ウォクライの任務
皇都を離れて十日、ウォクライは馬車を乗り継いでようやくソールドールの街についた。
有り余るほどの路銀を渡されたが、これの用途はもう決まっている。
ウォクライがここでする事はたった一つだった。
馬車を降りて、ウォクライは鈍った体に背伸びをする。
馬車、と言っても中央教会や皇宮で使われるような上等なものではない。平民が使う移動用の質素な馬車で、当然、乗車する場所は荷台だ。人を荷物のように運ぶ馬車で、場所によっては押し詰め状態になりながら、ようやくここまでたどり着いた。
今まで来た道を振り返って、ウォクライはあまりに遠くまで来た、と思う。
詳細は伏せろ、とユルングルに言われて、ウォクライはダスクに簡単な説明だけで旅に出た。ダスクの性格を鑑みるに、きっと今頃心配しているだろう。
ウォクライは小さくため息を落とすと、かぶっていたフードを取って、ソールドールの街に視線を移す。
国境にある街だが、かなり大きい。
当初、戦争を頻繁に起こすラジアート帝国を警戒して作られた要塞だった。二国の国境を塞ぐように東西に延びる死の樹海に面して、東と西に大きな要塞を作った。ソールドールの街はその東側にある元要塞だ。
それゆえ、当時の名残が今も色濃く残っている。街を取り囲むように続く、高くそびえ立った石造りの城壁は、その最たるものだろう。
ウォクライは馬車を降りた足で、街の出入り口である門に歩みを進める。
昔は要塞だったために関所を設け人の往来を厳しく監視していたが、ラジアート帝国が友好国になってからは久しい。___のはずが、妙に物々しい雰囲気にウォクライは軽く怪訝そうな表情を見せた。
(……ユルングル様の仰られた通りだな)
旅に出る前、いくつかの留意点をユルングルから訓示してもらったことを覚えている。
その一つが、門前での関所だった。
通行料を徴収されたり通行手形が必要だったりという事はないが、荷の検査と入街目的を尋ねられるだろう、とユルングルは告げた。まさしくその通りの光景が、ウォクライの目前に広がっている。
ウォクライは入街検査に並ぶ列の最後尾に同じく並んで順番を待った。
本来であればソールドールの街に来る者は、そのほとんどが商人で数自体も少ない。だが長蛇の列に並ぶその顔触れを見れば、商人というよりも荒事に長けた傭兵のような面持ちの者が多いことに、ウォクライは訝し気な視線を向けた。
確かに魔獣による被害が多いこの街では、常に対魔獣要員である傭兵を募ってはいた。だがこれほどの数の傭兵が求めに応じて招集されたことは一度たりともない。
言っても相手は魔獣だ。その大きさは多種多様だが、大きさに関わらずそのどれもが凶暴で、十数人の傭兵が集まっても仕留める事は出来ない難物だった。できてもせいぜい追い払うのみ、そしてそれゆえ傭兵の死傷者も後を絶たなかった。
それでも集まってくる傭兵たちの目的は、金というよりも名誉と自己顕示欲に他ならない。己の腕に自信のある酔狂な猛者だけが集まってくるのだ。
だがどうも聞いていた現状とはいささか様子が違う事に、ウォクライは怪訝な表情を作った。ざっと見渡したところ酔狂な猛者だけではなく、そのほとんどが金に興味がある自称傭兵のような者が多いように見えた。
こういう者たちは総じて街のあちこちで問題を起こしやすい。
志も常識も低いのに、矜持ばかりが高くて民間人を見下す傾向にある。本来であればこういう輩は門前払いされると以前耳にしたことがあったが、どうやら質の是非に関わらず雇い入れているらしい、というのもユルングルからの情報だった。
(あの方は何でもご存じだな…)
感嘆めいた、ため息を吐きながら、ウォクライは内心でひとりごちる。
それと同時に列の前方で女性の叫び声が聞こえて、ウォクライは反射的にそちらを振り返った。
「どけっ!女子供がこんなところに並ぶなっ、邪魔だっ!」
「そんな…!私たちはただ、この街に入るために並んでいただけなのに…!」
傭兵に突き飛ばされたのだろう。地面に投げ出された年若い母親らしき女性の姿と、その母親の体に縋りつくように、幼い子供が泣きじゃくっている光景が視界に入った。
「傭兵でもないのにこの街に何の用だ!…おまけに母娘そろって低魔力者か、虫けらが…!」
「…この街では低魔力者でも関係なく暮らせると聞いて、娘とここまで来たんです…!」
「はっ!!あの噂を聞いた野次馬か…!なら教えてやる。確かにこの街では魔力量は関係ない。だがそれは『魔獣を狩れるほど強ければ』だ」
「……!そんな……!」
「この街では強さが正義だ。強ければ低魔力者でも英雄になれる!…まあ、強い低魔力者など見たことがないがな」
男の言葉に周りの傭兵たちも嘲笑するように笑い出す。
嘲笑の渦中にある母親は己を恥じ入るように泣きじゃくる娘を抱き寄せ、そんな母娘を、男は再び忌々しそうに舌打ちしながら視界に入れた。
「いつまでそこに座り込んでるつもりだ!邪魔だっ!さっさと失せろっ!!」
言って母親の肩を蹴り飛ばそうとした男の体が、突然ふわりと宙を舞う。
怒声を上げていた男も、娘を庇うように抱きしめて肩をすぼめた母親も、一瞬何が起こったのか判らず茫然自失となった。そして次の瞬間には、大きな音と共に男の体が勢いよく地面へと叩きつけられたのだ。
そうして目を瞬く母娘と男の間に、ウォクライは悠然と立ちふさがった。
「…大丈夫か?」
顔面蒼白となっている母親に、ウォクライはできるだけ穏やかに声をかけて手を差し伸べる。
こういう時は笑顔を湛えた方がいいと頭では判っているのだが、どうも性分ではないらしい。そもそも左目に刻まれたこの大きな創傷の痕の所為で、どれほど人好きのする笑顔を湛えても相手を怖がらせるだけなのだ。それが女子供ならなおさらだろう。それが判るから、なおさら笑顔を見せる気にはなれなかった。
だが母親はそれでも、ウォクライの顔を見て安堵の表情を見せた。差し伸べられたウォクライの手を取ろうと腕を伸ばした刹那、投げ飛ばされた男の怒声が耳に入って、母親は怯えたように再び腕を引っ込めた。
「…貴様…!!後ろから投げ飛ばすなど卑怯だぞ…っ!」
周りの仲間らしき傭兵に抱えられるように立ち上がって、最大級の不快さを露わにする男をちらりと視界に入れて、ウォクライは悠然と男と向き合う。
「卑怯?女子供に手を挙げる男は卑怯じゃないのか?」
いつもの堅物な物言いはユルングルから禁止された。できるだけ傭兵のように振舞え、と言われたが正直これでいいのかウォクライには判らない。
「不満があるなら剣を抜け。相手をしてやる」
「……っ!」
少しも動揺することなく悠然と鞘から剣を抜くウォクライに気圧されて、男は先ほどの勢いはどこへ行ったのか怯えたように後ずさりした。
「どうした?怖いなら彼らと一緒にかかってくればいい」
矛先が急に自分たちにまで向けられて、男を抱えていた傭兵たちは手を放して慌てて頭を振る。
「…来ないなら、私から行くぞ」
その言葉は、今の彼らにとって死刑の宣告に近い。
たまらず後ずさりして、お決まりの捨て台詞を吐いてから逃げるように走り去る彼らを視界に入れて、ウォクライは呆れたようにため息を一つ落とした。
(…あんなのが傭兵か)
ひとりごちて、再び母娘に視線を向ける。
にこりともしないウォクライに、だが母親は笑顔を向けて再び安堵の表情を見せた。
「ありがとうございます…!」
「…いや、怪我はないか?」
怯える母娘に折り目正しい言葉を使いたい気になったが、どう考えても傭兵が使う言葉遣いではない。慣れない言葉に内心四苦八苦しながら、ウォクライはできるだけ怯えさせないよう温和な雰囲気を心掛けた。
それが功を奏したのか、泣きじゃくっていた幼い娘もウォクライを見止めて安堵したような表情を見せたので、彼も内心安堵のため息を吐く。
「……!ママ、足怪我してる…!」
「大丈夫よ、これくらい」
「…どれ、私が診てみよう」
言って、慣れた手つきでウォクライは母親の怪我の応急処置を始める。
見たところ、かすり傷程度だ。軽く患部を洗って、消毒薬を塗り軽く包帯を巻く。その手慣れた所作に、娘は感嘆の声を漏らした。
「わぁ…っ!おじさん上手…!」
「傭兵に怪我は付き物だからな。それに神官の友人がいる。彼のおかげでずいぶん上手くなった」
本当は主だが、傭兵の真似事をしろと言われたのだ。今だけ友人と言っても罰は当たらないだろう。
「重ね重ね、ありがとうございます…!何とお礼を言ったら…!」
「いや、構わない。…それよりも今後どうするつもりだ?この街に入るのか?」
「……彼らが言ったことは…?」
「間違いではない」
ぴしゃりと告げられたその言葉に、母親は困惑と絶望が入り混じったような表情を落とした。
この街は確かに、他に比べて低魔力者に寛容な街ではあった。だがそれは、どれだけ魔獣討伐に寄与するか、にかかっている。強ければ低魔力者でも優遇されるのが、このソールドールの街だった。
だがそれは強さだけに限った話ではない。
弱くとも武具を作る才能や頭脳戦で魔獣討伐を行える才能などがあれば、それでも優遇される。要は『どれだけ魔獣討伐に寄与するか』なのだ。
だがどう見てもこの母娘にその才があるようには見えなかった。彼女たちがこの街で安寧の暮らしを手に入れることは不可能に近いだろう。
もう一つ、低魔力者がこの街で静かな暮らしを手に入れる方法があるが、それは現実的ではないのでウォクライはあえて告げなかった。
「…低魔力者が幸せに暮らせる場所を知っている。そこに行けば母娘共に暮らせるだろう」
「……!どこですか…!」
「皇都の東にある低魔力者たちの街だ」
「……皇都……」
縋るように訊ねてきた母親に返答したウォクライは、だがその答えを聞いて茫然自失とする母親を怪訝そうに視界に入れた。
「…どうした?」
「……遠すぎます…ここに来るのに路銀をすべて使い果たしました…。もう、皇都に向かうだけの路銀がありません……」
「……!」
その返答に、ウォクライは反射的に服の中に隠し持っていた金へと無意識にか手を伸ばす。
これだけの金があれば、この母娘が皇都に向かうだけの路銀が賄えるだろう。だが、これは自分の金ではない。ユルングルから信頼と共に預かった大切な金なのだ。自分の一存でおいそれと使えるものではない。
ウォクライは苦渋に満ちた表情で路頭に迷う母娘を視界に入れる。
助けてやりたい、と思う。
だがそれをできる術が自分にはない。
こういう時はたまらなく、自分が矮小で情けない存在だと思い知らされるのだ。
無意識に拳を握ったその時、ふと二人の会話を聞いていた男が後ろから声をかけてきた。
「低魔力者の村落ならここにもあるぜ」
「……!本当ですか…!」
「まあ、そんなにいい暮らしはできねぇけどな。でも他の街に比べたらまだましなんじゃねぇの」
「ありがとうございます…!」
年若い母親は、その男に深く頭を垂れて謝意を伝える。
「さっ、列に戻んな」
男に促されるように立ち上がった母親は、何度も二人に頭を下げて列に戻って行った。
その母娘を視界に入れながら、ウォクライは訝し気に隣の男に声をかける。
「…本当なんだろうな、その情報は」
「嘘は言わねぇよ。俺が作った村落だからな」
言った男の髪色は濃い。
深い藍色で光に当たると青さが判る髪色は、間違いなく低魔力者のそれだろう。
「さっきの話に出てた皇都の東にある低魔力者の街ってリュシアの街だろ?」
「……!…知っているのか?」
「噂程度にはな。街を作ったのが俺より若い男だって?あんた、そいつと面識ある?」
「……いや、ない」
妙に馴れ馴れしい男の態度が鼻について、ウォクライは警戒するように嘯く。仮にもユルングルは身を隠している状態だ。警戒をし過ぎるという事はないだろう。
男はウォクライの返答に訝し気な目線を寄越しつつも、ふーん、とだけ告げてにやりと笑う。
「…強いね、旦那」
「…大したことはない」
「謙遜するところも気に入った!魔獣討伐の際は是非ともあんたの隣にいさせてもらうよ」
「……!あんたも傭兵か?」
「常連!しかも猛者!じゃなきゃ村落なんて作れねぇよ」
言って、男は年に似合わず少年のように得意げに笑う。
「あいつらも失礼だよな。強い低魔力者を見たことがないって?目の前にいるっての!素人丸出しだな」
憤慨するように腕を組む男を、ウォクライはちらりと視界に入れる。
年の頃は二十代後半だろうか。
両腰に下げた短剣を見るに、おそらく双剣使いだろう。見た感じ特別強いと言う感じはしなかったが、強さというものは外見で判断できるものではない。特に低魔力者とあっては、その魔力量で判断がつかないのだ。それはユルングルを見ればよく判るだろう。
だが総じて、自分を強い、と豪語する者は、その大半が実力が伴っていない事が多い。手よりも口が先に動いていそうなこの男も例外ではない気はしたが、村落を作った事に関しては本当のような気がして、ウォクライはその実力を量り兼ねた。
「…それほど強いなら自分の面倒くらい自分で見ろ。私はあんたのお守りまでするつもりはない」
「言うねぇ!それくらい判ってるさ。なんせ、あの母娘のお守りを断ったくらいだ。俺が面倒見てもらえるとは思ってねぇよ」
そう言ってにやりと笑う男は、睨めつける様に男を見据えるウォクライの耳元でぽそりと呟く。
「…その腹に隠してる大金、スられねぇように気をつけな。ここはスリが多いからな」
言って男は、ウォクライの腹を軽く叩く。
目を丸くして男を見返すウォクライに、男はにやりと笑って踵を返した。
「また会えた時にはよろしく頼むぜ、旦那」
捨て台詞を残して去って行く男の背中に、ウォクライはたまらず独白めいた言葉を落とした。
「…食えない男だ」
**
長蛇の列からようやく解放されたのは昼を少し回ったくらいだった。
入街目的を聞かれたウォクライは、対魔獣討伐の傭兵希望と、後々この街に家族を呼んで腰を据えるつもりだ、と返答した。これもユルングルからの指示だった。
簡単な荷物検査を終えて、役所に行くように促されたウォクライは言われるがまま役所に向かう。
そこで支度金と称するかなりの額の金を渡されて、ウォクライは目を瞬くと同時に、なぜあれほど自称傭兵が集まって来ていたのかを得心した。
これだけの金が渡されるのであれば、それこそ砂糖に群がる蟻のように人は集まってくるだろう。支度金が渡される条件として『対魔獣討伐の傭兵希望』であることと『この街から出ない事』が告げられたが、これを推測して入街目的を指定したのであれば、ユルングルの見識は大したものだ、と感嘆する。
大金を懐に入れつつウォクライが役所を出た足で向かったのは、物件を仲介してくれる店だった。
役所で店の場所を聞いて、ウォクライは昼食も摂らずにその店へと足を向ける。
皇都では初秋も深まってきた時期だったが、その皇都よりも南に位置するソールドールではまだ日差しは暖かい。ウォクライなどは外套をつけていると軽く汗ばむので、歩きながら来ていた外套を取って、足早に店に向かった。
「いらっしゃいませ!」
店に入るや否や、人好きのする笑顔を湛えた女性が声をかける。
「どのような物件をお探しですか?」
「できるだけ広い物件がいい」
「…広い…ですか?」
ウォクライの身なりを値踏みするように、頭のてっぺんから足の先まで嘗め回すように見つめた女性は、少し困ったように笑顔を返す。
「あの…失礼ですが……」
「金ならある」
女性の言葉を遮るように、ウォクライは腹に隠し持っていた大金と、役所で貰った金を卓に叩きつけるように置いた。
店員である以上、仕方のない事なのだろうが、外見だけで値踏みされるのは正直腹立たしい事この上ない。いつもならどれだけ腹に据えかねても黙っているが、今は傭兵なのだからこれくらいしても構わないだろう。
目の前に出された大金に女性は目を丸くして、慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ございません…!では早速お探しいたしますね…!」
言って、店の奥に入って行った女性は、ややあって大きな書類を持って再び現れた。
「ええと……他に何か条件などございますか?」
「…これからの時期を考えると風を通さない暖かな家がいい。末の弟が体が弱くてよく寝込むんだ」
これはユルングルからの指示ではない。
兄弟という設定にしろ、とは言われたが物件に対する要望は『広い』と言うだけで他にはなかった。この条件を付けたのは体の弱いユルングルを慮っての事だ。
ウォクライの言葉に頷きながら書類に目を通していた女性は、ある物件でピタリと手が止まる。
「…条件にぴったりの物件がございましたが……申し訳ございません。こちらは低魔力者の集落が近いようで……他の物件を_____」
「そこでいい」
「…えっ!?で、ですが………」
「何も問題はない」
むしろユルングルには居心地がいいような気がする。
「場所を教えてくれ」
困惑する女性を半ば強引に急かして、ウォクライは金を払って足早に店を出た。
そうしてたどり着いた『我が家』で、ウォクライはようやく人心地ついたようにため息を吐いてソファに盛大に腰を下ろす。
こういうやり取りは正直性に合わない。元々人と話すこと自体どちらかと言えば苦手なのだ。これならまだ剣を振っている方がましだ、と思う。
「…あの方も厄介な任務を私に預けたものだ」
誰にともなく呟いた言葉が、誰もいない広い部屋にかそけく響く。
ウォクライは今しがた購入したばかりの『我が家』を見渡すように、視線をくるりと回した。レンガ造りの家屋で、有り難い事に暖炉までついている。これなら寒い冬でも苦も無く越せるだろう。
家具も一通り備え付けられてはいたが、ベッドの数は少ないように見えた。新たに購入する必要があるだろう、とウォクライはひとりごちる。
ユルングルから受けた任務はただ一つだった。
『ここで生活の基盤を作る事』____。
家を買って、傭兵の生活を送って、それで家族を養うだけの金を稼ぐ。
家族とはもちろんユルングルたちの事だ。
だが、ここに腰を落ち着けるわけではない。詳しい事は教えてくれなかったが、どうやら一時的にここに身を寄せるつもりなのだろう。
なぜこの街なのか、そしてなぜこの時期なのかは判らないが、ここで傭兵として名を馳せて領主の目を引ければなおいい、とユルングルが告げた事を思えば、何かしらの意図があるのだろう。
それでも、と思う。
先の長いこの厄介な任務に、ウォクライはもうすでに嘆息を漏らしている。
「…本当に厄介だ」
「何が厄介なんだ?」
ため息と共にひとりごちた言葉に返事が返って来て、ウォクライは飛び跳ねるようにソファを立って声の主を振り返る。
「あれ、旦那?縁があるね!ここがあんたの家かい?低魔力者の集落周辺に家を構えるなんて物好きだな。俺の家は隣なんだ。よろしく頼むぜ」
にこやかな笑顔を見せて聞いてもいない事を喋りだす藍色の髪の男に、ウォクライは心底厄介だ、と二度目の嘆息を漏らした。




