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第1章 第7話 選択

「それじゃあ……お願いします!」



 狭い狭い試着室。俺の目の前にいるのは、ショーツとニーソックスだけ身に着け、胸を腕で隠しているアンちゃん。これだけならまだいい。まだ納得できるが、第三者。店員さんもいることがこの状況の異質さを際立たせていた。



「あの……全裸になる必要ないよね……? いやどうせならそっちの方がいいんだろうけど……俺いらないよね……?」

「知らない人に裸を見せるなんて恥ずかしいです……。なので測るのもえーじくんがやってくださいね……?」


「いや俺より店員さんの方が手馴れてるから……!」

「知らない人に身体を触られるなんて恥ずかしいです……」



 クソ……言っている意味は理解できなくもないから返答しづらい……! それにアンちゃんの意思を優先すると言ってしまった手前引きづらい! あーもう仕方ない……!



「店員さん……測り方教えてください……!」

「あ、はい……トップとアンダーのサイズを測ってその差がカップ数になるので……お願いします」



 店員さんからメジャーを預かり、アンちゃんの正面に立つ。大丈夫……心臓マッサージの時と同じだ。あの時俺に邪な考えはなかった。言ってしまえば同じ人助け。人として当たり前のことをするだけだ……!



「んっ」



 メジャーを胸に当てるとアンちゃんが小さく声を上げる。大丈夫。気にしない気にしない。さっさと終わらせよう。



「えーと……トップ88……」

「でっか」



 めちゃくちゃに耐えながら測定すると、まさかの伏兵店員さんが小さく声を漏らした。アンちゃんの赤かった顔がより鮮やかに赤くなる。



「あ、ごめんなさい……身長150㎝そこそこくらいしかないのに大きいなーと思っただけで……」

「アンダー65!」

「じゃあFカップですね……でか……」



 店員さんの言葉を無視して機械的に測定を続けていくと、一々店員さんが反応してくる。本当に恥ずかしい……でもこれで終わりだ……!



「じゃあアンちゃん、店員さんと2人で! 下着何着か買ってきて!」

「え、また着るのめんどくさいです。えーじくん選んできてください」


「っ……いやわかった。動きやすい方がいいよな? 見られてもそんな恥ずかしくないやつがいいよな!?」

「い、いえ……えっちなやつが……いいです……」



 いい加減俺の理性がぶっ壊れそうだが、何とか耐えて試着室を出る。それから少し遅れてついてきた店員さん。



「彼氏さん、私が言うのもなんですけど、もっとかわいいとか言ってあげた方がいいかもですよ」

「いや彼氏じゃないんで……」

「はぁっ!?」



 わかる。わかるよその反応。でも付き合ってないのは事実。だが友だちというわけではないし、家族……って言えるほどでもない気がする。アンちゃん的には婚約者かもだけど、そもそも住所ないから結婚は絶対できないしな……改めて考えるとなんだこの関係。



「店員さん、安価で汚れの目立たない下着3着くらい見繕ってほしいんですけど……」

「……君、日車英司くんだよね?」

「はぁっ!?」



 下着コーナーに向かっていると、突然店員さんが俺の名前を当ててくる。俺が一度会った人の名前を忘れることないと思うんだけどな……誰だこの人。



「あーごめん。夢見高校だよね? 私そこのOGでさ。今大学2年なんだけど、去年文化祭見に行ったの。それで見かけたんだよね。バンドやってたりクイズ大会で優勝したりしてたよね? 何でもできたし、日車グループの御曹司って噂も聞いたから覚えてたんだ。駄目だよー、授業サボったら。今高2だよね? かわいい女の子侍らせたいのはわかるけど……」

「あー……高校退学したんで。家も勘当されたんでホームレスですよ、俺もアンちゃんも」

「……え?」



 別に隠すようなことでもないだろう。下着を適当に選びながら言う。



「痴漢冤罪で全部失いました。なので褒めても何も出ないですよ」

「えーもったいない! 超ハイスペだったのに! 私バンドのファンになりかけてさ、日車くんのギター超上手くてかっこいいって思ったんだけど……」


「俺バンドやったのそれ一回だけです。それにハイスペってほどでもないですよ。環境が良かったっていうか……昔から色んなこと習ってただけで、何も極めてはないですし。何か一つがんばろうと思って勉強で全国1位になったけどそれも一度獲ったらそれで満足しちゃいましたしね……まぁ全部無駄になったんですけど」

「へー……でもやっぱりすごかったけどなぁ……」


「ありがとうございます。でもそれがよくなかったんでしょうね……」

「……どういうこと?」



 俺は気づいていなかった。いや、勘違いしていた。確かに店員さんの言う通り、俺はハイスペックと言えばハイスペックだという自負はあった。家のおかげとはいえ、習い事の成果で割と何でもできていた。でもそれをひけらかすことはしなかった。俺なんか全然すごくないと言って、いつも謙虚に生きてきた。それが嫌味になると気づいたのはつい最近のことだ。



「俺、みんなに恩を売ろうとしてたんです。親の教えで……バンドやったのもそのためです。色んな人と関わって、誰かを助けてきました。習い事をたくさんしてたのもそのためで……だから一度も本気じゃなかったんです。同じ目線で戦おうとはしなかった。だから裏切られても当然だったんですよ。本当の信頼関係を築こうとはしなかったから」



 アンちゃんと一緒にいたらよくわかる。色々できないことがあっても、必死にがんばってる人の方が応援しようという気持ちになるって。だから俺は金に負けた。金と比較した時、俺の方が軽かった。



「そっか……よくわかんないけど、今が大変なことはわかったよ。何かあったら助けるから、困ったらおいでよ」



 俺の話を遠くから聞いていた店員さんがメモに何かを書き、俺に手渡してきた。住所や名前……電話番号なんかが書かれたメモ。それを受け取り……。



「……ありがとうございます。下着見繕ってあげたら服も一緒に見てあげてください。アンちゃんの好み優先で、金はこれ全部使って大丈夫です」

「ちょっ……どこに行くの!?」



 メモと引き換えに金を店員さんに手渡し、店の外へと歩く。もう一生会わないと思っていた奴らが現れた。アンちゃんに余計な気遣いをさせないためにも。俺が対処しなければならない。



「あれ? ホームレスがなに買い物なんてしてんの?」

「尾歳……」



 そこにいたのはつい昨日俺を裏切った、クラスメイトたちだった。

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