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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第一章 始まり 第三部 反乱軍『リュシテア』編

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夢の入口

「大丈夫よ。ユルンの不機嫌なんて、そう長くはもたないんだから」


 大きな声でそう笑い飛ばしたのは、近所に住むモニタだった。


 ここに来てもう七日目。

 四日目の朝に皆で作ったという車いすをダリウスから貰って以降、外に出る事が多くなったミルリミナは、織物工場おりものこうばに顔を出すのが日課になっていた。


 工場こうばといっても、それほど大きな建物ではない。石造りの簡素な建物の中に機織機はたおりきが数台あるだけの小さな工場で、わずかに開けた空間に椅子を円に並べ、そこに女たちが座り、世間話をしながら織った布に刺繍などを施す、そんな場所だった。


 元々はどうやら廃棄所として使われていたらしいが、ダリウスとユルングルが中を整備し、どこからか持ってきた廃棄寸前の機織機を自分たちで修理して、小さいながらも立派な織物工場を作ったと教えてくれたのも、ここで働くモニタだった。


 最初の頃はただ布を織っていただけだったが、手先の器用な低魔力者のこと刺繡を施してはどうかと提案したのは誰だったか、もう誰も覚えていない。今では刺繍のみならずレースなども作り始め、その質は良く市場でもかなりの高値で取引される。この織物工場は、ここに住む低魔力者たちの貴重な資金源の一つだった。


 そもそもここに来てみないかと誘ってくれたのもモニタだ。

 年の頃は20代後半だろうか。姉御肌で面倒見がよく、ここ織物工場でも取り纏めのような役割を担っている。歩く事ができず部屋にずっとこもりきりだったミルリミナを不憫に思って、ダリウスが話し相手に呼んでくれたのだろうと、ミルリミナは思っている。工場の女たちに言わせれば、朴念仁のダリウスに年頃の娘の相手ができるはずもなく、モニタに助けを求めたらしい、というのが女たち共通の認識だった。


 ミルリミナが工場に来て一番驚いた事は、その数の多さだ。織物工場のみならず、家具を作る工場や装飾品を作る工場など、その種類は多彩で、その一つ一つは小さいながらも所狭しと工場が並んでいる光景は圧巻だった。モニタ曰く、このすべての工場を総称して『工房』と呼んでいるらしい。


 外からは陰鬱に映った低魔力者たちの街は、一歩中に足を踏み入れると、驚くほど活気に満ち溢れ、皆生き生きとしている。


 手先の器用な低魔力者の特性を、最大限に生かしたこの工房から生まれる特産品の数々は、高い評価を受け例外なく高値が付いたが、それでもここでの暮らし向きが楽にならないのは、働き手のいない老人や、病弱で働く事のできない者たちにも等しく施しを行っている為だと、皆理解していた。それに対して誰一人として不平不満を口にしないのは、最大の功労者であるユルングルが、その見返りを一切受け取ろうとしないからだ。おかげで一番貧しいユルングルのところには、毎日のように誰かが供え物よろしく、何かしら持ってくるようになった。


(俺はここの連中の施しで生きていられるんだ。頭が下がる思いだな)


 そう笑ったユルングルを、街の住人が掛け値なく慕うのは、明々白々だろう。


「怒鳴ったところは見たことないけど、結局数日したら何事もなかったように話しかけてくるんだから、気にするだけ損よ」


 これには周りの女たちも同調した。


「そうそう。口は悪いけど、口ほど性格は悪くないわよ」

「顔もいいしね」


 皆一斉に笑う。

 この工房で働く者は皆、ユルングルとは親しい。それはユルングルが頻繁にこの工房に顔を出すからだが、結局あれから一度もユルングルの姿を見ていないミルリミナは、この工房にすら姿を見せない事に不安を感じて、仔細しさいは伏せて相談してみたのだ。


「だけど、ここにも姿を見せないのは、私がいるからでは…」

「あら、やだ。ダリウスってばミルリミナに何も伝えてないの?あの朴念仁は…」


 眉間にしわを寄せて、モニタはため息を落とす。


「ユルンはまだ外出禁止令が出てるのよ。まだ体が本調子じゃないみたい。ここで一番魔力が少ないくせに、ユルンってすぐ無茶をするでしょ?外出禁止令を出して街全体で監視してるのよ。だから外出禁止令が出てる間は工房に顔を出せないわ」

「でも今日会ったけど、だいぶ顔色が良かったわよ。明日には外出禁止令も解けるんじゃないかしら?」

「あら、よかったわねぇ。ユルンの顔が見られないと何だか寂しくて」

「おば様たちからの人気は絶大だものね」


 再び工場に笑い声が響き渡った。


 つられて笑ったミルリミナだが、内心そうだろうか、と思う。同じ建物に住んでいるのだ。一度も会えない事の方がおかしい。ユーリシアに避けられていた経験もあってか、ミルリミナには避けられているという思いが強かった。そしてそれは間違いではないと思う。


 ため息に近い息を吐いて、手元の刺繍に視線を落とした。

 モニタに、やってみないかと誘われて始めてみた刺繡だが、思いのほか気性にあっていたのか、次第に耽溺たんできの度が深まっていくのを感じていた。布に針を刺すたびに余計な考えが消えてなくなり、ミルリミナの前には、ただ布とそこに落とす針と糸だけになる。その感じが好きだった。常に寝込んで、趣味らしい趣味も持てなかったミルリミナにとって、唯一の趣味になったと言ってもいい。


 そんな趣味も、今はなかなかはかどらない。針を落とすよりもため息を落とす事の方が日ごとに多くなっていった。

 そんな心中を察してか、モニタはミルリミナの背中を軽く叩いてみせる。


「気にしなさんな。みんな、あなたの味方よ」


 見渡せば、皆一様に微笑みを返してくれる。ミルリミナはここの無条件な優しさが、ひどく懐かしかった。両親や公爵邸に仕える者たちに思いを馳せる。


 今頃みんなはどうしているだろうか。

 心配させてしまっているのではないか。


 懐かしさと、申し訳なさで涙が出そうになる。これは郷愁だろうか。この街はミルリミナに、懐かしい我が家を彷彿させる暖かさがあった。そしてその態度は、ミルリミナが聖女と判っても変わる事はなかった。その心遣いがなおさら暖かく、有難い。


 聞き覚えのある声が頭から降ってきたの、ちょうどそんな時だった。


「…手先が器用なんだな。これなら十分、売り物になる」


 飛び跳ねるように見上げると、ちょうどミルリミナの後ろから腰を曲げて刺繍を覗き込んでいるユルングルと目が合った。そして、悪戯をした少年のように、にやりと笑う。


「あら、ユルン!外出禁止令は解けたの?」

「ああ、ようやくな。あんた達からも言ってくれないか?ダリウスは過保護すぎる」


 空いている椅子に座ると、心底面倒くさそうに嘆息を漏らした。


「なに言ってるのよ。あんたが無茶ばかりするからじゃない」


 呆れたようにユルングルをめつけるモニタに、女たちも続く。


「そうよ!休めって言っても聞かないんだから」

「ここで一番魔力が低いんだから、諦めなさい」

「それなら更新されたぞ」


 言って、ユルングルは隣に座る無魔力者のミルリミナを指差す。


「…あら、本当」

「でもミルリミナはユルンより元気そうよ?」

「聖女様が宿ったおかげで体が強くなったんじゃない?」


 確かにその通りだ。聖女が宿って以降、病気らしい病気にはかかっていない。ただ歩けないというだけで、十七年の人生の中で一番体が軽かった。


「ならやっぱりユルンが最弱じゃない」

「…あんたらは、よほど俺をくさすのが好きなんだな」

「あら、やあね。これは『可愛がる』っていう愛情表現なのよ」

「違いないわ!」


 三度みたび、工場に笑いの渦が巻き起こる。

 さすがのユルングルも、矢継ぎ早に繰り出される女たちの応酬に勝てないのか、圧倒されているようだ。苦々しく笑うユルングルを見て、ミルリミナはわずかに笑みをこぼした。

 そんなミルリミナの顔を覗き込んで、モニタは同じく笑う。言外に、ほらね?と言っているようで、ミルリミナは頷いた。


「俺が寝込んでいる間、ミルリミナの面倒を見てくれていたようだな。世話をかけた」

「なに言ってるの。こんなに可愛い娘さんならいつでも大歓迎だわよ」

「この子何もした事がないって言うから、いろいろ教えてあげるのが楽しいのよ」

「おば様たちの勢いに気圧されたんじゃないのか?」


 意地悪そうな視線を女たちに向けながら、さも聞こえるように大きな声で、だが仕草だけ耳打ちして、ユルングルは問いかける。


「やあね、できるだけ怖がらせないように優しく穏やかにしたわよ。ねぇ、ミルちゃん」


 一部の年配の女たちはミルリミナを愛称で呼ぶ。今まで経験がなかっただけに少し気恥ずかしかったが、ミルリミナはこの呼び方が好きだった。


「怖がるなんてとんでもありません!皆さんとても優しくて、本当に良くしていただきました」

「嬉しいわねぇ!あとはもう少しその他人行儀な話し方が砕けてくれると、もっと嬉しいわね」


 困ったように押し黙るミルリミナを、皆一様に笑って迎えた。


「だから言っただろう。ここじゃ馬鹿丁寧な話し方なんて誰も望んじゃいない」


 その通りだ、と今更ながらに思う。言葉を丁寧にする事だけが、礼を尽くす事だとは限らない。それは、モニタや工房で働く者、そして口の悪いユルングルが、言葉ではなくその態度で礼を尽くしてくれているのが見て取れるからだ。そんな彼らにとって、丁寧な言葉遣いはただ他人行儀なだけで、求めているのは親しみを込めた態度なのだろう。


「…肝に銘じます」


 困ったような笑顔でそう返したミルリミナを、ユルングルは満足そうに頷いて応えた。


「あら?そういえばダリウスはどうしたの?いないなんて珍しい」

「…ああ。ダリウスなら『青銀髪の眠り姫』についてる」


 どこか呆れたように告げた『青銀髪の眠り姫』とは、もちろんダスクの事だ。

 二日ほど前にわずかばかり開いた扉からダスクを見た者がいたのだが、その容姿からいつの間にかそんなあだ名がついたらしい。男だと言ってもあだ名が変わる事もなく、さらには尾ひれがついて、ユルングルの嫁候補とまで話が飛んでいったのには、さすがのユルングルも閉口してしまった。女というのはいくつになっても、かくも想像力のたくましい生き物だと、ユルングルなどは呆れてしまう。


「心配だわねぇ。もう七日も目が覚まさないんでしょう?」

「青銀髪って言ったら、かなりの高魔力者でしょう?それが目覚めないなんて___」

「はい、おしまい!不謹慎よ、滅多なことは口にしないで」


 手を鳴らして言葉を遮ったのは、他ならぬモニタだった。彼女だけはつまらぬ噂話に耳を傾けない事を、ユルングルは知っていた。常に噂話の中心になりがちなユルングルにとって、非常に有難い存在だろう。


「彼は必ず目覚めるんでしょう?ユルン」


 ユルングルは無言のまま頷く。詳細を伏せたのは説明のしようがなかった事と、それ以上に、さらに余計な尾ひれがついてはたまったものではない、という辟易した気持ちの表れだったのかもしれない。


「なら、それでいいじゃない。無駄にミルリミナを不安にしないであげて」


 ミルリミナが『青銀髪の眠り姫』を兄のように慕っている事を、女たちはようやく思い出す。なんだか申し訳ない気持ちになって、女たちは揃って肩を竦めた。


 そんな彼女たちに声をかけようとしたミルリミナを、ユルングルが揶揄するように笑って制止する。揶揄する相手は、もちろんミルリミナではない。


「ああ、構うな、構うな。たまには口が災いの元だと思い知らせてやった方がいい」

「あんたには言われたくないわよ」


 ひとしきり笑いあった後、ユルングルはミルリミナに視線を向けた。


「…シスカに会いに行くか?」




 工場を後にして、シスカが眠る部屋に向かう道中、ミルリミナはどう謝ろうかと思索していた。

 なんだか謝る時機を逸したようで今更な気はするが、あれほど怒らせたのだ。理由はどうあれ、謝らないわけにはいかなかった。


 意を決して口を開きかけたが、先手を打ったのはユルングルの方だった。


「謝るなよ」

「…え?」

「…あれは俺が悪い。……怒鳴って悪かった」

「ですが…」

「何度も言わせるな。悪くもないあんたが謝れば、俺の立つ瀬がなくなるだろうが。…すまなかったな」


 二度目の謝罪を受けて、ミルリミナは車いすを押してくれているユルングルを振り返る。その顔は少し気恥ずかしそうに、だがいかにもバツが悪そうな顔をしている。


 ミルリミナが悪くないわけはない。全面的に悪いわけでもないが、ユルングルの事情も判らず非難した事だけは確かだ。それでもユルングルは、悪くない、と言う。強引だが無骨なその優しさが、かえってユルングルらしく、皆に慕われる理由が判ったような気がした。


「…ではせめてお礼を」

「…お礼?」

「この車いすを作ってくださったとお聞きしました。…これほど心のこもった贈り物を、私は頂いた事がございません」

「…俺が一人で作ったわけじゃないぞ。ほとんどが工房の職人たちだ」


 ぶっきら棒に言い放つユルングルの顔は、わずかに紅潮しているように見える。


「礼なら、工房の連中に言え」


 謝意を素直に受け取らない、そのひねくれた態度はいかにもユルングルらしい。ミルリミナはわずかに失笑して、小さく頷いた。




「入るぞ。…大丈夫だな?」


 ドアノブに手をかけたまま、ユルングルは問う。それが何を意味した質問かはすぐに了承した。高魔力者に触れてはいけない理由を、ミルリミナはまだ告げていないのだ。


 押し黙ったまま頷くミルリミナを待ってから、ユルングルはゆっくりと扉を開けた。中には、ちょうど点滴を施しているダリウスと、横になったまま動かないシスカの姿があった。


 七日ぶりに見たシスカの顔色は、存外いい。点滴を受けているおかげか、やつれたという印象もない。それは本当に、ただ寝ている、という風だった。左腕がない事を除けば____。


「…触れてみるか?」


 思わぬ誘いに、ミルリミナだけではなくダリウスもぎょっとする。何かを言いしたダリウスを手で静止して、ユルングルはミルリミナの様子を窺った。


 ___触れたい。

 ___本当にこれはただ眠っているだけなのだろうか。

 ___触れればその温かさを感じる事ができる。死んでいないと安心できる。


 心中でそう囁く誰かがいる。

 だが、決して触れてはいけないのだ。触れればどうなるかは判っている。意識のないシスカのこと、前回のように逃れる事はできないだろう。たとえ触れて、生きているという安心感を得たとしても、次の瞬間にはその命を自分が奪う事になるのだ。


 心中で誘惑する声を振り払うように、ミルリミナは強くかぶりを振る。

 触れようとする手を留めるように強く握り、その肩はひどく小刻みに震えた。絶え間なく誘うこの声は、一体誰のものだっただろうか。それはミルリミナの奥底に眠る、欲望そのものの声なのかもしれない。


 ユルングルは、みるみる青ざめていくミルリミナを見て取って、少し申し訳なさそうに彼女の頭を軽く叩いた。


「…悪かったな」


 言ってダリウスに視線を送り、ミルリミナを託す。

 ダリウスに押されて部屋を出る最中、ミルリミナはシスカの前で途方に暮れているユルングルの姿が視界に入った。


**


「少し無茶をなさり過ぎですよ」


 若干、たしなめるような言に、ユルングルはため息を落とす。


「あれでは彼女が可哀想です」

「だがあの女は反応したぞ」


 『あの女』とは、ミルリミナの体に宿っている聖女のことだ。なぜかユルングルは聖女のことを、こう呼ぶ。それは憎しみが込められているように、ダリウスには感じた。


「…少しは触れてほしかったが…残念だな」


 触れればどうなるか、ユルングルは知らない。だが聖女は強く反応した。

 触れさせたい聖女と、触れてはいけないと懸命に自制するミルリミナの葛藤が明らかに見て取れた。だからこそ、結果、触れなかった事を安堵するべきなのだろうが、同時に手立てがなくなった事に、ユルングルは落胆する。


 ダスクが捕らわれたという夢に入る方法が、四日経っても見当すらついていない。


 自分だけが知っていると言われても、正直迷惑極まりない話だ。確かに聖女の花園には足を踏み入れた。だがそれは自分の意志ではない。そもそも夢とはそういうものだ、と思う。そこに一切の意志は関与せず、見ようと思って見るわけでもないし、ましてや見たいものだけを見るなど不可能に近い。夢の所在など決して誰も知り得ず、自分の足で歩いて辿り着くような類のものでもない。

 いつも必ずいつの間にか夢の中に入り、いつの間にか夢から醒めるのだ。


 そんな不確かなものに入るなど、文字通り雲を掴むような気分だった。だからこそ、少し期待した。ダスクを捕らえているのが聖女なら、ダスクを前にした聖女がどう出るだろうか。何かしらの糸口が見つかるかもしれないと抱いた淡い期待は儚くも消え失せた。


 ここ数日ユルングルの寝床になっている、ダスクのベッドの横に置かれたソファで、ユルングルは頭を抱えた。

 全てをやり尽くしたというわけではない。そもそもやり尽くせるほどの何かがあるわけでもない。それは一つあればいい方で、その唯一がミルリミナだった。


 ソファの上で盛大にため息をつく己の主に、ダリウスは紅茶を差し出す。


「お願いですから、あまり根を詰め過ぎないでくださいね」


 まだ体が本調子ではない時から、ユルングルはこのソファで思索にふけっていた。なんとなくダスクの近くで眠った方がいいような気がして、ユルングルの寝床はいつの間にかこのソファになった。ソファに座り、思索にふけって、そのままいつの間にか眠る。そんな日をもう四日も続けている。そして今夜もまた、そうするのだろう。


 ソファの横にある、おざなり程度の小さな卓上に置かれた紅茶を見て、ユルングルはダリウスに軽く手を上げる。言葉はないが、この仕草が謝意を伝えるものだという事を、ダリウスは了承していた。


 一礼して部屋を出て行くダリウスを背中で見送ると、ユルングルは紅茶に手を伸ばす。

 ダリウスが入れてくれる紅茶は相変わらず美味しい。それは茶葉がどうといった話ではない。貧しい暮らしの中で高価な茶葉が手に入るわけもなく、いつも口にしているのは控えめに言っても美味しいとは言えないような安価な茶葉だ。それでもダリウスが入れると美味しくなる。それは相手を慮って作った料理には、無意識に作り手の魔力が溶け込み美味しくするのだと、教えてもらった事があった。


 思えば魔力とは不思議なものだ。命の源になるだけではなく、料理を美味しくしたり、神官のように相手の体に流して治療したり、その使い方は様々だ。幾ばくかしか魔力を持たないユルングルにとっては、未知の物と言ってもいい。

 体の中を絶え間なく流れ、命そのものを象っている魔力____。


 では夢も、魔力が象っているのだろうか?


 ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。

 では、『夢を繋ぐ』とは、『魔力を繋ぐ』と同義なのだろうか?


 神官は治療を行う際、相手の体の中に己の魔力を注入する。それは言わば、魔力を繋げる行為だ。

 ユルングルはラン=ディアの治療を思い出す。相手に触れ、そこから魔力を流してはいなかったか。


 ユルングルはダスクの右腕に触れると、静かに目を閉じた。

 眠りに落ちたのは、それから幾らか経った頃だった。

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