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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第二章 ユーリシア編 第二部 暗雲低迷

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ラジアート帝国の皇弟

「ダスクが逃亡した!?」


 処置室を出てからわずか十五分後、隠れ家の裏庭でひどく困惑したように報告してきたダリウスに、ユルングルは目を瞬きながら思わず声を荒げる。


 「逃亡した、とまでは申しておりませんが…」と言葉尻を濁して苦笑しながら前置きすると、ダリウスはさらに困惑気な顔を強くして成り行きを話し始めた。


「…仰せの通りに輸血の準備をして処置室に伺ったのですが、ダスクさんの姿が見つからず……周りを探してはみたのですが、どこにもいらっしゃらないようなのです」

「…あいつは子供か…!」


 たまらずユルングルは呆れ果てたように小さく悪態をく。

 しざまに言わないところを見ると、少しばかりきつくダスクをたしなめたのだろうとダリウスは悟ったが、それにはあえて触れなかった。


「…あのお体では、そう遠くには行けないと思いますが…」

「…手を貸した者がいる、ということか」


 ダリウスの意見同様、ユルングルもあの状態のダスクがそうそう動けるとは思えなかった。

 『遠くに行けない』どころか、あの処置室を出る事さえ困難だろう。それは例え高魔力者であっても変わらない。


「…ダスクに手を貸しそうな者と言えばユーリか……」


 だがあの小さな体のユーリが、動くことさえままならないダスクを支えられるだろうか。華奢な見た目に反してダスクは意外に筋肉質で、ユルングルよりもわずかに背が高い。


(他に手を貸した者がいるはず…)


 そう内心で思議しぎしていると、ちょうど通りかかったラヴィが右往左往している視線の中で二人を見止めて、杖をかつかつと鳴らしながら近寄ってきた。


「…申し訳ございません、ユーリシア殿下を探しているのですがご存じありませんか?」


 その問いにユルングルは目を丸くして盛大にため息を落とすので、ラヴィは訳も分からず狼狽する。


「あ、あの……??…何か失礼を申しましたでしょうか……?」

「…あの、馬鹿…っ!」

「……??」


 頭を抱えるように、そしていやに『馬鹿』を強調して眉根を寄せるユルングルを、ラヴィはまたもや怪訝な顔で目を瞬いた。呆れ果てたようなその様子から『あの馬鹿』と投げられた相手が自分ではなく、他でもない己の主だと悟って、ラヴィはなおさら困惑の色を強くする。


 ダリウスはそんなラヴィを落ち着かせるように小さく笑いかけた後、再びユルングルを視界に入れた。


「…探しましょうか?」

「…いい、放っておけ!どうせゼオンの所にでも行ったんだろう。…そのうち帰ってくる」


 苛立たしそうに、そしていかにも面倒くさそうに、ユルングルは匙を投げる。


(…子供じゃないんだ。なんでわざわざ迎えに行く必要がある…!)


 そもそも輸血を受けろと言ったのは、ダスクの体を心配しての事だ。なのにここまで反発して逃亡までした奴を、なぜわざわざ迎えに行かなきゃならない。

 おまけに、あのユーリシアがその逃亡の手助けをしているのだ。ただ巻き込まれただけだとしても、腹立たしい事この上ない。


 考えれば考えるほど怒りがふつふつと込み上げるユルングルを視界に入れて、だがダリウスはユルングルが投げた匙をすくい上げるように、軽く渋面を作りながらすかさず言葉を続けた。


「ですがゼオン様の所と言うと皇宮です。あそこには、あのデリック様がいらっしゃいます。今この時期に皇宮に行かれるのはいささか危険ではございませんか?」

「問題ない。あのダスクの事だ。どうせ周到に変化へんげの魔装具でも用意しているだろう」


 しかも、しっかり二人分。

 ダスクは意外にこういうところは抜かりがない。


「…変化の魔装具は重複が不可能だからな。ユーリも連れて行っているなら俺に似せた外見が仇になりそうだが、十中八九、杞憂に終わるだろう。外見が似ていても表情の取り方が違う。俺と並べば判るだろうが、単品で見れば他人の空似で終わる。…俺を見慣れていない連中なら、他人の空似とすら思わないだろうな」

「…ですが、ダスクさんが不在の時にユルングル様に何かあれば___」

「『彼女』を使ってラン=ディアを呼び戻せ。それで済む話だ」


 『彼女』というのはユルングル専属の連絡手段だ。

 誰がどこにいても『彼女』は必ず目的の相手に文を届ける。その正確で確実な仕事ぶりは、ユルングルのみならずダリウスも一目置いていた。


 不安材料を矢継ぎ早に潰していくユルングルに、それでも不安げな表情を崩さないダリウスを見て取って、ユルングルは念を押すように語気を強める。


「いいか、絶っ対に迎えには行くなっ。判ったな、ダリウス!」


 ユルングルは一度へそを曲げたら、とにかく融通が利かない。意地も張るし頑なにもなる。

 へそを曲げること自体かなり稀なのだが、一度機嫌を損なえばとにかく怒りが収まるのを待つしかない。


 ダリウスは悄然と肩を落としながら、どちらが子供なんだか、と内心呆れたように嘆息を漏らした。


**


 なぜ、こうなったのだろう、と見知らぬ男に姿を変えた二人を視界に入れて、ユーリは悄然と嘆息を漏らす。


 諦めきれず、ハンカチを探しに森を彷徨い歩いたのがいけなかったのだろうか。

 それとも困惑気なユーリシアについほだされてしまったのがいけなかったのだろうか。


 どちらにせよ、帰ればユルングルからの叱責は免れないだろう。それを思うとなおさら気が重くなったが、ユーリシアも同じような表情で嘆息を漏らしているところを見ると、同じことを考えているのかもしれない、と思うだけで不思議とユーリの心は軽くなった。


「それで?どうやって皇宮に入るつもりだ?あそこは警備が厳しいぞ」


 よほどその体調が芳しくないのか、冷や汗をかいて呼吸が乱れている元ダスクだった男を支えながら、同じく元ユーリシアだった色黒の男が問いかける。


 ユーリシアが言うように、皇宮の警備は中央教会よりも厳しい。

 神官学校に通う学生や多くの神官が行き交う中央教会とは違って、皇宮はフェリシアーナ皇国の中枢だ。玉座もあれば皇族が住まう白宮、黒宮も存在する。人の往来を厳しく監視するのは当然だろう。


 ユーリシアがユーリシアのままであれば、通るのは容易いのだ。例えその連れがどれだけ怪しくとも、皇太子の顔があればいとも容易く通れる。

 だが、今は残念ながらその通行手形は使えない。

 誰がどう見ても、今の彼は皇太子としての面影を何一つ有していないのだ。


 健康的に焼けた肌に、後ろで束ねた、銀ではなく白髪の長髪がよく映えている。

 凛々しく精悍で整った顔つき、という点では同じだが、穏やかで柔らかい雰囲気を有しているユーリシアとは違って、どこか無骨さを感じる青年だった。


「……おそらく、アルデリオが迎えに来ているかと……」


 息も絶え絶えに告げた青年は、ユーリシアとは対照的にいかにも優男だった。

 色白で、品はあるがダスクに比べるとその容姿は平凡に近い。腰まで届く長い髪は白菫しろすみれ色と明らかに高魔力者の風体ではあったが、荒事とはいかにも無縁で人の良さと穏やかさを絵に描いたような印象を持つ青年だった。

 わざわざその容姿を平凡にしたのは、今までその容姿から無駄に好意を寄せられた事への辟易した気持ちの表れかもしれない、とユーリは何とはなしに思う。


「…ゼオン殿の従者の事か?皇宮に行くと決めたのはたった今だろう。さすがに今日の今日で迎えが来るはず____」


 そこまで言って口を噤んだのは、皇宮の入り口で見覚えのある男が視界に入ったからだった。

 ユーリシアは通常ならあり得ない光景に呆気に取られて、ただ目を丸くして閉口した。


「ああ、よかった…!少年も一緒にいてくれたおかげでシス__ダスクさんだとすぐ判りましたよ」

「……!貴方はあの時の……!」


 相変わらず飄々とした態度で、アルデリオは目を瞬くユーリに、にこりと笑みを落とす。

 ユーリに向けたその人懐っこい笑顔とは裏腹に、アルデリオはもう一人の連れであるユーリシアには冷ややかな、だがどこかしら同情を込めた視線を向けた。


「…レオリアさんも来られたんですねえ…。統括とは水と油の仲なのに物好きな…」


 その、人を小馬鹿にしたような態度がユーリシアの嫌悪感をことさら刺激する。

 いかにもあのゼオンの従者だと言わんばかりのアルデリオに、ユーリシアはあからさまに眉根を寄せて不機嫌な意を取った。


「好きで来たわけでもないし、好きで水と油の関係を続けているわけでもない」

「まあ、そうでしょうねえ…」

「……アルデリオ…言葉を慎みなさい。……その態度もです…」


 変わらず超然主義を押し通すアルデリオをたしなめるように、ダスクは珍しく渋面を作る。

 そのダスクの言葉に、アルデリオはまるで親に叱られた子供のように体を強張らせた。


「…すみません、改めます…!」


 まるで諸手を挙げて降参するように、アルデリオは慌てて背筋を伸ばす。

 不調の中にあっても、彼のその渋面にどうしょうもなく体が自然と強張るのは、頭ではなく体がダスクからの叱責を怖いと覚えているからだろう。


 アルデリオは改めて威儀いぎを正して、今度はうやうやしくこうべを垂れた。


「お待ち申し上げておりました。ご案内いたします」


 今までの態度とは打って変わって、アルデリオはダリウス張りの慇懃いんぎんな態度で三人を迎え入れる。その端然たんぜんたる彼の姿に満足そうに微笑を浮かべるダスクを視界の端で捉えると、アルデリオもまた満足そうに小さく笑みを落として三人を誘導するように歩みを進めた


「…よく私たちが来るのが判ったな」


 白宮に向かう道中、ユーリシアは前を歩くアルデリオに問いかける。

 アルデリオのおかげで、ユーリシアたちは賓客であるゼオンの連れ、という事で通行を許可された。それにはもちろん感謝しているが、どうにも解せない。ここに来ることが事前に判っていなければ、迎えなど寄越せるはずがないのだ。


 アルデリオはユーリシアの疑問をさもありなんと頷きながら、丁寧に返答する。


「声に出されたでしょう?統括の所に行くと。一度でも声に出したことは、例えどこにいようとも統括が聞き漏らす事はございませんので」

「……!この距離で聞こえたというのか?あり得ないだろう…!」


 言ったが、内心ではそれもあり得る、と思っている自分がいる事にユーリシアは驚きを隠せなかった。


 ゼオンの情報収集能力は秀逸と言ってもいい。

 わずかな時間さえあれば、彼は国の端から端までのありとあらゆる情報を持ってくる。それは各国に派遣している諜報員の質も量も尋常ではない、という事に加えて、ゼオン自身の先読みの能力が高い事に尽きるだろう。彼は一の情報から十の情報を容易く拾うのだ。それこそ声に出された情報を漏らすことなく聞き取るように。


「…殿下がいらっしゃることも、統括はご承知済みでしたよ」


 わずかに声を潜めながら挑戦的な視線を送るアルデリオを遮るように、ダスクは話す事すら億劫な体を押して、その重たい口を開く。


「……彼はただ推測しただけですよ……おれが体内にある万有の血を採血するだろう事も…それをユルングル様が止めようとなさる事も…そしてそれからおれが逃げる事も…全てユルングル様が血友病にかかったと知った時点で…彼はここまで先を読んだのです……」


 ゼオンはダスクに何ができて何ができないかも全て承知していた。

 腕を切断した時、輸血されたのがユルングルの万有の血だという事も知っている。その上、ダスクの性格まで熟知していれば推測することはあまりに容易だろう。

 ユーリシアが付き添いで来ることが判ったのは、単純にダスクの無茶を容認する人物が彼しかいないからだ。この程度の推測ならば、ゼオンなら造作もない。


 ユーリシアの上に立って得意げな顔をしていたアルデリオは、さもつまらなさそうにわざとらしく息を落とした。


「…どうして種明かししちゃうんですか、先生。謎めいていた方が面白いのに」

「…本当にそこまで予測していたのか…?」

「そうですよ。おかげでそろそろ来る頃合いだからって二日も皇宮の前で立たされたんですよ?もう少し早く来てくれればよかったのに」


 どうもこのアルデリオは慎ましい態度が持続しないらしい。

 これくらい超然とした人物でないと、あのゼオンの侍従など勤まらないという事だろうか。


 いかにもどうでも良さそうに愚痴を落とすアルデリオに、ダスクは脱力したように盛大にため息を落とした。


「……つまらない事を…言っていないで……」

「……!シス__ダスク…っ!?」

「ダスク兄さん…っ!!」


 そうして本当に力尽きたように、ダスクはそのまま意識を失ったのだ。


**


「アル、お前は普通に迎えに行く事もできんのか?」


 意識を失ったダスクを自身のベッドに寝かせて、ゼオンは盛大なしかめっ面をアルデリオに向ける。


「どう見ても体調の悪いシスカに負担をかける奴があるか」

「……はい、反省しております…」


 先ほどの飄々とした態度はどこに行ったのか、ゼオンの叱責にアルデリオはこれでもかと体を小さくしている。主であるゼオンには頭が上がらないのだろう。首をすくめるその姿は、心底反省しているように見えた。

 そうしてアルデリオは、ベッドで眠っているダスクを視界に入れる。


 ベッドに寝かせてからゼオンが魔装具の腕輪を取ったことで、いつもの見慣れたダスクの姿がそこにあった。その彼の顔色があまりに青白く、アルデリオはたまらず不安が頭をもたげた。


「…先生…いや、ダスクさんの容体は大丈夫なんですか…?神官を呼んだ方が……」

「こいつの不調は採血過多の失血によるものだ。神官を呼んだところで役に立たん。鉄剤を用意して起きたら飲ませろ」

「はい…!」


 言われて、アルデリオはなりふり構わず部屋を出ていく。

 先ほどまでの姿とはあまりに違うその二面性にユーリシアもユーリも目を瞬くしかなかったが、ことさらユーリシアが驚いたことは、今目の前にいるゼオンが真っ当な人物に見える事だった。


 人を小馬鹿にしたような笑みも言動もない。何でも面白がって場の空気も考えず飄々とする気配もない。目の前にいる人物は、ただ友人を心配する壮年の男に見えた。


「…何だ?何か言いたげだな?」


 ユーリシアからの熱烈とも言える視線を受けて、ゼオンは訝し気に振り返る。注視していたことに気づいたユーリシアはバツが悪そうに慌ててかぶりを振った。


「ああ、すまない…!…いや……別人を見ているようで…」


 ポロリと本音を漏らすユーリシアに、ゼオンは小さくため息を落とす。


 考えていることはあらかた察しが付く。

 今の自分が彼の知る自分とあまりにかけ離れていることに困惑しているのだろう。だがシスカのあまりにひどい顔色を見た後に、ユーリシアを揶揄からかう気分には到底なれなかった。

 ゼオンは再びベッドで意識を失っている蒼白なダスクを視界に入れると、いかにも面倒くさそうに口を開いた。


「…その変化の魔装具、外したかったら外してもいいぞ。ここにはシーファスしか入ってこないからな」

「……助かる」


 突っかかる気もないのだと悟って、ユーリシアは言われるがまま魔装具を外す。

 いつものユーリシアの姿に戻った事を確認するようにちらりと視界に入れると、ゼオンはその隣で所在なさそうにソファに座っているユーリに視線を移した。


「…よお、少年」

「……!あ…あの…!お久しぶりです…!この間はありがとうございました…!」


 突然、話しかけられて、ユーリは飛び跳ねるように驚いて慌てて謝意を告げる。


「まさか賓客で来られていた方だとは存じ上げず…失礼をいたしました…」

「…俺が誰だか聞いたのか?」

「い、いえ…!正確にはまだ…」

「ああ、すまない。ユーリには言っていなかったな。ゼオン殿はラジアート帝国皇帝の弟君だ」

「……えっ!?」


 ことさら意外そうに、ユーリは目を瞬く。

 賓客だという事にも正直かなり驚いたが、まさか帝国の皇弟に道案内させていたのかと思うと、あまりにも恐れ多い。そもそも帝国の皇弟が、あの低魔力者の街を隅から隅まで知っているというのも、おかしな話だとユーリは思う。

 ユルングルが皇族、それもユーリシアの兄だと知った今では、帝国の皇弟であるゼオンがユルングルを訪ねるのも不思議ではないが、それよりもなおユーリが驚いたのは彼があのラジアート帝国の皇族である、という事実だ。


 ラジアート帝国の印象は、正直あまり良くはない。

 それはユーリに限らず、おそらく全世界共通の認識だろう。

 戦争を好み、皇族同士の争いも常だと聞けば、誰でもその印象は悪くなる。当然皇族の人間も争いを好む人種なのだろう、と勝手にその人物像を決めがちなのだが、ユーリから見たゼオンはその人物像を根底から覆す人物に思えた。


 確かに少々ぶっきら棒なところもあるが、それでも人当たりがよく、道に迷った少年にお節介を焼く気のいい人物。

 その印象はリュシアの街で出会って以降、現在に至るまで変わってはいない。


(…こんな優しい方が、あの恐ろしいと言われた帝国の皇弟だなんて…)


 認識を改めるように、まじまじとゼオンを注視するユーリに、ゼオンはたまらずくつくつと笑みを落とした。


「相変わらず可愛らしい少年だな。ユーリシアがお前さんをいたく気に入っている理由がよく判る」


 その言葉にはユーリのみならず、ユーリシアまでもが赤面を作る。


(思ったことが顔に出やすいんだな、二人とも。ある意味お似合いか)


 泰然自若な姿はどこ吹く風で、年相応に顔を赤らめるユーリシアの姿はある意味、面白い。

 おそらく身内と決めた相手の前ではこうやって感情を見せるのだ。そうして公式の場では、人が変わったように泰然自若を貫き通す。


(…こいつがこんなに感情豊かな奴だとは夢にも思わんだろうな、議会の連中は)


 実際自分もそうだった。

 あの泰然自若な姿を見慣れている所為か、唐突に感情を露わにする姿を見せられると妙な親近感が湧いてくる。これを計算してやっているなら、ずいぶん奸智かんちに長けた人物だろう。

 __まあ、ユーリシアを見る限りそれは十中八九ないだろうが。


 赤面を隠すように口元に手を当てて視線を泳がすユーリシアに笑みを含んだ息を一つ落とすと、ゼオンは同じように赤面でうつむいているユーリに目を向けた。


「…悪いな、少年。まさかお前さんまで来るとは予想してなくてな。今、シーファスに言って急遽、部屋を用意させている。その姿では窮屈だろうがそのまま待っていてくれ」


 その持って回った言い方に、ユーリは気づく。


(この人…私がミルリミナだと気付いてる…?)


「…窮屈なのか?ユーリ」

「えっ!?あ、いえ…!」


 ゼオンの言葉に心配そうに顔を覗うユーリシアが視界に入って来て、ユーリは慌てて大げさなまでにかぶりを振って否定する。その様子を笑いと共に見ているゼオンをちらりと一瞥して、ユーリは内心でユルングルと同じ人種なのだと直感的に理解した。


「…僕はいつでもこの格好ですので、ご心配には及びません…!」


 揶揄されたのだから、少しばかり語気が強くなるのは大目に見てくれるだろう。

 扉を叩く音が部屋に響いたのは、物怖じしない少年だな、とゼオンが笑いと共に言葉を落とした直後だった。


「お待たせいたしました。お連れの方々のお部屋をご用意いたしましたのでご案内いたします」


 扉の向こうから侍女らしき女性の声が届いて、ユーリシアは慌てて変化の魔装具を腕につける。


「…行ってこい。ダスクはここで寝かせておく」


 ゼオンの言葉にユーリシアは頷くと、ユーリを促すように視線を寄越して扉に歩みを進める。

 促されるままユーリシアの後を追ったユーリは、扉が閉まる直前、ひどく不安そうにダスクを見ているゼオンが視界に入って、そのまますぐ、パタリと扉がユーリの視界を奪った。

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