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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第二章 ユーリシア編 第三部 有備無患 

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騎士団の不浄

「ユーリシア殿下でしたら陛下のご公務の補佐も兼任していらっしゃいましたので、そう難しいことはないでしょう」


 そう抑揚のない声で告げたのは、父シーファスの補佐官を長年勤めていた、デューイ=フォーレンス伯爵だった。


「…だが、すべての公務をこなしていたわけではない。判らないことがあれば、どうか手をお貸し願いたい、叔父上」

「心得ております」


 言って、フォーレンス伯はやんわりと笑う。


 彼はフォーレンス家の習わし通り幼少の頃からシーファスの侍従として付き従い、シーファスが正式に立太子した折には補佐官となって今まで皇王を支え続けてきた人物だった。


 シーファスの妹、リアーナと婚姻した事でユーリシアとは叔父と甥の関係にあったが、正直あまり話をした記憶はない。

 父の近くには必ずフォーレンス伯の姿があったが、その寡黙さ故にユーリシア自身、彼と口を利いたことは数えるほどしかなかった。それでも彼が温厚篤実おんこうとくじつな人物だと知っているのは、彼と父が話す姿を何度も見かけたからだろう。


 フォーレンス伯は寡黙で感情が表に出ない人物だったが、その内実はひどく穏やかだった。

 口が達者で斜に構えたような父シーファスの言葉を、彼は決して疎かにはしないのだ。どんな時でも必ず誠実に、そして穏やかに対応し、諌める時ですら彼の言葉には真心があるように感じた。

 五十年経った今でも二人が良好な関係を続けているのは、間違いなく彼の人柄によるものだろう、とユーリシアは思う。


 そうして今は、また別の意味で彼に感慨深いものを感じていた。


(…この彼の息子が、ダリウスか)


 そう思えばなるほど、確かにダリウスは彼の血を色濃く継いでいるのだろう。

 寡黙でありながら穏やかなところも、そして抑揚のないその話し方でさえもよく似ていた。

 世話好きで皇族とは思えないほど礼節をわきまえた慇懃いんぎんな態度は、どうやら父親よりもずいぶん上回ってしまったようだ、とユーリシアは思わず心中で失笑する。


「…そういえば愚息に会われたそうですが、あれはきちんと役目をこなしておりましたでしょうか?」


 フォーレンス伯がそう切り出したのは、午前の公務を何とか終わらせて、ようやく休憩を迎えた時だった。


 目が回るような忙しさに加えて、慣れない公務と覚えなければならない数多くの事柄も相まって、正直ユーリシアはたった数時間の公務を終えた時点で投げ出したい気分になった。これほど多くの公務をたった一人で、なおかつ涼しい顔で父はこなしてきたのかと思うと、畏敬の念を抱かずにはいられない。


 フォーレンス伯の言った『そう難しい事はない』と言う言葉が社交辞令だったことを身にしみて感じて、ユーリシアは疲れ果てたように執務室の椅子に盛大に身を預けたところで、フォーレンス伯がわずかに声を潜めて、そう問いかけてきたのだ。


 それにはユーリシアは慌ててかぶりを振った。


「愚息などとんでもない…!兄からとても優秀だと聞いた。実際、侍従以上のことまでこなすので、ラヴィなどは彼に師事して色々と教えてもらっているほどだ」

「それを聞いて安心いたしました」


 安堵したように小さく笑みを落とした後、フォーレンス伯は少しばかり表情を曇らせて申し訳なさそうに目線を落とす。


「…息子にはずいぶん苦労をさせてしまいました。いくら第一皇子の補佐官になる運命さだめとはいえ、息子が屋敷を出たのはまだ16の時…それから誰の力も借りず、あれはユルングル殿下を一人で育てる事になった…その苦労は想像するに余りあるでしょう。…ですが見事に役目を果たしてくれたようで、親としては内心安堵しております」


 言って、フォーレンス伯にしては珍しく面映ゆそうに微笑む。


 思えば、フォーレンス伯も父と同じく息子を失ったに等しいのだ、と今さらながらにユーリシアは思い至った。

 父には自分と言う息子がもう一人いたが、フォーレンス伯にはダリウスしかいない。その唯一の息子を16という年若いうちに失ったことを思えば、その心中はいかばかりだっただろう。


 ユーリシアはフォーレンス伯の心情をおもんばかったが、そこでふと気づく。

 ラヴィから聞いた話と、わずかに相違があった。


「…ダリウス殿が失踪したのは19の時と聞いたが…?」


 その問いかけに、フォーレンス伯は小さく頷く。


「…ユルングル殿下の生存が知れて、あの方が5歳の頃に暗殺未遂が起こった事はご存じですか?」

「…ああ、聞いた。それで薨逝こうせいしたと偽ってダリウス殿と共に市井に降りたと」


 その返答に、フォーレンス伯は再び頷く。


「…ですが『彼』はまだ、ユルングル殿下が生きておられるとお疑いになっておりました。ダリウスがすぐさま姿をくらますわけにはいかなかったのです」


 デリックは皇族の中でも猜疑心の強い男だった。

 同時に体裁を特に気にする気質で、そうでなければ棺桶に入れられたユルングルの遺体を人目もはばからず細部まで調べただろう、とユーリシアは軽く思案しながら思う。


「……そんなことをすれば、すぐに偽装だと悟られるだろうな」

「はい、ですから三年の猶予を持たせました。あくまでダリウスは溺愛していた弟を失って日に日にふさぎ込み、屋敷から次第に足遠くなってそのまま失踪したと。皇位継承権放棄の話は渡りに船でした。弟と皇位継承権、そのどちらも失ったとなれば失踪の話に真実味が増しましょう」

「…なるほど」

「失踪したのはダリウスが19の時、と報告しておりますが、実際は16の時です。市井に降りて、時折屋敷に顔を出しておりました。まだ屋敷にいる事を偽装するためです。19でそれも絶えて、しばらくは文も届きましたが、すぐにそこから足取りを追われてはいけないとそれすら途絶えました。以来、ダリウスがどこで何をしていたのか、陛下から伝え聞くのみです」


 淡々と告げるフォーレンス伯を、ユーリシアは軽く視界に入れる。

 こともなげに言うが、そう簡単な事ではなかっただろう。それは16の息子を己の庇護から解き放たなければならない心痛に耐えたフォーレンス伯に限った話ではない。16で5歳の子供を守りながら育てなければならなくなったダリウスの苦労を思えば、想像に余りあるだろう。

 そのおかげでユルングルが生きながらえたとは言え、彼らに与えた苦痛は容易く償えるものではない。


 ユーリシアは悄然とため息を吐いて、眉根を寄せ瞳を閉じる。


「…兄のためとはいえ、叔父上にもダリウス殿にも苦労を掛けた。なんと詫びればいいか、私では言葉が見つからない。…だが、兄は心からダリウス殿を信頼している。彼が傍にいてくれたおかげで兄も心が救われたのだろう。この言葉が貴方がたの心を救えるとは思わないが、彼には本当に心から感謝している。兄に代わって礼を言わせてくれ」


 ユーリシアはおもむろに立ち上がって、深々とこうべを垂れる。

 その真摯な態度が好ましく、そして全く同じ言動をした己の主を彷彿した。


(…これだから、この方がたに仕えることをやめられないのだ)


 フォーレンス伯は一度瞳を閉じて感嘆を漏らすと、その無表情な顔に軽く微笑みを浮かべた。


「…陛下も同じように、私に謝罪してくださいました」

「父も?」

「はい。ですので私も、陛下に申し上げたことと同じ言葉をお返しいたしましょう。…ダリウスは望んで、ユルングル殿下の侍従になることを選びました。茨の道を選んだのは息子自身。それは褒められることではあっても、誰かに詫びを頂くことではございません。むしろ主のためならば命を投げ出す事すら苦ではない。どうかその幸せを、奪わないで頂きたい」


 その言葉に、ユーリシアは兄を殺そうとした自分を止めるために、身を挺してユルングルを守ったラヴィの姿が脳裏をよぎった。それと同時に、あの嫌な感触が手に戻る。


(…今なら判る。あれはユルンを守ったわけではない。兄殺しの罪を私に着せないために、ラヴィが守ってくれたのだ…)


 それは嬉しさよりも、苦々しい記憶とともに心に痛みを残した。

 この痛みはもう二度と、味わいたくはない。


 ユーリシアは不快な感触が残る手を強く握ると、それを軽く一瞥してから強い眼差しでフォーレンス伯を見据える。


「…死ぬことを幸せと思ってはいけない…共に歩む事を、幸せと思ってくれ…!」

「……!」


 その姿に、フォーレンス伯は再び己の主を彷彿した。


(…その返答まで、陛下と同じとは…)


 ユーリシアの姿に、若かりし頃のシーファスが重なる。

 彼はその容姿だけではなく、志も父から譲り受けたのだろう。心根が優しく直情的なところや、正義感が強いところは皇妃譲りだが、間違いなくその身の内にはシーファスの意志が存在していた。


 フォーレンス伯はそれを確認するように今一度ユーリシアの姿を視界に捉えると、そうしておもむろに深々とこうべを垂れた。


「殿下の御心のままに」

「…決して違えないと約束してくれ。叔父上に何かあれば、きっと父は平静を保てないだろう」

「お約束いたします。違えないと誓いましょう」


 穏やかに、だが抑揚のない彼のその言葉を聞いて、ユーリシアはようやく安堵したように小さく息を吐く。それと同時に盛大にお腹が鳴って、ユーリシアは軽く赤面しながら面映ゆそうに笑みを落とした。


「…安心したらお腹が空いたようだ」

「話が長くなってしまったようです。申し訳ございません。すぐに昼食の用意をいたしましょう」


 フォーレンス伯も同じく、くすりと一つ笑みを落として、すでに執務室に運ばれている食事の準備を始める。

 ユーリシアはそんなフォーレンス伯を軽く一瞥してから、椅子に座って窓から見える景色に視線を移した。


 皇王の執務室の窓から、練兵場がよく見える。

 真下にあるわけではないが、軽く視線を左に移すとそこに練兵場が広がって見えた。


(…彼らはどうしているだろうか?)


 レオリアがいなくなる言い訳として、ゼオンからの用事でしばらく留守にすると伝えはしたが、彼らはたった三日の訓練で、指南役だったレオリアがいなくなった事をいぶかしんではいないだろうか。

 ようやく彼らと親交を深める好機が訪れたと言うのに、戻った頃にはまた初めからやり直す必要があるだろう、とユーリシアは悄然とため息を落とす。


(…こんな調子で、ユルンに言われた通り騎士団を掌握などできるのだろうか…)


 ユルングルからの手紙は、何の疑いもなく出来る事を想定しているようだった。こうなればもう、期待に応えるしかない。


 (…本当に、何でも簡単に言ってくれる)


 皆が皆、ユルングルのように才能溢れるわけではない。自分を基準に物を考えないでほしい、と内心嘆息を漏らしながら、食事を運んでくれたフォーレンス伯に視線を移した。


「…叔父上、申し訳ないが午後から少し時間が取れるだろうか?」

「調整すれば可能ですが、何か急を要する事でも?」

「騎士団の方に顔を出したいのだ」


 その一言で、どうやら得心したらしい。


「…ああ、なるほど。心得ました。では調整いたしましょう」

「ありがとう、叔父上」


 謝意を伝えて、ユーリシアはようやく昼食を口に運んだ。


**


 フェリシアーナ皇国騎士団の団長、カート=イフコール侯爵はとにかく尊大な男だった。

 元々、顕著なまでの魔力至上主義者で、狂信的と言われたデリック=フェリシアーナを大いに慕って、皇王よりもデリックを主だと恥ずかしげもなく吹聴して回るような人物だったと、ユーリシアは記憶している。


 そんな男を父はなぜか咎めることなく騎士団長の椅子に座らせたままなのが、ユーリシアには不思議でならなかった。何か意図があるのだろう、と頭では判っていたが、皇王をまるで愚弄するかのようなその態度が、ユーリシアの嫌悪感をことさら刺激するのだ。

 それでいて自分や父の前では胡麻をするような態度を平気で取るので、見ていて醜悪な事この上なかった。


「ずいぶんと態度がでかくなったものだな、カルリナ=バークレイ」


 中魔力者たちの指導をレオリアに代わって見るように指示されたカルリナに、騎士団長はあからさまに不快を露わにして吐き捨てるように告げる。その後ろで、団長の腰巾着である副団長がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべてカルリナを見据えているこの光景は、騎士団の中ではもうお馴染みの光景だった。


「…何のことでしょう?」

「何のこと?お前のような奴が人にまともに指導できるものか!人に言われた事しかできない者が誰かを指導するなど分不相応もいいところだろう!身の程をわきまえて、さっさと彼らの指導権を私に渡せ!」


 相変わらずの傲然ごうぜんたる態度で迫るので、カルリナは呆れたようにため息を落とした。それが更に彼の自尊心を刺激したようで、眉間に寄せたしわの数を盛大に増やす。


「何だ、その態度は!」

「…何だと申されましても、私はただ呆れ返っているだけです」

「……!何…!?」

「私はレオリア様から彼らの指導を一任されました。ですので私の一存ではお返しできません。どうしても返せと仰るならば陛下に願い出てください。許可が下りましたらいつでもお返しいたします」

「……!」


 臆することなくそう告げるカルリナに、騎士団長は怒り心頭に発したようだった。顔を真っ赤にして憤慨するように鼻息を荒くする。


「そうか!ならば陛下に願い出よう!待っていろっ!!」

「その必要はない」


 突然後ろから降ってきた言葉に、不快気に振り返った騎士団長と副団長だったが、その声の主が皇太子ユーリシアだと判って、二人はそろって目を丸くする。


「…ユ、ユーリシア殿下……っ!?」


 突然の皇太子の訪問に二人は慌てて膝をつき、さしものカルリナも目を丸くして、二人に倣って慌てて威儀を正した。


「フェリシアーナの若き太陽に____」

「挨拶もひざまずく必要もない。立ってくれ」


 騎士団長の言葉を遮って、膝をついた三人にユーリシアは立つよう促す。

 訪問があればいつもは先ぶれがある上に、それ以外は決して皇族が足を踏み入れる場所ではない練兵場に皇太子が来たとあって、騎士団長や副団長のみならず他の団員も緊張したように背筋を伸ばして、ユーリシアの一挙一動を見守っているようだった。


「皆も訓練の邪魔をしてすまない!私に構わず続けてくれ!」


 よく通る声で練兵場全体に届くように声を上げる。その言葉に応えるように皆そろって一度剣を胸に構え、そのまままた各々訓練を始める様子は見ていて圧巻だった。


「…よく指導されているな」

「…ええ!それはもちろん!有事の際には必ずやお役に立ちましょう!」


 口ばかりが達者な騎士団長を軽く一瞥して、ユーリシアは練兵場の端に追いやられるように訓練をしている中魔力者たちを視界に入れた。


「…彼らは?」

「…ああ、彼らは中魔力者です。どうしても高魔力者と比べますと見劣りいたしますからね。…おまけに彼らの現在の指導者は、ただの補佐官のカルリナ=バークレイです。こんなのが指導者では彼らも可哀想ですな」


 言って、騎士団長は侮蔑を込めた視線でカルリナを一瞥する。

 だが当のカルリナと言えば、特に意に介していない様子だった。


「…何か反論はないのか?カルリナ」

「…発言を許していただけるのであれば一つだけ」

「構わない、言ってくれ」


 ユーリシアの言葉に、カルリナはうやうやしく頷く。


「…彼らは決して高魔力者より劣るということはございません。ただ指導不足なのです。きちんとした指導を受ければ、必ずや高魔力者に等しい力が手に入りましょう」

「はっ!何を言うかと思えばそんな絵空事を___」

「私もそう思う」


 鼻で笑って告げる侮辱の言葉を遮って、ユーリシアはカルリナに答える。

 その言葉にカルリナは小さく目を瞬いたが、それ以上に騎士団長は目を丸くしてカルリナをめつけるように一瞥すると、すかさず反論した。


「何をおっしゃっているのです、殿下!!魔力の量で強さが決まるのは当然のこと!中魔力者が高魔力者に匹敵するなどありえません!!」

「なぜそう言い切れる?」

「元々の顕在けんざい能力が違うからです!十の訓練をすれば高魔力者は十の力が付きますが、中魔力者では七…いえ、六しか身につきません!それほど能力の差が歴然なのです!!」

「ならば二十の訓練をすればいい」

「………え?」


 想定外の返答が返って来て、騎士団長は一瞬呆けた顔になって目を瞬く。


「十の訓練で足りなければ二十の訓練をすればいいだけのこと。そうすれば中魔力者でも高魔力者を超えられるだろう」

「……そ、そんな単純な話では……それに彼らは中魔力者。これ以上訓練を増やして、彼らの体が耐えられるとは思えません…」


 しどろもどろと返答しながら、それでも必死に反論の言葉を探すように目線を宙に泳がせる。

 よほど中魔力者が強くなることを容認したくないのだろう、と悟ってユーリシアは小さく呆れたように嘆息した。


「…ずいぶんと優しいのだな、騎士団長は」

「…え、ええ…!それはもう___」

「だが、彼らは騎士ではないのか?有事の際、国を守ると誓いを立てたのだろう。ならば強さを求めて然るべきだ。そのためならば厳しい訓練も覚悟の上で騎士になったのではないのか?」

「…そ、それはもちろんです…!ですが厳しい訓練を行えば中魔力者でも必ず強くなれると言うものではございません…!彼らに時間と手間を割くのは無駄かと___」

「無駄?…彼らを束ねる立場にある貴殿自らが無駄だと言うのか…!?それが騎士団長の言葉か!!」


 不快を露わにして声を荒らげるユーリシアに、騎士団長と副団長は思わず身をすくませるように体を強張らせる。まるで親に叱られた子供のように目線を落とす二人と、ユーリシアの言葉を真摯に受け止めるように真っすぐ視線を返してくるカルリナとを見比べて、ユーリシアはたまらず大きくため息を落とした。


(…これが我が国の騎士団長、か。情けない…)


 呆れたように心中でひとりごちて、訓練の手を止め皇太子の一挙一動を不安げに見つめ返してくる団員たちを、ユーリシアはゆっくりと見渡した。そうして告げる。


「私は、私よりも強い低魔力者を知っている」


 よく通ったその言葉に、団員たちはそれぞれ目を瞬いて軽い喧騒を呼び起こす。


「おそらくここに彼を超える剣士はいないだろう。強さは決して魔力に依存するものではない。本人がどれだけ努力を惜しまないかだ。…生半可な覚悟では強さは手に入らないだろう。特に魔力量が少ない者は」


 言って、中魔力者たちを視界に入れる。


「…貴殿らは、強さを手に入れたいか?」

「……!」


 次いで、不安げな表情を見せる高魔力者に視線を移した。


「…自らは強いという自負を失いたくはないか?」

「……!」

「ならば努力を惜しむな!覚悟を持て!!覚悟を持つ者には、強さを求められる場所を用意しよう!」


 ユーリシアのその言葉に呼応するように、彼らはまるでときの声に似た喊声かんせいを上げる。

 地響きにも似た声の震えをその身に感じながら、後ろに控えて一部始終を見ていたフォーレンス伯は、まるで勝鬨かちどきのようだと、心中で呟く。


 ユーリシアはその喊声かんせいを耳に入れながら、茫然自失となっている騎士団長を視界の端で一瞥した。


「…彼らは原石だ。指導者によってどのように光るかが決まる。…だが、貴殿の指導では鈍い光すら放てなかったようだな。カート=イフコール侯」

「……!」

「…中魔力者の指導は変わらずカルリナ=バークレイに一任する。異議申し立てはあるか?」


 問われた騎士団長は一度口を開きかけたが、結局言葉が見つからなかったのか眉間にしわを寄せながら再び口を閉ざした。それを見届けて、ユーリシアはきびすを返す。


「…邪魔をしたな」


 立ち去っていくユーリシアの背中を視界に留めながら、騎士団長は悔しさと面目を潰された腹立たしさでたまらず切歯扼腕せっしやくわんして顔を歪ませた。


**


「…お見事です、ユーリシア殿下」


 練兵場を出て執務室に帰る道中、フォーレンス伯は一仕事を終えて人心地ついたようにため息を落とすユーリシアに静かに声をかける。


「…あまり持ち上げないでくれ。人を鼓舞させるのはあまり得意ではない」

「そのような事はございません。見事なお手並みでございましたよ」


 フォーレンス伯のその言葉に、ユーリシアはたまらず面映ゆそうな笑みを返す。


「…騎士団長の座はカルリナ=バークレイが適任だろうが、あのイフコール侯を未だあの席に座らせているのには何か理由があるのだろうな」


 悄然とため息をいて、フォーレンス伯を振り返る。


「父から何か聞いているだろうか?」

「…いえ、何も。あの方はギリギリまで何もお教えしてはくださらないので。ですが殿下と同じく何かしら意図があるのだと思っております」

「やはりそうか…」


 言って、思案するような仕草を見せるユーリシアに、フォーレンス伯は遠慮がちに声をかける。


「…先ほどの、殿下よりも強い低魔力者とは…」

「もちろん兄の事だ。…一度剣を交えたが、純粋な剣術勝負では正直勝てる気はしない」

「やはり…!…そうですか……あの子が……」


 珍しく頬を紅潮させて嬉しそうに言葉を落とすフォーレンス伯を、ユーリシアは怪訝そうに視界に入れる。その視線に気づいて、彼はさらに狼狽する姿を見せてユーリシアを驚かせた。


「ああ…!申し訳ございません…!あの子は……あの方は5歳まで恐れ多くも私の息子としてお育ていたしましたので…」

「……!」


 その言葉で、ユーリシアは得心する。


「……そうですか……あの弱かった子が、それほど強くなられたか……」


 感慨深そうに言葉を落とすフォーレンス伯に、ユーリシアは心内こころうちに温かいものが広がっていくのを感じた。

 たった五年間とは言え、フォーレンス伯は本当の息子のようにユルングルを育ててくれたのだろう。

 どれほど愛情を持って接していたか、それは綻んだ彼の顔を見れば考えるまでもない。

 そうして十九年経った今でも、その気持ちは変わってはいないのだ。


(…ここにも、ユルンを想ってくれる者たちがいてくれたか…)


 その事実が嬉しく、同時に病に伏したユルングルの痛々しい姿を想像して、心の奥底にずしりと重いものが痛みを伴って存在している事に気づく。

 目と鼻の先に彼がいると判っていても、今会いに行くことは叶わない。彼が今どういう状態なのか、想像するしかないのだ。


(…会いに行ければ、わずかばかりの安心が得られるのだろうか……?)


 自問したが、その答えが返ってくることがないのは判っている。

 判ってはいても何かあればつい自問してしまうのは、大丈夫だと思いつつも『目覚めた』という一報が来るまで安心できない自分がいるからだろうか。


 軽く落とした視線を、顔を綻ばしているフォーレンス伯に向ける。


 いつか、彼らにユルングルを会わせてやることはできるだろうか。

 そして彼らの愛情を、ユルングルは素直に受け入れてくれるだろうか。


 その時を想像しながら、ユーリシアは漠然とした不安を胸に抱えて執務室に足を向けた。


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