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第3章 第1話 炎上

「幸せすぎる……!」



 お言葉に甘えて筑波さんたちのシェアハウスに泊まらせてもらった俺は。この幸せを噛みしめていた。



「寝床は柔らかいし部屋は暖かいし命の危険はない……! 生きててよかった……!」

「よしよし、泣くほど辛かったんだねぇ」



 昨日までとは立場が逆転。筑波さんが慰めてくれたが、俺がこうなるのも当然。



「ぅへへ~……。おふろぽかぽかでしゅ~……」



 アンちゃんが蕩けている! 生きてるだけで幸せって感じのアンちゃんが!



「師匠! 髪乾かさせていただきます!」

「おねがいしましゅぅ~……」



 これは……これは大きなチャンス……!



「アンちゃん……お風呂好きなら家に住もっか……! 大丈夫……俺法律に詳しいから……!」

「たまにはこういうのもありでしゅね~……毎日おふろ入ったら溶けちゃいます……」

「たまに……たまにね……」



 一般人が言うキャンプパターンだ……本当にたまにでいいんだ……クソ……!



「ていうかアゲハさんどうするんですか? ホームレス続けるの?」

「どうしよっかなー……。実際師匠のギターテク学びたいし……師匠はどっちがいいと思います……?」


「それはわたしが決めることじゃありませんよ。自分の人生なんだから自分で決めてください」

「ロック……! 考えさせてください……!」



 アンちゃん……こういうところ本当にかっこいいから困るんだよな……。自由っていうか、自分の意思を優先するっていうか……。



「ていうかどっちにしろこの辺離れるのでアゲハさん困るかもです。おさかなさんまずいから」

「魚に負けた……!」



 本当に自由……! アゲハさんかわいそう……!



「どっちでもいいですけど、その程度の覚悟ならやめた方がいいですよ。わたしたち生きるか死ぬかの次元で過ごしているので。中途半端な覚悟なら辛いだけです」



 ……そしてそれは、事実だ。俺たちは魚が獲れなければ。廃棄の弁当を見つけられなければ、数日で死んでしまう。死ぬんだ、実際に。たかが魚だが、俺たちにとっては死活問題。まずいというのは身体が防衛反応を働かせている証拠。身体が生きていける食糧を探しに移動するのは当然のことだ。



「まぁそれは後々考えるとしてとりあえずごはんにしよっか。あ、どうせなら日車くん作ってよ。どうせ料理も上手いんでしょ?」

「ぐはっ!」



 暗い空気を変えるためか発した筑波さんの提案は、俺の命を奪いかねないものだった。



「なに、日車くん料理はできないの? 他の分野だとあんだけ自信満々だったのに」

「だ……だってしょうがないでしょ……料理だけは他とは全く違うんだから……!」



 俺は基本的には何でもできる。それは過去の経験を応用しているから。様々な習い事をしてきた俺にできないことはない。だが料理だけは違う……!



「火加減なんて料理以外で使わないし……刃物だってそう……。他の分野で補える技術がなさすぎる……!」



 俺だって散々勉強したいって言ったさ。でも無駄だった……。



「料理はコックさんが作ってくれる! そのせいで舌が肥えちゃってる! お手軽料理の細かな味の違いなんてわからないんですよ……!」

「え? これ煽られてる?」


「料理さえ! 料理さえできれば俺は完璧なのに! ああああああああ……!」

「まぁまぁ。とりあえず包丁の使い方だけでも覚えよっかー」



 思わず取り乱してしまった俺の手を澤田さんがとる。



「力加減間違えたら本当に死んじゃうから……。ちゃんと切る場所だけは覚えよう……?」

「怖い怖い怖い怖い怖い!」



 なんか料理のことどうでもよくなってきた……。この人ずっと長袖なんだもん……!



「でもそっか。料理苦手なんだね。じゃあ今日は私が振る舞ってあげるよ」

「筑波さん……そんなお金あるんですか……?」


「馬鹿にしないでよね! これでもこの家の料理担当は私なんだから! ちゃんと計算はできるよ」

「筑波さん……素敵……!」


「っ……!」



 なぜか照れてる筑波さんに心底感謝を述べながら、後のことを考える。



「アンちゃんが離れるなら俺もこの辺離れるけど……バンド大丈夫?」

「大丈夫! 実は今度オーディションあるんだ。それに合格すれば無事デビュー!」

「でもあれ、日車グループの会社でしょ一応。今後のこと考えたらやめといた方がよくない?」

「だからこそじゃないー? 今ならライバル少ないんじゃないかなー」



 日車グループ……? 確かに関連会社にプロダクションはあるけど……何か問題があるのだろうか。



「もしかして日車くん知らない? なんかいま日車グループ炎上してるんだよね」

「炎上!?」


「なんかトップの孫が痴漢したとかで昨日あたりかな? ニュースになってた」

「痴漢……!?」



 嫌でも思いだしてしまうあの出来事。痴漢……冤罪。



 そしてトップの孫……それは俺の兄弟を差す。29歳の長男、26歳の次男。20歳の長女に、16歳の俺。そして14歳の妹という五人兄弟だが、おそらく長男か次男が痴漢をした。いや、俺と同じように痴漢冤罪を受けた。



「……ごめんなさい。少し協力してもらえませんか」



 何かが。俺の知らない何かが、かつての家族を潰そうとしている。別に元々仲が良かったわけではない。兄弟が勘当されたのに何もアクションを起こそうとしない薄情者。それでも俺の、兄弟だ。



「何が起こってるのか……俺は知らなきゃならない……!」



 今さら何をしたところで俺の人生が元に戻ることはない。それでも知らずにはいられない。なぜ俺はホームレスになったのか。その真意を。

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