もう一人のユルングル・三編
「貴殿がシルフォード卿か。是非とも会って話がしてみたいと思っていた」
そう言ってガーランドの執務室に入るなり、見慣れたユルングルの姿をした彼は、だがユルングルが決して見せない人懐こい笑顔を見せる。てっきり執務室に入れば元の姿に戻るのだろうと踏んでいたガーランドは、ユルングルの姿のまま話を続けるつもりの皇太子に、たまらずたじろいだ。
「…………ご尊顔を拝し恐悦至極にございます、皇太子殿下。私はガーランド=シルフォードと申します。以後、お見知りおきを」
とりあえずの挨拶を型式通りに済ませるガーランドに、ユーリシアは目を瞬く。
「もっと楽にしてくれていい。ユルンにするようにしてくれて構わない。そう思ってこの姿を取っているのだ」
そう言われても、はいそうですかと聞けるわけがない。
ユルングルの容姿ではあっても、彼が『ユルングルの皮をかぶった皇太子』である事はもう認識済みなのだ。それが判っていて態度を崩せるほど、自分は不遜にはなれない。
ガーランドはわずかに返答に窮した後、躊躇いがちに訊ねた。
「……………恐れながら殿下は、私がユルン────ユルングル殿下に対してどのような態度を取っているのかご存じで……?」
「…?まるで親子のように親しい間柄だとアレグレットから聞いたが?」
思わぬ返答に、ガーランドはユーリシアの後ろに控えているアレグレットをぎろりと睨み返す。素知らぬ顔でそれを流すアレグレットに渋面を作るガーランドを面白そうに見て取って、ユーリシアは笑い含みに続けた。
「父が聞けばきっと貴殿に嫉妬したことだろう」
「あれが俺を父親だと思うような可愛げのあるタマか…!─────はっ!」
思わず口を突いて出たいつもの口調に、ガーランドはすぐさま我に返って慌てて口元を抑える。
外見が見慣れたユルングルでも中身が皇太子だから態度を崩せない反面、中身が皇太子と判ってはいても、どうしてもこの見慣れた外見が緊張感を奪っていく。その口調も態度も、そして表情でさえユルングルとはまるで違うのに、その佇まいだけが嫌にユルングルを彷彿とさせるのだ。
これはある意味拷問に近い、と心中で嘆息を漏らしつつ、ガーランドはくすくすと笑うユーリシアに再び威儀を正して脂汗が浮かぶ頭を垂れた。
「………申し訳ございません。思わず本音が─────いえ、ではなく……このような場に不慣れなもので……不敬をお詫びいたします」
「いや、むしろ先ほどのように本音をぶつけてくれるほうが、私は嬉しいが」
「……そういうわけにはまいりません。たとえここが公式の場ではなくとも、貴方は皇太子で、私は一貴族。態度を崩すにしても限度というものがございます」
「それを言うならばユルンは『第一皇子』で、何事もなければ皇太子の座はユルンのものだった。片や私は謀反人の皇太子────第一皇子であり皇太子だったかもしれないユルンには態度を崩せるのに、謀反人に身を落とした元皇太子には態度を崩せないか?」
「…!……お言葉ではありますが、貴方は貴方が真の謀反人ではない事を誰よりもご承知でしょう。そしてユルンが『皇太子だったかもしれない』というのは、あくまで仮定の話。現実は貴方が皇太子で、ユルンは長い間市井で暮らした第一皇子です。それもユルン自身は自分を貴族や皇族などとは微塵も思ってはいない」
「…だから態度を崩せると?ならばユルンが正式に立太子した際には、それなりの態度を取る腹積もりがあると思っていいのだな?」
その言葉の意図を図りかねて、ガーランドは訝しげに眉根を寄せた。そして続けざまに告げられた皇太子の言葉に、ガーランドは目を大きく見開くことになる。
「私はこの謀反が収拾した折には、陛下に廃太子を願い出るつもりだ」
「…!」
「私よりもユルンこそが皇太子に相応しい。皇太子の座をユルンに渡すべく、私は彼の立太子を推し進めようと思う」
アレグレットと共に目を丸くして、ガーランドはユルングルの姿を取った皇太子を凝視した。ただ一つアレグレットと違ったのは、唖然とした表情で皇太子を見返すアレグレットとは対照的に、ガーランドの表情は誰が見ても判るほど、不快さと怒りが入り混じったような渋面であった事─────。
ガーランドは腹の底から湧き出る怒りに身を任せるように拳を強く握った後、その拳を力の限り執務室の自身の卓に打ち付けた。
「ふざけるな…!!あのユルンにこれ以上の重荷を背負わせるつもりか…っっ!!!」
「…!?し、師父…!!?」
「あいつの体を見てみろ!!病弱で痩せ細って…!!少しでも無茶をすればああやって倒れる…っっ!!!今でさえ一国の命運をあの細い肩に乗せているんだぞ!!それもたった一人でだ!!なのにさらなる重荷をあいつに背負わせるつもりか…っっ!!?」
「師父───いえ、ガーランド様……!!落ち着いてください……!!」
「うるさいっっ!!お前は黙ってろ!!!」
慌てて二人の間に割って入って、アレグレットは興奮するガーランドを宥めるように声をかける。
─────こうなるともう、アレグレットでは手に負えなくなる。ただでさえ力が有り余っているのだ。当然力で押さえつける事は無理難題で、彼の直情的で溢れる正義感が言葉で宥める事ですら邪魔をする。それを嫌というほど承知しているアレグレットが、それでも慌てて止めに入ったのは、怒鳴り返している相手が他ならぬ皇太子だからだった。
ソールドールは今や謀反に与する反逆の街だ。その上、実質この街の統治者であるガーランドが皇太子の不興を買っては目も当てられない。
アレグレットは今にも殴りかからんばかりの勢いで前のめりになるガーランドを必死に抑えながら、声をかけ続けた。
「ガーランド様…!!判っておいでですか…!!?あの方は皇太子殿下ですよ…!!?」
「だからどうした!!ユルンのあの状態を見た後でも、皇太子の座をユルンに渡すとほざいているんだぞ!!!ユルンのあの虚弱な体でまともに公務なんてできるわけないだろうが!!!何が正義感の強い皇太子だ、笑わせる!!あんたは実の兄貴を殺すつもりかっっ!!!!」
息をすることも忘れたように、一息で暴言を吐き続けたガーランドは、ひとしきり腹に抱えていた怒りをすべて吐き出し終えたのか、ようやくその怒鳴り声がぴたりと止まる。憤慨したガーランドの顔は真っ赤に紅潮し、怒号から一転、静寂に包まれた一室に酸欠状態だった体に空気を取り込むように肩で息をしているガーランドの吐息だけが響く中、ようやくガーランド以外の声がくすりと漏れた。
「…そうか。────私も、そう思う」
「─────…!」
暴言を吐かれた張本人は怒るでも不快に思うでもなく、ただ嬉しそうにふわりと笑う。そのあまりに穏やかな笑顔に、ガーランドとアレグレットは意表を突かれたように、あるいは拍子抜けしたように目を丸くした。
「────…まさか……俺を試されたか……?」
「すまない。貴方の為人はカルリナから聞いてはいたが、私の目で見定めたかった」
為人を見るのならば、怒らせるのが一番手っ取り早い。怒りという感情は視野を狭めて冷静な判断能力を奪う。だからこそ、その人物の本当の姿が露わになりやすい。
ユルングルの状態を知りつつ、立太子を推し進めると言った皇太子に怒りを覚えないのは問題外、怒りを覚えても何に対して怒ったかで、その人物が一番大事にしているものが何かが判る。ガーランドは終始、ユルングルの体の事を一番に考えてくれていた。これほど望ましい人物はいないだろう。
「非礼は詫びるが、貴方はアレグレットとは違って騎士団長であると同時に為政者でもある。どれだけ篤実な人物であると言われていても、為政者は必ず肝心な事は腹に抱えて表には出さないものだ。だから、貴方の為人を探らせてもらった。……できればユルンの周囲には信頼のおける人物だけを揃えたいのだ。────特に、ダリウスが傍にいられない今は」
ようやくユーリシアの意図を理解して、ガーランドは必要以上に張った緊張を和らげるように大きくため息を落とした。
「……お人が悪い……では、先ほどのユルンの立太子の件は方便だったというわけですね?」
「いいや、あれは私の本心だ」
「…!」
「だがユルンの体が公務に耐え得ることはないという事も重々承知している。……彼が五体満足であれば、私は喜んで皇太子の座をユルンに明け渡しただろう。そうしたいと思ってはいたが……今の彼の状態を見れば、それが兄にとって茨の道である事は明白だ。────できれば兄には今まで苦労した分、穏やかに生きてほしいと思っている」
穏やかな表情で静かに落とされたユーリシアの祈りにも似たその言葉に、ガーランドはほっと胸を撫で下ろしつつ、怪訝に思う。
「……恐れながら殿下。聞いた話によると貴方はユルンに命を狙われた身のはず。なぜそこまでユルンの事を…?」
それには苦笑を交えたバツが悪そうな笑顔が返って来た。
「私もユルンの命を狙ったのだ」
「…!?」
「もちろん、返り討ちにあったがな」
目を見開く二人に、ユーリシアはそう笑い含みに告げる。
「だがユルンは、そんな私を受け入れてくれた。きっと葛藤する事もあっただろう。私に対する憎しみの炎が、胸の奥で未だくすぶっていたかもしれない。……だがそれでも、ユルンは私を受け入れると決めてくれた。受け入れて、私をいろいろと気遣ってくれた」
共に隠れ家で過ごしたのは、ほんのわずかな期間。だがその間、ユルングルは床に伏した状態であったにもかかわらず、居心地が悪くならないように、そして気兼ねしないようにさりげなく手を回してくれたことを知っている。決して疎かにする事もぞんざいな扱いをする事もせず、そして床に伏したユルングルの部屋を訪った時でさえ、彼はただの一度も嫌な顔をせず笑って迎え入れてくれた。
─────(何だ、また来たのか?物好きな奴だな)
そう言って穏やかに笑ってくれるユルングルが、ユーリシアにはたまらなく嬉しかった。
「……ユルンはきっと、私を弟だとは思っていないだろう。だが私はユルンを兄として尊敬し、父と同様に心の底から慕っているんだ」
「─────…」
満足そうに笑ってそうはっきりと告げるユーリシアに二人は目を見開いた後、どちらからともなくちらりと互いに視線を交わした。
ユルングルと同じ姿で、兄を慕っていると断言したユーリシア。
ユーリシアのように素直に言葉で表現する事はないユルングルが、それでもやはり兄であるダリウスを無条件に慕っている事は見ていて明らかだ。表情もその口調も全く正反対でありながら、同じように兄を慕う二人の姿が嫌に重なって見えて、やはりどちらからともなく小さく失笑を落とす。
─────(似た者兄弟だ)
彼らの視線に、よもやそんな言葉が乗っているなどとは露知らず、小首を傾げて失笑する二人を眺めるユーリシアに、ガーランドは仕切りなおすように咳払いをして口火を切った。
「────それで、殿下はこれからどうなさるおつもりで?」
「……そうだな、とりあえずユルンが目覚めてから最低でも三日は彼を休ませたい。ただ、ユルンが何をしようとしているのか、その詳細が判らない以上私がユルンの姿で好き勝手するわけにはいかないだろう」
「…そうですね。下手に動けばユルングル様のなさろうとしている事の妨げになる可能性もございます」
アレグレットの言葉に、ユーリシアは首肯を返す。
「ユルンが目覚めた後は彼に訊けばいいが、今はそういうわけにはいかない。とりあえず支障のない範囲でいろいろと見て回りたいと思っている。父を幽閉している連中から、ユルンの行動に何か制限を受けている事はないか?」
「……いえ、特にこれと言って指示を与えられた事はございません」
「なら、まずは手始めに街を見て回りたい。案内を頼めるか?アレグレット」
「承知いたしました。…では殿下を街までお連れいたしますね、師父」
「ああ、何が何でもお守りしろよ、アレグレット」
「心得ております」
首肯の代わりに笑みを返して、アレグレットは軽く頭を垂れ部屋を辞去しようと踵を返す。そのアレグレットに促されるように同じく踵を返したユーリシアは、だがぴたりと足を止めてガーランドを振り返った。
「……ああ、そういえば」
「…?」
「決闘の後、倒れたユルンを抱きかかえていた彼はどこにいる?できれば彼にも礼を言いたいが……」
問われたガーランドはわずかに小首を傾げて思案した。
彼はあの決闘の一部始終を見てはいない。見届けたかったが、あれはあくまで『領主がガーランドに隠れて勝手に画策した決闘』という立て付けがされていたため、ガーランドは見るに見れなかった。なので決闘の事のあらましはすべてアレグレットから伝え聞いた話のみ。それゆえにすぐさま答えが出ず、わずかに思案してようやく誰の事か思い至った。
「……ミシュレイの事か……?」
「ええ、そうです。ですが……」
「あー…そうだな……」
何やら歯切れ悪く言い淀む二人に、ユーリシアは怪訝そうに眉根を寄せた。
「…?どうした?彼に会うのは都合が悪いのか?」
「ああ…!いえ…!都合が悪いというよりも……」
「……鬼が出るか蛇が出るか────と言った感じでしょうな……」
二人仲良く肩を落として嘆息を漏らす姿に、ユーリシアはなおさら小首を傾げて眉間のしわを増やす。
「…『ミシュレイ』という名はカルリナから報告を受けた。彼は確かこの街の傭兵だと聞いたが?」
「……ええ、そうです。彼はここでは古参の傭兵で、私の弟分でもあります。ですが……」
「……ミシュレイはずいぶんとユルンを気に入ったようでしてね。そのユルンの姿を見も知らない赤の他人が装っている事実に、あいつが不満や怒りを抱かないか……。あるいは─────」
言って、言葉尻を濁しながらアレグレットと二人、ユルングルの姿をしたユーリシアを視界に入れる。
ミシュレイがユルングルという人物を心底気に入っているのは明らかだろう。あの何事にも執着しないミシュレイが、ことユルングルに関しては執拗なまでの執着を見せている。それは当然、ユルングルの為人がミシュレイに多大な影響を及ぼしている事が大きい。─────大きいが、それと同じくらい彼が気に入っているのは、おそらくユルングルのこの小綺麗な外見だろうか。
─────ミシュレイは非常に面食いな男だった。
それは別に『恋愛において』という意味合いではない。彼はとにかく性別問わず外見の綺麗な人間を好む傾向にあった。かつてアレグレットに懐いた事も、その傾向が強かったからだと言えるだろう。
だからこそ、ユーリシアがユルングルのような性格であればまだ良かったと二人は思う。皮肉屋で思っている事を素直に表情に出す事もせず、笑っても何やら含んだような笑みか酷薄の笑みだけ。そうであれば、これほど不安と心配を抱かずに済んだのだ。
『ユーリシア』という人格を器に入れた『ユルングル』は、本物とは違ってとにかく愛嬌があった。微笑むことを得意とし、その表情は惜しげもなくころころと変わる。それがまたユルングルの見目麗しい綺麗な外見と非常に相性がいいのか、なおさら彼の容姿を際立たせていた。人を魅了するのにこれほど凶悪な────いや、魅惑的な存在は世界中探しても見つからないだろうか。
小綺麗な容姿ではあっても小憎たらしいと思っていたユルングルのあの外見が、中身が入れ替わっただけでこれほどまでに豹変するものだろうかと半ば感嘆に近いため息を落としつつ、ガーランドは『中身が皇太子のユルングル』を気に入る気に入らないにかかわらず、どちらに転んでも無礼を働きそうなミシュレイに頭を抱えたのだった。
アレグレットも同じことを思っているのか同様に頭を抱え込んでため息を落とす姿に、ユーリシアは小首を傾げつつ声をかける。
「─────よくは判らないが、ではその彼にはできるだけ会わないようしたほうがいいという事か?たとえ会ったとしても彼に気づかれないようにユルンを演じるか─────」
その言葉にも、やはり二人仲良く渋い顔を作った。
「あー……いえ……おそらくそれは……」
「……あれは無駄に鼻が利きますからね……それは非常に難易度が高い気が……」
「─────では会わないようにしよう…!」
何を言っても歯切れの悪い答えだけが返って来る現状に嫌気が差して、ユーリシアは半ば無理やりこの話題を終わらせる事に決める。これではいつまで経っても話が終わらず、二進も三進もいかない。
仕切り直して再びアレグレット共に部屋を辞去しようとするユーリシアの背に、ガーランドは諦観と申し訳なさをふんだんに乗せた声音で躊躇いがちに声をかけた。
「…先ほどの俺の暴言をお詫びいたします、殿下。ついでと言ってはなんですが、もしミシュレイに会う事があればあいつの非礼も許してやってはくださいませんかね?」
部屋を出る直前に声をかけられたユーリシアは、部屋に入った時よりもその口調が少し砕けたガーランドを振り返った。
「─────そうだな、では交換条件といこうか」
「…?……交換条件、ですか……?それは、まあ……俺ができる事でしたら何なりと……」
しどろもどろと返答するガーランドに、ユーリシアはにやりと笑う。
「では、私も貴方の事を『師父』と呼ばせてくれ。そのほうが親しみがあっていい」
「…!」
思わぬ申し出に目を丸くしつつ、ガーランドは唖然としたままやはりしどろもどろと返事を返した。
「……え、ええ……構いませんが……それだけですか?」
「それで十分だ」
満足そうな笑顔を残して部屋を出ていくユーリシアを見送って、ガーランドはぱたりと閉まる扉を視界に留めつつ、その脳裏には盗賊に乗合馬車が襲われた際、ユルングルが一日我儘聞き放題の権利をいとも容易く手放した時の事が思い浮かんだ。
怒りに身を任せていたとはいえ、先ほどの自分の暴言は正直目に余るだろう。その上ミシュレイがこれから彼にしでかすであろう非礼すら目をつぶってくれと頼んだのだ。その交換条件ともなれば、それこそ無理難題を吹っ掛けられても文句は言えまい。
なのにその代償が、『師父と呼称する権利』のみ─────。
(……兄弟そろって、何とも欲のない事だな)
ガーランドは心中でそう呟いて、唖然とした表情に小さな笑い声を落とした。
**
「…あ!アレグレット…!ようやく出てきた…!!」
要塞を出てすぐさま会わないと決めた人物と遭遇して、ユーリシアは頭を抱えアレグレットは盛大なため息を吐いた。
「昨日からずっと待ってたんだぞ!!ユルンちゃんの容体は─────」
どうやら昨日から要塞の前でアレグレットが出てくるのを待ち構えていたのだろう。出てくるアレグレットの姿を見止めてすぐさま駆け寄ってきたミシュレイは、だがアレグレットの後ろにいてはいけない人物がいる事に気づいて、たまらず目を見開いた。
「ユルンちゃん…っっ!!!?何やってんだよ!!!?昨日大きな発作が起きたばっかだろ!!!!アレグレットも平然とユルンちゃんを連れ回すなよ!!!」
慌ててアレグレットを押し退け、ミシュレイはユルングルの姿をしたユーリシアの肩を掴む。その顔にはユルングルに対する心配が多分に見て取れて、思わず顔が綻びそうになるのをユーリシアは何とか持ち堪えた。
そうしてできるだけ、ユルングルが取りそうな態度を心掛ける。
「……心配しすぎだ、ミシュレイ。あれくらいの発作、どうという事はない」
素っ気ない素振りで、ユーリシアは自身の肩に置かれたミシュレイの手を軽く払って足を進ませる。これで合っているのかは定かではないが、少なくともユーリシアの目から見てユルングルは過剰に心配される事を嫌う傾向にあるように見えた。正解かどうかは判らないが、少なくとも間違いではないだろう。
ミシュレイは自分の横をすり抜けて先に進もうとするユルングルに目を瞬いて、慌ててその細い腕を掴んだ。
「ちょっと待った、ユルンちゃん!!!!どこに行くつもりだよ!!!?そんな体でさ!!!」
「……街の様子を見に行く」
「街…っ!!?だったらアレグレットに見に行ってもらえよ!!!」
「自分の目で見てみたいんだ」
「一人で!!?危ないって!!」
「…?………だからアレグレットを連れてるだろうが」
「………………」
アレグレットがいる事を認識しつつ、なぜかアレグレットが頭数に入っていないことを訝しげに思って告げたユーリシアの言葉に、ミシュレイはただひたすら気に入らないような視線をアレグレットに送る。何やら二人の間に何とも表現し難い空気を感じ取ったものの、その正体が判らないユーリシアは小さくため息を吐いて、未だ掴んだ手を放そうとしないミシュレイの腕を視界に入れた。
(………心配してくれている事は素直に嬉しいが、これは私を────ユルンを放すつもりはなさそうだな)
アレグレットとガーランドは、ミシュレイがどのような態度に出るかを心配していた。だが少なくともユーリシアから見てミシュレイは、それほど害があるようには見えなかった。あえて難を挙げるとすれば、今現在彼は明らかにアレグレットに対して嫉妬心を抱いている事だろうか。鈍いユーリシアにもそれだけは明確に見て取れて、その象徴でもある、掴んで放さない彼の手にもう一度、今度は諦観を込めてため息を落とした。
「……判ったよ、ミシュレイ。お前も来るか?」
その言葉にアレグレットは目を瞬いて、代わりにミシュレイの瞳が燦燦と輝いたことは言うまでもない。