第2章 第1話 駅前
「今日の家はここにしましょう!」
「……マジか」
川の上流を目指し行われた引っ越し旅。食糧を求めコンビニやスーパーのゴミ捨て場をはしごした結果辿り着いた場所。それはそこそこ大きな駅前だった。もう夜だしこれ以上進むのは難しいが、かといって駅前の広場の片隅は……。
「……やっぱやめよう」
「なんでですか? ほら、あそこにもお仲間さんがいるじゃないですか」
「いるけど俺制服だしアンちゃん女の子! おじさんとは状況が違うだろ!?」
「あ、そういうのさべつ、って言うらしいですよ? よくないらしいです。よくわからんですけど」
そうだけど……そうじゃないだろ……。警察に通報されたら面倒って話で引っ越ししてるのにこれじゃあ通報RTAだ。第一あれだ、恥ずかしい。
「今日は豊作ですからねー……じゃーん! お弁当!」
俺の静止も聞かぬままアンちゃんはキャリーバッグからブルーシートを取り出し、地面に置いてまるでピクニック。どうせ後で段ボールも取り出して布団にするんだろう。それでもう一枚のブルーシートで毛布も完成。わかっていたけどやっぱり年頃の女の子には危険すぎる。ていうか危機感が欠如している。俺が守ってあげないと……!
「はいこれえーじくんの! じゃあいただきです!」
「ストップ!」
「あぁっ! どうしてわたしのごはん取るんですか!」
「毒見! それと白米手掴みしないで! ……食べられるな。はい、箸」
「わたしそれ使えないんですけど」
「じゃあスプーン……赤ちゃんみたいな持ち方するな!」
「別に何でもいいでしょ持ち方なんて!」
「まぁそうだけど……じゃあはい、あーん」
「あーん。んー、おいひーれす! いつものおさかなさんもおいしいですけど、たまにはコンビニ弁当で健康的なごはん食べるのもいいですね!」
「コンビニ弁当のこと健康って言う奴初めて見た……」
駅前でコンビニ弁当をあーんさせている男女2人。これは周りからカップルに見えているのだろうか……微妙だな……やっぱり恥ずかしい。
「はいえーじくんも! あーん!」
仕事帰りの人々の視線に耐えていると、アンちゃんも俺の真似をしてブロッコリーを差し出してきた。……ブロッコリーか。野菜苦手みたいなこと言ってたし嫌いなもの押し付けようとしてるだけにも思えるが、別にいいだろう。
「あーん……」
口を開けて待っていると、中々アンちゃんが入れてこない。ていうかなんか興奮した目つきになってる気が……!
「ちょっ、なんで押し倒すの!?」
「そっちが誘ってきたんでしょ!?」
「誘ってないだろんぐ……!」
俺が口を開けたことにスイッチが入ってしまったアンちゃんが、いつものように押し倒してキスを敢行してくる。マジで駅前のキスは恥ずかしい……しかもガチのやつ……! でも駄目だ、力強すぎる……意識が薄れていく……。
「あ、日車くんと彼女さん。何やってんの?」
「ぷはぁっ。あ、先ほどの店員さん。あの時はどうも。えーじくんがちゅーしたいって言ってたのでしてあげてるんです」
「言ってな……」
「へー。でも意外。てっきり日車くんが上だと思ったんだけど夜は逆転するんだね」
「えーじくんよわよわなので。ちゅーするとすぐにへにょへにょになっちゃうんですよ。かわいいでちゅねー、よしよし」
「ぅ……ぁぁ……」
アンちゃんに膝枕をされ、頭を撫でられる。めちゃくちゃ屈辱だけど身体に力が入らないのは事実。悔しすぎる……。
「ていうか店員さん……なんで……」
「ここら辺住んでるってメモに書いたよね?」
目の前にいるのは、先ほどのショップで対応してくれた店員さん。そして横には清純そうな髪型をしながらも、ピアスがゴリゴリについている優し気な女性が立っている。
「私たちバンドやってるんだ。それで時々駅前で演奏してるの。あ、メモにも書いたけど私ドラムの筑波圭。こっちは……」
「ベースの澤田幸でーす。圭とは高校からの同級生なんだー。『ペンライディング』っていうバンドやってるから今度ライブハウス遊びに来てねー」
「ダメだよこの子たちホームレスなんだって。大変だよね」
「えーそうなんだ。助けてあげたいけど私たちもお金ないから……ごめんね」
なんか見かけによらず優しいな……二人とも。にしてもバンドか……そういえば店員さん……筑波さんが言ってたな。俺が文化祭でやったバンド見てたって。
「それでもしよければなんだけどさ、日車くん。今日もう一人のメンバー、ギターの子が来られなくなっちゃってさ。手伝ったりしてくれちゃったりする?」
「ギターできるんだ。じゃあ今日お金もらえたら全部あげるから! 私たちすごい困ってるんだよねー、ギターはバンドの花形だから」
「はぁ……別にいいですけど」
筑波さんからギターを受け取り、軽く音を出してみる。んー……あんまり高いギターじゃないな。確か大学生だって言ってたしこんなもんか。
「よし、じゃあさっそくだけどいくよ! 曲は文化祭でもやってたやつだから! 頼むね!」
「はい……がんばります」
そして即興バンドを組み、演奏すること約30分。いきなりにしては結構うまくいき、お客さんもそれなりに止まってくれたし、お金もそこそこ入れてもらった。中々悪くない演奏だったのではないだろうか。
「おー! ギターなんて弾けるんですねえーじくん!」
「やっぱ上手いねー! ほんと助かった!」
「ねー上手かったねー。ちゃんとやればいいとこ行けそうな気するよー」
「いやー……それほどでも。習ってたのはバイオリンとピアノだけなんでお役に立てたかは微妙なんですけど……足引っ張ってたらごめんなさい」
実際ギターを練習したのは去年の文化祭前1ヶ月くらい。それでも満足してもらえたようで謙遜していると。
「最低な演奏だった」
掃けていくお客さんの中でただ一人残っていた、ギターを背負った女性が口を開いた。革ジャンとタイトスカート。黒い髪に赤のインナーカラーを入れたいかにもなロック女子は続けて言う。
「独りよがりの傲慢なギター。他の楽器を置いてけぼりにしてる。確かにテクは上手かったけど、バンドとしてのまとまりは最低。自分すごいんですよーっていうアピールは伝わったよ。上から目線で他人を見下している精神性もね。もっと周りを見てみたら? じゃないと売れないよ」
…………。…………。
「ちょっとアゲハそんな言い方しなくても……ってあれ!? 日車くんフリーズしてる!? そんなショックだった!?」
「これあれですね。くりてぃかるひっと! かいしんのいっぱつ! ってやつです」
独りよがりで傲慢。上から目線で他人を見下す。それが原因で、俺は裏切られた。それが音から伝わったのか。音からも伝わってしまうほど、俺に染みついていたのか。
「アンちゃん……アンちゃん……」
「きゃーかわいい! 甘えられたの初めてです! よちよち、一緒にねむねむしましょうねー」
アンちゃんが俺を抱きしめ、そのままブルーシートに押し倒す。薄れていく意識の中、まだクリアだった耳に声が届いてくる。
「アゲハ! 悔しいのはわかるけどさ……」
「他人に当たるのはよくないよー? 帰っておいでよー」
「うるさい。あたしはあたしで……」
筑波さんたちが言い争いする声を聴きながら、アンちゃんのキスによって俺は眠りにつくのだった。
ギリですけど現実恋愛トップ5に入れさせていただきました! 本当にありがとうございます! 今回から新たな章に突入です。本日もう1話更新しますので、お待ちください!