


 ドアの外に見張りを付けておきます故、何かありましたらドア越しに呼んで下さればこのじいやめがすぐに駆け付けますぞ!

 宜しいですかな?」


 ベッドに潜っている王子様に言いました。


「あぁ、それで構わない。

 じゃあそれで頼むよ、じいや」


「はっ!!」


 じいやは布団に潜っている王子様に一礼をして部屋を出た。

 ドアの外の兵士に


「ではカイエル様に何かあったらすぐに私めを呼ぶように」


 そう命じて部屋を後にしました。

 王子様は自分の策が上手く行ったので腹の中で密かに笑いました。


 さぁ、もう部屋には王子様以外の人間は誰もおりません。

 王子様は早速クローゼットの中から4フィートもある大袋を引っ張り出して、その中に目一杯洋服を詰め込みました。


 そしてその服の詰まった大袋をベッドへ置き、そっと布団を被せました。

 そしていつも使っているカーテン布や洋服などを繋ぎ合わせて綱も作り、それを窓から垂らしました。

 そしてその綱を伝って降り、お城を抜け出しました。


 丘の上の少女に会いたい。

 逸る気持ちを抑えながら丘の上へと駆け出しました。

 いつもの牧場に今日も少女はおりました。


「おーい、アミリー!」


 少女の姿を見つけるやいなや、待ちきれず叫び出しました。

 王子様の声に少女は振り返りました。

 そして少女も王子様の姿を見付けると


「あ、カイエルー!」


 そう言って大きく手を振りました。


「やぁ!」


 カイエルがそう挨拶すると


「うふふ、こんにちは。

 今日はお城の方は大丈夫なの?」


 少女はクスリと笑いながら言った。


「うん、バッチリさ!

 ちょっと良い作戦思いついてさ。

 皆の慌てた顔おっかしかったなぁ。

 ぷ…あはははは!」


 カイエルはそう失笑しました。


「そうなの?

 何だか良く分からないけど、凄く楽しそうね」


 少女はそう言って微笑みました。


「うん、君にも見せてあげたかったくらいだよ。

 …とそれよりも、今日はアミリーに良いものを持って来たんだ」


 カイエルはそう言ってポケットをまさぐり、白いパンを差し出しました。


「わぁ~!

 白いパン!

 凄い凄い!!

 嬉しいわ、カイエル!

 ちゃんと約束を覚えててくれたのね」


 少女は満面の笑みを浮かべ、顎の下で手を組みました。


「忘れるわけないさ、エヘヘッ」


 カイエルは照れ臭そうに人差し指で鼻の下をこすりました。


「じゃ、早く仕事を終わらせてお昼にしよう!」


「うふふ、カイエルったら意外と食いしん坊なのね」


 軽く握った拳口元に当てながら少女は笑いました。

 早速二人でお仕事に取りかかります。

 何度も少女の仕事を手伝っている甲斐があり、カイエルはすっかり少女の仕事を覚えて手際が良くなっておりました。


 普段少女が一人でこなすと夕刻までかかるような仕事も、昼刻にはすっかり片ずきました。

 そしてその後はいつものように干し草の上でお昼です。


「じいやたちの目を盗んで持って来たから、これだけしか持って来れなかったけど全部あげるよ。

 さぁお食べ」


 カイエルが二つのパンを差し出すとアミリーは


「え!?

 本当!?

 これ皆食べていいの?」


 と目を輝かせて言いました。


「もちろんさ。

 君に食べさせたくて持って来たんだ。

 僕は白いパンなんかしょっ中食べているから全然珍しくもないしね」


「うわぁ~!

 ありがとう、カイエル!

 じゃあ私は固いパンしかないけどこれ皆んなあげるわね、交換よ!」


 アミリーもポケットから固いパンを取り出し、カイエルに差し出した。


「ふふふっ…うん!」


 カイエルもまた笑顔でアミリーから固いパンを受け取りました。


「わぁ~、とっても柔らか~い!

 美味しいわ!!

 生まれて初めてよ!」


 少女は大そう感激しながら白いパンを頬張りました。


「あはは、そんな嬉しそうな顔をされると何だか僕まで嬉しくなってくるよ。

 また持ってくるよ」


「うふふ、うん!」


 王子様は少女があどけない笑顔を見せる度、自分もそこはかとなく幸せな気持ちになる感覚を覚えました。


 お昼を食べ終えた後は、羊たちを小屋に戻す夕刻まで自由時間です。


 いつものように干し草をかけあったり牧場内を走り回ったり、お喋りをしたり時間はいくつあっても足りないほどに、共に満ち足りた時間を過ごしました。


 空が紅に染まる頃、少女は今日一日の最後のお仕事である羊たちの小屋への誘導をしなくてはなりません。


 お城に帰る王子様を見送った後、首にかけていたホイッスルを口に入れ、力一杯吹きました。

 すると畜舎横の小屋から二匹の犬が勢いよく飛び出し駆けて来ます。


 少女は引き続きホイッスルを吹き、犬に羊追いの指示を出します。

 指示を受け取った犬たちは元気よく吠え、羊追いを始めました。

 犬に追われながら羊たちは次々に畜舎の中へと入って行きます。


 最後の一頭を収容し小屋に鍵をかけ、少女の今日一日のお仕事はようやく終わりを迎えました。


「よし!

 無事終了!

 今日もご苦労様」


 そう言って少女は二匹の犬の頭をなで、餌をあげます。

 犬たちは一仕事終えた後のご褒美を美味しそうに食べました。


 ―お城にて―


 窓から垂らした綱をよじ登り、自室へと帰った王子様は抜け出していた事がバレないように、汚れた服を取り換え自分に見立てるように置いた4フィートの袋を布団から取り出し、クローゼットの中へ押し込みました。


 そして演技をしながらドアをそっと開け、夕飯が入ったバスケットを受け取り再びドアを閉めました。

 そしてドア越しに兵士に聞きました。


「ねぇ君、医者はいつ頃来るんだい?」


「はっ!

 町の医者は田舎の方まで出向いていたようで、只今田舎からこちらへ向かっているそうで、恐らくあと2~3日程で到着されるのではという報告を受けております!

 カイエル様、今大変お辛い所でしょうがどうか今暫くご辛抱を!」


「そうかい。

 分かったよ」


 医者が到着するまであと2~3日か。

 王子様は少女に会える時間はもうわずかしか残されていないという事を密かに悟りました。


 ー翌日ー


 朝食の入ったバスケットを受け取り、王子様はクローゼットから取り出した布に朝食を包み、空のバスケットをドアの外の兵士に渡し、またお城を抜け出しました。


 今日のお昼は豪華になりそうです。

 何せ昨日の夕飯の分も王子様は少女のためにと、少し残しておいたのです。

 少女の喜ぶ顔を想像しながらカイエルは丘を駆け上がって行きました。


「アミリー!おーい!」


 いつもの如くに牧場で作業をしている少女の後ろ姿を見付けるなり、カイエルは大きく手を振りました。


「あら、カイエルこんにちは」


 少女は微笑みました。


「あのさ、今日はどっか見晴らしの良い所でも行こうよ!」


「?

 どうしたの?

 急に」


「エヘヘッ、実はさ…見てよこれ」


 そう言いながらカイエルは服に包んだ物を見せました。


「なぁに?それ」


「昨日は白いパンしか持ってこれなかったけど、今日は色々持って来たんだ。

 昨日の夕食に出た野うさぎのソテーやチーズなんかもあるし、もちろん君の好きな白パンだってあるよ!」


「えぇ!?

 そ…そんなに!?

 わぁ〜夢みたい!!」


「うふふ。

 だからさ今日は午前の仕事が終わったらさ、景色の良い場所にピクニックしに行こう!」


「でも…羊を見張ってなきゃいけないし…」


「き…今日一日くらいなら大丈夫だよ!

 ちょっとなら良いだろう?」


「でも…」


 少女が決めかねてモジモジしていると少女の父親が


「今日一日なら良いよ。

 羊の見張り番は父ちゃんが代わってやろう。

 行っておいで」


 少女と王子様を交互に見つめながら生温かい笑顔を浮かべてそう言った。


「あれ!?

 父ちゃんどうしたの?

 畑の仕事は?」


「うん、そろそろ備蓄品を切らしそうだったから町の方に行って買い出しに行って来て貰おうかと思ってそれを言いに来た所だったんだが、話が少し聞こえてしまってな…。


 まぁ…買い出しの方は特に急ぎと言うほどの物でもないから、明日でも良いだろう。

 今日はカイエル君と一緒に行っておやり」


「えぇ!

 本当に良いの!?父ちゃん!」


 驚愕しながらも期待の笑みを浮かべる少女に


「あぁ!

 ただし、今日だけだぞ!?

 いいね?」


「うん!

 ありがとう!!

 父ちゃん!!」


 嬉し涙で眸を潤ませながら満面の笑みで少女は言った。


「ありがとうございます!」


 王子様もまた気色に満ちた表情で言い


「うんうん。

 二人で楽しんで来なさい」


 アミリーの父親はニッコリと微笑みながら頷いた。

 少女も王子様も二人揃って互いに満ちた顔を見合わせた。


 さてそうと決まれば早速お仕事です。

 まだ朝の仕事は終わっていません。

 二人は早速いつもの仕事に取り掛かります。


 楽しみがあると仕事にも精が出るもので、二人はあっという間にいつもの仕事を終えました。


「早いね!

 いつもはお昼までかかるのにまだ始めてから一刻よ!?」


「本当!?

 そりゃあ良いや!

 じゃあ早速あのオークの木の所まで競争だー!!」


 王子様は丘の上に聳え立つ大きなオークの木を指差し、お弁当を持って一目散に駆け出しました。


「あっ!

 待ってよー!

 いきなり言うのズルいーっ!」


 そう言いながら少女もまた王子様を追って駆け出しました。

 息を切らしながら、そして笑いながら二人は目一杯走りました。


 王子様が木の幹にタッチをし、木にもたれかかりました。


「はぁ…はぁ…はぁ…。

 あー疲れた。

 少し休もう。

 こんなに目一杯走ったの初めてだよ」


 王子様はそう言ってオークの木の下にゴロンと寝転がりました。


「はぁ…はぁ…はぁ…。

 やっと追いついた…。

 あなた足速いのね、ビックリしちゃった」


 少女は膝に手を当てながら立ち止まり、王子様にそう言いました。


「ヘヘッ。

 お城ではよく爺やから逃げ回ってるからね。

 爺やに追いかけ回されて鍛えられたお陰かな?」


「そ…そうなの…。

 よく分からないけど…凄いのね」


 息切れ切れに少女はそう言いました。


「さぁ、君も隣おいでよ。

 草木の香りがして気持ち良いよ」


「うん」


 少女は言われるまま王子様の横に寝転びました。

 時折、木の枝葉が風に揺れて音を立て、木の枝に止まって休んでいる鳥たちが囀る声が聞こえます。


 柔らかな陽光が木の間から差し込み、暖かみをもたらします。

 どれもお城の閉鎖された空間には無いものでした。

 暫し休んだ所で王子様は立ち上がり、


「よーし、次はこの木の上に登ってみよう!

 きっと見晴らしが良いはずだ」


 王子様はそう言うと服で作った風呂敷を地面に置いて、木に登りました。

 早くも小休止出来そうな太めの枝まで到達した王子様は下で待っている少女に


「おーい!

 海が見えるよ!

 早くこっちへおいでよ!」


 木の枝の間から覗き込むように言った。


「わぁ〜待ってよー。

 そんなに早く登れないわよ」


 そう言いながら少女も木に登り始めました。

 王子様の近くの枝まで登り小休憩している少女を待ちきれないかのように


「大丈夫、さぁおいで」


 そう言いながら手を伸ばした。

 少女は王子様の手を握り王子様は少女を引き上げた。


 反動でよろける少女を抱き止める王子様から漂う乳香の香り。

 それはまるで海辺の潮風を思わせるような爽やかな香りでした。

 少女は初めて嗅ぐ香りにうっとりしました。


 それと同時に少女から漂う太陽の光を一杯に浴びた干し草の香りと土の柔らかな香りに、少女らしさと愛くるしさを王子様は感じたのでした。


 二人共に時間が止まったかのように静止したまま、お互いの鼓動と呼吸に耳を傾けていました。


 木の枝に休みに来た小鳥たちの囀りたちをバックグラウンドミュージックに、その中心には二人の優しく柔らかな刻がありました。

 王子様が少女の背中を優しくトントンと叩き


「ホラ、向こうをご覧。

 海が見えるよ。

 波の音が聞こえないのは残念だけどね」


 そう言いながら丘の向こうに見える海を指差した。

 少女もまた王子様が指差す海を見て


「うふふ、そうね。

 いつかあの大っきな海で泳いだり遊んだりしたいわね」


「叶うさ!

 そんなに遠くない未来に!

 いつか僕が連れて行ってあげるよ!」


「そう?

 うふふ、楽しみね」


 少女は拳を口元に当てて微笑んだ。

 ひとしきり海を眺めた後、少女のお腹が悲しげな音を立てました。


「ぷっ…。

 そういえば今日はお昼まだだったね。

 下降りて食べようか」


 失笑しながら王子様は言い、木を降りた。

 後に続いて少女も木を降ります。

 先に地上に着いた王子様は


「安心して降りて来て良いよ。

 もし何かあったら僕が受け止めるからね」


 そう言って王子様は少女の方を見上げて両腕を広げた。

 少女は


「大丈夫だもん」


 ややむくれ顔でそう言った後、少しはにかみ顔で木を降りました。

 王子様は


「今日は色々持って来たんだ!

 きっと君が喜んでくれると思って」


 そう言いながら、まるでクリスマスプレゼントの箱でも開けるかのように服の風呂敷の結び目を解き広げて見せました。


 そこには野うさぎ肉のソテー、チーズ、白パン、それに美味しそうな果実もあります。


「きゃ〜!!

 す…凄い凄い!!

 野うさぎ肉のソテーだなんて見るのも初めてよ!

 それにチーズだってうちで食べる羊のチーズとは全然違う!

 きっと凄く上等な物なのね!

 凄いわ!!」


 気色に満ち溢れた面持ちで少女は顎の下で手を組んだ。


「あはは!

 さぁ、一緒に食べよう。

 実は昨日の夕食分も入ってるから僕もちょっとお腹減っててさ、エヘヘッ」


 そう言って王子様は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「うん!

 私はいつもの固いパンしか無いけど、これあなたにあげるわね」


「ふふっ、ありがとう」


 少女と王子様は豪華な昼食に舌鼓を打ちながらピクニックを楽しみました。

 すっかりお腹が満たされた二人は今度は徐々に眠気を感じ始めました。


 そのまま二人で草むらに寝転がり、空を眺めながらゆっくりと流れていく雲を見上げ、ぼんやりと過ごし、いつしか二人はそのまま眠りにつきました。


 空が紅に染まる頃王子様は目を覚まし、もう帰らなくてはならない時間なのだと、もの寂しさを感じながらも隣で気持ち良さそうに眠っている少女をそっと起こしました。


 寝ぼけ眼を擦りながら、空の色を見て少女もそろそろ帰らなくてはならない時間なのだという事を察しました。


「すっかり寝ちゃったね、そろそろ帰らなくちゃ」


「そうね」


 名残惜しさを胸に互いに見つめ合いました。


「ね、カイエル、ちょっと目を瞑って」


「え?

 こ…こうかい?」


 言われるままに王子様は目を瞑りました。

 夕日の赤みを帯びた王子様の頬に少女はそっとKissをしました。

 突然の事に驚愕した王子様は思わず目を開けました。


「あのね、昔お母ちゃんに教えてもらったの。

 大好きな人にかけるおまじないなんだって。

 このおまじないをかけておけばまたその人と会えるってお母ちゃんが言ってたの。

 うふふ…大好きよ、カイエル」


 照れ臭そうに微笑む少女に


「じゃあ今度はアミリーの番だ。

 さぁ、目を瞑って」


 少女も目を閉じ、王子様は少女の額にそっとKissをした。

 はにかみ顔でそっと俯く少女を王子様はそっと抱き寄せた。


「もう帰らなきゃ」


「そうね」


「明日また来るよ」


「うふふ、うん!

 おまじないしたもんね!

 明日また、きっとよ!」


「うん、誓うよ」


 王子様は握った拳を胸に当て、目を閉じた。

 王子様に倣って少女もまた拳を胸に当て目を閉じました。


「じゃあいくよ!

 僕カイエルは明日もまたアミリーに会いに丘の上の牧場に来ます!」


「うふふ、うん!

 誓います!

 きっとよ、約束だからね!」


 共に向かい合って誓い合う二人のシルエットは茜色の陽光に照らされ、どこまでも続く草原の上を伸びて行きました。


 ―お城にて―


 自室に戻ろうと窓から垂らしている筈の服の綱がいつもの場所に見当たりません。

 王子様は自室であろう窓の方を見上げると綱が見当たらないどころか、窓が開いてすらいません。


 ジワリジワリと状況を察してきた王子様は青ざめました。

 そこへ後方から自分の影を上塗りする大きな影が現れました。


 王子様が振り返るとそこには腰に手を当て、仁王立ちをしながら眉間にしわを寄せている爺やがおりました。


「カイエル様、こんな時間まで行ったどこへ行かれていたんですか?」


「ゔっ…、じ…爺や!

 どうして!?」


 予想外の事に狼狽しながら王子様は言いました。


「ドアをノックしてもお返事がありませんでしたので、もしや部屋で意識を失っているのではと心配になって様子を見に部屋に入らせて頂きました。


 ベッドで寝てる筈のカイエル様にいくら問いかけてもお返事がなかったものですから、大変失敬かと思いましたが布団の中を確認させて頂きました所、そこにあられたのはカイエル様の姿ではなく大量に衣服が詰め込まれた大袋のみでした。


 全く…カイエル様にはしてやられましたな。

 頭が痛いと言うのは嘘だったんですな?」


「…。

 爺や、お願いだよ!

 僕これからはちゃんと勉強も頑張るし、今まで通りにちゃんと夕刻になったら帰って来るから行かせておくれよ!」


 王子様は顔の前で手を合わせて必死に懇願します。


「なりません!!

 あなた様はこの国にとって何よりも大切なお世継ぎなのです」


「嫌だ!!

 僕は国王なんかになりたくない!!

 もっと自由に生きたいんだ!!」


「なりません!!

 これはあなた様がお生まれになった時から決まっていた宿命なのです、どうかお諦め下さい。

 あなた様はこの国に無くてはならない存在なのです」


 頑なに諭す爺やに


「嫌だー!!

 嫌だー!!

 どうして僕なんだ!

 国王なんてなりたい奴が勝手になれば良いじゃないか!!」


「どうかお諦め下さい。

 カイエル様、もしもあなた様にこれ以上聞き分けて頂けないのであれば、我々は城の者としての対応をせざるを得なくなります。


 カイエル様が何に夢中になられているのか我々は存じませんが、今カイエル様が夢中になられている物が何なのかを突き止め、それに対しての相応の対応を取らざるを得なくなるのです」


「そ…相応の対応って何だよ?」


「そうですね、例えばもしもそれがどこかの遊び場だった場合は、二度とカイエル様が近寄りたいなどと思わなくなるよう焼き払われる可能性だってあるでしょうし、もしもそれが何か動物や人物だった場合は、その対象の者は極刑なると考えられたら宜しいでしょうな」


「極刑!?

 そこまでする必要ないじゃないか!!

 どうして!!」


「必要があるのです。

 よくお考え下さい。

 カイエル様はこの国にとっては、無くてはならない大切な存在です。


 そのカイエル様をたぶらかして城から連れ出しているのですから、我々にとってはカイエル様を拉致されているも同然と言うことになります。

 つまり国を危うくさせる危険な対象と言うことになります。


 ですからカイエル様、どうかこの辺でご理解下さい。

 カイエル様が今夢中になっているものがカイエル様にとって大切ならばどうかこの辺でお退き下さい。


 我々とてカイエル様が悲しむ姿は見たくありません。

 幸い今ならばカイエル様の身に特に異常や異変は無いものとし、これまでの事は水に流し目を瞑りましょう。


 ですがもしも今後、カイエル様にご理解頂けていない事を判断した場合は相応の対処を取る事とならざるを得ない事をどうかご理解下さいませ」


「僕は自分の意思で行ってる!!

 連れ出されているわけじゃない!!

 僕が勝手にしている事なんだから、僕に罰を与えればいいじゃないか!!」


「カイエル様、残念ながらそうはなりません。

 カイエル様はこの国にとって大切なお方です。

 カイエル様をたぶらかしている者に責任を取って頂く事になります。

 カイエル様、大切ならばどうかお気持ちをお収めください」


「……」


 王子様は少女が公開処刑にあって斬首にされる事を想像し、胸が苦しくなりました。

 自分の判断が彼女の命運すら変化させてしまう事を理解したからです。


 泣き叫ぶ王子様に深々と頭を下げた爺やは、下臣たちに


「カイエル様をお連れしなさい。

 それとまたお召し物が汚れてらっしゃるので入浴と着替えをさせて差し上げなさい」


「ははっ!」


 命じられた数人の兵士やメイドたちが王子様を囲んだ。


 夕食を食べ終えた後も王子様はベッドに寝転びながら、勝手に自分の人生を他人に決定されてしまう理不尽さに一人煩悶した。


 今日の事で王子様への見張りの体制はさらに厳重になり、今では部屋の隅に作られたスペースの小さな机で爺やが今日の執務をこなしている。


 そうなのです。

 王子様の仮病も抜け出していた事も露顕されてしまった事が理由で、これまでの日中のみの家庭教師の見張りに加えて、夜は王子様が寝付くまでの間は爺やが王子様の部屋で執務をしながら王子様の監視をする事となったのです。


 もちろん部屋のドアの前には兵士も待ち構えています。

 こうして一日中見張りがついてしまっていては、今度こそ王子様も部屋を抜け出す事は叶いません。


 しかしだからといって王子様の心の裡に芽生えた焔はそう簡単に鎮火するものでもなく、毎日毎夜を少女を思い出しては一人煩悶を繰り返す日々を送りました。


 ですが、自分の行動のせいで少女が極刑にされてしまう事を考えれば、自分は二度と少女に会いに行かないことが一番良い事くらいは理解できます。

 そこで王子様は決心をしました。


 僕はこれから勉強もダンスも剣技の稽古も頑張って、爺やたちの言う立派な国王となり、いつか少女を迎えに行くと。


 そう決意してから王子様は勉学や稽古に励み、一日たりとも休む事はありませんでした。


 そうして2年ほど過ぎ去ったある日、ふと茜色の陽光の中"必ず会いに行く"と誓い合った、少女と会った最後の日の事を思い出しました。


 あの日のしばらく後、日中の慌ただしさが過ぎる就寝の頃には毎日のように寝床であの誓いを思い出していたものですが、いつしか慌ただしさに揉まれていくうちに思い出さなくなっていました。


 いえ、思い出さないようにしていただけなのかもしれません。

 しかし今時分、ふと窓から月を見上げた時に、二年前のあの束の間の眩しかった懐かしき日々を思い出してしまったのです。


 王子様はあの日からずっと少女の無事と幸せを願って、自分の中に湧き起こる衝動抑えてきましたが、どうしても少女にあの日の誓いを守れなかった事や、自分の置かれている状況を伝えたいと言う衝動に駆られました。


 あの日、あの時、茜色の夕日の中で誓い合った約束。

 少女は今も自分を待っているのではないか?

 そんなふうに思うだけで、王子様はとても胸が苦しくなりました。


 王子様は考えました。

 どうしたら少女に自分の状況を伝えに行く事ができるのか。

 ただ一つだけチャンスがある時間帯があります。


 それは夜更、王子様が就寝した後に爺やが自室へ戻った時です。

 夜の就寝時は爺やも自室のベッドへ戻るので、王子様はやっと一人になれます。


 あの日の直後は王子様の就寝時にまで兵士が横で見張に付いていたくらいのものでしたが、あの日から一度たりとも城を抜け出す事なく勤勉に過ごして来たという事もあり、最近ではすっかり信用されて夜の見張りは解けていました。


 ですがあまり長い事部屋を留守にしてしまうと次に城の者に見つかってしまったら、少女の身に何が起こるか分かりません。


 ですがほんの一瞬だけならば…。

 皆が寝静まっている今だけならばチャンスを作れるかもしれません。


 来年の戴冠式を終えたら迎えに行くと、ほんの一瞬その一言を伝える事が出来れば良いのです。


 ですが夜は少女も寝ているはずです。

 かといって、少女の小屋のドアを叩き家族までも叩き起こしてしまうのは、あまりに不躾というものです。


 何とか少女に気付いてもらえる方法を考えなくてはなりません。

 彼女に対して何か合図を送る事ができれば良いのです。


 そこで王子様はふと、ここ最近全く奏でていなかったオカリナの事を思い出しました。

 明かりを点けてしまっては城の兵士や爺やが気づいて部屋に来てしまう可能性があるので、明かりを点けずに暗がりの中でオカリナを探しました。


 ただでさえ明かりの灯らぬ部屋の暗がりの中、クローゼットの中はより一層暗く、夜目が効いている状態とはいえ、小さなオカリナを探すのには王子様も苦労しました。


 王子様は2年ぶりに部屋を抜け出しました。

 あの日、初めてお城を抜け出した時のワクワクした気持ちを思い出し、新鮮な気持ちで丘を駆け上がりました。


 丘の上の牧場はあの頃と何も変わっておりませんでした。

 王子様は懐かしさと嬉しさが胸にこみ上げてきて、鼻の奥がツンと痛むのを感じ、深呼吸をしました。


 ですがのんびりと懐かしんでいる時間はありません。

 もしも今にも何かの拍子に誰か下臣たちが自分が城を抜け出したことを見つけてしまい兼ねないのです。


 早く少女に伝えて城に帰らなくてはなりません。

 王子様は少女に気付いてもらえることを願って、少女が暮らしているであろう、小屋の前でオカリナを吹きました。


 "美しき5月に"を奏でました。

 これはかの有名なシューマンが若かりし日に、思いを寄せていた女性に送った告白の曲である事から、今の自分の気持ちにぴったりだと思ったのです。


 吹き始めてもなく、小屋の窓から影が覗きました。

 ですが暗くてよく見えません。

 王子様はなおも吹き続けました。


 するとそっと小屋の扉が開き少女が顔を覗かせ


「アミリー?」


 王子様がそう問いかけると、今度は勢い良く扉が開き、少女が勢い良く王子様の胸に飛び込んできました。


「カイエル!!

 会いたかった。

 どうして会いに来てくれなかったの?

 ずっと待ってたのに!」


 王子様にしがみつく様にその胸に少女は顔を埋めました。

 隠すようにそっと泣く少女の熱い呼吸を感じ、王子様もまた少女を強く抱きしめました。


 少女からは甘酸っぱい果実と花を思わせるような良い匂いがしました。

 暗がりで顔はよく見えなかったが、この二年で少女は成長したようです。


 あのよく干された干し草とお日様のような香りは、すっかり大人の女性の香りに変わっていたのです。

 ですが何もそれは少女ばかりではありません。


 少女もまた王子様のあの海辺の潮風を思わせるような爽やかな香りが、甘く魅惑的な麝香の香りに変化している様を感じ取っておりました。


 少女は溶け込むように王子様の胸に顔を埋め、王子様もまた少女のこめかみにKissをし少女の髪に顔を埋め、少女を強く抱きしめました。


 帰りたくない。

 このまま離れずにここにいたい。

 二人共にそんな思いを心の裡に秘めました。


 ですが王子様には時間がありません。

 自分の気持ちを押し殺してでも、直ぐに城に帰らなくてはなりません。

 王子様は静かに口を開き


「アミリー、来年の戴冠式が終わったら必ず君を迎えに来る。

 君を正妃迎える。

 今度こそ誓いを果たすよ」


「正妃!?

 まさか…あなた王子様だったの!?」


「…黙っててごめん。

 もしも言ってしまったら、君もお城の下臣たちのように、僕と遊んでくれなくなるんじゃないかって思ったら、どうしても言えなかった…」


「あ、あの…。

 …失礼な事を沢山言ってしまったりしたんじゃないかしら私…。

 す…すみません!!」


 震えながら少女はそう言い、王子様から手を離した。

 だが王子様は再び少女を抱き寄せて言った。


「今みたいに皆んな…。

 アミリーも、僕から離れて逃げて行っちゃうんじゃないかって思ったから、言えなかったんだ!

 お願いだ!

 君だけは僕から離れて行かないでくれ!!」


「カ…。

 いえ…お…王子様」


「そんなふうに、僕を呼ぶな!!

 今まで通りカイエルって呼んでくれよ、君だけは」


 月光に照らされて王子様の涙が光った。


「…カイエル。

 ご…ごめんなさい。

 …でもいいの?本当に」


「あぁ君にだけは、他の下臣たちと同じようにされたくないんだ」


「カイエル…好きでいてもいいの?」


「あぁ、もちろんだ。

 こんな事で君の気持ちが変わってしまったら僕の方が悲しい」


「…うん」


 少女は再び王子様の胸に顔を埋めた。


「アミリー、本当はもっとこうしていたいんだけど、今は城に帰らないと。

 だからせめて僕のこのオカリナを君に持っていて欲しいんだ。

 こいつを僕だと思って僕が君を迎えに来る日まで持っていって欲しい」


「ありがとう…頂くわね。

 大切にするわ」


「うん」


 王子様は少女の頭を愛しそうに撫で、少女にKissをしました。

 共にきつく抱き合って。

 何度も舌を絡ませ、互いの唇を貪るような甘く深いキスをしました。


 月光が甘やかな時を過ごす二人を優しく包み込むように照らしています。

 それはそれは美しいブルームーンの夜でした。


 ―翌年―


 成人した王子様は無事戴冠式を終え国王に就任しました。


「新しい国王様に敬礼!!」


 数百人と並ぶ兵士たちが全員カイエルに(かしず)きました。


「カイエル様…本当にご立派になられまして。

 爺やはどんなにこの日を夢見たことか…」


 爺やが袖で眼を拭いました。

 そして


「あとはカイエル様に見合うような素敵な正妃様となられる女性を見つけなくてはですな」


 そういう爺やにカイエルは


「その事なんだけど、僕もう決めている子がいるんだ!

 だから迎えに行こうと思う」


「な…なんですと!?

 もうそんな方がいらっしゃるんですか!?

 カイエル様…いえ、国王様一体いつの間に!?」


「…それは別にいいだろ」


「失礼いたしました。

 して…それは一体どのようなお方なのですか?

 国王様のお眼鏡にも叶うような人物とは、一体どこの名家の方ですかな?」


「その子は丘の上に住んでるんだ」


「丘の上…?

 はて?

 この辺の丘の上に名家なんかありましたかな…?」


 首を傾げる爺やに


「名家じゃないよ。

 丘の上の牧場で羊飼いをしている子なんだ。

 別にいいだろ?

 名家じゃなくたって」


「な、なんですと!?

 羊飼いですと!?

 国王様、あまり爺やをからかわないで下され。

 …まさか本気ではありますまいな…?」


「もちろん本気に決まってるさ!

 冗談なんか言わないよ。

 僕は国王だ!

 王の命令は絶対だ!!

 正妃くらい僕に選ばせろ!

 これは国王の命令だ!!」


「なりません!!

 あぁ〜…カイエル様が無事ご即位されてほっとした矢先にこれですか…。


 はぁ〜…。

 爺やはもう目眩がしてきましたぞ。

 いかがなされますか?皇太后様」


 額に手を当てながら眉間にしわを寄せて言う爺やにカイエルの母である皇太后様は言いました。


「なりません、カイエル!

 あなたはこの国の国王なのですよ?

 立場ある人間なのです。

 まだどこかの辺境に住んでいる"貴族"と言うのならば許しましょう。


 一応名家とまではいかずとも"貴族"であることには変わりはありませんからね。

 最低限城の顔も立つでしょう。

 それを身分の卑しい羊飼いだなんて…。


 恥ずかしくて社交の場に出られませんよ。

 一体どこで汚い野良犬を拾ってきたのやら…。

 母も目眩がしますよ…」


「…そ…そんな…。

 嫌だ!!

 僕の人生だ!!

 正妃ぐらい自分で決める!!」


「選ぶことが駄目と言っているのではないのよ。

 身分の卑しいものを正妃にするのが駄目と言っているのです」


「そうですぞ!

 せめて兵士や召使いとしてなら考えられなくもありませんがね」


「そんな……じゃあ僕は一体何のために…。

 僕は国王なのに、僕の命令でも駄目なのか…」


「お諦め下さい。

 カイエル様は確かに国王様です。

 国や(まつりごと)、国王様の身の回りの世話事の命令ならば、どんな命令でも我々は全力で聞きましょう。


 ですが婚儀の話に至っては駄目です。

 国王様に相応しい身分の者でなければ、我々は首を縦に振る事はいたし兼ねます。


 それに皇太后様がご存命されている以上、皇太后様が亡くなられるまではわが国のルールでは皇太后様に実権があります。

 どうかご理解下さいませ」


「そんな…。

 だったら、僕は国王なんかになりたくない!!

 政治なんかやりたくない!!」


「あぁ…国王になられたばかりだと言うのに、何と嘆かわしい事態か…。

 カイエル様、爺やはもう目眩が止まりませんぞ。

 ただでさえ生い先が短いのですからどうかこの辺でご容赦を…」


「!!」


 カイエルは先代の国王から授かった王冠とマントを脱ぎ捨てて一目散に走り出した。


「あ!!カイエル様!!」


 止める爺やを振り切ってカイエルは玉座の間から飛び出した。


「あぁ…いくつになっても息子の物好きには頭を悩ませるものね。

 一体どこで道を間違えたのやら…」


 玉座の間に取り残された者たちは、全員頭を抱えました。

 カイエルは城の厩舎から白い馬を連れ出し(また)がりました。


 力強く握った綱を思いっきり振りました。

 城門へ勢いよく走り出し


「城門を開けろ!!

 王の命令だ!!」


 カイエルは叫び、城兵士たちに城門を開けさせました。


「駄目じゃ!!

 王をお止めしろ!!」


 後方でそう呼ぶ爺やの声も虚しく間に合いませんでした。


 カイエルの乗った白馬は力強く地を蹴って丘を駆け上がりました。

 カイエルは牧場の前へ到着すると手綱を引いて馬を止めました。


「ドゥ、ドゥ!」


 カイエルの指示に従って馬は足を止めます。

 小屋をノックすると、白髪混じりの髭を伸ばした中年の男が顔を出しました。


「はて…どちら様ですか?」


 と中年の男は言いました。

 すっかり立派な姿に成長しているカイエルにアミリーの父は気付かず、首を傾げました。


 カイエルは構わず続け様に問いかけました。


「アミリーに会いに来たんですが…今どちらに?」


「はぁ…うちの娘の友人ですか?」


 そう聞きながらも、中年の男はカイエルの立派な身なりを見回し、数年前に妙に身なりの良い少年がこの牧場を訪れていた時期があった事を思い出し、再びカイエルの顔を見ました。


 端正な顔立ちには当時のあどけなさが面影にあり、あの時の少年だろうか?ふとそう頭に浮かんだのです。


 アミリーの父は、妙に身なりが良いなと思ってはいたがまさか本当に身分の高い人だったのでは…?と心の裡で思いました。


 カイエルはそこはかとなく身分を明かすことを避け


「まぁ…そんなところです」


 そう答えました。


「そうですか…。

 ですが大変申し上げにくいのですが、うちの娘は半年前に原因不明の病にかかってしまってもうこの世にはいないのです」


「…!!

 そんな!!」


 カイエルは言葉を失い呆然としました。


「娘の生前に仲良くして頂いたみたいで…。

 わざわざ娘のために辺鄙な小屋まで足を運んで下さっってありがとうございます。


 もしよろしければこちらに娘の墓がありますので、見てやって下さい」


 アミリーの父の案内に従ってついて行くと、そこは牧場の中でも一番見晴らしのいい場所で、振り向くとお城が見渡せます。


 小さな石で作られただけの簡素なお墓には見覚えのあるオカリナがそっと添えられておりました。

 そよそよと優しい風がカイエルを抱き、頬を撫でました。

 まるでカイエルの頬を撫でながらアミリーが笑っているかのようでした。


「この下に娘が眠っております。

 生前はよくここに立って物憂げな顔してお城の方を眺めておりました。


 娘は何も話してくれませんでしたが、ずっとあなたを待っていたのでしょう。

 いつか会えると信じながら。

 よくこのオカリナを大切そうに握り締めていました」


「そうですか…」


 カイエルはそう答えた後、何も言いませんでした。

 アミリーとの約束を果たせなかった事への後悔なのからなのか、それとも約束を果たせない事が分かっているのにも関わらず自分は一体ここへ足を運んで何をしたかったのかという己への疑念からなのか、アミリーを失ってしまった悲しみで言葉が出ないのか、己の気持ちすら理解が出来なかった。


「良かったらこのオカリナ貰ってやって下さい」


 アミリーの父はそう言って添えられていたオカリナをカイエルにそっと差し出しました。


「宜しいんですか?

 娘さんの形見なのに」


「良いんですよ。

 私にはこれがあります」


 そう言ってアミリーの父は首に掛けていた物を見せた。

 それはいつぞやかアミリーが羊追いの際に吹いていたホイッスルだった。


 当時の元気だったアミリーはもういない。

 彼女はもう二度と羊追いもしなければ、ホイッスルも吹かない。

 もう走らないし、笑わない。


 そう思ったとたんカイエルは涙が溢れた。

 先ほどまでは現実があまりにも衝撃的すぎて、痛みすら感じない程に残酷過ぎて、泣く事すら忘れていたかのように涙すら流れなかったと言うのに、一度流れてしまえば堰き止められた激流の如くに次から次からと止まらなかった。


 そして美しき思い出が次から次へと走馬灯のようにカイエルの脳裏に浮かんだ。


 初めて会ったあの日の事、二人でお昼に固いパンを半分ずつ食べていた時の事、初めて彼女の匂いを嗅いだ日の事、二人並んで草むらで昼寝をした事、茜色の陽光の中で共に誓い合った事、そして美しいブルームーンの夜に愛を確かめ合った事。


 二人だけの静かな刻がゆっくりと流れていたあの日の夜。

 あの晩も約束をした。


「娘の死を悼んで下さってありがとうございます。

 娘もこのオカリナをあなたに貰って貰える事を願っていると思います。

 宜しければ貰ってやってくれませんか?」


「ありがとうございます。

 これは以前僕が彼女に贈った物だったんですよ」


「そうでしたか。

 ならば尚のこと貰ってやって下さい」


「はい。

 ありがとうございます」


 そこへ


「いたぞ!! 」


 お城の兵士たちが、とうとうカイエルを見つけてしまいました。

 アミリー亡き今、カイエルは抵抗する理由もなくなりましたので、城に帰る事にしました。


「王様!!」


 ズカズカと庭へと駆け込む兵士たちに


「安心しろ。

 僕はもう逃げない。

 城にも帰るし、黙って王位も継ぐよ。

 だからこの人やこの牧場には何もするな。

 これは王の命令だ!!」


「ははっ!!」


 国王様と言う兵士たちの言葉を聞いて、カイエルの正体を知ったアミリーの父は既に察していたかのように驚く事もなく、ただ黙って静かに帽子を脱ぎ深々と頭を下げました。


「何となく身なりが良いと感じてはいました。

 やはりそれほどの…。

 そんな人がわざわざうちの娘に…!!

 ありがとうございます!!」


「いえ、とんでもないです!

 どうか顔を上げてください。

 あの日、アミリーとピクニック出来たのはあなたのお陰です。

 僕にとって凄く幸せなひと時でした」


 カイエルもまたアミリーの父に深々と頭を下げました。

 泣くのを堪えていたアミリーの父もまた嗚咽を漏らしました。


「王様、そんなふうに言って頂けて娘も喜んでいる事でしょう。

 本当にありがとうございます!!」


 カイエルもまたアミリーの父と共に涙を流しました。

 周りで傍観している兵士たちは状況を理解出来ずに皆困惑の表情を浮かべておりました。


 少し冷静さを取り戻した頃合いに、カイエルは城の兵士を引き連れてお城に帰って行きました。


 美しき月夜にオカリナを吹く時、カイエルはあの丘の上の牧場の事、カイエルを包み込み頬を撫でたあの丘の上の風の事を今でも思い出します。


 ―FIN―

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