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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第一章 始まり 第一部 皇宮編
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リュシテアの啓示

「聖女を手に入れる!?」


 石造りの建物から調子はずれな声が響いてきたのは、ミルリミナの葬儀が行われた夜の事だった。


 すでに皇都ではどこに行っても聖女の話で持ち切りとなっていた。今やミルリミナは神格化され聖女と呼ばれている。死んだはずの皇太子の婚約者が聖女の力で生き返り、聖女はその少女の体に宿ったともなれば、その結果は当然だろう。


 もともと無魔力者でありながら生きながらえた奇跡の人という経緯も相まって、ミルリミナの神格化はより一層強固なものとなった。


「本気か!ユルンっ!?」

「俺が冗談を言った事があったか?ライーザ」

「冗談ばっかりだろ!無茶苦茶な事ばっかり言っていつもそれを成し遂げてくるんだよ!お前は!」

「成し遂げているなら冗談じゃないだろうが」


 飄々と言い放つ相手を見て、ライーザと呼ばれた青年は盛大なため息をついた。


 このとんでもない事ばかり言い放つ男が『リュシテア』に入ったのは八年前のこと。例の少女暴行殺人が起きた翌日、当時『リュシテア』の首領であったライーザの父親が突然彼らを連れてきたのだった。


 父は同志たちに彼らの素性を一切公言しようとしなかった。それに加え金髪の従者まで連れた16歳の少年に当時の同志たちは不信感を露わにしたが、『リュシテア』が反乱組織になった事で、彼の頭脳と従者譲りの強さが大いに役立ち次第に信頼を勝ち取っていった。


 なぜこれほど強いのか___ライーザだけではなく誰もが思った。

 彼の髪は『リュシテア』の中でもかなり黒い。有する魔力はたかが知れているだろう。実際、体調を崩し倒れる事もままあった。だがその弱い体には似つかわしくないほどの強さが、この男にはある。


 基礎筋力の少ない低魔力者の中で筋肉隆々とまではいかないまでも、細いなりに意外としっかりした体つきであった事も、同志たちを驚かせる一つの要因だった。

 その理由を、彼は惜しむ事なく同志たちに教えた。


 少ない魔力を効率よく使う為の魔力操作から始まり、鍛錬による筋力増加方法や、より威力の高い武器の製作など多岐にわたる彼の指導で、そのほとんどが低魔力者で構成された組織にもかかわらずそれなりの戦力が『リュシテア』に備わったのだ。


 誰もが彼の手で『リュシテア』が生まれ変わったと思った事だろう。現に三年前、ライーザの父が体調を崩し『リュシテア』の首領を退いた際、ライーザのみならず多くの同志たちが彼に首領の座を望んだ。前首領であるライーザの父からも強く渇望されたが、なぜか彼は頑なに首を縦に振らなかった。


 おかげで現在はライーザが名ばかりの首領に甘んじている。


「…ダリウスさんも苦労しますね。ユルンのお守りは大変じゃないですか?」

「お察し頂けて何よりです」


 小さくこうべを垂れるダリウスに、ユルングルはバツの悪そうな顔をする。


 思えばこのダリウスも奇妙な存在だとライーザは思う。

 高魔力者であるにもかかわらず、ユルングルのみならず『リュシテア』の同志たちにもこの態度を崩さない。ライーザはこのダリウスの誠実さが好ましかった。


「ライーザ様、私に敬語は不要です。ユルングル様のご友人なのですから、どうか普通になさってください」

「いやいや…!無理ですよっ!!一回りも年上なのにユルンみたいに不遜な態度はできませんって!!」

「いちいち俺を引き合いに出すな」

「ダリウスさんこそ、俺に様を付ける必要はないですよ?敬語もいりません」

「申し訳ございませんが承服いたしかねます。このようなユルングル様のご友人になっていただける方は他におりませんので」

「お前は俺を何だと思ってるんだ」


 いくら主君でも赤子の時から面倒を見ていただけに、こういうところは遠慮がない。


「…ダリウスに何を言っても無駄だぞ、ライーザ。こいつは一度決めたらてこでも動かない。頑固者なんだよ。いい加減諦めろ。俺はもう諦めた」


 バツが悪そうに頭を掻き、これ見よがしにため息をついて見せるユルングルを、後ろに控えていたダリウスは懐古の念を抱きながらおもむろに視界に入れる。


 この『リュシテア』に入ってからユルングルは変わったと、ダリウスは思う。

 以前のユルングルは心を閉ざして、感情を表に出せずにいた。

 低魔力者であるがゆえに親に捨てられた怒りと、低魔力者に生まれてしまった不甲斐ない自分に対する怒り。相反する怒りがユルングルの中でせめぎ合い、均衡が保てず常に心が不安定だった。


 低魔力者であるがゆえの体の弱さや病弱な自分にもどかしさと情けなさを感じ、足掻くように鍛錬を行っていたユルングルの姿を思い出す。弱い体にむち打ち、無茶をし過ぎて倒れる事もままあったが、そのおかげか低魔力者とは思えないほどの力を手に入れ、逞しく育ってはくれた。

 だが、口数が少なく喜怒哀楽が乏しいのは相変わらずだった。


(…心を閉ざされた原因が、そればかりではなかったからだろう……)


 ユルングルを取り巻く状況すべてが、彼の心を大いに苛んだ事をダリウスは承知している。


 そんなユルングルが目に見えて変わったのは、ライーザが不躾なまで彼に絡むようになってからだ。


 当初二人は仲が悪いように思えた。

 年が近いという事もあって、ライーザは事あるごとにユルングルに食ってかかっていた。そんなライーザに辟易してユルングルは彼をことごとく無視し、無視された事でまた食ってかかる、二人の関係はその繰り返しだった。


 だが魔力操作や鍛錬が『リュシテア』の中で日常化した頃、できる事が増えるたびにユルングルに報告してくるライーザと、そんな彼を面白がって次はこれができるかと挑戦的にライーザを焚きつけるユルングルは、まるで仲のいい兄弟のように見えた。


 思えばこの頃からユルングルの表情は年相応に目まぐるしく変わるようになった。何の忖度もなく真正面からぶつかってきたからこその結果だろう。


 自分では決してユルングルの感情を表に出す事は不可能だったに違いない。

 一生感情を表に出す事ができないのだろうかと危惧し、それに対して何もできない自分をもどかしく思っていただけに、ダリウスにとってライーザには感謝しきれないほどの大恩があった。


 そんな彼を、主であるユルングルと同等に扱うのは当然だろうか。


「…それで?聖女を誘拐して何するつもりなんだよ?ユルン。身代金でも要求するつもりか?」

「人聞きが悪いな。丁重にお迎えするだけだ」

「お迎え?」

「リュシテアの名の由来はどこから来たものだ?」

「!…まさか、聖女をリュシテアの旗頭にするつもりか!?」


 ユルングルの言わんとする事を察して、ライーザは思わず立ち上がる。


 『リュシテア』という名は聖女リシテアから取ったものだ。実際に遠い東の国では聖女リシテアをリュシテアと呼ぶ。

 聖女リシテアの魔力が人に宿る事はなかったが、なぜか太古の昔から聖女の加護は魔力が少ない者ほど受けられる、と言い伝えられてきた。今回、無魔力者である彼女に力が宿ったのはその証左だと思った者も少なくないだろう。

 ゆえに聖女の名を冠した組織を作ったと父が教えてくれた事を、ライーザは遠い記憶として覚えている。


「旗頭というより象徴といった方が正しいだろうな。聖女がこちら側につけば俺たちは賊軍ではなく官軍になる。聖女の加護を受けたとなれば、フェリダンの奴らも俺たちを認めざるを得ないだろう。低魔力者においそれと手が出せなくなる上に、俺たちもいろいろと動きやすい。一石二鳥だろう?」

「お前なぁ…。こともなげに言うが、そんな簡単な事じゃないだろ。どうやって聖女に接触するつもりなんだよ?彼女は皇宮の中だぞ。大体、万が一にでも会えたとして聖女が来てくれる保証なんてないだろ」

「いや、来るさ」


 いやに自信たっぷりに断言するユルングルに、ライーザとダリウスは怪訝そうな目を向ける。


「彼女は無魔力者だ。聞けば貴族の低魔力者を擁護していたらしい。ならば低魔力者の為と聞けば迷わずこちら側に来るだろう」

「…根拠はそれだけか?」

「根拠に足る事実だろう?」


 不敵な笑みを浮かべこれ以上は聞くなと言外に匂わすユルングルに、ライーザは嘆息を漏らした。

 この男はいつもそうだ、と思う。いつも肝心なところは伏せて、事が終わったらようやく種明かしをするのだ。それがもどかしく腹立たしい。


「…聖女に会う算段は付いてるのか?」

「いいや、まったく」

「……あのな」


 かと思えば行き当りばったりの時もある。

 癪に障るが、こういうところがこの男の魅力なのだろう。


「まあ、会う機会なんていくらでも作れる。一生皇宮から出てこないわけじゃないからな。俺たちはただ待てばいい」


 言って不敵な笑みをたたえるユルングルを、ライーザはこれでもかと渋面を作ってめつけた。

 結局いつもこうやって、ユルングルの無茶に付き合わされるのだ。この男の笑みが今はとにかく憎らしい。


 だが同時に悪い気はしないと思ってしまう自分が、また腹立たしかった。


**


「…貴方は相変わらず何もおっしゃられないのですね」


 ライーザが辞去してからほどなく、ダリウスは慣れた手つきで紅茶を置きながら静かに切り出した。


「…お前は相変わらず何も聞かないんだな」


 ダリウスに視線を向けることなく、ユルングルはぽつりと呟くように返す。


 聞かないでいてくれるのは正直有り難いし、それでも無条件に信じてくれるダリウスの存在はユルングルにとって心の拠り所ではあるが、聞いてほしい時に何も聞かれないのもそれはそれで困るものだとユルングルは思う。


 ダリウスは思ってもいない切り返しに、素直に驚いて目を瞬いた。


「…お聞きになったところで何も答えてはくださらないでしょう?…珍しいですね。弱音を吐いていらっしゃるのですか?」

「…この道であっているのか俺では判断がつかない。あまりに不確かなものにすがっているような気もする。…お前ならこういう場合どうする?」

「…ユルングル様の信じるままに。私はただ貴方を信じてついて行くだけです」

「…お前は本当に相談のし甲斐がないな」

「貴方のご相談はあまりにも抽象的すぎるのです。明確な助言がご要望でしたら正確にお伝えください」


 苦虫を潰したような顔で不満を吐露するユルングルに、ダリウスは冷ややかに反論する。あまりに的確な応酬に二の句がつげなくなったユルングルは、バツが悪そうに頭を掻いた。


「…例えばだ。あくまで例え話だぞ。…何かしらの啓示があって現実にその通りの事が起こったら、お前はその先も啓示を信じるか?」

「……例え話になっておりませんが…?」

「うるさいっ。俺は例え話が苦手なんだ、判るだろう!」


 なら素直に事実を告げればいいのに、とダリウスは顔を赤くして憤慨するユルングルに心中で思わず苦笑を漏らす。

 子供のようにむきになる姿を見られるのも喜ばしいが、こうやって頼ってくれるのが何より嬉しかった。


「…どのような啓示をお受けになったのかは存じ上げませんが、現実に起こったのでしたらその啓示は本物でしょう。ですが私は盲目に信じる事はいたしません」

「…なぜだ?」

「啓示が最終的に何を目的にしたものか判断がつかないからです。啓示を施した者にもおそらく思惑がありましょう。それが神仏に由来するものであっても、です。啓示はあくまで助言として捉えるべきでしょう」

「…思惑、か」


 あるだろうと思う。少なくともあの女は何も教えてはくれなかった。


 軽く呟いたまま思案にふけるユルングルを確認して、邪魔にならぬようダリウスは一礼して静かに部屋を後にする。扉が閉まる直前小さく「助かった」と感謝の意が伝えられたが、軽くこうべを垂れてその返事とした。



 一人残されたユルングルは、ある晩に見た夢に思いを馳せていた。

 あれは確かに啓示なのだと思う。

 色とりどりの花が咲き乱れるその場所は、幻想的だがいやに現実的だった。


 そこに佇む一人の女。


 葬儀の最中、光とともに現れたのが聖女なのだとしたら、自分は間違いなく聖女と出会ったのだろう。半信半疑で出向いた葬儀で、疑いは確固たる真実に変わった。


 だが盲目に信じる気にはなれなかった。

 その理由を、ダリウスに言われてようやく理解した。


 聖女にはおそらく『リュシテア』を手助けするつもりはない。ただ利害が一致している間だけ、自分の目的を果たすために利用するつもりなのだろう。


(聖女が聞いて呆れる)


 ならばこちらも利用させてもらおう。

 聖女の目的が何なのかは判らないが、こちらの意に添わなければ手を切ればいい。殺したって構わない。


 その考えに至って、ユルングルは聖女が宿った少女を哀れに思った。


(…せっかく生き返ったのに、聖女の傀儡となるのか。無慈悲な事をする…)


 己の手で死に追いやった少女。これからはその少女をも利用する事になる。哀れに思うが、この国を変えるためには躊躇うわけにはいかなかった。


 ユルングルは見つめていた右手を力強く握る。

 聖女は夢の中で待てと言った。少女と出会う機会が必ず訪れるからと。

 ならば待とう。待つ事には慣れている。


 その時が来れば、聖女が手の内に入るのだ。


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