第3章 第4話 来訪
「じゃーねー! なんかあったらうちに来るんだよー!」
オーディションと打ち上げを終え、筑波さんたちと別れることになった俺とアンちゃん。次の目的地は当然、俺の地元……。
「え? わたし行きませんけど」
のはずだったが、不機嫌オーラぷんぷんのアンちゃんがそれを拒んだ。
「……お寿司まずかった?」
「そういう話じゃないです! あと思ってたのと違いました! 全然おさかなさん回ってないじゃないですか!」
「それは……なんかごめん……」
「じゃなくて!」と叫び、せっかく作った段ボールハウスを破壊するアンちゃん。持ち運ぶのでどちらにせよ壊さなければならなかったが、魂の傑作を脚の一振りで崩されると来るものがある。いや、これもじゃなくてだな。
「わたしはえーじくんの過去なんてどうでもいいんです!」
それは聞き方によっては非情だと感じてしまうような一言。だが言いたいことはそうではない。
「確かに……どうでもいいもんな」
日車グループを潰そうとしている何者かがいることは明らか。だがそれと俺はもう何の関係もない。
たとえば俺がその何者かを止められたとしよう。それで俺が家に帰ることはできるだろうか。おそらくノー。何をしたとしても、痴漢冤罪を受けた過去は変わらない。
じゃあ俺を貶めた結果ホームレスになったと思われる元クラスメイトを助けたいかと聞かれると、それもノー……とまではいかないが、どっちでもいいという想いが勝つ。
俺を嵌めた犯人だって個人的に気になるだけで、それを突き詰めた結果何かが変わるわけでもない。自己満足までも行かない、ただ少し気になるだけのもの。それにアンちゃんを付き合わせる理由はない。
「どうでもいいでしょう? 昔のことなんて。今を、未来を。何とか生き抜くだけで必死なのがわたしたちです。そんな過去を振り返る暇があるなら、もっとおさかなさんが美味しい場所を探しにいきましょう」
まったくもってその通り。食の美味しさを追い求めることは贅沢ではない。食糧確保は生きる上で必須のものだ。
「……ごめん、俺が間違ってた」
普段なら理屈をこねて応戦するが、今回ばかりはアンちゃんが正しい。やはり俺とアンちゃんでは覚悟が違う。生きるか死ぬかの覚悟が。
きっとアンちゃんは食べ物がなくて死にかけたことがあるのだろう。あれだけギターが上手くても邪魔なら持たないし、半端な覚悟の人間を切り捨てることができる。それだけ必死なら生活保護を受けろと思うが、そういうわけにもいかないのだろう。今まで社会で生きてこなかったアンちゃんが、突然馴染めるわけもない。云わばこの野外こそが、アンちゃんの世界なんだ。
だからこそ、訪れる。
「英司くん!」
この外の世界に、外敵を阻む壁はないのだから。
「……尾歳」
尾歳文香が、俺たちの世界にやってきた。