第2章 第4話 二重奏
「それで見事に飴鞭使い分けられて年下家に連れ込んじゃったんだねー」
「言い方……」
澤田さんの言葉に筑波さんが顔を逸らすが、事実としてその通り。なんやかんやで家に誘われ、のこのこついてきてしまった。
「澤田さんとシェアハウスなんですね」
「うん、ほんとはアゲハもいたんだけどね。三人想定だったから家賃高くてさ。まぁおかげでそこそこ広いからゆっくりしていって! あ、お風呂入る? ごはん作ろっか? とりあえずそこのソファ使っていいから」
「ありがとうございます」
なんかウキウキしている筑波さんに甘え、ソファに腰掛ける。すると澤田さんが隣に座ってきた。しかもやたらと近い……。
「その……なんですか?」
「んー? かわいいなぁって思って」
「気をつけて。そいつ年下相手だとすぐ手出すから」
うわ、もっと近づいてきた……近づいてみると美人……いやメイクがメンヘラ系だ……! 服、長袖……ピアスえぐい……これ、本気でまずいタイプ……!
「わ、すっごいタイプ。私君みたいな子好きなんだよねー。才能あふれた未来ある若者。甘やかして一緒に地獄に落ちたい」
「いや……その……」
「この後ベッドおいで? 満足させてあげる」
「俺……その……アンちゃんがいるんで……」
「彼女置いて他の女の家来たくせにー。大丈夫、バレなきゃ浮気にはならないから」
「ちゃんとアンちゃんには言ってきたから……それに付き合ってないし……」
「なら尚更いいじゃん。お姉さん優しくしてあげるね」
「いやほんと……勘弁してください……!」
アンちゃん置いてきたの失敗だったか……? いやでも来ないって言ったら絶対来ないからな……あの自由人。かといって慰めた手前筑波さんを放置することもできないし……致し方なし。
「こら、高校生いじめないの」
「高校生連れ込んだ人に言われたくないんですけどー。ていうかまたアゲハちゃんダメだったの? 連れ戻しに行ったんでしょ?」
「それはその……ダメだった」
あぁなるほど……澤田さんにも言ってないんだ。
「筑波さん、バンドやめるって言いに行ったんですよ」
「ちょっ……!」
問題を後回しにすることは悪いことではない。勝てない敵に対抗するために力を蓄えるのは当然のことだ。だが仲間は、敵ではない。
「なんか心折れちゃったんですって。まぁそれは俺より澤田さんの方が詳しいと思いますけど」
「……圭。本気でやめる気なの……?」
赤らんだ顔で俺に絡んでいた澤田さんがソファから立ち上がる。その姿に一歩後ずさる筑波さん。
「だって……もう無理でしょ。私たちもう二十歳だよ。若くない。実力もない。やる気だって……そんなにない。少なくとも私は……路上ライブのためにドラムセットを持ち歩くことすら億劫でやりたくない……。幸もそうでしょ……? このままズルズルやってても意味ないって……わかってるでしょ……?」
俺に話した時よりも感情が乗っている。きっとこれは本心なのだろう。だが本心が一つだけとは限らない。
「でもやっぱり……このまま何にもなれずに終わっていくのなんてやだ……! バンドやってよかったねって、10年後笑ってたいから……! でも幸もう卒業だし……就活もしないとだから……」
「……私が就活してる姿見た? スーツだって買ってないけど」
「いやそれは買いなよ」
「いいんだよ私は。男に貢がせて生きていけるから」
やっぱり筑波さんは普通の人なのだろう。常識に囚われているし、感覚も平凡。音楽のためにホームレスになれる人や、生き汚い人の気持ちは理解できない。理解できないなら話せばいいのに、それをしなかった。怖かったんだろうな、自分が普通の人間だと諦めるのが。友人より劣っているのを気づきたくなかった。だから他人の俺にそんなことないよと言ってほしかった。どこまでも普通の感性だ。
「いいの……? 人生棒に振るかもしれないんだよ……?」
「その時は三人一緒でしょ。じゃあいいじゃん」
どれだけ親しい人から何かを言われようと、根っこの性格が変わるわけではない。でもこういうタイプは誰かと一緒なら行動できる。それも普通の人間の特徴だが、別にそれが悪いわけじゃない。いいんだよ、それで。無理に変わろうとしなくたって。
「私……バンドやめたくない……! 普通の人生で終わりたくない……!」
「よーしよし。泣くくらい辛かったならもっと早く言えばよかったのに……」
抱き合っている二人を見ながら考える。どうやってこれを三人にするのかを。どうやってバンドとして成立させるかを。まぁ何とでもなるか。そのために俺がいるんだし。
本日もう一話投稿します。お待ちください。