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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第一章 始まり 第五部 ユルングル編

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ラヴィとミルリミナ

「あら、やだ!あなた、ユルンの知り合い?」


 工房についた途端、あれよあれよとおば様たちに取り囲まれて身動きが取れなくなったユルングルとラヴィは、その勢いに気圧されてされるがままになっていた。


「ユルンの知り合いって、みんな、いい男ばかりなのねぇ!」

「…恐れ入ります」


 圧倒されながらも笑顔で返すラヴィに、おば様たちの目が眩しいくらいに輝く。


「それに、みんな上品で物腰が柔らかいのよ!」

「そうそう!笑顔も素敵だわぁ」


 お前たちは節操なしだな、という言葉を飲み込んで、ユルングルは苦笑しながら告げる。


「俺の昔馴染みだ。思う存分、可愛がってくれ」

「え!?ちょっと…ユルングル様っ!?」


 ラヴィを人身御供に、ユルングルは早々と人波をかき分けて脱出する。ラヴィの悲鳴にも似た呼び声はこの際、無視で構わないだろう。


 ようやく人心地ひとごこちついて大きく息を吐いたところで後ろから声をかけられ、ユルングルは声の主を振り返った。


「ユルンさん、どなたかいらしたんですか?」


 ユルングルの姿を見止めて、歩み寄ってきたミルリミナが問う。

 その姿は少女というよりも少年に近い。動きやすい服装がいたく気に入ったらしく、最近ではキュロットにタイツの組み合わせでいる事が多かった。


「…言っておくが、俺が苛めているわけじゃないからな」

「…?一体何の話です?」


 誰に対してか弁解するユルングルを怪訝に思いながら、ミルリミナは人だかりに視線を向ける。その中心に見知った顔が見えて、ミルリミナは思わず声を上げた。


「ラヴィ様っ!?」

「!ミルリミナ様…っ!」


 歩み寄るミルリミナを見止めて、ラヴィを取り囲む人だかりが見事に割れて道を作る様は圧巻だと、ユルングルは何とはなしに思う。


「ラヴィ様…っ!?一体どうしてこちらに………?」


 怪訝そうに、そして狼狽して傍に寄るミルリミナを、ラヴィはいかにも夢現にいるかのような面持ちで視界に入れた。


(ミルリミナ様が……歩いている…)


 杖を使っている様子もないし、不安を掻き立てられるような心許さもない。歩けないと言われた少女は、確かな足取りで何の淀みもなく、自分の足で目の前まで歩み寄ってきた。その姿が車いすに座る少女とあまりに遠く、別人を見ているような奇妙な感覚に捉われた。


「…ミルリミナ様……足が……。本当に歩けるようになられたのですね……?」

「…あ、はい…!感覚は変わらずありませんが、ダスクお兄様が……いえ、シスカ様のおかげで歩けるようになったのです」

「…シスカ様のおかげで……?」


 怪訝そうに鸚鵡おうむ返しするラヴィの言葉を皮切りに、再び興味を掻き立てられたおば様たちの猛追が始まる。


「あら!ミルも彼と知り合いなの?」

「…あ、はい」

「ミルとユルンって共通の知り合いが多いのねぇ」

「先生とも知り合いみたい」

「二人はどういう関係?」

「あ…えーと……」


 興味津々のおば様たちに気圧されて、ミルリミナは思わず口ごもる。その勢いを間髪入れず相殺させたのは、他ならぬモニタの手を鳴らした大きな音だった。


「さあ、もうお終いっ!!そんなに質問攻めにしたら落ち着いて話もできないでしょう!今日中に終わらせなきゃいけないのよ!少し休憩したら作業再開するからそのつもりでね!」


 モニタの言葉に不承不承と散り散りに去って、ラヴィはようやく人心地ついたように肩を落とした。年配の女性が精力溢れる生き物だとは知っていたが、市井のおば様方が群れを成すと、これほど破壊力のある厄介な存在になるのかと、ラヴィはたまらず息を吐く。


 そうして、ふとモニタと目が合って気まずい空気が流れた。


 これは知らないふりをした方がいいのだろうか。レオリアがユーリシアだという事は、もうすでに知られている。ここでモニタと顔見知りだと判れば、助力をしたのがモニタだと知られてしまう。それはモニタにとって知られたくはない事実だろう。


 だが、そんな事を思案しているのが判ったのか、モニタは苦笑して、もう遅い、と言わんばかりにかぶりを振った。


「…もうばれてるわよ。何もかもぜーんぶ。そうでしょ?ユルン」


 モニタの言葉に、ミルリミナとラヴィは弾かれるようにユルングルを振り返る。二人の視界に入ったのは、満面の笑みを浮かべるユルングルの姿。だがその目は微塵も笑う事はなく、それどころか冷ややかな視線を送っている。


「…俺が気付かないとでも思ったか?」

「そうよねぇ。ユルンってば腹が立つくらい勘が鋭いんだもの。どうせすぐばれると思ってたわよ」


 モニタは観念したように諸手を上げる。下手な言い訳もせず、すでに白旗を上げているようだ。


「ユルングル様…っ!彼女は何も悪くはないのです…!私が無理を言って従わせただけ…ですから罰をお与えになるのでしたら私に____」

「罰なんか与えるか」

「ユルンが罰なんて与えられるわけないじゃない」


 懇願するようにモニタを庇うラヴィの言葉を遮って、ほぼ同時にモニタとユルングルが言葉を重ねる。

 あっけらかんと告げたモニタを、ユルングルは眉根を寄せながら半ば呆れたように視界に入れた。


「…なんでお前が言うんだ。少しは反省しろ」

「ユルンに黙っていたのは悪いとは思うけど、私は何も悪い事はしてないわよ?余計な情報は与えてないし、一度は帰るように促した。それでもこの街に滞在すると決めたのは皇太子だし、この街に滞在するのにいちいちユルンの許可が必要なわけじゃないでしょ?」


 あまりに正論過ぎて、ぐうの音も出ず押し黙る。こう言われては、さすがのユルングルも二の句が継げない。

 そもそも黙っていた事に腹を立てていたわけだが、もともと責める気も罰を与える気もなかっただけに、これ以上の押し問答は時間の無駄だろう。


 ユルングルは不承不承とため息を落とすと、ラヴィが持つダリウスからの差し入れをモニタに手渡した。一切悪びれることなく、嬉々としてそれを受け取って皆の元に向かうモニタの背中を見送って、ユルングルはぽつりと呟く。


「…女ってのは、どこまでも面の皮が分厚い生き物なんだな……」


 これにはミルリミナもラヴィも苦笑して答えるしかなかった。


**


「ユルンさんとラヴィ様はお知り合いなのですか?」


 ようやく人心地がついて、工房の隅でミルリミナがそう問うてみる。


 仮にも皇太子の補佐官と反乱軍の首領が、知り合いであってはいけない気がするが、ユルングルは反乱軍の首領である前に皇族だ。皇宮に出入りするラヴィと知り合いであってもおかしくはない。何より、反乱軍の首領だと知ってもなお、ユルングルに敬意を払っているラヴィの態度を見れば、彼が皇族だと認識している事は明らかだろう。


「…昔馴染みだ」

「と言っても、二、三度、拝謁させていただいたくらいで、懇意にしていただいたわけではありませんが」


 言い添えたラヴィに、ユルングルは意地の悪そうな笑みを向ける。


「懇意にする気がなかったのはお前の方だろう?」

「…あれは子供の嫉妬です。もうおっしゃらないでください」


 面映ゆそうに顔を紅潮させるラヴィを、ユルングルはくつくつと笑う。そんな気安い二人の様子を、ミルリミナは不思議な光景を見ているような気分で見つめていた。


 そもそもこの二人は皇太子の補佐官と反乱軍の首領だ。本来肩を並べるような間柄ではないし、ましてやこうやって揶揄したり笑い合うなど、あってはいけない光景だろう。なのにその姿に違和感がない。むしろ微笑ましさまである。

 そう感じてしまう自分の心が、まるで唾棄だきすべき事のような気がして、堪らなく不快だった。


 ミルリミナの記憶の中のラヴィは、常にユーリシアと共にあったし、そうでなければならないのだ。なのに本来ユーリシアが立っていた場所に、今は何故かユルングルの姿がある。それもユーリシアの時には一歩引いていたラヴィが、ユルングルにはひどく気安い。その姿が妙に罪悪感を刺激する。まるでユーリシアを裏切っているような感覚に捉われて、いたたまれない気分になった。


「…ユーリシア殿下はご存じなのですか?」


 ぽつりと呟いたミルリミナの言葉に、ラヴィはまるで痛い所を突かれたように、ぎくりとする。ややあって、ラヴィは小さくかぶりを振った。


「…いいえ、ご存じではありません。ユーリシア殿下がお生まれになった翌年には、ユルングル様が薨去こうきょ___いえ、行方知れずとなりましたから。ユルングル様の存在すらご存じではないでしょう…」

「勘違いするなよ、ミルリミナ。ラヴィは今、捕虜としてここにいる。互いに見知った相手だと知ったのは捕まえてからだ。こいつは内通者でも、ユーリシアを裏切っているわけでもない」


 ミルリミナの様子に、わずかばかりの責める色合いを感じたのだろう。ユルングルはラヴィを擁護するように事実を告げたが、ミルリミナがひどく反応したのはユルングルの口から出た、ある言葉だった。


「捕虜……っ!?ラヴィ様、捕まったのですかっ!?」

「え?ああ…ええ、遁甲から出られなくなりました」

「何てことするんですっ、ユルンさん!!」

「仕方がないだろう、目障りだったんだ」

「ラヴィ様がいらっしゃらないと、ユーリシア殿下が心配なさるじゃないですか!」

「それを俺に言うか?お前は本当に俺には遠慮がないな」


 呆れたように言いつつも、ユルングルに不快さはない。

 互いに気心が知れているようなやり取りを聞くともなく聞きながら、改めて車いすの少女とずいぶん印象が違う事に、ラヴィはひどく戸惑った。


 皇宮にいた頃のミルリミナは、常に遠慮がちで、ユーリシアに対して罪悪感めいたものを抱いている節があった。言いたい事も満足に言えず、ただ胸の内に秘めて我慢する姿は、車いすに座る弱々しい姿と相まって、痛々しいとすら思った。


 なのに今、目の前にいる少女はどうだろうか。ユルングルに対してはっきり物を言う快活な姿が、すでに自分の知っているミルリミナと程遠い。毅然と、だがどこかしら自分を抑えた姿は、公爵令嬢としての立場がそうさせていたのだろう。コロコロと表情を変える姿は年相応の少女に映ったが、それをミルリミナから引き出したのが、ユーリシアではなくユルングルだった事が、ひどく残念でならなかった。


(…今のミルリミナ様をご覧になったら、ユーリシア殿下は気落ちなさる事だろうな…)


「…ラヴィ様?体調が優れないのですか?」


 ユーリシアに思いを馳せながら、ひどく憂えた表情をしていたのだろう。ミルリミナが心配そうな顔でラヴィを窺う。


「…いえ、ミルリミナ様がとてもお元気そうで感慨深く見ておりました。きっと歩けるようになられたからでしょう。…先ほどシスカ様のおかげ、とおっしゃいましたが、シスカ様が治療なさったのですか?」

「…いえ。操魔、というものを教えていただいたのです」

「…操魔、ですか……?」

「簡単に言えば魔力を操るすべだ。本来、自身の体内にある魔力を操る術だが、魔力を持たないミルリミナは大気にある魔力を操って足を動かしている」

「…!…そんな事ができるのですか…?」

「お前の主もできるぞ。ダスクが教えたんだろう。操魔で髪色を変えていた」

「ユーリシア殿下が?」

「!…あれは操魔だったのですか?」


 ミルリミナは目を瞬く。

 決して変わらないと言われた髪色が、ユルングルと対峙したあの日変わっていた事に、ミルリミナはひどく戸惑っていた。今の今まで不思議でならなかったが、思いがけず答えが空から降ってきて、胸につかえたものが取れたような、幾日ぶりかの清々しい気分を味わう。


「ちなみに俺みたいな黒髪は変えられないらしい。髪から魔力を抜く事で髪色を変えるらしいが、俺にはそもそも抜くほどの魔力がないからな」


 魔力をそもそも持たないミルリミナは言わずもがなだろう。


 面白くない、と言わんばかりに忌々しげにため息を落とすユルングルに、ラヴィはふと思い至ったように告げた。


「そういえば…ユーリという少年も黒髪だそうですね。こちらにいると伺ったのですが、今はどちらに?」


 辺りを窺う様子のラヴィに、二人は目を丸くする。


「ユーリシア殿下と懇意にしていただいたそうなのです。一言お礼を申し上げたいのですが…」


 そこまで言って、二人の様子がおかしい事にラヴィはようやく気が付いた。

 ミルリミナは何やらバツの悪そうな顔で視線を泳がせ、そんなミルリミナを視界に入れてユルングルは笑いを堪えるのに必死な様子だった。


「ユーリの事なら、ミルリミナがよおーーーーく知ってるぞ。なあ、ミルリミナ?」

「ユルンさんの意地悪…っ!」

「自業自得だ。ちゃんと自分の口で説明するんだな」


 くつくつと笑いながら手を振って去っていくユルングルを、ミルリミナは涙目でめつけながら恨めしそうにその背中を見送った。


「……あの…一体どういう……?」


 何のことやら判らず周章狼狽するラヴィを、不承不承と視界に入れる。ミルリミナは一度逡巡した後、ややあって再び意を決したように、だがひどくバツが悪そうに視線を背けたまま、口を開いた。


「………私なんです……」

「………はい?」

「…ユーリは、私なんです……」


 小さく告げたミルリミナの言葉に、ラヴィは瞠目した。驚いたわけではない。いや、驚くほど納得した、と言う方が的を射ているだろう。ラヴィの胸の内に違和感なくすとんと落ちて、驚くというよりもひどく合点がいった、という感じに近い。


(……ああ、なるほど)


 どうりでユーリシアが無条件に心を許すはずだ。


 ミルリミナによく似た少年だと何度も聞かされてはいたが、そもそも性別が違うのに、なぜこれほどその少年に執着するのだろう、と不思議に思っていた。ミルリミナを失った穴を、よく似た人物で補っているのだろうという事は容易に想像がついたが、それにしても同性に対して抱く感情ではないような気がして、内心気が気ではなかったのだ。


(…中身がミルリミナ様ご本人だったのなら、ユーリシア殿下の態度も頷ける)


 あれほどミルリミナに似ている、と自覚しておきながら、ミルリミナ本人だと気付かない所も、ユーリに対して何かしらの好意を抱いていると気付いていない所も、やはり鈍感なユーリシアらしい、とラヴィは心中で失笑した。


「…シスカ様がお作りになった変化の魔装具で少年に偽装していらしたのですか?」

「…ご存じなのですか?」

「図らずもつい二日ほど前に、その存在を教えていただきました。ではユーリの影響でそのような格好を?」


 言われて、ようやく自分の格好が令嬢とは程遠い事に気付く。


「あ、いえ…っ!こ、これは…っ!」


 耳まで真っ赤にして慌てふためくミルリミナを、ラヴィは微笑ましく視界に入れて、くすくすと笑みを落とす。ミルリミナは面映ゆい気持ちでしばらく俯いていたが、ややあってぽつりと呟いた。


「…初めてなのです。倒れる事もなく、こうやって自由に歩き回る事も、そして自分のしたい事をしたいようにできる事も…。それなのに動きを制限される服装では、何だか勿体ない気がしてしまって…」


 顔は未だ紅潮したままだが、その表情は面映ゆさと同時にひどく嬉しそうだ。そんなミルリミナを、ラヴィは安堵したような、だがわずかに寂しそうに笑んで見せた。


「…本当にお変わりになられたようで、安心いたしました。皇宮にご滞在されていた頃の貴女は、とてもお辛そうでしたので。…きっと、ユルングル様と、ここの方々のおかげなのでしょう」


 ミルリミナが明るくなった事は素直に喜ばしいが、ユーリシアだけではなく自分も力及ばなかったのだと思うと、何やら物悲しい気分になる。そんなラヴィの心情を悟ったか否かは判らないが、ミルリミナはラヴィの言葉を何とも形容しがたい表情で受け取ると、ユルングルが去って行った方に視線を向けて、呟くように言葉を落とした。


「…だって、ユルンさんは闊達かったつな方だもの。小言を言うけれど、あれは本心ではないわ。そうして呆れたように笑って、何でも許してしまうの。…許してくれると思わせてくれる。だからみんな、安心してユルンさんに心を許してしまうんだわ。…ラヴィ様もそうなのでしょう?」


 唐突に問われて、ラヴィは困惑する。


 違う、と言いたかったが、なぜだか声にならなかった。仮にも自分は皇太子の補佐官だ。間違っても反乱軍の首領に心を許していいはずがない。なのに否定ができなかった。


 ここにいたのはたったの二日。だがそのたった二日で、ラヴィはあの不遜な皇族を心のどこかで受け入れようとしている。その事実がユーリシアへの忠誠を揺るがしているようで、なおさら何も言えずに口を噤むしかなかった。


(……ああ、ラヴィ様は、私自身だ)


 ミルリミナは心中でひとりごちる。

 まるで自分を見ているようで、自然と目を背けた。


 決してラヴィを非難しているわけではない。他ならぬ自分もそうなのだ。誰かを非難する権利など自分にあるはずがない。自分とラヴィは、同じ穴のむじななのだ。


「…そうやって私も、ユーリシア殿下を裏切っているんだわ」


 かすれそうなほど小さく呟いたミルリミナの言葉を、ラヴィはかろうじて耳に入れる。それまでの快活な印象とは一変して自らを苛む姿は、皇宮にいた頃のミルリミナを彷彿させ、同時にやはり自分を見ているようでいたたまれない。


「…ミルリミナ様。ユーリシア殿下の元に、お戻りになりませんか?」

「………!?」


 思わず口をついた言葉に、ミルリミナのみならずラヴィ自身ひどく驚懼きょうくする。

 それはダリウスを裏切る事への罪悪感と、ユルングルを自覚なく受け入れようとしている証左なのだと思ったが、それらを払拭するようにかぶりを振った後、ラヴィは再びミルリミナに向き直って言葉を続けた。


「ミルリミナ様がご自分の意志でこちらに赴いた事は存じ上げております。ですが貴女も、少年になってでもユーリシア殿下のお傍にいたいと願っておられるのでしょう?でしたら_____」

「できません」


 ラヴィの言葉も半ばに、ミルリミナはぴしゃりと言い放つ。顔は背けたままだが、その表情はひどく頑なだった。


「___何故です?こちらに赴きたいのであれば、殿下に願えば皇宮から通う事もできましょう」

「そういう事ではないのです」

「なら、何が____」


 何が問題なのか、と言いかけてラヴィは口を噤む。


 そもそもミルリミナは何故、『リュシテア』について行ったのだろうか。


 そして、こちらに赴かなければならない理由があったとして、何故ユーリシアと離れる必要があるのだろう。ミルリミナが行きたい、と言えばユーリシアが拒むはずがない。確かに危険が伴う為に最初は渋るだろうが、結果的にはユーリシアが折れるだろう事は目に見えている。ただリュシアの街に赴く事が理由なのなら、ユーリシアから離れる必要はないのだ。


 では、とラヴィは思考を巡らす。ミルリミナが重きを置いたのは、リュシアの街に行く事ではない。重きを置いたのは______。


「……ユーリシア殿下から、離れる事を望まれたのですか?」


 その言葉に、ミルリミナは弾かれたようにラヴィの顔を視界に入れる。違う、と叫ぼうとして、その言葉より先に悲鳴に似た声が耳に入って、ミルリミナは言葉を飲み込み思わず視線をそちらに向けた。


「ユルンっ!!?しっかりしてっ!ユルンっっ!!!」

「………っ!?」


 叫び声に比例して見る見るうちに人だかりになっていくその場所を、ラヴィは青ざめた表情で視界に入れる。まだ走れないミルリミナを置いてラヴィは反射的に駆け出し、人だかりを押しのけて、そこにいるであろうユルングルの元に急いだ。


「ユルングル様…っ!?」


 群衆の中心で視界に入ったユルングルの姿は、つい先ほどまで見ていたはずの彼とは様子が一変していた。


 モニタの腕の中にいるユルングルに意識はない。ぐったりとして力なくモニタに身を預けているユルングルの顔色はひどく青ざめ、唇は軽く紫に変色し、呼吸もひどく浅い。額に触れてはみたが、熱はないようだ。

 いや、むしろ冷たすぎる。まるで氷水につけていたような冷たさで、同じく手に触れてもやはり冷たかった。


「一体何があったのです…っ!?」

「何も…!眩暈がするって言ったかと思えば、突然倒れて意識を失ったのよ!」

「とにかく…っ!シスカ様のところにお連れします!」


 言って、モニタから奪うようにユルングルの体を受け取ると、ぐったりとした体を背に預け、そのまま群衆に目もくれずにシスカのいる診療所へと向かった。

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