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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第一章 始まり 第五部 ユルングル編

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レオリアとユルン

 ユルングルはいかにも不思議な気分で、ミルリミナを見つめていた。


 リュシアの街に行くにあたって、いつも通り男装するよう言ったものの、その姿を見てユルングルは唖然としたのだ。オパールの首飾りによって変化したその姿は、少年時代の自分によく似た姿形をしていたからだった。


 瓜二つ、というわけではない。何よりその造形が似てはいるものの、ミルリミナと自分とでは表情の作り方自体が全く異なるので、ユルングルの少年時代を知らない者から見れば、おそらく別人に映るのだろう。


 だが知っている人間が見ればユルングルの少年時代を模したのだろう事は容易に想像がつく。そう思えるほど面影が強く濃かった。


(…ダスクの奴…っ!俺の神経を逆撫でするような事ばかりするな)


 心中で忌々し気に吐き捨てて、いかにもバツが悪そうに頭を掻く。


 ダリウスから何も聞かされなかったのは、ユルングルが気分を害すると判っていたからだろう。ダリウスは基本、訊けば何でも答えるが、訊かなければ重要な事でない限り決して自分から報告しない事を承知していた。


「…どうかしたんですか?ユルンさん」


 遁甲を越えて以降、機嫌悪そうに押し黙っているユルングルを怪訝に思って、ミルリミナは尋ねてみる。


 声が違う事だけが救いだと、ユルングルはたまらずため息をついた。


「…何でもない。それで?お前はその姿の時なんて呼ばれているんだ?」


 問われてミルリミナは一瞬、表情が強張ったのをユルングルは見逃さなかった。ややあって、ミルリミナはおずおずと観念したかのように口を開く。


「………ユーリ、と」


 誰から取った名前かは、嫌でも判る。よりによってと腹立たしくもあったが、それを責めてはミルリミナには酷だろう。ユルングルは仕方なさそうに息を吐くと、短く、そうか、とだけ答えた。


「あ…あの、どこに行くんですか?」

「まずはキリの店に行かせてくれ。ちょうど発注したい物があるんだ。街を見て回るのは、その後でも構わないか?」

「……え…?…キリさんのお店、ですか…?」


 妙に歯切れの悪い受け答えに、ユルングルは怪訝に思う。


「お前も行った事があるんだろう?ダリウスがそう言っていたが」

「あ、はい…!行った事はあります。だけど……」


 言葉尻を濁して押し黙るミルリミナを視界に入れる。続く言葉を必死に探すように、だけれどもどう伝えたらいいのか困惑しているようにも見えた。


「言いたい事があるならはっきり言え」

「あ、いえ…ただユルンさんの身体が心配で…まだあれから三日しか経っていないから…」

「三日も休めば十分だろう。ダリウスみたいな事を言うな。お前も俺をベッドに縛り付けるつもりか?」

「だけど…ダリウスさんが今は危険だから街に出るなと……」


 ミルリミナの言葉に、ユルングルは目を瞬く。


「…危険?ダリウスがそう言ったのか?」

「あ、はい。…聞かされてないんですか?」

「…俺は聞いていない」


 言って、考え込むようにユルングルは口元に軽く手を当てる。


 聞いていない、という事はさほど重要ではない、という事だ。少なくともダリウスはそう判断した。だとすれば危険の対象は自分やミルリミナではなく、ダリウス自身だろう。ミルリミナに告げたのは、一緒にいる事で巻き添えになる可能性があるからだ。


(…また自分一人で抱え込むつもりか、あいつは)


 いつもそうだ、とユルングルは心中で吐き捨てる。いつも事態が収拾した後に、ダリウスの身に危険があった事を知らされるのだ。


 確かに低魔力者である自分では何の力にもなれないだろう。変に首を突っ込んでも足手まといになるだけだ。それでもダリウスの身に危険がある事を知らないで安穏と過ごしていたかと思うと、ひどく嫌な気分になる。同時に決して自分を頼らないダリウスにも苛立たしさを覚え、それがことさらユルングルの嫌悪感を刺激するのだ。


 ユルングルは小さく舌打ちをしてからミルリミナに向き直って、申し訳なさそうに告げた。


「ミルリミナ、俺から誘っておいてすまないが、今日はキリの店だけ行って戻らせてくれ。…悪いな」

「あ……はい…」


 残念に思っているのか、ミルリミナは悄然と肩を落とす。その姿が罪悪感を彷彿させ、なおさら申し訳ない気持ちになったが、何故だか妙な違和感も同時に胸に広がっていくのを感じた。


 どうもミルリミナの様子がおかしい。キリの店に近づけば近づくほど落ち着かない様子で、ひどく浮足立っているのが判る。その様子から、何か秘め事がある事は一目瞭然だった。


(…隠し事が下手なところもユニにそっくりだな……)


 あまりに露骨なので、怒る気も問いただす気も失せた。何を隠しているのかは判らないが、とりあえず知らないふりを貫いてやろうと、ユルングルはミルリミナには判らないように小さく笑みを落とす。


「…先に入るか?」


 キリの店の前に着くや否や、ユルングルはとりあえずそう提案してみる。隠したい何かはキリの店の中にあるのだろう。とりあえず先に入って隠すなり何なりしてくれ、と言外に含めたつもりだったが、ミルリミナの表情は安堵するどころか、青ざめていくように見えた。


 そのあまりに切羽詰まった様子に、ユルングルは例えようのない、ひどい胸騒ぎが胸を覆っていくのを感じた。


 ____この中にあるのは、一体何だ?

 ミルリミナがこれほど心穏やかではいられない、何か___。


「…開けるぞ…っ!」


 ミルリミナの返答を待たず、言うと同時にユルングルは勢いよくキリの店の扉を開ける。


 真っ先に視界に入ったのは、いつもと変わらぬ店内の様子。そしていつもはキリがいるであろう場所に立っている、見知らぬ男の姿____。


「!ここで何をしている…っ!?」


 考えるよりも先に体が動いた。

 これは本能からの警告だろうか。気付いた時には腰に下げた真紅の剣を手に取って、その男の喉元に切っ先を向けている状態だった。


 それはおそらく、この男の顔が原因だろう。失ったと思っていた憎しみが沸々と沸き出るのを感じた。


 この男の顔は、あの皇太子に似ている。


 確信があるわけではない。間近で拝謁した事も顔を知っているわけでもない。遠巻きに見た印象だけが、目の前の男と重なるのだ。


「待って……っ!待って下さい…っ!」


 ミルリミナは慌てて二人の間に割って入る。突然剣を突き付けられた事に、どう対処しようか思案していた男は、ミルリミナの姿を見止めて目を丸くしたようだった。


「ユーリ…っ!?」

「…そこをどけ、ユーリ!」

「嫌です!剣を収めてください!ユルンさんっ!」


 ミルリミナの発した名前に、男は反応する。ユーリの姿になったミルリミナとユルングルの姿を、男はさも不思議そうに互替かたみがわりに見ていた。


「…ユーリ。彼は、君の兄弟か……?」

「……え?」


 狼狽したように、男はミルリミナに問う。


 個々に見れば別人のように映るが、こうやって並ぶと顔の造形が似通っているためか、兄弟のように感じるのだろう。己の姿を確認できないミルリミナは意を得ず呆然としていたが、ユルングルはすぐさま肯定した。


「ああ、そうだ。ユーリに近づくな。…こっちに来い、ユーリ」

「待って下さい!彼は……レオリアさんは僕を助けてくれた恩人なんです…っ!」

「!……恩人…?」

「僕が初めて街に出た日です!あの日診療所に運ばれた幼子と、その子を庇った僕をレオリアさんが助けてくれたんです…っ!」


 肋骨を三本骨折していた幼子の姿が、脳裏をかすめる。


(あの時の子供か……)


 ミルリミナが発した『レオリア』という名前を、心中で反芻する。

 ミルリミナがこれほどまでにこの男を庇うのは、果たして彼が皇太子本人だからだろうか。それとも皇太子の面影を持つレオリアを恩人ゆえに庇っているのだろうか。


 その判断を下すべく、ユルングルは静かに告げた。


「…その帽子を取れ」


 ユルングルは、レオリアを真っすぐ見据える。その視線は真実を決して逃さない、追究する者の目だった。


「…帽子を取れば、その剣を収めてくれるんだな?」


 そう言葉を返すレオリアの顔色は悪い。それは内心狼狽しているからなのか、それとも本当に体調が悪いのか、その判断はつかなかったし正直どちらでもよかった。


 帽子を取りさえすれば、真実がそこにあるのだ。生まれ持った髪色は決して変わらない。ダスクという例外を除いては。


「結果次第だ」


 告げるユルングルに、レオリアは観念したのか小さく息を落とす。そしてゆっくり帽子に手を伸ばす様を、ユルングルは少しも見逃がさないように視界にしっかり留めた。

 その時間がひどく長く感じるのは、鼓動が耳に届くほど強く波打っている所為だろうか。剣を持つ手が震えるのを必死に押し留めながら、ユルングルは帽子から次第に覗くレオリアの髪色を、食い入るように見つめた。


「……………違う」


 思った色ではない。銀には程遠い、薄藍色の髪だった。


 加えて帽子を取った事で、その印象もガラリと様相を変えた。透けるような長い銀髪の皇太子に対して、髪色どころか長さまで違う。目の前にいる短髪の男は、皇太子よりもさらに精悍で凛々しい印象をユルングルに与えた。


「……もういいか?」


 静かに告げたレオリアの言葉に応えるように、ユルングルはため息を落として剣を収める。

 このため息は落胆のため息だろうか、それとも安堵のため息だろうか。


「……人違いだったようだ。悪かったな。恨むならその顔を恨め」

「…ずいぶんな言い分だな」


 言いながら手に持っている帽子を被って、呆けたようにレオリアを見ているユーリに笑顔を向けた。次いで顔を背けているユルングルの姿を視界に入れる。


 まるで精査するようにユルングルの横顔をじっと見つめるレオリアの視線に辟易して、ユルングルは忌々し気に息を吐いた後、レオリアをめつけた。


「…何なんだ、人の顔をじろじろと。言いたい事があるなら言え」

「いや…すまない。知人に似ているような気がして…」

「当てこすりか?そう言って剣を向けたいなら好きにしてくれ」


 ユルングルの応酬に、よくもまあ人に剣を向けておいて悪態がつけるものだ、と半ば呆れて嘆息をもらしながら、レオリアはユーリに視線を戻した。


「君の兄さんはいつもこうなのか?ユーリ」

「…口が悪いんです。普段通りなので気にしないでください」


 問われたユーリは苦笑しながら申し訳なさそうに告げる。

 そんな二人を視界に留めながら、ユルングルは静かに口を開いた。


「…いつからここで働いている?」

「四日前から。と言っても昨日は体調が悪くて休んだから、実質まだ三日目だ」

「…キリの知り合いか?」

「俺の叔父がキリさんの友人なんだ。そのつてで働かせてもらってる」

「…友人、ね」

「…まるで尋問だな。疑いは晴れたんじゃないのか?」

「あいにく俺は性格が歪んでるんでな。簡単に警戒心を解くつもりは__」


 そこまで告げたところで、ユルングルは軽い眩暈に襲われて思わず地面に膝をついた。


「ユルンさん…っ!」

「おい、大丈夫か…っ!……顔色が悪いぞ」


 額に手を当て眉根を寄せるユルングルに、二人は慌てて駆け寄る。

 三日ぶりに動き回ったうえに、極度の緊張で体力が思った以上に疲弊したのだろう。立ち上がりたかったが、それすら行えるほどの体力も残ってはいないようだった。


「……お前だって、十分顔色が悪いだろうが…」

「俺は倒れるほどじゃない。……立てるか?」

「……構うな」


 手助けしようとするレオリアの手を拒むように、ユルングルは顔を背ける。体調が悪くても頑なな態度を崩さないユルングルに内心呆れながら、レオリアは大きく息を吐いた。


「…途中まで送るよ」

 

 半ば無理やりユルングルの体を助け起こして、レオリアは体を支える。不快気に眉根を寄せてはいたが、それ以上、反抗する気配がなかったので、レオリアはそのままユルングルの腕を自分の首に回して、遁甲の前まで二人を見送った。


「…家まで送ってやりたいが、キリさんの店を長時間空けるわけにはいかないんだ。すまないな」


 言って、ユルングルの身体をユーリに預ける。

 ユルングルは一瞥するように、レオリアの姿を視界に入れた。


「…時間がある時にでも来い。…ユーリを助けてくれた礼と、迷惑をかけた詫びくらいはする…」


 ぶっきら棒に言い放つユルングルの言葉にレオリアは一瞬目を瞬いて、何やら複雑な表情を見せた。


「……ああ」


 短く返答するレオリアの声を背中に受けて、ユルングルはミルリミナと共に遁甲の中に入る。


 _____あれが、皇太子ユーリシア=フェリシアーナか。


 ユルングルは心中でひとりごちる。

 どうやって髪色を変えたかは判らない。操魔が使えるという情報は今までなかったはずだ。顔を知っているわけでもないし、帽子を取った時の印象もずいぶん違う。何一つ皇太子だという確証はなかったが、それでも身の内から、あれが皇太子だとしきりに何かが告げるのだ。


 これはいつもの直感だ。そしてこの直感は外れた事がない。

 レオリアと名乗った皇太子も、そしてミルリミナも、俺が皇太子だと気づいたとは夢にも思っていないだろう。

 ならばこのまま騙されたふりをしよう。

 一瞬湧き出た憎しみも、何故だか今は落ち着いている。

 知らないふりを続ける事で『何か』が変わるかもしれない。その『何か』が一体何を期待したものなのかは自分でも判らないが。


 教皇の言葉が脳裏をよぎる。


『蘭を摘んではならない。摘めば後悔だけが残る』


 後悔するかどうかは自分で決める。その選択を、教皇に委ねるつもりはない。


 ユルングルはただ静かに、この邂逅の意味を胸の内に留めるように、ゆっくりと瞼を閉じた。

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