表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第二章 ユーリシア編 第四部 星火燎原(せいかりょうげん)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/150

謀反人の望み

「…何たる屈辱だ…っっ!!!!」


 デリックは自室で侍従のラットから受けた報告に怒りを露わにして、激情に任せるまま卓を拳で叩きつけた。


 第一皇子の動向を探らせるために遁甲の前に置いていた監視役が全員、縄で縛られた状態で見つかったらしい。彼らを見つけたのは交代要員として早朝に現場に訪れた監視役だ。夜通し縄で縛られ猿轡さるぐつわまでされて放置されていたらしいが、自害用の毒まで取り外されていたところを見ると、何もかもを承知の上でこちらを嘲笑あざわらうために、わざわざこれ見よがしに放置したのだろう。

 それが判ってなおさら怒りがこみ上げた。


(…なぜこれほどまでに上手くいかない…!!)


 この時を待って、用意周到に準備したはずだった。

 だが何をするにも必ず邪魔が入った。ラヴィ=クラレンスを捕える事も、代替え品であるユーリ=ペントナーを捕える事も結局は出来ずじまいだ。彼らは皇太子をおびき寄せるために必要不可欠なものだ。人質を取れば、あの正義感の強い皇太子は決して見過ごす事はできないだろう。


 そう思っていたのに、結局それは叶わなかった。


 謀反に間に合わず、苦肉の策として真っ先に身柄を抑えようと思っていた皇太子の姿はもう白宮にはなかった。すぐさま秘密裏に皇都中を探させたが、街はおろか皇宮を出たという痕跡すら見つからなかった。まるで皇太子の存在そのものが消え去ったような、そんな感じだろうか。

 そのあまりに早い対応がどうしても不自然に思えて仕方がない。


 どうにも先を見通されているような気がする。

 まるで未来が見える者から助言を受けているような、そんな気がしてならないのだ。

 だとすれば、思い当たる者は一人しかいないだろう。


「…教皇はどうしている?」

「…もうかなり弱っておいでのようです。死期が近いと言うことで、中央教会は引継ぎや次期教皇をどなたにするかで大わらわのようですから、こちらに構っている余裕はないでしょう」


 最初の暗殺を阻止したのは、他ならぬ神官のシスカだ。間違いなくあれは教皇からの指示によるものだろう。

 そう判断をして教皇側の動向を探らせてはいたが、あそこは治外法権でなかなか情報が取れなかった。誰か神官をこちら側に取り込めないかと画策するも、接触する前に必ず邪魔が入ってどれも未遂に終わった。これらも教皇による妨害と考えて間違いないだろう。


 それほど守りの堅い場所であったにもかかわらず教皇の死期が近いという重要な情報が取れたという事は、その元凶たる教皇の力が弱っている事の証左に他ならない。この情報は信じてもいいだろう。


(…だとすれば、一体誰が……?)


 軽く思議するような仕草を見せたデリックに、ラットは報告を続ける。


「…第一皇子一行の行方ですが、ソールドールに向かったという報告がございました」

「…!…それは確かな情報か?」

「皇都を出るには馬車が必要です。ですが夜中では人を輸送する乗合馬車は走っておりません。となれば貨物専用の荷馬車を当たるでしょう。…そう思って聞き込みをさせたところ、第一皇子一行と風貌がよく似ている男五人組がソールドール方面に向かう荷馬車を探していた、という情報がございました」

「…上等だ。お前は相変わらず仕事が的確で早い」

「恐れ入ります」


 軽くこうべを垂れるラットを満足そうに視界に入れて、デリックはにやりと笑う。


(…好都合だ。まさか自らソールドールに向かってくれるとは……。手間が省けたな)


 元々、第一皇子を捕えたらそのままソールドールに連れて行くつもりだった。それが自分から向かってくれるのなら話は早い。少し話の筋を変える必要があるが、概ねこのままで問題はないだろう。


 そう心中で確認をするようにひとりごちたところで扉を軽く叩く音が聞こえて、ラットは足先をそちらに向ける。


「…どなたです?」

「デューイ=フォーレンスです。…他にウォーレン公とレルギード候がいらっしゃいます」


 その返答に、ラットは無言のまま己の主を一瞥する。

 侍従の視線にデリックが頷き返すのを見咎めて、ラットはそのまま扉まで歩み寄りうやうやしく扉を開けた。


「…皇王の補佐官に中立派と皇王派の筆頭が揃って私に何用だ?」

「単刀直入に申し上げます。シーファス陛下のご遺体を見せていただきたい」


 部屋に入るなり毅然とそう言い放ったのは、今まで中立派の立場を崩さなかったウォーレン公だ。この中では一番位が高い。


「…まるで私が嘘の申告をしたとでも言いたそうな顔だな?ウォーレン公」

「そこまでは申し上げておりません。しかしながら陛下のご遺体をご覧になったと仰っておられるのが貴方お一人しか存在しないというのが問題なのです。これでは皇王派は誰一人納得しないでしょう。…違いますか?レルギード候」

「ウォーレン公の仰る通りです。情けない話ではありますが、このままでは皇王派を抑える事ができません。私が代表として陛下のご遺体を確認できれば、皆も納得するでしょう」


(…というていを作っているのだな。小賢こざかしい真似を…)


 内心でそう小さく憤慨して、デリックは鼻を鳴らす。

 この申し出が来ることは最初から想定していた。元より遺体も見せずに皇王が崩御した事を素直に信じるとは思っていない。


 デリックは焦ることなく悠然とソファから立ち上がると、三人に向き直って余裕のある笑顔を見せ、告げる。


「…承知した。では案内しよう」


 言って向かった先は、なぜか皇宮にある皇王の執務室だった。それもなぜだか執務室の前に騎士を立たせて立ち入りを制限している事に、三人はさらにいぶかし気な視線をもって、互いに目を見合わせている。


「…なぜここに?我々は陛下のご遺体を、と申し上げたのだが…」

「見れば判る。…ラット」


 デリックの言葉に一つ頷いて、ラットは執務室の扉を開ける。開いた扉から鼻を突くむせ返るような血の匂いがして、三人は思わず鼻口を手でふさいだ。


「…!何だ…、これは…っ!?」


 三人の視界に入ったのは、散乱した書類や書物と、そこら中に飛び散った大量の血痕だった。誰がどう見ても、ここで犯行が行われたとしか言いようのない光景だろう。


「……この血痕は、陛下のものだと断定できるのですか…?」


 渋面を取りながらそう訊ねたのはフォーレンス伯だ。


「…血液で個人を特定する術はない。だが、血液型は陛下と一致した。そしてここは陛下の執務室だ。誰の血液かは明白だろう」

「……陛下のご遺体は?」

「はっきり言うが、ご遺体はない」

「…!!?」


 フォーレンス伯の問いに悪びれもなくはっきりそう告げるデリックに、三人は目を瞬く。


「…では確固たる証拠もなく陛下の崩御を告げ、皇太子殿下の謀反だと決めつけたのですかっ!?」

「決めつけたのではない。…昨夜の夜更け前、イオデート候がこの執務室から出てくる皇太子を実際に見ているのだ。争う声や悲鳴のようなものも聞いたと複数の証言がある。…そしてこの惨状なのだ。どう見ても陛下がしいされたと判断するしかないだろう」

「…ユーリシア殿下は昨夜、他ならぬ私と共に陛下の自室でお帰りをお待ちしておりました…!そのような話は信じられません…!」

「では陛下を手にかけてから、何食わぬ顔で貴殿と共にさも心配をした顔で待っていたのだろう。…そうすれば、こうやって貴殿が無実を証言してくれると見込んでな。…抜け目のない皇太子だ」

「…っ!」


 こう言われては何も反論できない。

 実際ユーリシアと共に皇王の自室で待っていたのは夜更け頃だ。それ以前はレオリアの姿を取って騎士団の業務に就いていた事も承知しているが、これを他ならぬデリックに伝えるわけにはいかなかった。言えば確実にユーリシアの命が狙われるだろう。


 ユーリシアが無実である証拠は確実にあるのだ。複数の騎士団員がレオリアの姿を目撃している。

 だが今は、レオリアとユーリシアは別人なのだ。そう思わせて、彼の目を欺かなければならない。


 無実の証拠があるのにそれを言えないもどかしさに、フォーレンス伯はたまらず拳を強く握った。


(…しかもユーリシア殿下の犯行を裏付ける証拠も捏造済みか…!)


 証言者も目撃者もすでに用意されている。そのすべてが、皇太子の謀反を示唆していた。


 おそらく争う声や悲鳴を聞いたと言う証言者たちは反皇王派で構成されているのだろう。目撃者をあえて中立派であるイオデート候にしたのは、信憑性を増すためだろうか。そのために彼を金で買収したか、あるいは脅迫したであろう事は明白だった。だが、その証拠がない。どれだけここで反論しようとも、それを裏付ける証拠が何一つないのだ。


 それを悟って何も言えなくなった三人を視界に入れて、デリックは勝ち誇ったように笑みを落とす。


「…だが確かに貴殿らの言う通り、陛下が亡くなったという確固たる証拠はない。ただこの部屋の惨状と血痕の量から、もうすでに生きてはいまい、という憶測に過ぎない事は確かだ。…昨夜は騎士たちを鼓舞するためにあえて崩御されたと断言した。その点は詫びよう」

「……では、生きておられる可能性もあると、デリック殿下もお考えなのですね?」

「陛下は曲がりなりにも高魔力者であらせられる。生きていてもおかしくはないが……私はどちらかと言うとこちらの方を信じるな。……皇太子がとどめを刺さずに、あえて生かしておいた、と」

「…!!?…どういう意味ですか…っ!?」


 目を丸くして声を荒げる三人に、デリックは冷ややかな視線を送ってさもありなんと答える。


「…皇王派であれば当然知っているだろう。第一皇子の存在を」

「!?」


 目を見開いて硬直するようにデリックを見据える三人の様子に、思わずくつくつと笑みを落とす。


「やはり知っていたか。…中立派であるウォーレン公も知っていたようだな」

「…………」

「…まあいい。その第一皇子と皇太子が懇意の仲であることは知っているか?」

「…!…ユーリシア殿下もあの方の存在をご存知だったのですか…?」


 情報が錯綜して、もう何が何やら判らないといったふうに茫然自失と問いかけたのはレルギード候だけ。他の二人は心得たように、だが何も言えずただ閉口している様子だった。


「第一皇子は低魔力者の街で身を隠していたようだな。どのように知り合ったのかは判らないが、私の調べではもう二月ふたつき以上、足繁く第一皇子の元に通っていたようだ。…そして、その第一皇子は皇王に対して憎しみを抱いている」

「…!?…何を根拠にそのような事を…!?」


 思わずそう叫んだのはウォーレン公だ。

 それは他ならぬ皇太子ユーリシアから、信頼のおける人物であると聞いたからだ。あの皇太子が、皇王に対して逆心を抱く者を信頼するはずがない。


 ウォーレン公と同じようにレルギード候もまた目を丸くしたが、ただ一人、苦虫を潰したように渋面を取って押し黙っているフォーレンス伯を、デリックはちらりと一瞥してくつくつと笑いを落とす。


「…どうやら補佐官だけは何もかもを承知しているようだな」

「…!?」

「それはそうだろう。今その第一皇子の侍従を務めているのは他ならぬフォーレンス伯の令息だからな」

「……フォーレンス伯……?…デリック殿下の仰ることに、間違いはないのですか…?」


 ウォーレン公とレルギード候の視線の矛先がデリックから自分に移った事を察して、フォーレンス伯はさらに眉間のしわを増やして押し黙る。これがデリックの戯言などではなく、まごうことなき事実であるという事を承知していたからだ。


 反論する術もなく押し黙るフォーレンス伯を一瞥してから、デリックは嘲笑するように鼻を鳴らした。


「…二十四年間、放置され続けた第一皇子はいつしか父親である皇王に憎しみを抱くようになった。なぜ自分だけ捨てられなければならないのか。なぜ自分だけがこのようなみすぼらしい暮らしをせねばならないのか。なぜ…!!…そう思っても仕方がないだろうな」


 くつくつと笑いながら大仰に演じて見せるデリックに、フォーレンス伯はめつけるような鋭い視線を送る。


「…シーファス陛下はあの方を捨てたわけではございません…!」

「…確か、暗殺を警戒して第一皇子の存在を隠すための苦肉の策だったようだな。…だが、それはあくまで陛下側の事情だ。結果ずっと放置したのであれば、第一皇子にしてみれば捨てられたのと大して違いはないだろう」

「…確かにあの方は一時そういう感情をお持ちでしたでしょう。ですが今は違います…!ユーリシア殿下同様、陛下もあの方の元に何度も通っておられた…!少しずつ陛下を受け入れておいででしたのです…!!」

「それも演技だとしたら?」

「!?」

「油断を誘うなど造作もないだろう。陛下の罪悪感を刺激すればよい。…人の心など、そう簡単には変わらぬよ、フォーレンス伯」

「………何が、仰りたいのです…!?」


 第一皇子はたった五年ではあったが、一時自分の息子として育てたのだ。その彼を侮辱しているとも取れるデリックの発言に、フォーレンス伯は次第に怒気を含んだ眼差しをデリックに向けた。


 そんなフォーレンス伯を挑発するように、デリックは耳を疑うような発言をにやりと笑って告げる。


「そんな第一皇子と皇太子が共謀していたとしたら?」

「…!?……デリック殿下…!…それ以上の発言は、陛下と皇子に対する背信行為と捉えますよ…!!」


 いつもは穏やかなフォーレンス伯が目に見えて怒気を露わにするので、デリックはたまらずくつくつと笑いを落としながら言葉を続ける。


「まあ、最後まで聞きたまえ。…例えば、だ。神のいたずらで第一皇子と皇太子が出会い、互いに兄弟である事を知ったとしよう。兄の置かれている境遇を知れば、あの正義感の強い皇太子は共感し哀れに思い、そしておそらく憤慨するだろう。皇王でありながら息子一人守れぬのか、とな。そんな第一皇子に、元々父に対して不満があった皇太子がこう囁いたらどうだ?___『私が復讐を手伝ってやろう、兄上』…とな」

「…!?不遜な……っ!!!よくも憶測でそこまでの戯言を…!!」

「そう、確かに今は憶測にすぎない。だが現状、残されたすべての物がそれを示唆しているのだ。その最たるものがこの部屋だ。物が散乱し、陛下と同じ血液型の血痕が至るところにびっしりとこびりついている。ここで犯行が行われた事は疑いようもない事実だろう。そしてここから争う声が聞こえ、その直後ここから出てくる皇太子も目撃されている。なのに陛下のご遺体はどこにもない。貴殿らの言う通り陛下はまだご存命の可能性が高いだろう。ならどこに消えた?…答えは一つしかない。動けなくなるくらいまで痛めつけて虫の息になった陛下を、皇太子が連れ去ったのだ。では、なぜそのような事を?…低魔力者である兄に、止めを刺させてやるためだとしたらどうだ?」


 聞くに堪えないデリックの推測に、だが何も事情を知らないウォーレン公とレルギード候は固唾を呑んで聞き入っている。


 他ならぬあの皇太子が謀反を起こすはずがない事を、もちろん二人は承知していた。

 だがデリックの口から語られる経緯は嫌に説得力があった。証拠は全てデリックが捏造した物である事は百も承知だったが、第一皇子が実際に皇王を憎んでいた事と、その彼に共感し何とかしてやりたいと思うであろう皇太子の姿が容易に想像が出来て、頭から否定する事が出来なかった。


 そんな中、一人だけ真実を知るフォーレンス伯だけがデリックに食い下がった。


「…そのような証拠がどこにあるのです…!?」

「証拠ならある。昨日も言ったが皇太子はソールドールに向かった。傭兵たちを自身の兵にするためにな。そして第一皇子もまた、夜が明けきらぬ間にソールドールに向かったという報告があった。これは貨物専用の荷馬車を管理している組合に問い合わせれば容易に確認が取れよう。…判るか?まるで示し合わせたようにソールドールに向かっているのだ。これこそまさに二人が共謀している事の証左ではないのかね?」

「……っ!」


 追及するように問いただせば問いただすほど、こちらが不利になるような情報ばかりが出てくる事に、フォーレンス伯は苦虫を潰したような渋面を取って押し黙った。これ以上の押し問答を続けても時間の無駄だろう。


 ようやく忌々しい補佐官を黙らせた事で満足げに鼻を鳴らすと、デリックは勝ち誇ったように悄然と俯く彼らに言葉を投げる。


「まあ、これも憶測の域を出ないがな。すべてが明らかになるのは謀反人である皇太子が捕まってからだ。早く捕らえられるよう祈ろうじゃないか」


**


「…見たか?あのデューイ=フォーレンスの悔しそうな顔と言ったら、笑いが止まらぬな」


 くつくつと笑いを押し殺すようにデリックが告げたのは、彼らと別れて自室に戻った時だった。


 昔からデリックは、シーファスの補佐官であるフォーレンス伯がとにかく気に入らなかった。

 自分が心から心酔していた皇王シーファスは何かにつけてフォーレンス伯を頼った。何をするにも彼の意見を聞き、彼の前でだけは本心をさらけ出すことが出来るのだと判った時は、はらわたが煮えくり返るほどの怒りを抱いた事を覚えている。


 まるで皇王の隣にいる事が当然のような涼しい顔をしていたあのフォーレンス伯を言い負かす事ができて、デリックは心躍るほど愉悦ゆえつに浸っている自分を自覚した。


 そんないつになく上機嫌で紅茶をすする己の主を見咎めて、ラットは小さく嘆息を漏らす。


「…少々やり過ぎではございませんか?」

「何がだ?」

「あまり早々にご自分の手の内をお見せになっては、足元をすくわれ兼ねませんよ」

「構わぬ。今の時点で目的は半分達したも同然だ。…あとはあの三人の息の根を止めるだけ。それが出来れば私はもう死んでも構わん」


 そのデリックの言葉に、ラットは小首を傾げた。


「…?玉座を狙っておいでなのでは…?」

「そんなものに興味はない。欲しいと言う者にくれてやれ」

「…では、デリック様は何がお望みなのです?」


 その質問に、デリックはただ笑みを落としてラットから視線を外す。


 自分が望んでいるものは、昔も今もただ一つだ。

 ただそれを手に入れるためだけに、自分でも無謀と判っている事を成し遂げようとしている。


(…きっと、他の者たちはばかげていると笑うだろう)


 それでも構わないのだ。

 自分の望むものが手に入れば、後の世でどれだけ愚者だと嘲笑されても甘んじて受け入れる覚悟はある。

 それだけの価値が、自分にとってはあるのだ。


 デリックは自嘲とも取れる笑みを落として紅茶を一口すすると、再びラットに視線を向けた。


「…覚えておけ、ラット。もしこの謀反が失敗に終わっても、必ずシーファス陛下の命だけは奪うのだ。たとえ私が死んでも、だ。…判ったな?」


 その普段は見せない己の主の覚悟を伴った表情に、ラットはただこうべを垂れるしかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ