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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第二章 ユーリシア編 第三部 有備無患 

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失われた遺産

「…ユルングル様から、魔装具の開発を手伝うようにご指示を受けたのですが……」


 そう工房で言葉尻を濁しながら、きっと役に立つことはないだろうと申し訳無さそうにダリウスが告げたのは、ライーザとユーリの拉致騒動が起きた二日後のことだった。


 あの会話の後、ユルングルは久しぶりに食事をしっかり摂って眠りについた。

 そうして次に目覚めた時、魔装具の開発が難航していると報告すると、ユルングルはダリウスの知識が役立つはずだと、妙に確信を得た表情で告げたのだ。


「…それは……予見、でございますか……?」

「……いや…勘だ……」


 それでなおさら不安になる。


「…私に役立つ知識があるとは思えません」

「……そんな事はない……。…俺の持っている知識でお前の知らないことはないだろう……?」

「…!…いくら何でも私を買いかぶりなさっておいでです……。私の知識などユルングル様の知識に比べれば取るに足らない程度のものです」


 あまりに自分を過大評価するユルングルの言に、さしものダリウスも恐縮して苦笑を落とす事すらできず、代わりに盛大なため息を落とす。

 そんなダリウスをユルングルは怪訝そうに見つめた。


「……ここにある本はお前も全て目を通しているだろう……」

「…!…ご存じだったのですか…?」


 何かしらユルングルの役に立てればと、彼が読む本は必ずダリウスも目を通した。

 ユルングルと同じ知識を有することが出来れば、何かの折にきっと役立つはずだ。そう思って読み始めたのだがユルングルが読む本はどれも難解で、自分の智力では理解が難しい。とりわけ専門書になると書いている内容の十分の一も理解できないのだが、ダリウスはそれでも一読する事をやめなかった。


 理解できなくともこうやって一度目を通していれば、聞き慣れない単語が出てきた時あの本に書かれた内容だと閃くかもしれない。

 そんな悪あがきにも近い徒労を、他でもないユルングルに知られていた事が何とも面映ゆい。


 ダリウスは自嘲するような小さな笑みを落として、バツが悪そうに言葉を続けた。


「…目を通してはおりますが、その内容のほとんどを私は理解しておりません」

「……理解なんてしなくていい……内容を覚えてさえいればいいんだ……」

「…一言一句すべてを覚えているわけではございません」

「……それで十分だ……」


 それでも渋るダリウスに、ユルングルは止めの一言を言い放つ。


「……俺を手助けするつもりはないのか……?」


 こう言われれば、口が裂けても否とは言えないだろう。


(……ユルングル様は未だに、私が何でもできる人間だとお思いになられる時がある……)


 まだ二人が兄弟であった頃からそうだった。

 何でもできる兄、自分よりも優れている兄。ユルングルの中のダリウスは常にそんな存在だった。

 確かにユルングルがまだ何もできない幼少の頃であればその認識で間違いはないのかもしれないが、今ではもうすべての事にいてユルングルが勝っているのだ。


 にもかかわらず、未だに万能な人間だと思われていては体がもたない、とダリウスは悄然とため息をきながら、重い足取りで工房に向かって現在に至っている。


「あ、俺は見学でーす!暇なんでダリウスさんについてきちゃいましたー!!」


 そう軽い口調と軽快な動きで告げたのは、未だに頭に包帯を巻いているライーザだ。


 命を狙われている事で遁甲から出られなくなったライーザは、特にすることもなく手持無沙汰で暇を持て余していた。工房で手伝えることがあればするが、基本ライーザは物作りに興味もないしそれほど手先が器用な方でもない。ダリウスの手伝いを、とも思ったがそれはどうやらラヴィの仕事のようで、嬉々としてこなしているラヴィから仕事を奪うのもはばかられた。

 なので結果、こうやって工房に来ては皆の邪魔をすることがライーザの日課になりつつある。


「…怪我の具合はどうです?ライーザ。もう眩暈は落ち着きましたか?」

「もう平気ですよ、これくらい!」

「頭の傷はあまり安易に考えてはいけませんよ。少しでも不調があれば、おれかダリウスに教えてください」


 頷くライーザを確認してから、ダスクは未だになぜ自分がここにいるのか判らないと言った風のダリウスを視界に入れた。


「…貴方も、もう観念なさい。ユルングル様がそうおっしゃったのなら何か意味があるのでしょう」

「あー違う違う。ダリウスは大好きなユルングルの傍にいられないのが不満なんだよ」

「……ゼオン様」


 揶揄するように、にやにやと笑いながら告げるゼオンをたしなめるように、ダリウスはため息と共にゼオンの名を呼ぶ。


 確かに不満は不満だった。いや、不満と言うよりも不安と言った方が的を射ているだろうか。

 ラン=ディアが傍についていてくれているとは言え、あの状態のユルングルから離れる事がひどく不安だった。頭では大丈夫だと判ってはいても、心が『失うかもしれない』という恐怖を払拭するたびに、また沸々とどこからともなく恐怖と不安を沸き立たせてくるのだ。


 そんな自分を煙たがってユルングルは工房に行かせたのではないか、と心のどこかで考えてしまうあたり、ゼオンが言うように不満も心のうちにあるのかもしれない。


「ゼオン、彼を揶揄うのはやめなさい」

「侍従なんてどれもこんなだろうが…ケホッ…!ラヴィ然り、アル然りだ。あいつを皇宮に戻すのにどれだけ苦労したか知ってるだろ…!ゲホ…コホっ…!」


 時折軽く咳き込みながら、ゼオンはこれでもかと渋面を作って反抗する。


 肺炎を再びこじらせたゼオンから、アルデリオはとにかく離れたがらなかった。ダスクとダリウスと三人で丸一日説得して、最終的にゼオンに不承不承と『無茶はしない』と約束させたことで、何とか皇宮に戻って行ったのだ。


 あの時はその頑固で心配性なアルデリオに皆一様に苦笑を漏らしたが、自分も周りからそのように見えているのだろうかと思うと、何ともバツが悪い。自覚があるだけになおさらだろうか。


「…それで、どこで開発が難航しているのです?」


 早々にこの話題を終わらせようと、ダリウスは話題を変えて単刀直入に本題に入る。

 それにはダスクとゼオンが互いに目を見合わせて、小さくため息をいた。


「…一番重要な魔力を込める核の小型化が上手くいかないのです」


 まるで匙を投げ出したいような憮然な表情でそう前置きして、ダスクは説明を始めた。


 心臓に入れるには極限まで小さくする必要があること、だが小さくすると核となる宝石まで小さくなるので、脆弱になり圧縮した魔力を込めると粉々に砕け散る事をつぶさに説明した。


「…見ていてください」


 言って、ダスクは手の内で魔力を圧縮してトルマリンに込める。魔力が入ったトルマリンはカタカタと小さく震えると、次の瞬間まるで耐えかねたようにキンっと甲高い音を立てて、見事なほど粉々に粉砕された。


「トルマリンはラジアート帝国で義手や義足用に作られた魔装具の核に使われている宝石です。この宝石は本来電気を通さない絶縁体ですが、現存する鉱物で唯一、永久的に微弱電流を発生させると言う特性を持っています。加えて硬度も7.5度と比較的硬い。圧縮した魔力で、発生させる電流を増幅して核に使われていますが、これほど小さくすると御覧の通り圧縮した魔力には耐えられないようです」

「トルマリンよりも硬くて電気を通す宝石はないのですか?」


 それにはゼオンと共に大きくかぶりを振った。


「ない。そもそもこれほど小さい物に圧縮した魔力を入れるならダイヤモンドしか耐えられる物はないだろうな。…ケホっ」

「ですが、ダイヤモンドは電気を通しません。圧縮する魔力を減らしてもダメ。なのでお手上げ状態なのですよ」


 そう言ってダスクは困ったような笑みを落としながら小さく息を漏らす。


「…不純物の入ったダイヤモンドをお使いになるのはどうです?不純物が入ればダイヤモンドでも電気を通すでしょう?」


 それにはゼオンがすぐさま否定する。


「だめだ。……ゲホっ、ゴホっ。…その分、硬度は落ちる。今は耐えてもいずれ心臓の中で粉砕するぞ。…ゴホっ…そうなれば目も当てられんだろうな……」


 それはさすがに御免被る。


「…使えるのは不純物のない高品質なダイヤモンドだけだ、そう思え」


 ゼオンのその言葉に、ダリウスもまた悄然と肩を落とした。


(…これは、思っていた以上に難物だな……)


 心中でひとりごちて、ダリウスは頭を抱える。

 そもそも電気を通すことのできる宝石が少ないのだ。ごく限られた選択肢しかないのに、その上硬度まで要求しなければならないので、もう選べる選択肢がない。 『ダイヤモンド』という一択なのに、その一択すら選べないのだ。


「…魔力を込める物質は宝石でなければならないのですか?」

「電気を通す物と言えば真っ先に金属を思い浮かべるでしょうが、金属は魔力の流れを阻害します。魔力を込める核は宝石だけだと思ってください」


 何を言っても否定の言葉しか返ってこない現状に、ダリウスは思わずため息を落とした。


(…一体私にどうしろとおっしゃるのです…?…ユルングル様)


 もうこれは万策尽きた状態だ。

 ダスクとゼオンが十日かけても答えが出なかったのだ。ましてや何の知識もない自分が一体何の役に立つのだろうか。


 自分がここにいる意味も見出せないまま、ダリウスが悄然と肩を落としたところで、ずっと見ていただけのライーザがさもありなんと口を挟んできた。


「ダイヤモンドに電気を通せるようにしたらいいんじゃないんですか?」


 その言葉に、三者三様目を丸くする。


「だってダイヤモンドしか無理なんでしょ?だったらどの宝石を使うかで悩む必要ないじゃないですか。それよりもダイヤモンドにどうすれば電気を通せるかを考えた方が早くありません?」


 言いたいことは判るが、それが一番の難物なのだ。

 そう言わんばかりの盛大なため息をいて、ゼオンは呆れたように反論する。


「それが出来れば苦労しないんだよ」

「……お待ちください、ゼオン様」


 軽く思議するような仕草を見せながら、ぽつりと呟いたのはダリウスだ。

 ライーザの言葉が、なぜか妙に胸に引っかかって仕方がない。何かを思い出せそうで、それが喉元まで来ているのになかなか出てこないもどかしさを苦々しいものと一緒にんでいる____そんな気分だった。


「…どうしました?ダリウス」

「………いえ、何か思い出せそうなのですが……」


 怪訝そうに皆ダリウスを注視するが、なかなか記憶から出てこないのか押し黙るダリウスにしびれを切らして、ゼオンは軽く咳き込みながらソファに盛大に腰を下ろした。


「…オーウェン=ハサウェイなら、面白い事でも思いつくかもな」

「…!」


 聞き慣れない名にダスクは軽く小首を傾げ、反対にダリウスは目を見開く。


「どなたです?」

「…歴史学者です」


 答えたのは、ダリウスだ。


「…歴史学者?知っているのですか?ダリウス」

「…本業は歴史学者で主に太陽王と英雄王がご存命だった時代を調査なさっている方ですが、その過程で当時の『失われた遺産』も同時に研究なさっておられる方です」


 千年も前には科学や化学が今よりもずっと進んでいたと言われている。

 にわかには信じがたい、遠くの場所に声を届ける機械や空を飛ぶ乗り物さえあったと言われているが、それらを総称して『失われた遺産』と呼ばれていた物が確かに存在していたらしい。


 これらが衰退して現存しない理由は、魔力を込めた『魔道具』や『魔装具』がそれに取って代わったためだろう。魔力を込めるだけで、難しい原理や構造を必要としない『魔道具』を有り難がって重宝したのは、自然の成り行きだろうか。


 そんな『失われた遺産』を研究するオーウェン=ハサウェイは、一部では変わり者と評判だった。


「…実際にお会いした事はありませんが、著書も多くユルングル様の蔵書の中にも数多くございます。……その中に、ダイヤモンドに電気を通す術が書かれたものがございました…!」

「…!」

「しばらくお待ちください…!」


 言うより早く駆け出して工房を出て行ったダリウスは、しばらくした後、一冊の分厚い本を抱えてすぐさま戻って来た。


「……ピン構造…ですか?」


 初めて聞くその名に、ダスクはいぶかし気に口の中で反芻すると、説明を求めるようにゼオンの顔を視界に入れた。


「…俺が判るわけないだろ」


 渋面を取ってそう返すゼオンの代わりに、ダリウスが口を開く。


「ピン構造とは部材と部材をピンで接合して、相互回転ができるように作られた構造の事です」


 これは工房でもお馴染みの接合方法だ。

 ユルングルと共によく物作りをした経験のあるダリウスには、そう難しいものではない。


「回転させることで電気を発生させるって事か?」

「…申し訳ございませんが、詳しい原理は私には判りません。ですがここには電気を通さない物質でも、このピン構造を使えば電気を通すことが出来ると書かれております」


 絶縁体である物質を電気を通すことのできる物質で挟んでピン構造で接合すると、絶縁体でも電気が通せると言う。にわかには信じられないが、もう万策尽きた状態では一か八かでやってみる他ない。


 三人は本に書かれた通り、必要な物を揃えてダイヤモンドのピン構造を作ってみる事にした。

 不純物のない極めて高品質なダイヤモンドを真ん中に、リンが混じったダイヤモンドとホウ素が混じったダイヤモンドで挟んでピン構造で接合する。それをあらかじめ作っておいた魔装具に装着すると、ダスクはいつも通り魔力を圧縮させて、その高品質なダイヤモンドに込めてみた。


 いつもならすぐにカタカタと震えて粉砕するが、安定しているのかその様子はない。しばらく注視していると不純物のない高品質なダイヤモンドが震える代わりに回転を始めたことを見咎めて、ゼオンはすぐさま電流を測る装置に魔装具を取り付けた。


「…!」


 それはすぐさま見て取れた。

 電流を測る装置の針が、電流が流れるたびに大きく振れるのだ。それはまるで鼓動を刻むように、一定の間隔で針が大きく振れては戻り、触れては戻りを繰り返す。その様がなおさらユルングルの鼓動を手助けしてくれるのだと思わせて、ダリウスはたまらなく愛着に似た感情が湧いてくるのを感じた。


「………できた……完成したぞ……!」


 珍しく嬉々とした声をゼオンは上げる。

 ダスクもまた破顔してようやく完成に至った事に安堵のため息を落とし、慈しむように完成した魔装具を手に取るダリウスを視界に入れた。


「……これでようやく、ユルングル様の心臓を補助できるようになるのですね…」

「それはディアに渡しておいてください。あともう少しユルングル様の体力がお戻りになれば、手術が行えるでしょう」


 ダスクの言葉に、ダリウスは頷く。

 そうして大事そうに布に包んで胸ポケットに入れるダリウスに、ダスクは静かに声をかけた。


「…よく覚えていましたね。ユルングル様の蔵書の中に、ダイヤモンドに電気を通す方法が記載されているものがあると」


 その問いかけに、ダリウスは懐かしいものを見るように本に視線を落とした後、小さく微笑む。


「…このオーウェン=ハサウェイの著書は、ユルングル様が子供時分にご愛読されていたものなのです。まるで夢物語のような『失われた遺産』に瞳を輝かせて、好んで読まれておいででした」


 あまり感情を表に出さなかったユルングルは、この本を読んでいる間だけ現実を忘れられるようだった。わずかではあったが顔がほころんでいた事を覚えている。

 それが嬉しくてよく一緒に読んだものだが、これがユルングルの物作りに対する興味を後押しした事は、言うまでもないだろう。


「…これを…子供時分に、ですか…?」


 驚嘆するように、だが半ば呆れたようにダスクは呟きを落とす。

 書いている内容は確かに夢物語のような現実離れした機械などが記載されているが、決して子供向けではない。その構造や仕組みなどを専門的用語でつぶさに書かれているのだ。正直今の自分が目を通しても、その半分も理解することは叶わないだろう。


 ダリウスはそんなダスクの心情を悟って、苦笑を落とした。


「…ユルングル様はご幼少の頃から、難しい書物を好んでお読みになられておりましたから」

「うわー…嫌味な奴」


 まるで申し合わせたように声を合わせて眉根を寄せた二人が誰だったかは、言わずもがなだろうか。


**


「………完成、したのか……?」


 わずかに枯れた声で、ユルングルが小さく声を落としたのはその日の夜半過ぎの事。

 いつものように用事を済ませて、眠るユルングルのベッドの隣に置かれたソファに座りながら本を読んでいるダリウスの耳に、その弱々しい声が届いてきた。


「…目を覚まされたのですか?ご気分はいかがです?」

「……いつもと変わらない……」


 持っていた本を小さな卓に置いて、ダリウスはユルングルの顔をうかがうように覗き込む。

 心臓が弱ってからというもの、その頬に赤みが差すことはなくなった。いつも青白い顔で触れれば冷たいその体が、ダリウスに否応なく不安と恐怖をもたらしてくる。


 だからこそ、ダリウスはユルングルから離れることが出来なくなった。

 皇王が皇宮に帰って以降、ダリウスは常にこのソファに座って、ユルングルの傍に控えている。


(…魔道具を心臓に入れる事ができれば、またいつものユルングル様にお戻りになるだろうか……?)


 それが唯一の希望だ。

 その希望が、ようやく完成した。


 ダリウスは先ほどのユルングルの質問に答えるように、小さく頷いて見せた。


「…完成いたしました。心臓の補助をする魔道具がようやく…」

「……どうだ?…お前の知識が役に立っただろう……?」


 小さく笑んで、ユルングルは得意げにそう告げる。

 それにはダリウスも小さく笑みを返した。


「…本当はご存じでしたのでしょう?昔、一緒に読まれたオーウェン=ハサウェイの著書に答えがあると」

「……そんなことはない……俺はお前たちが何に行き当たっているのかさえ…知らなかったからな……その本に答えがあったのは…たまたまだ……」


 そう言って、くつくつと笑うユルングルを視界に入れて、ダリウスは小さく息を落とす。


(…まったく、この方は)


 ユルングルの為に何もできない自分をもどかしく思いながら、ずっとこのソファに座り続けていた。

 その内心を悟って、わざわざこんな回りくどい事をしたのだろう。


 『お前は決して、役立たずではない』___そう証明したいがために。


 自分の体調が優れない時でもこうやって気遣ってくれるところは、幼い頃から変わらないものの一つだろう、とダリウスは穏やかに微笑む。


 幾ばくか表情が和らいだダリウスを満足そうに視界に入れて、ユルングルはその気怠い口を開いた。


「……手術はいつになる……?」

「…ユルングル様の体調を診ながら最終的には判断いたしますが、一応五日後を予定しております」

「……そうか……ぎりぎりだな……」

「…!」


 その言葉に、ダリウスはユルングルから聞いたこれから起こる事の一切を思い起こす。


 ユルングルはダリウスを信用して、彼にだけはこれから何が起こるかをつぶさに説明した。

 それは自分に何かあった時、自分の代わりに事を遂行する代行者が必要だったからではないかと、ダリウスには思えて仕方がなかった。


(……事が始まれば、ユルングル様はこの弱ったお体で無理をなさるしかない……)


 五日でぎりぎりという事は、デリックの謀反が始まる未来はそう遠くないという事だろう。


 果たして、これほど弱ったユルングルがその未来に抗う事が出来るのだろうか____。

 ダリウスにはどれだけ払拭しようにもその懸念だけが頭の隅から離れず、心を苛んでいるような気がしてならなかった。


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