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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第二章 ユーリシア編 第二部 暗雲低迷

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ユーリの能力

「…大丈夫か?ユーリ」


 打ち身擦り傷だらけのユーリをおもんばかって、レオリアはたまらず声をかける。


 ダスクから条件を突き付けられて、今日で期限の十日目となった。

 当然たった十日で、あの精鋭と謳われた近衛騎士よりも強いと言われるユーリシア___もといレオリアから一本が取れるはずもない。剣も握った事のない令嬢なのだ。それを判った上でこの条件を出したのだから、ダスクに何らかの意図があるのだろう。

 そう思って必死にこの十日、這いつくばるように剣の修行に明け暮れたが、レオリアの足元にも及ばない己の実力にすっかり気落ちしたユーリは、やはりただ認める気がなかっただけなのではないかと思い始めていた。


「…そう気落ちするな。剣筋は悪くないのだ。続ければきっと____」

「でも僕にはもう今日しかないんです…っ!」


 たまらずレオリアに声を荒げたユーリは、すぐに我に返ってバツが悪そうにレオリアから目を逸らす。


「すみません…!……顔を、洗ってきます…」

「………」


 悄然と肩を落として去って行くユーリの背中を見送って、レオリアもどうしたものかと肩を落として、たまらずため息を落とした。


(…シスカも無慈悲な事をする…)


 初日にシスカの条件を聞かされて、レオリアは当然不可能だと思った。

 そもそもどれほど才があったとしても、たった十日の鍛錬ではその片鱗を見る事さえ叶わないのが当然。一朝一夕で習得できるものではないのだ。最低でもひと月鍛錬をすれば、才能の片鱗を見る事ができるかもしれないが、だからと言って自分から一本取れるかと問われれば、迷わず無理だと答えるだろう。


 この条件を出したという事は、認めない、とあんに告げているのだとレオリアは思った。

 いや、レオリアだけではなくゼオンやアルデリオも心中で同感したはずだ。それほど不可能な条件を、シスカは突き付けたのだ。

 だからこそ、私が少し手を抜こう、とユーリに提案したが、彼は頑として首を縦に振らなかった。それをしたら最後、絶対にダスクは認めないだろう、とユーリは告げたが、八百長を好まない彼の誠実さを好ましく思いながらもレオリアは結局認める気はないのだからどちらでも同じだろう、と内心でひとりごちた。


 それでも諦めないユーリの強さに根負けして鍛錬を続けてきたが、期限が近付くにつれてユーリの焦りが目に見えて判って、レオリアはここ数日、心底困ったように頭を悩ませている。


 レオリアはおもむろに、ポケットに入れてある以前拾ったユーリのハンカチを取り出した。

 このハンカチも、結局渡せずじまいだ。

 きっとシスカと隠れ家を出たあの日、ユーリが森にいたのはこのハンカチを探しての事だろう。拾った時にすぐにでもユーリに返していれば、あの時あの場所で彼と鉢合わせする事もなかったはずだ。そして、これほどの苦汁を彼が舐める事も、体中に痣や擦り傷を作る事もなかったのだ。

 あの隠れ家で、今も変わらず安穏と暮らせていたはずなのに_____。


(…すべて、私の所為か)


 レオリアは愚かな自分を恨みながら、たまらず二度目のため息を落とした。


**


(…これではただの八つ当たりだわ…!)


 練兵場の隅に設置されている手洗い場で顔を洗って、ユーリは後悔するように渋面を作る。

 レオリアに怒鳴りたいわけではない。不甲斐ない自分に腹を立てているのだ。その苛立ちをぶつける場所がなくて、結局レオリアに当たってしまった。


(情けない…!)


 もとよりレオリアに勝てるなどと微塵も思ってはいない。きっとダスクは別の何かを見たいのだろうが、それが何かが判らないまま、期限の十日を迎えてしまった。


 この九日間、レオリアとの立ち合いを見たダスクはいつも必ず期待を裏切られたようにため息をいて、何も言わず去って行く事を常とした。その姿がユーリの心にひどく刺さって、次こそは、と意気込むのにやはり必ずダスクの期待を裏切ってしまうのだ。それが情けなく、自分自身に愛想が尽きて泣きたい気持ちになった。

 今ではもう、ダスクには認める気がないのではないかと疑心暗鬼になっている。そんな弱い自分が見えるから、またさらに自分に愛想が尽きるのだ。


 ユーリはたまらず、弱い自分を洗い流すように頭から思いっきり水をかぶって、勢いよくかぶりを振る。


(そんな事でどうするのよ…!最後まで諦めないって決めたのではなかったの…!)


 まだ今日一日が残されている。

 後悔するのも、うじうじするのも今日の立ち合いが終わってからだ。


 ユーリは己を奮い立たせるように両頬を思いっきり叩いたところで、近づいてくる数人の影に気が付いた。


「……!」


 数は三人。髪色を見たところ、高魔力者と言うよりも中魔力者だろうか。

 どちらにせよ、魔力至上主義者であることに変わりはない。


 ユーリは訝し気に眉根を寄せて、濡れた髪をうっとおしそうに掻き上げた。


「…私に何か?」


 警戒心を露わにしているユーリとは裏腹に、妙に困惑したような彼らの様子に、ユーリはさらに怪訝を深めた。


「…あ、警戒しないでくれ…。我々は別に貴方を傷つけに来たわけではないんだ…」

「…では何をしにこちらへ?それもわざわざレオリアさんがいない間を見計らって」

「……!そ、それは……」


 ユーリの言葉に、彼らは言葉尻を濁して互いに顔を見合わす。続く言葉を待ったが、一向に話が進まない事に業を煮やして、ユーリは小さく息を吐いた。


「…用がないのでしたら失礼させていただきますよ」

「あ、待ってくれ…!」


 立ち去ろうとするユーリを呼び止めて、男たちは意を決したように言葉を続ける。


「レオリア様に我々の剣術の指南をしていただけるよう、貴方から頼んでほしいのだ…!」

「………!」


 想像していた内容とはだいぶ違って、ユーリは思わず目を丸くする。

 何かしらの文句が飛んでくるものだと思っていた。皇太子であるユーリシアから正式な許可を得ている手前、表立って攻撃するわけにはいかない。だから陰で嫌味じみた文句を言いに来たのだと、ユーリは思ったのだ。


「…貴方がたにも指南してくださる方がいらっしゃるでしょう。なぜレオリアさんに?」

「…私たちは見ての通り高魔力者ではない……どうしても騎士団の中ではぞんざいな扱いになる…。満足に剣術の指南もしてもらえていないのが現状だ……」


 騎士団は基本、高魔力者と中魔力者だけで構成されている。

 低魔力者が一人もいないのは、彼らが弱い事よりも魔力至上主義者たちによる侮蔑的な意味合いの強い差別だろう。結果、虐げる対象の低魔力者がいない代わりに、今度は中魔力者たちを吊るし上げるのだ。


(…人間って本当に愚かだわ)


 弱者を作って、自分の地位を確立したがる。自分が一番下ではない、という安心感がないと満足できない生き物なのだ。特にこの国の人間は_____。


 ユーリは呆れたようにため息を一つ落とすと、目の前の中魔力者たちを視界に入れる。


「…ご自分で頼んではいかがです?あの方は教えを請いたいという気持ちを無下になさる方ではありませんよ?」

「そ…それは………」


 またもや言葉尻を濁す彼らの心情が、今回はユーリにも手に取るように判った。

 彼らはバツが悪いのだ。

 レオリアが自分といる事で、手のひらを返すように彼に対する態度が変わったことを知っている。彼らもおそらく、同じ穴のむじななのだろう。にもかかわらず、教えを請いたい、とさらに手のひらを返したのだ。どのような顔をしたところで、図々しい事に変わりはない。

 彼らは自身の身勝手さを重々理解しているから、ユーリにわざわざ頼んできたのだ。矜持をかなぐり捨ててまで_____。


 その心意気は認めるが、直接頼みに行かない彼らの心の弱さが気に入らない。


「…低魔力者の私に頭を下げる勇気がおありなら、直接頼みに行かれたらよろしいでしょう」

「…だが、我々は……」

「バツが悪いですか?」

「……!」

「貴方がたも責任ある立場にいらっしゃるのです。ならば、ご自分でなさった事の責任くらいご自分で取るべきでしょう。違いますか?」


 ユーリに痛いところを突かれて、彼らは二の句が継げず、口を噤む。

 そんな彼らを、ユーリは自嘲に似た思いで視界に入れていた。


(…相変わらず、口ばかりが達者になっていくわ……)


 今しがた自分の弱さに辟易したばかりだと言うのに、彼らの弱さを見つけて得意げになって責め立てている。

 結局は自分も、弱者を見つけてそれを攻撃しないと気が済まない愚かな人間なのだ。

 そう思うと、どうしようもなく自分が汚い人間に成り下がったようでいたたまれない。


 ユーリはたまらず自嘲じみた笑みを含ませて、ため息を落とした。


「…判りました。私が_____」

「ユーリ……っ!!!」


 そこまで告げたところでレオリアの呼び声が聞こえて、ユーリのみならず彼らも慌ててレオリアを振り返る。

 この手洗い場は、練兵場の隅にあるのだ。レオリアがいた所からは目と鼻の先にある。騎士団員に取り囲まれているユーリの姿を見止めて、慌てて駆け寄ってきたのだろう。


 レオリアはすぐさまユーリを守るように彼らとユーリの間に割って入って怒気を露わにした。


「ユーリに何の用だ…!彼に用があるのならまず私を通せ…!」

「あ…いや、我々は___」

「レオリアさん、違うんです…!」


 たじろぐ彼らを庇うように、ユーリは前に立つレオリアに慌てて声をかける。


「何が違う…!複数で一人を取り囲むなど騎士として恥ずかしくないのか…!」

「いえ…!ですから!彼らはレオリアさんに剣術の手ほどきを願い出ただけなんですってばっ!!」


 一向に聞く耳を持たないレオリアに、ユーリはたまらず叫び声を上げる。

 その言葉の意味を一瞬掴み兼ねて、レオリアはただ硬直したように目を瞬くしかなかった。


**


「…なるほど、そういう事か」


 練兵場では目立つからと場所を変えて事情を聴いていたレオリアは、得心したように声を上げた。


 これが本当の事なら由々しき問題だと、レオリアは心中で嘆息する。

 騎士団員が満足な鍛錬が行えないなど、あってはならないのだ。有事の際にどれだけ彼らが動けるかは、日々の鍛錬にかかっている。魔力量云々と言っている場合ではない。


 こんなところにも魔力至上主義の弊害がある事に、レオリアは心底辟易した。

 国の大事に繋がるような事案ですら、高魔力者の自尊心が勝つのだ。そしてそれを彼らは当然だと思っている。

 その実情が忌々しく、それを容認している騎士団長にも腹立たしさを感じたが、何よりも腹立たしいのは彼らに教えてもらうまで、その現状を知らなかった己自身だろう。


(…これが皇太子か…、情けない…!)


 レオリアは拳を握って眉根を寄せると、再び懇願するような彼らを視界に入れた。


「…判った。私からじきじきに陛下に願い出よう。おそらく許可は下りるだろう。安心して待っていてくれ」

「……!ありがとうございます…!」


 安堵したように謝意を告げる彼らに、レオリアは頷く。


「もしこの事について他の団員から言いがかりをつけられたら、私を頼ってくれていい。すぐに申し出なさい」




 そうして何度も頭を下げて去って行く彼らを笑顔で見送っているレオリアに、ユーリはたまらず感嘆のため息を落とした。


「…どうした?ユーリ」

「…いえ、レオリアさんは凄いなぁと思って」

「?…凄い?何がだ?」

「…彼らは僕と一緒にいるレオリアさんに辛く当たりました。…覚えているんでしょう?」


 聞かれるまでもない。

 これと言って何かをされたわけではないが、不快気な顔を向けてきた者たちの中に彼らの姿があったことは覚えている。


「そんな彼らにも、レオリアさんは分け隔てなく接しました。その姿勢を貫き通せる強さが、凄いと思ったんです」

「……別に、大した事ではない。私がされた事など取るに足らない事だ」


 実際、取るに足らない事だ、と思う。

 彼らにも事情はあった。騎士団の中でぞんざいに扱われ、そのはけ口を自分やユーリに求めたのだ。それに比べれば、自分がされたことなど物の数ではない。この程度の些事は、恨みを募らせるほどの事象ではないのだ。


 そう思うのに妙に照れ臭くなるのは、褒めてくれたのがユーリだからだろうか。


 レオリアは軽く頬が紅潮するのを自覚して、それを隠すようにおもむろに立ち上がる。


「…さて、そろそろシス__ダスクが来る頃だ」

「……!…そう…ですね」


 何でもないような表情を取り繕ってはいたが、内心で気落ちしているのが判って、レオリアはちらりとユーリを視界の端に捉える。


「……ユーリ。一つだけ助言しよう」

「……!…助言…ですか?」

「小手先の技に頼るな。君はそれができるほどの技量はまだない」


 はっきりと告げられて、ユーリは内心、傷心する。

 言われても仕方がないのは重々承知しているのだが、レオリアは意外に剣術に関しては容赦がない。


「……ですが…」

「私が訓練中に言ったことは一旦忘れろ。この九日間、君の剣筋を見てきたが、型にはまるよりも自由に振る方が君の性に合っていそうだ」

「それは……適当に振れ、という事ですか?」

「適当ではない。基礎は忘れるな。何も考えず、思うがままに振ればいい」


 それを聞いて、ユーリはさらに困惑する。


「…違いが判りません……」


 ぽそりと呟くユーリに、レオリアはただ笑う。


「がむしゃらに振りなさい。そうすれば何が言いたいか判るはずだから」


**


 指定の時刻になって、ダスクとゼオン、そしてアルデリオが練兵場に姿を現した。

 ゼオンとアルデリオはもうすでに無理だろう、と言った雰囲気を出してはいたが、ダスクだけはやはり何かしら期待するような視線をユーリに送っている事に、レオリアはわずかばかり怪訝に思った。


(…何を待っている?シスカ……)


 内心でひとりごちて、ダスクを視界に入れる。

 その視線に気づいたのかダスクは人知れず小さな笑みを落とすと、見合っている二人を視界に入れて高らかに声を上げた。


「…では本日の立ち合いを始めます。今日で期限の十日目。これで一本取れなければ剣術の鍛錬は終了とします。…いいですね?ユーリ」


 問われたユーリは、不承不承と頷く。

 それに同じく頷き返したダスクは、再び高らかに開始を告げた。


「立ち合い、始め!!」


 それを合図に、ユーリはすかさずレオリアとの間合いを詰める。


 がむしゃらに振れ、と言われた。

 だがそんなもので一本が取れるとは思えない。いつもがむしゃらに振っているのだ。手にマメができてそれがつぶれても、痛みを我慢しながら、どうすればレオリアから一本取れるか考えて____。


 ユーリはレオリアと対峙して、すぐさまいつものようにがむしゃらに剣を振る。


「ユーリ!基礎は忘れるなと言ったはずだぞ!」

「はい…!」


 立ち合いの最中の助言は許可されている。

 レオリアはユーリの剣を軽くいなしながら、いつもと変わらないユーリの剣筋にやきもきしていた。


「ユーリ!自由に振れ!いちいち考えるな!!」


 言われたが、それが一番難しい、とユーリは思う。

 考えないようにすればするほど、どうしても頭が考える事をやめてくれないのだ。


 そのユーリのもどかしさが剣から伝わって、レオリアは小さく舌打ちをする。


「…なら、こちらから行くぞ」

「………!」


 立ち合いの最中、レオリアから攻撃されたことは一度もない。基本彼は防戦一方で、ずっとユーリの出方を窺うように、そして時には指南するように動いてくれていた。だが、それとは違う動きを、レオリアは唐突に見せた。


「………っ!」


 初めて受けたレオリアの剣は、あまりに重かった。

 何度もマメができてはつぶれた手が、レオリアの重い剣を受けてしびれるように震えている。少しでも気を抜けば剣を叩き落とされる勢いだ。

 だがこれでも、レオリアは実力の半分も出してはいないのだろう。いや、半分どころか十分の一と言っても過言ではない。ユーリ相手では赤子の手をひねるよりも、なお簡単に倒せるのだ。


「どうした?ユーリ。防戦一方では埒が明かないぞ」


 ユーリに攻撃の隙を与えないように、レオリアは攻撃の手を緩めない。矢継ぎ早に繰り出されるレオリアの剣を、ユーリはただ必死に目で追ってひたすら受け続けた。


「…なかなかやりますねえ、ユーリ」


 思わずアルデリオが感嘆の声を上げる。


「目がいいんだろうな」


 ゼオンも同じく賛同する。

 この九日間の立ち合いをすべて見届けてきたが、ユーリは意外に目がいい。レオリアの早い剣筋をきちんと目で追っている事はすぐに判った。ただ、いかんせんそれに対応できるだけの動きがまだできてはいないのだ。


 次第に早くなる剣速に四苦八苦するユーリを視界に入れて、ゼオンは呆れたようにため息をく。


「…あいつは剣術に関しては鬼だな」

「…もう一人、鬼がいますけどね」


 アルデリオも呆れたように小声で告げながら、二人の立ち合いを一瞬たりとも見逃さないような面持ちで見つめるダスクを視界に入れる。


(…こいつも意外に頑固だからな……)


 同じく呆れたようにダスクを視界に入れながらため息を落として、ゼオンはもう一度立ち合う二人に視線を移した。


「ユーリ!いつまで守っているつもりだ!このままでは日が暮れるぞ!」


 防戦一方のユーリを鼓舞するように声を掛けながら、レオリアは内心、楽しんでいる自分に気がつく。


(この速さも見えるか…!)


 少しずつ剣速を上げてはいるが、ユーリの目は未だにレオリアの剣を見事に捉えていた。剣術の才能があるかどうかは判らないが、ユーリには間違いなく動体視力の才能があるだろう。そしてそれは、剣術に必要不可欠な能力であることに違いはない。


 だが息も絶え絶えになっているユーリを見止めて、レオリアは一旦仕切り直しに間合いを取ろうと、ユーリの剣を大きく払った。

 その勢いでユーリの剣は大きく上に跳ね上げられ、長くレオリアの重い剣を受け続けた事でしびれて感覚がない手からすり抜けそうになる。その剣に引っ張られる形で、ユーリの体もまた後ろに倒れそうになった。


(倒れる…!)


 思った瞬間、体が自然と動いた。

 倒れそうになる体を踏ん張るのではなく、流れに任せて体をひねり、左足を一歩後ろに下げて剣が跳ね上げられた勢いを殺さぬまま、弧を描くようにそのままレオリアに向かって剣を振り払った。


「………!?」


 突如、思わぬ方向からユーリの剣が飛んできて、レオリアはたまらず真っ向からユーリの剣を受ける。一瞬、鍔迫つばぜり合いの体勢になったが、すぐさまレオリアはユーリの剣ごと押しのけて、後ろに下がった。


(……!初めて……初めてレオリアさんの剣に届いた…!)


 いなすのではない。レオリアはユーリの剣を受けたのだ。

 肩で息をしながらも、ユーリはその事実がたまらなく嬉しく恍惚とした目で自身の剣を視界に入れた。

 そんなユーリを視界に入れて、レオリアもまたにやりと笑う。


 これが、ユーリに一番合う戦い方なのだ。

 型にはまらず、不規則な動きで相手を翻弄しながら隙をついて攻撃を仕掛ける。力の弱い低魔力者が好んで使う戦い方だが、目がよく意外に素早いユーリには比較的相性がよかった。


 そう、ユーリは意外に動きが速い。

 つい最近まで杖を突いていたとは思えないほど機敏だった。それは大気中にある魔力を使って、操魔で足を動かしている所為だろうか。訓練を重ねれば重ねるほど、彼の足は機敏になっていった。


 レオリアは再び、ユーリと対峙する。


「ユーリ、まだ立ち合いの途中だぞ」

「……!はい……!!」


 剣を構えたユーリを確認して、レオリアは再び間合いを詰める。

 先ほどの動きでコツを掴んだのだろう。ユーリは型にはまった今までの動きを捨てて、まるで舞うような動きで剣を繰り出し始めた。


「…!動きが変わったな…」


 目を見張るように、ゼオンは言葉を落とす。だがちらりと視界に入れたダスクの面持ちは変わらなかった。


(…何が目的なんだ?シスカは)


 訝し気に心中でひとりごちながら、ゼオンは舞を舞うようなユーリの動きをもう一度視界に入れる。


 右から、左から、時にはレオリアに跳ねのけられた勢いをそのまま利用して弧を描くように、自由気ままに剣を振る。

 ユーリはこの時初めて、剣術を楽しい、と思った。

 ようやくレオリアに剣が届いたのだ。

 もっと早く動ける事ができれば、レオリアの体に届くだろうか。

 もっと早く、足が動けば。

 もっと早く、腕が動けば。

 もっと早く、もっと早く_____。


 この時ユーリは何も考えてはいなかった。ただひたすら早く動ける事だけを思った。

 そうして、自身が持つ剣にふわりと風が吹いたのを最後に、ユーリの記憶は途絶えた。


 キーン…!と金属音がぶつかり合う音が聞こえて、手から勢いよく跳ね飛ばされた剣が遠くに落ちる。

 剣が飛ばされたのは、レオリアの方だった。


「……!ユーリ…!」


 それと同時にくすおれるように意識を失って倒れるユーリにレオリアは慌てて駆け寄ったが、それよりも早くダスクがふわりとユーリの体を抱える。


「……!ダスク……大丈夫なのか?ユーリは……」

「…ええ、意識を失っているだけです」


 言ってダスクは安堵のため息を落とす。

 レオリアは意識を失ったユーリを視界に入れて、未だにしびれている右手を、左手で強く握った。


 何が起こったのか、レオリアには判らなかった。

 ユーリの動きは確かによくなった。それは判る。

 虚の動きを理解して、次第にその速さが増していったような気もする。

 だが、だからと言ってレオリアの剣を振り払えるほどの力が手に入ったわけではないのだ。


 ユーリの臂力ひりょくは弱い。彼はとにかく非力なのだ。

 にもかかわらず剣を振り落とされて、なおかつあまりの力強さに手がしびれているのだ。その事実が、未だ信じられないでいた。


 これは、ユルングルと同じ実の剣だと、レオリアは思う。

 低魔力者であるユルングルの剣は、だが相手を翻弄する虚の剣ではない。真っ向から剣を受け止め、力と技でねじ伏せる、自分と同じ実の剣だ。

 あれだけの力を、なぜあの弱々しい体で出せるのかと訝し気に思ったことを覚えている。

 そして、その力をユーリもまた出したのだ。


 レオリアはたまらず、ダスクに問いかける。


「…一体何が起こったのだ……?」


 その問いには、立ち合いを見守っていたゼオンとアルデリオも同じく訝し気な視線を向ける。

 ダスクは彼らの顔を見回した後、意識を失っているユーリに視線を戻した。


「…操魔ですよ」

「……操魔……?」

「彼は大気中にある魔力を使ったのです。無意識のうちに」

「……一体どういうことだ…?」


 いまいち要領が得ない、と言った感じで、レオリアは再び訊き返す。


「ユーリの足は未だ感覚はありません。操魔によって大気中の魔力を足に纏い、それで足を動かしているのです」

「それは知っている」

「…それが剣で起こったら?」

「……!?」


 そこでようやく、三人は意を得た。

 ユーリは無意識に大気中の魔力を操って剣に纏わせたのだ。

 ユーリがあれほど早く動けるほどの力が、魔力にはある。それを剣に纏わせれば、それこそユーリの非力を補って余りあるだろう。


(…私が剣に魔力を載せるのに近い感じか)


 それも体内にある有限の魔力とは違って、大気中に魔力は無限にある。その強さは計り知れない。


「…ですが、これほどの力と速さを出せるのはレオリア様の魔力があるからでしょうね」


 呆れたように告げるダスクに、レオリアは小首を傾げる。


「……?どういうことだ?」

「貴方は自覚がおありではありませんが、貴方はただそこにいらっしゃるだけで辺り一面、貴方の魔力で埋め尽くされるのですよ」

「だだ洩れてるって事か?」

「だだ洩れ…っ!?」


 ゼオンの身も蓋もない言い方に、レオリアは思わず声を上げる。ダスクはくすくすと笑いながら頷いた。


「まあ、そういうことですね。貴方の魔力は原子の魔力。通常の魔力よりもかなり強いのですから、その魔力を扱えればどれほど強いかは考えるまでもないでしょう」


 ダスクに、この原子の魔力は扱えなかった。

 それはユーリシアに操魔を教えたあの時に、すでに判明していた事実だ。


 だが、ユーリならあるいは____。

 そう思って、十日の猶予を与えた。

 ユーリの体には、あの聖女が宿っている。聖女はあの原子の魔力から今の魔力を作り出したのだ。ならば原子の魔力を扱う事も可能だろう。


 思惑通りユーリが原子の魔力を扱えることに、ダスクは安堵と共にくすりと笑みを落とす。


「…お前、これを期待して待っていたのか」


 呆れたようにため息を落として言葉を落とすゼオンに、ダスクはさもありなんと笑みを落とした。

 そしてレオリアに告げる。


「レオリア様、ユーリをおれに預けてください。彼にはおれが持ち得る操魔の技術をすべて教えましょう亅

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