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ラジオは教えてくれたよ

作者: 押水武

「さあ。全部説明しよう。


 これから自殺する人間は別れ際にどんな表情をするのだろう。あの時に俺が考えていたのはそれだけだった。「何とかして思いとどまらせよう」とか「少しでも優しい言葉をかけて、彼を前向きな気持ちにしてあげよう」とか、そういう道徳に適った考えは頭の中に一切浮かばなかった。若い頃の俺は、責任感や他人への思いやりが全く欠如した、どうしようもないダメ人間だったんだ。今ではそのことをとても恥ずかしく思っている。


 生前贈与の手続きは弁護士を通じて全て終わっていた。貰うものは既に全部貰っていたわけだ。だから「最後に直接会って、1個だけ手渡ししたい物がある」という彼の希望に従ったのは、ただの気まぐれだった。それこそ、さっき言った「これから死ぬ奴の顔を見てみたい」という下世話な興味だけだ。

 当時、ネットで知り合った人間が集団自殺をする事件がいくつか続けて起こり、ワイドショーなんかでそれが結構取り上げられてた。暇を持て余すフリーターだった俺は、その報道を見て、自殺サイトの存在を初めて知ったんだ。自殺願望を持つ人間どおしがサイトに集まって会話したり一方的に喋り続けたり、慰めあったり罵倒しあったり。それによって自殺を思い留まることもあれば、逆に決意を固めることもあり。場合によっては計画を立てて、集まり、一緒に決行したり。それを見て、貧乏でかつ性根の腐った当時の俺は思った。「どうせ死ぬんなら、その前に有り金全部俺にくれればいいのに」と。いや。思うだけに留めず、その旨をサイトの掲示板に書き込んだ。もちろん無視されたが。

 誰からも反応をもらえなかったので、つまらなく思い、俺は自殺サイトってやつへの興味をなくした。で、そのまま書き込んだこと自体を忘れていた。

 ところが、その後しばらくして、反応があったんだ。掲示板上のレスじゃなく、直接メールが送られてきた。掲示板に書き込むときに登録した捨てアカのフリーメールにな。


 メールを読んで驚いた。本当にくれるっていうんだ、全財産を。死ぬ前に。そのメールの主が彼だった。

 詐欺を疑いつつも試しにメールに返信してみると、そのままあれよあれよと言う間に弁護士を紹介され、手続きが進み、彼の貯金と有価証券の類が全部俺の物になった。あ、そのときの弁護士が、君も知っているだろう。笹木さんだよ。

 笹木さんは「私はこの手の事案に慣れていますから、あなたも必要なときは是非私にご依頼ください」と言っていたが、実際その通りになったな。他の弁護士だったらあれこれ事情を説明するのが面倒だが、彼なら全部承知のうえだし、手際もいい。


 おっと。話を戻そう。

 

 全財産を生前贈与で受け取った俺が、最後に彼から手渡しで受け取ったのがこのラジオだ。

 正直言って気味が悪かったね。彼はまるでこのラジオの信者だった。指定された喫茶店で待っていた俺の前に、時間通りに現れた彼は、薄ら笑いを浮かべながら開口一番にこう言ったんだ。「このラジオは何でも教えてくれるんだ。困ったことがあったら、いつでもラジオに相談するといい。僕もこのラジオのおかげで幸せに生きられた」と。

 その後も色々と喋っていたが、当時の俺には全く理解できなかった。ただ、何となくわかったのは、彼にはこのラジオから声が聞こえていたらしいということだ。俺はテーブルの上に置かれたその灰色のポケットラジオを手に取り、スイッチを入れてみたがホワイトノイズの音すら聞こえなかった。電池が入っていないのか、あるいは壊れているのか。しかし、彼には聞こえているようだった。彼にしか聞こえない正体不明の声が。そして彼はこれまで仕事も、結婚相手も、住む場所も、全てその声に従って決めていた。人生全てラジオに導かれて生きてきたんだそうだ。

 そして、ラジオに「そろそろ死ぬ時だ」と言われたので、死ぬ準備をはじめたのだと。

 見たところ彼の年齢は40代から50代。肌つやも悪くなく、口調もはっきりしていて健康そうだ。普通に生きれば、まだまだ人生は続きそうに見えるのに。


 初めて罪悪感が湧いたよ。

 目の前のこの人物は、狂ってしまっている。きっと病気なんだ。体ではなく精神の。幻聴のラジオの声をありがたがって、何でもかんでもその幻聴の言うとおりに行動して、最後は財産を全て投げ捨てて自殺しようとしている。

 当時、俺は自分のことを怠惰な人間だと思っていたが、悪人だとは思っていなかった。でも今やっていること、精神を病んだ人間を助けようともせず金を奪って見殺しにすることは、悪人がやることなんじゃないだろうか。


 まあ、結局金は貰ったし、自殺を止めることもしなかったんだけど。


 ところで彼は結婚していると言っていた。奥さんはどうしているのだろう。財産の贈与の件や、自殺の件を、何故止めないのだろうか。彼はその疑問にも答えてくれた。

 奥さんとは死別しているそうだ。死因となった病気について色々説明してくれたが、内容は覚えていない。

 そもそも奥さんが本当にいたのか、それとも彼の頭の中にしか存在しなかったのかはわからない。

「これは内緒なんだけど、本当は病死じゃなくて僕が殺したんだ。ラジオが教えてくれたよ。絶対ばれない毒殺のやり方を。君も必要になったらきっと教えてくれるよ」

 という彼の言葉も、本当か妄想かはわからない。


 結局小一時間ほど話をして、というか彼がラジオの素晴らしさを延々と語るのを聞かされて、最後に彼が

「じゃあ僕はそろそろ行くよ。日が暮れる前に死ねってラジオに言われてるからね」

 と席を立って、その場はお開きになった。

 彼は金を払わずに出て行ったので、彼が飲んだアメリカンコーヒーの代金は俺が支払わざるを得なかった。

 待ち合わせに使った喫茶店は雑居ビルの2階で、俺が座った席は窓際だったから、彼がビルの前の道路でガソリンを頭から被って自分の体に火をつける様子がよく見えた。彼はのたうち回り、耳をふさぎたくなるような甲高い悲痛な叫び声をあげて、さんざん転がりまわって苦しんだ後に黒い燃えカスになった。

 ラジオは

「馬鹿な奴だったが、それでも燃える姿は綺麗だったな。お前も周りの人間に綺麗だと思われるような死に方をするんだぞ」

 と言ったので俺は一言「うん」とだけ答えた。


 実際話してみるとラジオはいい奴だったよ。信頼できる奴だ。あいつが最初に俺に何を命令したか、想像できるか?

「いい年していつまでもブラブラ遊んでるんじゃない。いい加減定職につけ。親を心配させるな」だって。口うるさい親戚のおじさんみたいだろ。でも結局、あいつのいうことが正しいんだ。

 あいつの言うとおり就職して、さぼらず真面目に働いて、最初は辛かったけど段々人生が充実してきた。一生懸命働いて誰かに感謝されることをうれしく感じるなんて、若い頃の俺は想像もしていなかった。

 ラジオに言われて、実家をでて独り立ちもしたし結婚もした。子供は二人。上が男の子で、下が女の子だ。子供ってのは可愛いもんだ。正に自分の分身って感じだ。さっきラジオに言われて二人とも殺してきたんだが、10年間あの子たちを育てられて本当によかったよ。

 結果的に、彼から貰った金には一切手をつけなかった。だから君に譲った金は彼の財産に、俺がこの15年間で貯めた金をあわせたものだ。それなりの額だっただろ。君があの金をどう使うかは勿論君の自由だ。ラジオとよく相談して決めることだな。ラジオはきっと君に正しい生き方を教えてくれる。」



 長々と喋って満足したのか、 「さあ。これでラジオについての必要な説明は終わりだ。」と、その男はテーブルの上に灰色の粗末なポケットラジオを残し、去っていった。

 引き留めることもせず、別れの挨拶をかけるでもなく、ただ私はその後ろ姿を黙って見ていた。


 さて。今の話がどこまで本当だったのか私にはわからないが、いずれにしてもこんなラジオを家に持って帰るつもりはなかったので、待ち合わせに使った喫茶店のトイレのゴミ箱に投げ捨てた。何とも言えない苛立ちが腹の底にあり、それを解き放つように、わざとらしいほど勢いよく、叩きつけるように捨ててやった。

 それから、しばらく街をブラブラし適当に夕食をすませて、アパートに帰った。帰宅途中の道すがら頭に浮かぶのは、やはりどうしてもあのラジオのことだった。

 なあ。ラジオってのはラジオ局から発信される電波を受信して音声に変換する機械だろ。当たり前だが、その内容は一方通行だ。どうしてあいつはラジオと会話していたんだ。そもそも、あのラジオから出る声は、どこから発信された電波なんだ。あいつも、その前の男も、まるですっかりラジオに操られて頭の中身までラジオのいいように作り替えられてるみたいだった。地獄に繋がって悪魔か死神の声でも拾ってたのか。そういう人間以上の存在に、ラジオを通じて操られていたのか。

 そこまで考えて私は、いつの間にか自分があの男の話を信じ込んで、あの男の話が真実であるという前提の元で思考を進めていたことに気づいた。

 馬鹿な。

 当たり前に考えて、あんなのは頭の狂った男の妄想に決まっている。ラジオから正体不明の声が語りかけてくるなど、いかにも妄想狂の言い出しそうなことだ。狂人の話をあまり真面目に聞いていると、周囲の普通人にも妄想が移ってしまうと聞いたことがある。まさに私自身がその状態になりかけていたわけだ。

 危ないところだった。ラジオを喫茶店に捨ててきてよかった。下手をしたら私にもラジオから呼びかけてくる声が聞こえていたかもしれん。

 考えているうちに、自宅のアパートにたどり着く。

 尻ポケットから取り出した鍵でアパートのドアを開けると、明かりの消えた狭い1DKの真ん中にラジオが置いてあり

「お前はダメだな。もう死んだ方がいい」

 と言われたので、私はすぐにキッチンに向かい、自分の首に突き刺すためキッチンナイフを手に取った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・;)いやぁ~今年もすんごいの書かれましたね。ほかの方々が書かれているラジオホラーとは明らかに一線を画してました。圧倒的なラジオの存在感が恐ろしかったです。 [気になる点] ∀・)そもそ…
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