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第1章 第2話 未知との遭遇

「人生終わったー……」



 人気のない川辺から夕焼けが反射する川の水面に石を放る。すぐに消えてなくなるその影を追うことで、ようやく自分の身体でそれを行うことを躊躇うことができる。それほどまでに追い詰められていた。



 親に捨てられた。それだけなら高校生という立場だ。警察を頼ればどうにでもなるが、遠方の高校に転校したということになっては大人は動いてくれないだろう。働こうにも高校に在学しているという事実がどうしても枷になる。



 加えてこの場所がどこかすらわからない。スマホはWi-Fiを使わなければただの光る板だし、電子マネーは使えない。そのせいで現金も駅を出るための料金で支払ってしまった。今の俺にあるのはノートと筆記用具。あと会社見学の時にもらったパンフレットくらい。つまり寝泊まりすることどころか、食事すらままならない。完全に俺の人生は終わっていた。



「どうすりゃよかったんだよ……」



 石を放り捨てながら吐き捨てる。わかっている。俺がミスったんだ。御曹司だということを利用せずとも信頼は勝ち得られると驕っていた。いや、実際には勝ち得ていたのだろう。ただ金には勝てなかっただけで。金と比較した時俺の方が軽かった。そんな当たり前のことに気づけなかった。



 もっと尽くすべきだった。金と比較しても俺といる方が利益になると思わせられるくらい、誰かのために人生を懸けるべきだった。人は一人では生きられない。誰かを利用してようやくまともな人間でいられる。だからもっとみんなのために……。でもそれは。本当の信頼関係とは呼べるのだろうか。



「クソ……!」

「ぴぎゃっ!?」



 強い感情と共に一際大きな石を投げると、どこかから変な声がした。気のせい……幻聴か。まぁそれくらいには追い詰められてるし……あれ?



「……桃?」



 ここら辺では昔話の踏襲でもしているのだろうか。目の前の川を大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れていく。いやあれ……尻か……? ってことはつまり……!



「人!?」



 制服のジャケットを脱ぎ捨て川に飛び込む。確かこういう時は一緒に溺れないために背中側から……いやこの場合どうすればいいんだよ……とにかく抱きかかえて引き上げよう。



「大丈夫ですか!?」



 川の流れが緩やかだったのと流されてた人がピクリとも動かなかったので比較的楽に引き上げることができた。だがこの動かなかったというのがまずい。とりあえずこういう時は心臓マッサージだよな……でもどうしよう……!



「胸がでかい……!」



 流されていたのは、おそらく俺と同じくらいの歳の綺麗な女の子。身長は低いが腰にまで届くほど髪は長く、そして全裸で胸が大きかった。



 うちの教育方針は、救命措置はするな。恩を売るメリットと助けられなかったデメリットの比率を考えると後者の方が大きいからだ。だから学校で行ったマネキンを使ったものでしか体験したことがない。そしてマネキンの胸はぺったんこだった。巨乳の場合はどうすればいいかなんて教わっていない。だとしたら人工呼吸……こっちも練習不足だが、何もしないよりマシだ。



「ぷはぁっ」



 よかった、息を吹き返した。女の子が水を吐き出しながら起き上がる。



「とりあえず安心かな。それよりもどうしたの? 裸で川に流されるなんて……まさか自殺……!?」

「いえ……潜っていたら頭に石がぶつかってきて……」

「ごめんなさいっ!」



 完全に俺のせいだった。慌てて土下座したが……あれ? そもそもなんで全裸で川なんて泳いで……。



「って、裸……? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」



 まだ疑問が晴れないでいると、女の子が自分の今の姿に気づいて腕で身体を隠す。とりあえず目線を逸らしたけど結構見ちゃったな……こういうのがあるから救命措置はしないべきなのだろう。セクハラなんて叫ばれたらどうしようもないから。ま、今の俺には関係ないけど……。



「た、大変です……! 裸を見られたら……結婚しないといけないんですよね……!?」

「……は?」



 思わず視線を戻してしまうと、女の子は本気でそう思い込んでいるのか身体は隠していても照れを隠そうとしていない。どうなってんだこの子は……。



「と、とりあえず服着ますので……あっち向いててください……」

「ああごめん……」



 再び視線を逸らしながら考える。この不思議ちゃんの正体を。でもこういうタイプも珍しくないんだよな……金持ちの子は。



 ようするに危機感がないんだ。何不自由ない生活を送ってきたから、裸を見せるのはいけないことだと伝えるために親にそう言われたら何も疑わない。家柄上そういう箱入り娘を何人も見てきたから間違いない。



 だとすると……これはチャンスか? 俺が原因とはいえ恩を売ることができた。親に事情を話せば仕事を紹介してもらって……いや、俺は全国1位の学力の持ち主。上手く売り込めば学校にも通わせてもらって……いや。そういうのはもう、やめよう。



「……ごめん、石を投げたのは俺だ。怪我させるつもりはなかったけど……ごめんなさい」

「いえ……川を泳いでいたわたしも悪いんですし……」


「君は悪くないよ。ちょっとむしゃくしゃしてたんだ。痴漢冤罪に遭って親に捨てられて……ホームレスになったんだ。それで……」

「ちかんえんざい……? ほーむれす……?」


「ようするに家を追い出されたんだよ。まだ学生なのに。人生終わったようなもんだろ?」

「別にそれくらい普通じゃないですか? それに全然終わってないですよ! 知っていますか? 人は飲み物とごはんがあれば生きられるんです。だから安心してください!」


「いやそれを手に入れるために金がいるだろ。働かないといけない。それができないって話だよ」

「? 水もごはんも川に全部あるじゃないですか」


「まぁそうっちゃそうだけど……そうじゃないだろ?」

「よくわからないですけど……とりあえず服着たので見ていいですよ」



 世間知らずにもほどがある女の子に目を向けると、俺はようやく自分の愚かさに気づいた。



「大丈夫か!?」



 女の子の服は、服の形を成していなかった。長い髪をサイドテールにしている白いシュシュは薄汚れていて、制服と思わしき白いブラウスはビリビリに引き裂かれている。長袖のはずなのに右腕側はノースリーブのようになっており、おなかの辺りも裂かれていてへそが見えている。短いスカートも長さが一定ではなく、黒いニーソックスも穴だらけで靴に至っては片方だけがない。タオルがないせいで身体を拭けておらず、透けたブラウスに張り付いた肌は下着の形が見えない。つまり、どう見ても襲われた後だった。



「とりあえずこれ羽織って! それで警察……それより先に家か。とりあえず着替えよう。家はどこにある? 俺が責任を持って送り届けるから。安心して。これ以上君を傷つけさせない」

「あ……ありがとうございます……」



 赤くなった顔で俯く彼女の手を取り、案内されるままに引っ張る。服をここまでされるほど酷い目に遭ったんだ。平静じゃなくて当然。それなのに俺は全然気づけなかった。自分のことばっかりで……クソ……!



「あ、そこの公園です。奥の森に入ってください」

「近道? わかった」

「あ、ストップです。ここですここ」



 女の子が案内した地点は、そこそこ大きな公園の茂みの奥。やっぱりまだ混乱してるよな……。



「大丈夫だよ。俺が絶対君を家まで送り届けるから」

「? 家はここですよ? 結構自信作です。よくできているでしょう?」



 女の子が指さした方向にあるのは、木の枝にブルーシートをかけ、段ボールで補強された家とは呼べない何か。まさか……!



「ここでホームレスに襲われて……!」

「ほーむれすっていうのが何かはわからないですけど……ここがわたしの家ですよ? 最近はここら辺で寝ています」



 ……ん? あれ……?



「本当にここで……寝泊まりしてるの?」

「はい! どうぞ上がってください。おもてなししますよ」



 つまり……そういうことだよな。



「君も……ホームレス……?」

「ここで暮らすことがそうなら……そうですね。わたしもほーむれすです」



 ホームレスになった俺は、ホームレスの美少女と出会ってしまった。

メインヒロイン登場です。この子と一緒に物語を進めていきます。続きが気になると思っていただけましたらぜひ☆☆☆☆☆を押して評価とブックマークしていってください! お願いします!!!

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