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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第一章 始まり 第五部 ユルングル編

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一難去って

 ユルングルはすぐさまラヴィを処置室に運ぶよう、ダリウスに指示を出した。


 ユーリシアが倒れたのを見届けてから気が緩んだように意識を失ったラヴィは、おそらく自分を刺したユーリシアに倒れる姿を見せたくはなかったのだろう。気丈にも意識を失うまいと自我を保っていたが、ユーリシアというタガが外れた事で、それも難しくなった。

 倒れ込むラヴィの体を支えながら、こんな時でもユーリシアが優先なのか、とユルングルは呆れたように感嘆の息を漏らす。


 ラヴィの体をダリウスに預け、処置室に運ぶと同時にダスクはラヴィの止血を施した。ラヴィの腕に触れ、いつも通り自身の魔力をラヴィの体内に流し、乱れた魔力の流れを整えながら止血を施す。


 これ以上の出血はひとまず抑えられたが、血の気を失ったラヴィを見れば輸血が必要な事は明白だろう。肝心な時に『万有の血』が底をついている事に、忌々しく舌打ちすると、ユルングルは血液提供者を探す為、工房に向かおうと弱った体に鞭打ち立ち上がった。


 そこでようやく、ユーリシアを視界に入れる。

 

 いつの間にか、卒倒しているユーリシアの傍らに座りその手を握るミルリミナの姿を見止めて、ユルングルは立ち尽くす。


 ラヴィの状態は深刻だ。一刻も早く輸血を施さなければならないし、おそらくユーリシアに意識があれば自分に構わず優先しろと言っただろう。だが、愛おしそうに、悲しそうに、ユーリシアの手を握るミルリミナの姿に後ろ髪を引かれた気がして、ユルングルは工房に向かう足を逡巡した。


 ややあって、仕方なさそうに小さく息を吐いて軽く頭を掻いた後、倒れているユーリシアの体を抱き起して、その腕を自身の首の後ろに回した。


「…手伝ってくれ。今の俺だと一人で支えきれない」


 ぶっきら棒に言い放つユルングルにミルリミナは頷く。小さく謝意を伝えるミルリミナを一度視界に入れて、処置室の隣にある空室にユーリシアを寝かせると、後をミルリミナに託して急いで工房に向かった。



 工房に着くや否や、ユルングルはすぐさまラヴィと同じ血液型の人間を数人、見繕って急いで処置室に戻った。


 ラヴィの血液型は立ち去るダスクから事前に聞いていた。皇宮で働く主要の人物の血液型は一通り覚えているようで、そこは伊達に皇宮医をしていたわけではないのだろう。


 医者にかかる事が少ない低魔力者は、自身の血液型を知らない者も多かったが、以前治療した者やダリウスに血液型を調べてもらった者から無作為に選んだ。我も我もと立候補する者が後を絶たない事に感謝の念を抱いたが、あの狭い処置室には邪魔でしかないだろう。結局モニタを含む三人だけを連れて、処置室に戻った。


「ラヴィはまだ生きてるかっ!?」


 言いながら処置室の扉を開けると、傷口の処置がちょうど終わったところのようで、同時にダリウスから輸血を受けているラヴィの姿が視界に入った。


「…そうか、お前も同じ血液型だったな」


 ユーリシアを運ぶことを優先してしまった事に、ひどく焦りを覚えていたが、ダリウスの血液型を失念していた事に安堵の息を漏らす。見ればわずかだがラヴィの顔色は若干の赤みが差していた。


「程々にしておけよ、ダリウス。お前に倒れられたら困る。三人連れてきたから血液の確保は充分だろう?」


 どの口が言うのか、と内心ダリウスとダスクは思ったがあえて言葉にはしない。


 ユルングルは傷口の処置を終えたダスクに確認の視線を送ると、彼は内心をおくびにも出さずうやうやしく頷いた。


「ええ、充分です。先に彼らの採血をいたしましょう。隣の部屋でお願いできますか?」

「ああ、悪い。隣の部屋にはユーリシアを運んだ。使うなら診療所の隣を使ってくれ」


 モニタ達を連れて部屋を出ようとしていたダスクは、ユルングルの言葉に目を瞬いた。


「…貴方が運ばれたのですか?」

「何だ?意外か?」

「……いえ、ただ貴方のお体を憂慮しているだけです」


 意外、という言葉が適切ではないような気がして、そう言葉を返す。


 あれほどユーリシアを、ひいては皇族を目の敵にしていたユルングルを思えば、確かに意外と言えばそうなのかもしれない。だが、ここに来て以来、ユルングル=フェリシアーナという人物をずっと見てきた。


 彼はとにかく懐の深い人物だった。相手を揶揄し、悪態をつく表面上の彼とは違って、その内実は度量が大きく如才ない。そして一度、身の内に内包してしまえば、決して見放さないのがユルングルという人物だった。


 図らずもラヴィやミルリミナを通じて、無意識的にユーリシアをも内包していたのだろう。だとすれば、意外と言うよりも当然の結果なのかもしれない、とダスクは心中で人知れず思う。


「あまりご無理はされませんよう」

「…今回は望んで無茶をしたわけじゃないからな」


 言い訳じみた言い方に、ダスクは思わず失笑する。


 そのまま軽く頭を垂れて、血液提供者を連れ退出する一行を視界に入れていたユルングルは、最後尾にいたモニタとふと目が合った。その視線にミルリミナの所在を問われた気がしたユルングルは、視線で隣の部屋を示す。ユーリシアと共にいる事を察したモニタは、満足そうに微笑んで一行の後を追った。


「……ラヴィは、一命を取り留めたんだな?」


 未だラヴィに輸血を施しているダリウスに座るよう促されて、倒れるようにソファに座り込んだユルングルは、軽く人心地ついたように息を吐いて、そう訊ねた。少しずつ色味を取り戻しているラヴィの顔色に安堵してはいたが、言質を取っておかないと不安に駆られて気が休まらなかったからだった。


「はい、二、三日は目を覚まさないでしょうが、命に別状はございません」

「そうか……」


 確証を得て、ようやく気を張っていた体を休ませる。


 思えば今日は一日、厄日と言ってもいいほど面倒な事ばかりが続いた。

 倒れたと思えば、どうやら完治の難しい病に罹患したようだし、ラヴィと会話をした後、いつの間にやら眠ったようで、短い睡眠から次に目覚めた時にはダリウスに抱えられた状態だった。

 ユーリシアから逃げる最中だと聞いたが、ダスクだけを残してただ逃げるのは性に合わない。平民育ちの低魔力者だが、それゆえに持ち合わせた自尊心がそれを許さなかった。制止するダリウスを振り切って、ままならない身体で戻ったが、無理をした甲斐はあったはずだとユルングルは思う。あのまま戻らなければ、おそらく今よりも状況は悪くなっていただろう。


(……よりにもよって倒れた日に次から次へと……)


 間が悪いとはこの事だろう、とユルングルはたまらず息を漏らす。


 さすがに今日は無茶をし過ぎた。体が岩のように重い。先ほどから絶えず眩暈がして軽く吐き気までしてくる。興奮状態にあったために自覚せずに済んだ体の不調が、安堵した事で一気に押し寄せてきたのだろう。腕を動かす事も、喋る事ですら億劫に感じた。


 それでも、とユルングルは一度ソファに預けた体を起こす。

 まだやらなければならない事はある。破壊された遁甲の状況確認と修復だ。これだけはどうしても後回しにするわけにはいかなかった。


「…ダリウス、悪いがそれが終わったら俺と一緒に遁甲の状況確認をしてくれ。俺が一人でできればいいんだが、俺に魔力は扱えないからな……」

「ユルングル様…っ!まずはお休みになられてください」

「だめだ」


 窘めるように告げたダリウスを、ユルングルは一蹴する。


「何かあってからじゃ遅い。遁甲の修復は最優先事項だ」

「では私とダスクさんで確認、修復をいたします。貴方が書いてくださった図案は保管しておりますので、可能でしょう」


 それでも反抗しようとするユルングルを、ダリウスは制する。


「お願いですから…っ。貴方は今日お倒れになったばかりなのです…っ。体を休ませる事を優先なさってください!」


 その必死な形相に、ユーリシアをおもんばかって先に倒れまいと奮励ふんれいしたラヴィの姿が重なる。


(まったく……侍従という生き物は、どうしてこうも頭の中が主の事ばかりなんだ……)


 呆れたように息を吐きながらも、正直この申し出は有り難い、と心中でひとりごちる。一度ソファに体を休ませてしまった所為か、体が強く休息を欲し始めてしまった。何とか体を起こしてはみたが、果たしてここから立てるかはなはだ疑問だったのだ。


「……判った。お前たちに任せる……判らなければ…言ってくれ………」


 起こした体を再びソファに預け、泥のように眠りに落ちようとする意識を何とか保ちながら、ユルングルは告げる。


「……それと……ダスクに、ユーリシアを診るように……ミルリミナが……心配して…………」


 微睡まどろみの中で途切れ途切れに何とかそれだけ告げると、ユルングルは体が求めるままに、深い眠りへの誘いを今度は素直に受け入れた。


 まるで気を失うように眠りに入ったユルングルを見取って、ダリウスはようやく安堵したようにため息を一つ落とす。


 周りの事ばかりにかまけて自分をなおざりにするところは、まるでダスクのようだ、と思う。同じ獅子という存在であるが故の共通点なのだろうか、と思ったが、いかんせんダスクのように魔力が有り余っているわけではない。わずかばかりの魔力しか持ち合わせていない上に、今や病床の身となったにもかかわらず病身を押して無理ばかりするので、正直気が休まる時がない。


 ダリウスはラヴィの状態を確認して、自分からの輸血はもう必要ないだろうと判断すると、慣れた手つきで自分の腕に刺した輸血用の針を取り、ソファで寝入ったユルングルを抱きかかえた。


 このひと月余りで、ユルングルの体重はずいぶん落ちてしまった。おかげでこうやって移動させるのも、それほど苦ではない。

 内包する者が増えるたび、まるで代わりに自身の身を削り取るかのように体重が落ちていく。ダスクにミルリミナ、ラヴィ、そして今やユーリシアまでもを内包してしまった。


 己の主の度量が大きい事に不満があるわけではない。むしろ喜ばしい事で、この上なく誇らしいと思う。だが、いつかユルングルが皇太子と認められてこの国を背負う日が来るかもしれないと思うと、空恐ろしくなる。

 わずかな者たちを内包しただけでも、この有様なのだ。国を、そして民をも内包してしまえば、ユルングルの身はどうなるのだろうか。

 その時の事を考えると、ダリウスの心中を恐怖にも似た感情が支配して、堪らなく不安になるのだ。


 ダリウスはユルングルを自室のベッドに寝かせると、部屋を出たところで階段を上ってくるダスクが視界に入った。


「…!ダスクさん、もう採血は終わったのですか?」

「ええ、今クラレンス卿に輸血しています。ユルングル様は?」

「…お休みになられました」


 体が疲れ切っていたので、おそらく多少の物音では起きないだろうが、それでも声を落としてダリウスはダスクに告げる。ダスクは申し訳なさそうに息を落とすと、同じく声を潜めて言葉を続けた。


「…あのような御身で無理をさせてしまいました。ユルングル様がお戻りにならなければ、今頃おれは殺されていたでしょう。…なぜ、お戻りに?」

「…目が覚めるや否や、説明もそこそこに私の制止も聞かず駈け出して行かれたのです」

「…珍しいですね。貴方ならば力任せに抑える事も可能でしょうに」


 その言葉に、ダリウスは複雑な表情で笑みを落とす。


「…『ダスクを失うつもりか』と仰った言葉に、つい制止する手を緩めてしまいました」

「………!」


 そして本当に、ダスクは命の危機にあった。戻るのがわずかでも遅ければ、ユルングルの言葉通りダスクを失っていただろう。


「ユルングル様は決して道をたがえません。特にこういった時の勘は決して外されない。ですからつい、手を緩めてしまいました」


 ダリウスの言葉を受けて、小さく息を吐きながらダスクは微笑む。


「…なるほど。おれは貴方にも命を救われたのですね」

「…!…いえ、私はただ、ユルングル様の命に従っただけです」

「ユルングル様に対する絶大な信頼があってこそでしょう?」


 ダリウスがわずかでも逡巡していれば、間に合わなかったかもしれない。特に多くを語らなくても阿吽の呼吸で互いに理解し合う二人の特異な関係性は、赤子の頃から傍にいた賜物だろうか、とダスクは心中で感嘆の息を漏らした。



「…ダスクさん、腕の痛みはもう?」


 階段を下りながら所在なさげに揺れるダスクの左袖を視界に入れて、ダリウスは心配そうに問う。


「ええ、先ほど薬も飲みましたし心配には及びません」

「…いつも、あのような痛みが起こるのですか?」

「いえ、時折です。…それよりも少々厄介な事が起こりました」


 早々に話題を変えたダスクに触れてほしくはないのかとダリウスは思ったが、どうやらそうではなさそうだ。その気持ちも多少なりともあっただろうが、ダスクの険しい表情に、ただその意味合いだけではない事をダリウスは悟った。


 ダリウスよりも、やや前を歩いて階段を下りていたダスクは、その足を止めてダリウスを振り返って告げる。


「ユーリシア殿下が、聖女に囚われています」

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