第3章 第3話 手札
「ねぇアンちゃん。寿司って知ってる?」
「馬鹿にしないでください! それくらいたくさんゴミ箱で見たことあります。時々自分で作るほどです!」
「川魚を生で……!? まぁいいや、寿司食べにいかない?」
「そんなお金ないでしょう? 作ってあげますよ。ちょっと泳いできますね」
「いやそれは本気で死んじゃうから……。お金はあるんだよ。筑波さんのことたくさん褒めたらお金貸してもらえた」
「こういうのひも、って言うらしいですね」
「いや借りただけだから……。で、どう?」
「んー……なんかおすしってじゃどーですよね。おさかなさんは焼いた方がおいしいですよ」
「いやいやただの寿司じゃないんだよ。回転寿司。回ってるんだよ?」
「おさかなさんが回る!? ちょ……ちょっと気になります……!」
「じゃあ少し協力してくれない? ただ黙って無表情でギター弾いてくれるだけでいいから」
「えーじくんの頼みならちゃんとがんばりますよ!」
「いやしゃべると教養のなさが露呈するから黙ってて」
「は?」
という会話をしたのが数時間前。これにより俺は最強の手札。切札を手に入れた。
「アンちゃん、入ってきて」
「…………」
俺がそう声をかけると、アンちゃんが入ってくる。ゴスロリ巨乳美少女が。
「……彼女は?」
「私が手掛けている若者の一人です。彼女も中々いいセンスを持ってるんですよ。軽く弾いてくれるかな」
「…………」
言いつけ通り無言無表情を貫いてくれたアンちゃんが演奏を開始する。その姿を見て聴いた男の反応を見て、俺は確信する。やはりアンちゃんは切札だ。
俺が様々な習い事をしていたのは、多くの人に恩を売るため。それは自分の手札を増やすことにも繋がった。
手札は多い方がいい。筑波さんが俺を料理上手だと思ったように、他人からの認識をごまかすことができる。そう、手札は切る必要などないのだ。見せるだけで充分すぎるほど脅威。他とは違う、切札であれば尚のこと。
「いいでしょう? この子。今後推していこうと思ってるんですよ」
「彼女を……うちの事務所に任せてくれるんですか……?」
アンちゃんの容姿に、演奏に。心を奪われた男は期待した目を向けてくるが、そんな甘い話はない。
「冗談でしょう。格を考えてくださいよ」
にこやかにきっぱりと断り、会話の主導権をそのまま握る。
「先ほどのペンライディングへの対応。あんな適当なことをする事務所にうちの大切な人材を預けることはできません。今回は引き取らせていただきます。あの三人も連れて帰るので……」
「す……すみませんでした!」
男が頭を下げて顔が見えなくなったのをいいことに。俺は少し笑みをこぼした。これでコネクションの確立には成功した。
「素直に謝罪できるのは美徳です。多少ですが、気に入りました」
そして男の手から先ほど渡した名刺を取り、筑波さんのメールアドレスを記入して渡し直す。
「何かあればこちらに連絡してください。協力できることもあるかもしれません。もちろんあなた方の態度次第ですが」
「あ……ありがとうございます……!」
これこそが手札の使い方。格の違いというものだ。まぁアンちゃんの協力のおかげ……。
「えーじくん。なんか物扱いされて不快です」
そんな中耐えられなくなったのが一人。ずっと静かにしてくれていたアンちゃんが、俺を軽蔑したような目線を向けてくる。
「……ごめん」
今は謝ることしかできない。俺のことを格上だと思ってくれた男の前で謝罪するのは適切ではないが、それすらできなくなったら人間として終わりだ。
「……悪いと思ってくれてるならいいですけど」
「後で説明はちゃんとするよ」
とりあえずアンちゃんに納得してもらい、話を続ける。ここだけの話を。
「これはあなたを信頼したからこそ話すんですけど。私、実は痴漢冤罪に遭いましてね。それで家を追い出されたんですよ」
アンちゃんに怒られた直後。さらに自分の汚点をさらけ出してみせる。
「何か裏があると思いません? 知ってることありませんかね」
これが本命だ。これを聞き出すために筑波さんたちに協力してもらい、アンちゃんに不快な想いをさせた。これを聞き出せなければここまでした意味がない。
「そうらしいですね……偉い人たちが色々話しているのを聞きますけど……噂程度ですけどね、こんな話を耳にしたんですよ」
俺が恥部をさらけ出したことで向こうも口が軽くなってくれた。内緒話のような形でこう言った。
「少し離れた高校で退学者が結構出たらしいんです。しかもその親も仕事をクビになり、ホームレスになった子もいるらしいんですよ。時期が重なっているので何か関係があるんじゃないかって……」
思っていたような有益な情報じゃなかった。傍から聞けば陰謀論的な噂。でもそれは……。
「……ありがとうございます」
元クラスメイトたちが3万円を受け取った結果だということはわかった。