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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第一章 始まり 第三部 反乱軍『リュシテア』編
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聖女の花園

 そこは、色鮮やかな世界だった。


 赤や青、黄色や紫。ない色はないのではないかと思えるほどに、様々な色で満ち溢れている。その色は総じて、花の形を象っていた。桜や秋桜、鈴蘭に薔薇、そして君子蘭くんしらん____。中には見た事もない珍しい花まである。足元は、いや、足元ばかりでなく視界に入るその全てに花が敷き詰められていた。


 一歩、歩みを進めるごとに、花たちはその足を綺麗に避けて、足を離すとまた同じ場所で同じように咲き誇る。風が吹けば、色とりどりの花びらが舞い散り、空の青さと相まって、目が覚めるような色彩を見せた。


 だが、不思議と綺麗だとは思わなかった。幻想的だとは思うが、まるで人為的に作られた箱庭のように、作為的な色合いが濃く強い。それが、ひどく不愉快で不気味に映った。


 もう、どれほどこの花園を彷徨っただろうか。それは何年にも感じられたし、たった数時間のような気もする。時間の感覚がなく、体の疲れもない。


 そう言えば、と思ってふと視線を左腕に向ける。そこに痛みはなく、失ったはずの左腕は綺麗に肩に収まっていた。


(…あれは夢だったのだろうか?)


 腕を切られたのが夢なのか、それとも今まさに夢の中にいるのか、もうダスクには判らなかったし、どちらでも構わないと彼は思った。少しずつ感情が鈍麻し、思考も意味を為さなくなってくる___そんな感じだった。


「…失敗しました」


 ふと、後ろから声が聞こえたのは、そんな時だった。

 たった一人しかいない己だけの世界だと思っていたダスクは、飛び跳ねるように後ろを振り返った。


 そこに佇む、一人の女____。


 会った事があるような気もするし、ないような気もする。そんな不思議な既視感を彷彿させる女だった。


「…貴女は誰です?」


 まるで長い嗜眠しみんから目覚めるように、鈍麻する思考が覚醒していくのをダスクは感じた。

 女はダスクからの質問など一切意に介さず、言葉を続ける。


「…失敗しました。貴方の存在は大変厄介です。一番最初に、消してしまいたかったのに…」


 悔しそうな言葉とは裏腹に、その表情からは何の感情も見出せない。淡々と言い放つ女はひどく無機質で、あまりに底気味が悪い。


「…貴女は、聖女ですか?」


 なぜ聖女だと思ったかは判らない。なぜだかその言葉が念頭に浮かんだ。

 だがこの質問にも、女は答えなかった。


「せっかくミルリミナを創ったのに、これでは意味がありません」

「!……創った?」


 心がざわつくのを感じた。ひどく、嫌な気分だ。


「……創ったとは、どういうことです?」

「私が入るための人形を、たくさん創りました。その多くは死産か、胎児のまま生まれることすらできない出来損ないばかり。ようやく創れたと思ったのに、今度は何一つ思い通りに動いてくれない。…どちらにせよ、出来損ないでした」


 あまりに苛虐かぎゃく的な言葉に、ダスクは一瞬、言葉を失う。一切悪びれる事もなく、眉一つ動かす事のない無機質な表情で、淡々と無慈悲な言葉を吐く。それが義憤を駆り立ていっそう腹立たしい。握った拳にさらに力が入り、顔が紅潮してくるのが判った。


「……なんて無慈悲なことを…っ!それでも貴女は聖女ですか!」

「聖女という名に、一体何の意味があるのです?その名を作ったのは他ならぬ貴方あなた方人間です。聖女という偶像を求めて、私に充てがったに過ぎません。私がどういう存在かも意に介さずに。ですが、私は気に入っておりますよ。世界を守り、慈悲を与えるのが私の務めです。あながち間違いではない。ただ、慈悲を与えるのが貴方あなた方人間ではないというだけのこと」

「…世界がよければ、人などどうでもいいのですか…っ」

「人間など世界の付属に過ぎません。世界が存在するおかげで、人間は存在できるのです。なのに、そのことを忘れ、世界をむさぼり、世界を疲弊させる。人間など、害悪以外の何者でもないでしょう。…なのにあの方は、いつも人間を擁護なさる」


 ここに至って、ようやく女の表情が変化した。無機質な表情を一変させ、それは恍惚とした、だけどもひどく寂しそうな悲哀にも似た色に染まっていく。


「私はただ、世界を守りたいだけ。なのに、あの方は私の邪魔をするように、二人の獅子を作った。…貴方と、そして、貴方」


 言って女はダスクの後ろを示す。振り返ると、花々に囲まれ、ゆったりと近づく見知らぬ男の姿があった。


 いや、知っているはずだ、とダスクは思う。

 まるで頭の中にもやがかかっているように思い出せないが、昔から知っているはずだ、という確信だけが胸に残った。


「…相変わらず、不愉快な花園だな」

「………閣下…?」


 まるで遠い記憶の引き出しの中を、必死にまさぐるようにして探し当てた言葉のように呟くダスクに、ユルングルは軽く渋面じゅうめんを作った。


「…なんだ、頭でもやられたのか?俺はもう何度もその呼び方をやめろと言ったぞ」


 その変わらぬ憎まれ口がひどく懐かしい。こと不愉快極まりない花園にあって、それはなおさらだった。


「…悪いが、ダスクは返してもらうぞ」

「…失敗しました。貴方に夢を繋げるべきではなかった。…獅子の片割れを利用するのは無謀でしたか」


 女は再び無機質な表情に戻る。


「不本意ではありますが、獅子はお返ししましょう。二人いてはさすがに分が悪い」

「……獅子?」


 ユルングルは怪訝そうにダスクの顔を見た。『獅子』と呼ばれていたのは自分ではなかったか。


「…いつか、私が創ったもう一人の人形と相まみえる時が来るでしょう。また、その時に」

「!」


 女は言って軽やかに笑う。同時に強い風が吹き荒れ、風と一緒に舞い散る花弁に身を隠すように、女は忽然とその姿を消した。




 ダスクは飛び跳ねるように目を覚ました。文字通り飛び跳ねたわけではなく体は横たわったままだが、心臓の鼓動はまさに飛び跳ねんばかりに早鐘を打っている。


 そして今自分がどういう状態なのか、それを理解する事がダスクにはひどく困難だった。


 見知らぬ部屋をゆっくりと見渡してみる。自身が寝ているベッドと、その近くにソファとおざなり程度の卓があるだけの簡素な部屋だ。ソファには誰かが使っていたのか、毛布が綺麗に折りたたまれて置かれていた。


 とりあえず起き上がろうと、ゆっくりと体を動かしてみたが、左手をつこうとしたところでダスクは均衡を崩して、そのままベッドの上で崩れ落ちた。怪訝に思って己の左腕を確認して、ようやくその理由を理解した。肩からはわずかばかりの腕が残されているだけで、そこから先がなかったのだ。


(…そうか。腕を……)


 まるで薄紙をはぐように緩やかに記憶が回復してくる事を安堵しながらも、腕を失った喪失感と切り落とされた瞬間の絶えようもない痛みを思い出し、ダスクは軽くかぶりを振った。


 腕の痛みは、もうほとんどない。わずかばかり疼く時もあるが耐えられないほどの激痛はもうなかった。だが痛みとは違う不快さがまだそこにある事を、ダスクは感じていた。


 頭では、ない、と理解したはずなのに、視界に入らなければ、まるでそこに依然として左腕が存在するような感覚に陥る。『幻肢げんし』と呼ばれる症状がある事をダスクは認識していたが、ない腕を動かしている、という感覚まであるとは想定していなかった。ある、のに、ない。ない、のに動く。その不思議な感覚が、ダスクをさらに混乱させた。


 とにかく今自分が置かれている状況を整理しようと、再び体を起こしてみる。今度は、ないはずの左腕を動かさないように気を付けながらゆっくりと体を動かすと、ひどい気怠さを覚えた。


 そういえば左腕を切断した時、ひどい出血を伴った気がする。だが、その割に体は軽い。確かに気怠さは感じるが、あれほどの出血を考えると驚くほど体は軽かった。そして、ようやく自身の体に残された親友の魔力と、口の悪い青年の魔力を自覚した。


(……ディアが来てくれたのか…)


 眉間にしわを寄せ、不快感を露にする親友の顔を思い出す。おそらくこの腕の処置をしてくれた時も、そんな顔をしていたのだろう。


 ラン=ディアは二十四年の神官生活の中で、唯一の友人と呼べる存在だった。ダスクの有能を妬む事も、ましてや心酔する事もなく、見返りを一切求めない真摯な態度が好ましかった。

 なぜ彼がここに現れたのかは判らないが、いつも説教をしては、それでも面倒がらず治療をしてくれたラン=ディアには言い尽くせないほどの恩義がある。


(借りばかりがたまっていくな…)


 小さく微笑みながらそう思う反面、ラン=ディアと顔を突き合せればたっぷりの説教が待っていると思うと実際に会うことは遠慮したい、とダスクは苦々しく笑う。


 そしてこれほど体が軽いのは、ラン=ディアの治療だけが要因ではない事をダスクはすでに気づいていた。


 己の体の中で魔力と共に流れる血液が、ユルングルから生起せいきしたものだと告げている。おそらくは今現在、自身の中で流れる約三割はユルングルの血液だろう。そしてその所為で彼が体を壊して寝込んだ事は想像に難くない。


(…閣下にも大きな借りができたか…)


 思えば、腕を切るなど損な役回りを任せてしまった。これはおそらく、ユルングルの記憶の中に苦々しいものとして残るだろう。それでも買って出てくれた事にダスクは正直頭が下がる思いだった。


「…目が覚めたか?」


 突然声をかけられて、ダスクは飛び跳ねるように声の主を見返す。

 扉を開けて声をかけるユルングルに、ダスクは僅かに苦笑した。ちょうど申し訳ないと思ったところを狙って現れたようで、いかにもユルングルらしい。


「おはようございます」

「…寝坊が過ぎるぞ。八日は寝過ぎだ」


 八日…と、ダスクは口の中で小さく呟く。

 まさかそれほど眠っていたとは。ひどく気怠いのはその為か、とダスクは一人得心した。


「…体の調子はどうだ?」

「…悪くはありません。ですが、しばらくは難儀しそうですね」


 言って、左腕に視線を移す。

 これに関して憎まれ口の一つや二つ飛び交うだろうと思っていたが、予想に反してユルングルはひどくバツの悪そうな顔で視線をらした。思いのほか、後ろめたさを感じているのだろうか。


「…閣下が罪悪感に苛まれる必要はございませんよ。何より貴重なものを頂きましたし、感謝こそすれ、貴方を恨むなどもってのほかです」

「…気分よく腕を落としたとでも思っているのか」


 宥めたつもりだったが、かえって気分を害したようだ。ひどい渋面を作って、ユルングルはダスクをめつけた。


「それと、いつになったらその『閣下』呼びが直るんだ。言っておくが、ここの連中の前でそう呼んだら、すぐに追い出すからな」


 語気を強めて言い放つユルングルを、ダスクはため息交じりに微笑する。よほどこの名称が気に入らないのだろう。呆れるくらい根気よく訂正するので、ダスクは根負けする事に決めた。


「承知いたしました。以後はユルングル様とお呼びいたします」


 これにも不服そうで口を開きかけたが、どうやら今度はユルングルが根負けしたようだ。


「___で?」


 ユルングルはため息交じりにソファに腰かけると、そう問うた。


「あの女と何を話していたんだ?」


 そう問われてダスクはようやく、あれが夢であって夢でなかった事に思い至った。ユルングルも夢の内容を把握しているという事は、おそらく彼と夢を共有したのだろう。だが、そう問われても何と答えていいのか判らず、ダスクは言葉に窮した。


 正直、聖女の言葉はまるで要領を得なかった。まるで独白を聞かされているようで少しも対話をした、という実感がない。話せば話すほど謎が増えていくだけの会話だったので、何をどうユルングルに説明したものかと言葉を探していると、しびれを切らしたユルングルが、たまらず声をかけてきた。


「あの女はお前のことを獅子と呼んだ。教皇は俺のことも獅子と呼んだが、何か関係があるのか?」

「…教皇様が、ユルングル様を獅子と…?」


 確かに教会に来て間もない頃は教皇に何度かそう呼ばれた記憶がある。当時不思議には思っていたが、久しくその呼び名が使われなかったせいか、正直今まで忘れていたほどだった。


 そしてその教皇が、ユルングルをも獅子と呼んだ。それは聖女の言と同じだ。


 教皇はこの聖女の夢を予兆して『獅子』という呼び名を使ったのだろうか。それともダスクとユルングルが『獅子』という存在である事を予兆したのだろうか。だとすれば『獅子』を作った『あの方』というのが何者であるかも知っているのかもしれない。


 考えるほどに謎が増えていく感じが、ダスクは堪らなく不愉快でひどく居心地が悪い気がした。


「…聖女の話では、獅子というのは『あの方』が人間を擁護するために作った存在だそうですよ」

「なんだ、そのざっくりとした説明は」


 眉根を寄せて明白に不満を吐くユルングルに、ダスクは困ったように笑ってみせた。


「残念ながら、おれにも判らないのです。聖女の言葉から判った事は四つ。ミルリミナ様が聖女が入る器として創られた存在であること。聖女は世界を守護する存在で、かつ人間を疎んじていること。その聖女に対抗するために『あの方』が二人の獅子、つまりおれと貴方を作ったこと。そしてもう一人、聖女が創った存在がいるということ____」

「何だ、その創っただのなんだの不愉快極まりない話は。俺は誰ぞに作られた覚えはないぞ」

「同じく」


 豪快に渋面を作るユルングルに、ダスクは激しく同意した。


 確かに創造主たる神から見れば、人間という一つの命は己が創った存在なのかもしれない。それが意図を持って創ったものなら、なおさらだろう。

 だが、人間から見れば自分が創られた存在などと自覚する事は決してない。長い生命の営みの中で、偶発的にこの世に生まれた者だと誰もが思っている。だからこそ、人生の中で自分が生まれた意味を探そうと、必死に足掻くのだ。それは一見哀れだが、ダスクにはひどく崇高な事のように映った。


 己の人生に意味を持たせるために、全身全霊で何かを為そうとする崇高な行為は、決して何者も介入してはならない領域だ。それは例え神であっても、冒してはいけない禁忌なのだと思う。


 だからこそ『創った』という表現は好ましくない。それは『命』ではなく、まるで決められた目的の為だけに創られた『物』のようで、崇高な行為すら許されていないような気分になる。それは命に対する冒涜だろう、とダスクは心中で吐き捨てた。


「…ですが、相手は創造主です。聖女が、あるいは『あの方』が作ったという事に嘘はないのでしょう」


 認めざるを得ない。己が『物』である、という事を。


「……『あの方』っていうのは誰だ?心当たりはないのか?曲がりなりにも神官だろう」


 聖女が『あの方』と呼ぶのだから、おそらくは神の類なのだろう。そう推察して、わずかばかり責めるような口調でユルングルはダスクに問いただす。だがこの問いにも、ダスクは答えられなかった。


 確かに神官だが、ダスクは神学校に通ったわけではない。教皇の肝煎きもいりで教会に入ったが、勉学に関しては最低限の知識のみで神官になった。それは神官という職務に決して必要な知識ではなく、あくまで教養に過ぎないという事と、ダスク自身、創造神話にさして興味が持てなかったからだ。自分が仕えるのは、聖女ではなく教皇だ、という思いが強かったからかもしれない。どちらにせよ、創造神話に興味が持てなかった事を、今更ながらに後悔した。


「…申し訳ございません」


 かぶりを振って、そう詫びるので精いっぱいだったが、ダスクのそんな姿にわずかばかり溜飲を下げたのか、ユルングルは思いのほか嬉しそうだった。


「あんたでも知らない事があるんだな」

「…おれを何だとお思いなのです?」


 自嘲気味に笑って、ダスクは息を吐く。


「…ディアに、ラン=ディアに訊いてみましょう。彼なら何かしら心当たりがあるやもしれません」

「ああ、頼む」


 頷いて、ユルングルはソファから立ち上がる。


「まあ、しばらくはゆっくりしろ。…その腕に慣れる時間も必要だろう」


 やはりダスクの左腕に視線を移す事なく、バツが悪そうに言い捨てて部屋から辞去しようとするユルングルを、ダスクは呼び止めた。


「ユルングル様。…ミルリミナ様をお呼びいただけますか?」



 しばらくして扉を叩いて部屋に入ってきたミルリミナは、目覚めているダスクを見て、文字通り目を丸くした。何も告げずに連れてきたのだろう。口元を抑え、今にも泣きそうな顔をしている。


 そんなミルリミナがあの日教会に置いてきたはずの車いすに座って部屋に入ってきた事に、ダスクはわずかに小首をかしげた。結局持ってきたのだろうか、と一瞬思ったが、その形状がわずかばかり違う事に気付いて、ここで新しく作られた物なのだとすぐに理解した。


「ミルリミナ様、ご心配をおかけいたしました」


 柔らかい笑みを向けると、泣きそうだった顔が、より一層深くなる。それは哀愁とも、安堵から来るものとも取れた。


「…シスカ様……よかった。…もう目覚めないかと…っ」


 傍に駆け寄って抱き着きたい衝動にミルリミナは駆られた。だが触れてはいけないと必死に自制しているのが見て取れて、ダスクは車いすを押すユルングルに目線を送って頷いて見せた。

 ユルングルは意を得て、ミルリミナをダスクが座るベッドに近づける。


 そうしてダスクは、ゆっくりと手を差し出した。驚くミルリミナに、ダスクは笑って頷く。言外に大丈夫だと告げたつもりだったが、それでも不安そうに、ミルリミナは恐る恐る、その手を取った。


「…………」


 しばらく触れてはいたが、あの恐ろしい現象は起きる気配がない。大気の魔力も渦を巻く事なく、いたって平然としていた。


 内心、不安に押し潰されそうだったミルリミナは、驚嘆したような、あるいは安堵したような複雑な表情でダスクを見る。笑顔で頷くダスクを見て、ようやくミルリミナは胸を撫で下ろしたのだろう。いつも見せてくれていた屈託のない笑顔をダスクに向けた。


 その様子を後ろから窺っていたユルングルは、わずかに遠慮しながら静かに問うてきた。


「…もう、教えてくれてもいいだろう。なぜ高魔力者に触れちゃならないんだ?」


 問われて二人は顔を見合わせ、そしてミルリミナが頷く。意を決してようにゆっくりと、だがはっきりと告げた。


「…私の中に眠る聖女様のご趣意しゅいが判明いたしました。どうやら、高魔力者から魔力を奪うことが目的のようです」

「…!…魔力を、奪うだって…?」


 ユルングルは絶句した。

 魔力を奪う、ということは、命を奪う、と同義だ。それをこの少女にやらせようとしたのか。


 聖女のどこまでも無慈悲で苛虐かぎゃくな行為に、ユルングルは怒りと同時にひどく呆れた思いだった。


「私の体の中には、魔力を貯蓄するための袋のようなものが存在するようです。それを、魔力で満たしたいのでしょう」


 言いながらダスクの顔を見る。それは確認しているようで、ダスクは意を得て無言で頷いた。

 そして、ミルリミナに代わって言葉を続ける。


「聖女は世界の守護者だと言っていました。おそらく今、各地で起こっている魔力枯渇に大きく関わっているのでしょう」


 おそらく、そういう事なのだと思う。


 聖女は人間を疎ましく思っていた。そして世界を慈しんでいた事は明らかだ。魔力が枯渇し疲弊していく世界を守るため、効率よく高魔力者から魔力を奪って世界に循環する。

 聖女にとって人間は、ただの魔力を保有する物なのだろう。だからこそ慈悲を与える必要もない。世界が魔力を必要としているのなら、人間から奪う事に一抹の罪悪感すらないのだ。


「…聖女が聞いて呆れるな。…で?何でダスクは平気なんだ?」


 言って、いつまでも握っている二人の手を指差す。


 ミルリミナはその指差しの先を追うように視界に握っている手を入れて、ようやくその事実に気付き、急に面映ゆくなって慌てて手を離した。頬が紅潮するミルリミナを見てダスクは小さく笑みをこぼし、言葉を続ける。


「おれには操魔があります。それゆえにおれから奪うのは難しいと判断しているのでしょう。おれが油断しなければ聖女の力は作動しませんが、例え奪われそうになっても何とか競り勝つことができます。ですが他の者はそうはいかないでしょう。ミルリミナ様、おれ以外の高魔力者には決して触れぬよう、お気を付けください」


 ミルリミナは頷く。


「…例え私の命を救ってくださったのが聖女様だとしても、これは見過ごす事ができません。私は、この力をどうにかしたい。その為にお力をお貸しくださいませんか?」


 懸命に、そして確固たる意志を持ってミルリミナはダスクを見据える。その瞳に病弱な弱々しいミルリミナの姿はない。ただひたすら己の運命を悲嘆する事なく、打開しようと足掻く力強さが見て取れた。


 そう、それは決して誰にも冒されない崇高な行為だ。

 聖女の器として創られた少女は、それでもなお、崇高な行為を行っている。


 それがひどく嬉しく、心強かった。

 ダスクはその強い瞳を受けて頷く。


「では貴女に、聖女に対抗し得る力をお教えいたしましょう」

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