異常性愛者の恋
最近猿渡哲也先生のタフシリーズにハマってます
“この『異常性愛者』ってさあ、アンタみたいだよね”
学校で友人に言われたことが、今でも頭に響いている。
異常性愛とは読んで字の如し、正常ではない性的嗜好のことだ。私たちが読んでいた漫画に出てきたキャラクターがその嗜好の持ち主で、友人は私の嗜好もその異常性愛にあたる、と言ってきたわけだ。
「ひどい言われようだよね……まあ事実だからしょうがないけど」
私は公園のベンチに座り、絶景を眺めながら独りごちた。
事実とは言ったが、厳密には違う。そのキャラは実際に幼女に手を出したのに対して、私はそんなのしたことない。想像で終わるか実行に移すか、そこには大きな差異があり、その点からして私は他人にとやかく言われる筋合いはないと思っている。
「でも……こんなことしてる以上はやっぱり言い返せないな」
絶景が動き、私はペンを走らせその姿を必死にスケッチしていく。
光る汗、揺れる髪、きめ細かい肌、少し耳障りな甲高い声、漏れる吐息、そのどれもが意欲を掻き立てる。
鬼ごっこ、隠れんぼ、戦いごっこ。静も動も、目に焼き付けたくなる。
──私は少年愛者だから。
「男の子ってのはどうしてあんなにキラキラしてるのかな」
私自身、なぜこんなにも少年に心を惹かれるのか分からない。おそらく生まれ持った性なのだ。生まれつきこうなんだから、こんな趣味を持つのも仕方ない、本当に仕方ない。
誰に対してなのかも分からない言い訳を繰り返しながら、私はスケッチに没頭した。
そうして数時間が経ったころ、帰宅を促すアナウンスが流れ始めた。暗くなるまでには帰りましょう。無機質な声に、子どもたちは素直に従う。
(そうそう、早く帰らないと変な人に絡まれるからね。私みたいな)
自分も荷物を片付け、公園を後にしようとした時、小さな影が目に入った。
誰もいなくなった砂場で、1人の少年がしゃがみ込んでいた。
砂遊びをしているわけでもなく、地面に落書きをしているわけでもない。ただ、そこにしゃがんでいる。
私は彼から目が離せなくなった。毎日のスケッチのおかげか、観察眼には自信がある。その目が、このまま帰ってはいけないと私に訴えている。
謎の衝動に突き動かされ、気づけば私は彼に声をかけていた。
「ねえキミ、そろそろ帰る時間だよ」
「…………」
「おーい」
「…………」
「こらっ!」
「ッ⁉︎ うああああああああっ」
「ちょっ、そんなに驚かなくてもっ。し、静かにして! 通報されちゃうから! 私不審者になっちゃうから!」
私を見上げた瞬間、彼はけたたましい叫び声を発した。
こちらもバタバタと身振り手振りで「怪しいものじゃない」と伝えると、彼の強張った表情も段々と戻っていき、どうにか落ち着いてくれた。
「お、お姉さん……誰?」
「え? ああそうだよね、いきなりごめんね。私は宮澤優香、高校2年生。キミは?」
「俺は……木場丈」
「ジョーくんか、いい名前だね」
「……俺は、あんまり好きじゃない」
俯いて、苦しそうに絞り出したその声は、拒絶の色をふんだんに纏っていた。だけど私には、その奥で必死に縋ろうと手を伸ばしているように見えた。
「……ちょっとだけ、お姉さんとお話ししない?」
目線を合わせるように、彼の隣にしゃがみこむ。しばらくの沈黙の後、彼は意を決したように口を開いた。
──丈くんの話によると、彼は学校でいじめられているとのことだった。友だちも全くいなくて、いつもひとりでいるらしい。だから学校が終われば誰と遊ぶでもなくまっすぐ家に帰る、というのが彼の毎日だった。
しかし、状況が変わった。
どうやら彼の親は妙な方向に厳しいらしく、小学4年生になっても友だちが作れない息子を心配するどころか、いじめられていることに腹を立てる始末。どんどん内向的になる息子に痺れを切らし、とうとう無理やり外で遊ばせるようになった。
あまりに早く家に帰ると叱られる、かといって公園にいてもどう遊んでいいか分からない。輪に入れないまま、人がいなくなったところでようやく砂場に足を運んでみたものの、そもそも人がいないのだから遊んでいても意味がない。だから、何もできずにしゃがみこんでいたのだ。
私が「こらっ」と声をかけた時にああも驚いていたのは、親が彼を叱りつける時の声に似ていたから。
彼が自分の名前を嫌うのは、親がいつも「どうして丈は」と呼びつけるから。
――それが、彼から聞いた話だった。
子どもをひとりで外に追い出すなんて、どうかしてると思う。だけど、虐待にあたるかといえば微妙な範囲。下手に大ごとにするのはこの子のためにもならないだろう。
私にできることは……。
「だったらさ、お姉さんと友だちになってよ」
「えっ……」
「私もね、友だち作りたかったんだ。ちょうどジョーくんみたいな……あっ、この名前はダメだっけ。じゃあそうだなあ……木場丈、キバジョー、キー、キー……キー坊ってのはどうかな」
「…………ダッサ」
「いやいやカッコいいって! それに強そうでしょ?」
キー坊の名を与えようと必死にもがく私に、丈くんはあからさまに不信感を募らせていた。
「そういえば……お姉さんはこんなところで何してんの?」
「へ? あー、えー、その……」
「公園で、ひとりで、なにしてんの」
マズイことになった。正直にショタのスケッチしてましたなんて言おうものなら、今度こそ本当に通報されてしまうかもしれない。
私は頭をフル回転させて言い訳を考えた。
「誰にも言わないって約束できる?」
「うん。どうせ言う相手いねーし」
「はうっ、ごめん……。えっとね、それじゃ話すけどね。私、技の修行に来たんだ」
「修行……?」
「そう、この漫画が好きで、出てくる技をいつも練習してるの」
私はかばんの中から、例の漫画の単行本を取り出した。大人気とまでは言えないけど、たくさんのファンがいる格闘漫画。私はそれが大好きだった。
この公園に来たのはショタを眺めるためだけど、普段家で夜中に技の練習をしているのは事実だ。
これで言い訳は完璧……でもこれ言い訳になってるかな。あれ? 余計変なやつになってないかこれ。
しかし私の心配をよそに、彼はひとまず渡した本をペラペラとめくってくれていた。
「なにコレ……なんか古いし……おもしろいの?」
「もちろんメチャクチャおもしろい。貸したげるからさ、それ読んでみてよ」
「…………わかった」
(お? 意外とすんなりいった)
漫画そのものを喜んでくれたのかは分からないけど、とにかく彼は最初よりも幾ばくか表情が明るくなっていた。
「あんまり合わないと思ったら無理して読まなくてもいいからね。それじゃ、そろそろ本当にお家に帰った方がいいよ。この時間なら、ご両親も納得してくれるはず」
「うん。ありがとう優香さん。俺、ちゃんと読むよ」
そう言って、彼は少しだけ口もとを綻ばせて帰っていった。
翌日。
“ハッキリ言ってそれ事案だから。お前捕まるよ”
“つーか普段から単行本持ち歩いてるってバカみたいじゃないですか”
“しかもアレ子ども向けじゃなくない? まあ元は少年誌で連載してたけどさ”
「うるさいなあ……わかってるよう」
私はまた公園のベンチに座りながら、学校で言われたことを思い出していた。
昨日はあの子と何か話さなければいけないという衝動に駆られ、色々と変なことを言ってしまった。いよいよ私も「異常性愛者」として報道される日が来るかもしれない。
……なんてことを考えながら公園の中を見渡す。目的はショタの観察だが、今日はいつもと少し違う。
私は特定の少年を探していた。名は木場丈、昨日知り合った少年だ。
とっくに小学校は終わっているはずだし、公園内に児童はたくさんいる。だけど彼の姿が見当たらない。
何かあったのか、まさかやはり虐待を受けていたのか、そんな考えが過ぎり、居ても立っても居られなくなる。だがそこに、彼はひょっこりと姿を現した。
公園に入った途端、彼は私を見つけ、一目散に走ってくる。
「優香さん、借りてた漫画だけどさ、すっげー面白いよ! しかもこれ図書館にもあったんだ! 読んでたらこんな時間になっちゃった。へへ」
「き、キミの学校って素敵なとこなんだな……」
「キー坊って名前、ここから取ってたんだね。最初はダセーと思ったけど、なんか今は好きになってきた!」
「おっ、好感触。やっぱ似合う名前は気に入るもんなんだね」
「これからはキー坊でいいよ、優香さん」
「よしっ、そう呼ばせてもらうね。今ここに、誇り高き少年“キー坊”が生まれたのだ!」
「……や、やっぱ恥ずかしくなってきたかも」
よかった。何も悪いことは起きていなかった。しかもこんな嬉しい報告まで。
漫画を置いてくれていた小学校に感謝しつつ、私もそこに通いたかったなと思っていると、ひとつの案が浮かんだ。――そう、彼は図書館で本を読んでいたと言ったのだ。
「そうだ、図書館にあるんだったらさ、これからはそこで時間潰すのはどう? 無理に誰かと遊ぶこともないでしょ?」
「……GPS持たされてるから、場所がバレる」
「……マジかよ」
「いじめられてるのも知ってるから、学校で友だちと遊んでたって言ってもすぐ嘘ってバレると思う」
最近の親が防犯のためにGPSを持たせるというのは知っていたけど、彼の場合は束縛でしかなかった。それに、いじめに関しても被害者を責めるのだから質が悪い。
「公園に行かせりゃ解決ってわけじゃないのに」
「でも、お父さんとお母さんが言ってたこと、正しいのかなって思う」
「えっ」
「優香さんと友だちになれたから」
胸を打たれるとはこのことか。キュンという、いやもはやギュンギュンという音が胸から聞こえてきそうだった。
そういえばあの漫画では胸を銃で撃たれた時、弾丸を滑らせて回避していたっけ。でも私はその域まで達してないしな。というかこの感覚はしっかり受け止めたい。
「優香さん?」
「あっ、ごめんごめん。ちょっと心臓がバーストしそうになってた」
「……大丈夫?」
2人で笑い合う。彼の笑顔を見たのは初めてだ。キー坊は、笑うととてもかわいかった。
「ねえ、優香さん」
「なに?」
「技の修行、俺も一緒にやっていいかな」
キー坊は唐突に真剣な面持ちになると、そう切り出した。
……そういえば、私は昨日そう言ったんだった。
「あー、修行ねー。あー……」
「ダメ、かな」
いくらなんでも、女子高生が白昼堂々そんなことをやるというのは気が引ける……。
「俺さ、強くなりたいんだ。キー坊みたいに、いじめられないくらい強くなって、逆にいじめられてる人を助けられるようになりたい」
「……」
「優香さん、俺は痛いのとか苦しいのは嫌いなんだ、それでも強くなれるかな」
彼は、私が背中を押すのを待っていた。
ただ漫画のキャラに憧れているだけじゃない、本当に、強くなりたいと願っていた。
なら、私が答えるべきはひとつだ。
「うん、なれるよ」
「俺は背も低いし体力もない。それでも強くなれるかな」
「うん、強くなれるよ」
「誰かを守れるくらい、強くなれるかな」
「うん! 私と一緒に修行すればなれるよ!」
その日から、私たちの修行が始まった。
放課後は公園に来て、2人が揃ったら始める。周りからは明らかに変なやつだと思われていたけど、2人でいるのは楽しかった。
そしてキー坊は私が思っているよりも本気で、一時間以上ぶっ通しで技の反復練習をするのも平気なようだった。私の方は当然そんな体力ないので、休憩したくなった時は漫画の話を振ることにしていた。どのキャラが好きか、どのバトルが好きか、キー坊は喜々としてノッてくるので、いつの間にか休憩の方が長くなることもしばしばだった。
私が単行本を貸し、それに加えて図書館でも読む、そして語る。キー坊は言うなればスポンジで、どんどん漫画を読み進めて知識を吸収していった。
そんな談義の中で一番盛り上がったのは、オリジナルの技を考えるというテーマの時だった。
この漫画の主人公は「相手の技を吸収し独自に発展させる」という才能があり、自分たちもそれにあやかって、独自の技を作るべきではないかとキー坊が持ちかけたのが始まりだ。
オリジナル技を考えるというのは、小学生にありがちな遊びだ。若干大人びている彼が見せる子どもらしい一面、私はそれが好きだった。
そして今日も、人気がなくなる時間まで修行する。
「如来拳!」「鮫顎囲繞激!」「しゃあっ ゴルゴ・ソード!」
まさしく子どものごっこ遊びの要領で、思い思いの構えを考える。傍から見ればくだらないかもしれない、だけどキー坊は真剣で、練習を重ねるうちに着々と精度を上げていった。
重心移動、踏み込みの威力、腕の振り抜きと引き戻し。素人目にも才能があることが分かる動きだった。
特に私はキー坊の動きをスケッチしながら見ていたから、それがよく分かる。他の男の子と比べても、キー坊は特別だった。
「す、すごいよキー坊! 前よりずっと強くなってるよ!」
「うん……自分でもそんな気がする。これなら……アイツらを……」
「――ッ」
キー坊は確かに強くなっていた。だけど同時に、目的も変わってしまっていた。
「優香さん、今なら俺、アイツらをボコボコにできるよ!」
「それはダメだよ」
私は彼の拳を両手で包むように握った。強さを手に入れた拳は、手のひらの中で弱々しく震えていた。
「自分でも分かってるでしょ、だからこんなに震えてる。力の使い方を間違えちゃダメなんだよ」
「……だけど、俺、今までっ。こんなの……だって……なんのためにっ」
彼は言いたいこと、言うべきことが定まらず、感情の渦に飲み込まれていた。
今までの記憶がとめどなく湧き上がって、いじめっ子、教師、親、それぞれに対する恨み辛みが口から溢れてくる。
私は、丈くんを抱きしめて言った。
「いい? 男はタフでなければ生きていけない、そして優しくなければ生きていく資格がないの」
「それって……」
自分が残酷なことを言っているのは理解している。それでも、彼を取り戻すにはそう言うべきだと思った。だから、あの漫画の中から一番伝えるべき言葉を抜き出した。
「思い出して。キミが強くなりたかったのは、なんのため?」
「……強くなって、いじめられないような男になりたかった」
「そう、そして」
「いじめられてる人を、助けられるようになりたかった」
「そう。誰かに復讐するためなんて、キミは思ってなかったよね」
「……うん」
丈くんは私にしがみついて涙を流した。声を押し殺して、自分の中で気持ちを噛み砕いて。私に負担をかけまいとする優しさが伝わってくるようだった。
「よく頑張ったね」
今までのこと、そして今日のこと、全てを包むつもりで言葉をかける。私たちはしばらくの間、そうして抱き合っていた。
「……ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ」
キー坊が泣き止んだ頃には、すっかり日が暮れていた。街灯は十分にあるけど、これ以上暗くなるとさすがにこの子の親御さんも不安が勝つだろうから、早くお家に帰してあげなきゃいけない。
だけど。
「……このままじゃスッキリしないよね。よし、私がサンドバッグになろう!」
「……なにを言ってるの?」
「人を殴っちゃダメだけど、人を殴っておかなきゃいけないの」
「マジでなに言ってんの?」
「キー坊って自分が人を攻撃したらどうなるか、まだ知らないでしょ? それってすごく危ないことなんだよ。自分の力をきちんと把握して、使い所を見極める。人の痛みを知ることができて初めて、本当に優しくなれるんだよ」
とりあえず理屈を並べる。私は男の子のプライドというものは分からないけど、泣かせたまま終わらせるのはマズイんじゃないかと思った。だから、彼の名誉を守りたい一心でそう提案した。
それに、自分が言っていることは倫理的にも正しいと思えた。
「で、でも……」
「心配しないで。この大胸筋でいくらでも受け止めてあげる。一緒に修行したおかげで私もめっちゃタフになったし」
「大胸筋って……」
私が勇ましく胸を張ると、キー坊は分かりやすく顔をそらした。理想的すぎる反応に、私はつい追い打ちをかけたくなった。
「やってくれるまで私帰らないからね。キー坊が帰ってもずっとここに残っとくから」
「マジっぽい目やめろよ」
私が黙っていると、彼は諦めたように構えを取った。「いつでも打ち込める状態にある、俺は本気だ」と、目で訴えてくる。私も彼の目をまっすぐ見据えて、無言の返事をした。
「しゃあっ」
ボボッと風を切る音が聞こえた。そしてパンッと乾いた音が鳴る。ちゃんと見ていなきゃいけないのに、その衝撃を想像して、思わず目を瞑った。
だが、痛みはなかった。
むしろ伝わってきたのは、ぽいんっという間抜けな感触。
目を開けると、顔を真っ赤に染めたキー坊が。
私はなんとなく、コトを理解した。
「……どう? 私の大胸筋」
「……すげえ」
色んな意味が込められた「すげえ」の余韻に、私はしばらく浸っていた。
やるべきことも済んで、そろそろ帰るかとなった時、私はまた名案を思いついた。
「そうだ、もしまた学校でいじめっ子に絡まれたらさ、『俺、女子高生の体触ったことあるんだぜ』って言ってみなよ。絶対尊敬されまくるから。もうリスペクト・ラッシュだよ」
「なにそれ。バカみたい」
「恥ずかしがるなって~。証拠見せろって言われたら、この公園に連れてきて。さっきのアレもっかいやってさ、見せつけてやろうよ。どうせなら今度は揉んでみる?」
「いい!」
「今のってどっちのいいかな?」
「……もう! 俺トイレ行ってくる!」
男の子ってかわいいけど、キー坊は特にかわいい。
そんなことを思いながら、彼の背中を見送った。
ひとりになると、楽しい雰囲気も落ち着いて、場は一気に夜の公園になった。さっきまではキー坊と一緒だったから何とも思わなかったけど、夜の公園ってなんだか不気味だ。
(……いや、なんか違うな)
なんというか、空気が違う。不気味さの質が違う。
私は不意に背後が気になって、振り返った。
「ひ……っ」
息を呑む。
私の後ろには、いつの間にか男性が立っていた。大柄で、太った男性が。
「お姉ちゃん、こんなところで何してるのかな」
言葉も声も優しいのに、その感触はどこまでもドス黒く、おぞましい。
異 常 性 愛 者
頭の中で、その文字が大きく浮かんだ。
逃げ出そうにも体が動かない。
ゆっくり手が迫ってくるのが見えているのに、体が動かない。
男は私の両肩をしっかりと掴み、私が逃げられないようにした。
「いや……っ」
「さっきやってたアレさあ、俺にもやらせてくれないかな」
手が私の制服を脱がそうとしている。私の目はその光景をただ黙って焼き付けていく。
「やめろっ! その人いやがってるだろ!」
涙がこぼれそうになった瞬間、幼い声が響いた。
キー坊が、私を助けに来てくれた。
「おっ、さっきの子か。ちょっと待っててね、この姉ちゃんの次は君だから。俺、男もイケるんだよね、ブヘヘヘヘ」
「ガキだと思ってなめるなっ、ブタぁっ!」
「だめっ、逃げてっ!」
キー坊は明らかに無理をしている口調で男に立ち向かって行った。いくら彼が強いと言っても、それは子どもの中での話だ。大人には敵うはずがない。
私は精一杯声を振り絞って叫んだ。だけど、キー坊は突き進んでいく。
ボスッ。
拳が当たった音がした。音だけだった。きっとダメージはないはずだ。
「あーっ? なにこれ、攻撃のつもり? 参ったなあ、ここまでナメられると先に君を教育したくなってきちゃった」
「待って! やめて! 私には何をしてもいいから、あの子には手を出さないで!」
「どっちもイケるって言ったでしょ? 両方犯るに決まってんじゃん。順番だよ順番」
話が通じない。せめてキー坊だけは逃さないと。
でも、キー坊の方はまるで逃げる素振りを見せなかった。それどころか、もう一撃拳を叩きこむ。
「優香さん、俺に言ったよね。自分の力を把握して、使い所を見極めろって」
「おいおいまだ何かする気? ちょっとはお姉ちゃんの気持ちを考え――」
「――波濤暁貫拳」
「はうっ」
私は目の前の光景が信じられなかった。
男の体を波動が駆け巡るのが見える。一撃目で蓄えられたエネルギーが二撃目で爆裂する。
浸透する打撃が、後から広がる波に合わせて全身に広がる。
波動の二度撃ち。キー坊が練習していた技。
パンッという乾いた音の後、男が、崩れ落ちた。
「はっ」
思いだした。さっきもあの乾いた音がした、なのに痛みはなかった。それって――。
私はまさかと思い自分の背中を触る。やはり、そこだけ制服が破けていた。波動のエネルギーが肉体を通り抜け、衣服の部分で弾けた証拠だ。
彼はこの短期間で、力のコントロールをマスターしたのだ。
「優香さんのおかげで、感覚つかめたよ」
「キー坊っ」
私は思い切り彼に抱きついた。
その後、私は男の息がまだあることを確認してから、通報した。
警察からの連絡を受けて、私とキー坊の両親が公園にやってきた。そこで私は、ご両親にキー坊とのことを話した。ついでに礼節も忘れて色々と想いを吐き出してしまったけど、最終的にはわかってくれたみたいだから大丈夫! さすがに今回の件で反省したのか、子どもを過剰に家から追い出すようなことはやめると約束してくれた。
そして――。
私は相変わらず公園でショタの観察を続けていた。あの後もキー坊との交流は続いているのだ。
ついでに今は、弟子の育成で忙しい。というのも、キー坊は私の冗談を真に受けたらしく、本当にいじめっ子たちを連れて公園にやってきた。仕方ないので『証拠』を見せつけてやると、いじめっ子たちが弟子入りをせがんできたわけだ。
私は断ろうと思ったが、他ならぬキー坊が私に頼み込んだので、受け入れるほかなかった。
最初は不安で仕方なかったが、交流を続けるうちにキー坊と彼らは普通に仲良くなってしまった。
キー坊は体だけではなく、心までタフになったらしい。
さらに嬉しいことに、キー坊と私の布教の甲斐あって、彼らもあの漫画にハマってくれた。「みんなで語るから尊いんだ、絆が深まるんだ」というキー坊の言葉に、彼らは本気で感化されていた。いいことずくめでハッピーハッピーだ。
“で、相変わらずアンタは異常性愛者やってんだ”
“異常者を倒した公園にはまだ異常者が残ってるってことだよね、怖くない?”
友人の呆れ顔を思い出しながら、私はベンチで微笑んだ。
確かに私は誰が見たって異常だろう。実際この気持ちに一番戸惑ってるのは私なんだよね。だけど好きなものは好きなんだから、仕方ない本当に仕方ない。
それに、今度は理由もある。自分を守ってくれた人のことを『好き』になるのって、不思議じゃないでしょう。
いつもの公園には、今日も「なにっ」「しゃあっ」「ハーッ、鼓爆掌!」という声が響いている。