第2章 第3話 師弟
「金はいらねぇただわたしの音を聞いて――叫べ! いきますよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
夜の駅前にアンちゃんの声とゴッリゴリのギターテクと観客の歓声が響く。
「いや金はもらえよ……」
「師匠……! ロックンロールを感じるぅ……!」
それをベンチに座って遠巻きに見ている俺と、最前列で馬鹿みたいに踊っているアゲハさん。あのギター魂とか言ってなかったっけ……?
「うまいねー、あの子。君たちバンド仲間?」
「あ、筑波さん。澤田さんは?」
「バイト。今日はアゲハの様子見に来ただけだしね」
店員さん……もとい筑波さんが俺の隣に腰掛ける。
「ていうかあれアゲハのギターじゃない?」
「アゲハさんうちのアンちゃんの弟子になりました」
「はぁっ!? まぁ……あの子相当上手いしね……何歳?」
「さぁ。本人もわからないみたいです。たぶん俺とそんなに変わらないと思いますよ」
「ふーん……あの子もホームレスだよね」
「はい、生まれた時から。なんか子どもの頃からそこら辺の人にギター教わってたみたいです。まぁ歌は何も知らないしただ弾けるだけらしいですけど」
アンちゃんのシャウトを聴きながら適当に会話をしていると。
「ちょっ……ここ禁煙ですよね……!?」
突然筑波さんが煙草を胸ポケットから取り出した。
「ホームレスだって禁止されてるでしょ? 君がそういうこと言えるのかな」
「それは……すみません」
「じゃあやめる?」
「いややめれるならすぐにでも……」
フッと笑い、煙草を戻す筑波さん。その横顔はどことなく、寂し気に見えた。
「私には無理。悪いことはできない。別にここで煙草吸ってもホームレスしても怒られない。わかってるけど、できないんだ」
「いや俺したくてホームレスしてるわけじゃ……」
「私たち高校の頃にバンド結成したの聞いた?」
「まぁ……何となく」
「高校卒業までにはメジャーデビューするぞーなんて夢から始まったバンド活動。すぐにアゲハは学校を退学した。メジャーデビューするんだから勉強するより練習したいって。幸もそう。勉強より楽器を優先して大学進学はあきらめて専門学校に入った。私だって夢に本気じゃなかったわけじゃない。本気で3人で音楽で食べていこうと思って……思ったけど……潰しの効く、大学進学した」
「……それって普通のことでしょ。高校卒業までにデビューなんてそれこそ夢なんだから」
「でもできる人もいる。それができる人とできない人の違いってさ、やっぱり特別なことができるかどうかだと思うんだよね。私は煙草を吸えない。学校をやめられない。ホームレスにはなれない。どこまでいっても普通の人間なんだよ」
「…………」
言っていることはわからないでもない。ただ言っても解決しないことではある。ようするに愚痴か。まぁ聞かない理由もないし聞くが。
「独りよがりで傲慢なギター。アゲハに言われてたけど、あれってオーディションでアゲハが言われたことなんだ」
「へー……」
「前に文化祭の話したでしょ? それも同じ日。ちょっと性格悪いけどさ、自分たちより下を見て安心しようとしたんだ。そこで君たちの演奏を見た。言っている意味がわかったよ。ギターだけが突っ走って目立っていて、飛びぬけているバンド。外から見たら私たちもそうなんだって思った。それからアゲハはシェアハウスを飛び出してホームレスを始めた。背水の陣ってやつ。私たちもアゲハが飛びぬけて上手いからさ、そういうことなんだろうね」
「…………」
「でも私はついていけなかった。日車くんに言うのも失礼だけど……ホームレスなんかになりたくない。失敗すればレールから外れる道なんて歩けない。ホームレスなのに異常に上手い人や、勉強できるくせに音楽までできる人。そんな特別な人が蠢く世界に落ちていけない。怖いからね」
「ようするに何が言いたいんですか?」
「……今日さ、アゲハに言いに来たんだ。バンドやめるって。でもちょうどよかった。日車くんピアノできるってことはキーボードもできるでしょ? あの超絶ギターテク子ちゃんもいる。幸もバンドはやめないと思う。アゲハは本気だからさ、私みたいな凡人じゃなくて君たちみたいな特別な人に……」
「天才ってのはいる。努力をするのも才能。ただし決断は馬鹿でもできる」
俺はたぶんイラついているんだと思う。向上心のない人間が嫌いだから。だがアンちゃんの時のような怒りすら湧いてこない。たぶん筑波さんが、その段階にもいないからだ。
「経営者に求められることは決断です。言ってしまえば損切りができるかどうか。それは人生も同じです。だからやめるなら早い方がいい。こんなくだらない話をしている前にアゲハさんに言ってくださいよ。バンドやめるって」
「言うよ……言うけどさ……」
「なんですか? 俺なら慰めてくれると思いましたか? 慰めてほしいなら慰めますよ、上から目線で。俺は決断が苦手なんで損切りができないんですよ。あなたが諦めないなら死ぬまで励まし続ける。それで満足ですか?」
「……たまたま金持ちの家に生まれただけで偉そうに……!」
「そうですね。俺は金持ちの家に生まれたから習い事をたくさんしてきました。だから過去の経験から色んなことが人並み以上にできます」
「私はそんなに恵まれてない……普通の生き方しかできないから……」
「それで?」
「だから……しょうがないじゃん……!」
「俺もそう言ってますよ。筑波さんができないのならしょうがない。さっさと話してきてくださいって。努力できない。決断もできない。自我がない。他人に言われてもやらない。それで、他にできないことは何ですか?」
「私は……私だって……!」
よかった、演奏が騒々しくて。年上の女性の泣き声を聞くのは辛い。俺も中途半端さ具合は同じだ。
「好きにすればいいってのも辛いですよね。俺も同じ。アンちゃんやアゲハさんみたいに自由にはなれない」
「じゃあ……日車くんだったらどうするの……?」
そんなもの、決まっている。
「時間を使う。待ってれば嫌でも電車はやってきますよ。それに乗り込むか、飛び降りるか。それが来るまでだったら手伝いますよ。ホームレスだから暇なんで」
俺も一時期は人生に絶望した。でもアンちゃんと出会った。そういう出会いは必ず来るものだ。そして決断も。
俺も本質的にはとても弱い人間だ。付け焼き刃の習い事を駆使することでしか生きられない。でも弱いなら手札が揃うまで待てばいい。配られた手札で戦うなんて馬鹿げている。それを後回しにすると人は言うだろうが、構わない。所詮この世は弱肉強食。勝った方が、勝者なのだ。
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