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銀の皇太子と漆黒の聖女と  作者: 枢氷みをか
第二章 ユーリシア編 第五部 捲土重来(けんどちょうらい)

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ソールドール偵察・二編

「アーリアはこの街に来てまだ日が浅いのか?」


 二人並んで街を歩きながら、カルリナはアーリアに声を掛ける。この年頃の娘ならば、自分が住む街くらい迷わず行けるものだろう。それが迷子になったという事は、あまりこの街に詳しくはないのだろうか。


 そう思ったカルリナの考えを肯定するように、アーリアは首肯を返した。


「はい、まだ越して来たばかりで…」

「その低魔力者の集落の近くに住むという友人もか?」

「偶然、同じ乗合馬車に乗り合わせた人なの。ついこの間、私に会いに来てくれたから今度は私から行って驚かせようと思ったんだけど………」

「……迷子になった、と」

「………………ええ、まあ…」


 バツが悪そうに顔を背けるアーリアに、カルリナは幾度目かのため息を落とす。


「…無茶をする子だ」


 いくらなんでも治安が悪いこの時期に、たった一人土地勘もないまま歩き回ろうとよく思ったものだ。彼女には警戒心というものがないのだろうか。


 そう呆れつつ、彼女と出会えたことは僥倖だと、カルリナは思う。


 最初はこの街に詳しい者であれば、と期待したが、よくよく考えてみれば土地勘のない者同士であれば、住人にあれこれと尋ね歩いていても不審に思われる事はないだろう。彼女のおかげで言い逃れできる口実が手に入ったのだ。これはまさしく天の采配だろうか。


 まさかそんな事を思案しているとは露知らず、アーリアはカルリナに訊ねる。


「カルリナさんは、この街に詳しいの?」

「………いや、残念ながら私も今この街に着いたばかりで土地勘はない」

「…?でも商人なんでしょう?」

「…っ!」


 アーリアの言葉に、カルリナは内心ぎくりとする。

 ここは言わば皇国の商人たちにとって、重要拠点とも言うべき場所だ。周辺諸国に買い付けに出る時も戻る時も必ずこの街に滞在するし、そして冬には必ず南に降りてこの街を拠点に商いをする。少なくともこの国で商いをする商人が、この街に詳しくないはずはない。


 それを父親から聞いていたアーリアは、さも不思議そうに小首を傾げながらカルリナを見ている。その視線に気づかないふりをして、カルリナはわずかに視線を逸らした。


「…………いや、商人は商人だが私は帝国の生まれだ。皇国には初めて来た」

「へぇ、そうなのね」


 軽く咳払いして何とか取り繕ったカルリナの言葉にアーリアは別段不審に思う事もなく頷きを返すので、カルリナは何とかかんとか胸を撫で下ろす。


 潜入するだけならまだいいが、口下手な自分には『扮装する』という事はかなり難易度が高いらしい。この少女との会話でぼろが出ない事を祈りつつ、カルリナは早々に話題を変える事にした。


「…そう言えばアーリアは、皇太子が騎士団を引き連れてこの街を攻めて来るという噂を耳にした事はあるか?」

「うん、ソールドールに向かう途中で何度も聞いたわ」

「…その割にこの街はあまり警戒心がないと思わないか?私はてっきりもっと物々しい雰囲気なのだと思ったが、意外に皆、安穏としていて驚いたほどだ」

「ほとんどの人がそんな噂信じていないみたい」

「…え?」

「だって皇太子さまって、すごく正義感の強い方なんでしょう?そんな皇太子さまが謀反なんて起こすはずはないもの。それに噂では攻め入る理由が、私兵を寄越せと迫った皇太子さまの命令を領主さまが義憤に駆られて断ったからなんでしょ?私はよく知らないけど、ここの領主はボンクラだから義憤に駆られるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないってみんな言ってるわ」


 そのあけすけな物言いに、さしものカルリナも苦笑を落とす。

 皇太子に対する評価が以前とまったく変わっていない事は何より有り難い話だが、反面ここの領民たちの領主に対する信頼が皆無に等しい事実があまりに情けない。これでよく領主などやっていけるものだと、カルリナは呆れ果てるようにため息を一つ落とす。


「…それにね、もし噂が本当だったとしても、きっとみんな師父がどうにかしてくれるって思ってるんじゃないかな?」

「……師父?」

「ソールドール騎士団の団長さん!」

「…!」


 思わぬ名前がアーリアの口から出てきて、カルリナは目を見開いた。


「…越して来たばかりなのに、そんな凄い人と知り合いなのか?」

「師父もね、私たちと同じ乗合馬車に乗っていたの。でもまさか師父がそんな偉い人だったなんてソールドールに着くまで知らなかったけど」

「……親しいのか?」

「親しいっていうか……多分師父は、私たちの事を気にかけてくれてるんじゃないかしら?」

「…?気にかける?」

「私たちが乗っていた乗合馬車が盗賊に襲われたの。その時に身を挺して戦ってくれたのが、師父と今から会いに行く友人とそのお兄さん達。…だからかしら?師父はソールドールに着いてからも私たちの様子を見に、たまに顔を出してくれるの」

「…そうか。……その師父は今日は会いに来るのか?」


 ゼオンの見立てでは、騎士団長ガーランド=シルフォードは謀反とは関係ないだろう、という事になっている。このソールドールのどこかに潜伏しているという第一皇子が、すでにそのガーランドと接触している可能性は高いと聞いたが、確証がない今ガーランドに会える機会があるのなら会って損はないだろう。


 そう思惑を抱いたが、その期待を裏切るようにアーリアはかぶりを振った。


「師父はいつも唐突に顔を出すから判らないの」

「……そうか」

「あ、でも…!今から会いに行く友人の家になら、いるかもしれないわ。師父はユルンの事すごく気に入ってるみたいだったから」

「…!?」


 落胆の息を吐いた途端、またもや驚きの名前が彼女の口から出てきて、カルリナは周章狼狽するようにこれでもかと目を見開いた。


「ま、待て…!!!今何と言った?」

「えっ!?な、何が…!?」

「名前だ…!!その…!!今から会いに行くという友人の名前…っ!!!」

「…?……ユルン」


 聞き間違いではない。

 ゼオン達は『ユルングル』と呼んでいたが、唯一ユーリシアだけは実兄を『ユルン』と呼んでいた。


(…彼女が言う『ユルン』とは、第一皇子の『ユルン』の事だろうか…?)


 『ユルングル』という名前が彼女の口から出てきたのならば、確信が持てた。おそらく『ユルングル』という名は、唯一無二の名前だろう。だが『ユルン』という名はそれほど多いわけではないが、かと言って取り立てて珍しいという名前ではない。もし彼女の言う『ユルン』が第一皇子だとすれば、乗合馬車に乗り合わせただけの彼女が『ユルン』と親し気に呼ぶ事を考えると、愛称で呼んでいるわけではなく第一皇子は珍しい唯一無二の実名を伏せたのだろう。


(…だとすれば、彼女に訊ねたところで意味はない、か…)


 結局、確証が得られず半分落胆しつつも、カルリナの中では確信めいたものがにわかに胸中に広がった。それはおそらく、彼女に出会えたことを僥倖と思ったからだろう。それを裏付けるように、彼女はガーランドと顔見知りで、なおかつ第一皇子とおぼしき人物の家へと向かっている最中に自分と出会ったのだ。これを天の采配と言わずして、何と呼ぶのか____。


 一人得心したように、カルリナは思議を深くする。

 そんなカルリナの不審な様子に、アーリアは訝し気に眉根を寄せていた。


**


「言っておくが、俺はただ捨てるのがもったいないと思っただけだからな」


 言い訳するように、だがことさらバツが悪そうに顔を背けながら言い捨てるユルングルの姿に、彼に追従しているアレグレットはたまらず苦笑いを返した。


(…本当に素直ではない方だ)


 結局あの後、昼にもミシュレイがダリウスお手製の弁当を持って現れて、ユルングルは苦虫を潰したような顔を向けつつ、そのどちらも綺麗に平らげてしまった。何だかんだと言い訳しながらおそらく夜にもこうやって、ミシュレイが持ってきたダリウスお手製の弁当を綺麗に平らげてしまうのだろう。そう心中で確信を抱きつつ、アレグレットは苦笑するに留める。


「…それで、一体どちらに向かわれるおつもりですか?」


 言いながらアレグレットは周囲を見渡す。


 今二人が歩いている場所は取り立てて特筆するほどの場所ではない。アレグレットの屋敷からソールドールの中心街へ向かう大通りを、二人は歩いている。いつもならそれほど人通りの多くないこの道も、商人たちが集まるこの時期は宿がまばらに点在するためか、同じように大通りに向かう彼らの姿がそこかしこに見受けられた。


「…まだお体の調子がよろしくないのですから、何かご用事がございましたら私共にお命じになればよろしいでしょうに…」


 呆れたように嘆息を落として、アレグレットは不安と心配を多分に含んだ視線をユルングルに向ける。彼の体調が芳しくない事は一目瞭然だった。依然として痩せ細った体躯に青白い顔色。昨日、馬車に乗った途端すぐさま眠りについた事は、まさに未だ体が虚弱なままだと如実に物語っているに他ならない。


 ただでさえ、あの皇太子との立ち合いを明日に控えているのだ。今の状態でさえ立ち合いなど到底できるような体ではないのに、なおさら体力を消耗するような事は回避してできるだけ体を休めて欲しいと思うのはそれほど難しい願いだろうかと、アレグレットはたまらず二度目のため息を盛大に落とす。


 そのアレグレットの視線を辟易したように受け止めて、ユルングルは代わりに渋面を返した。


「重病人のような扱いをするな」

「お言葉ですが、『重病人のような』ではなく貴方は紛う事なき重病人です。つい先日まで歩く事さえままならないお体でいらしたでしょう」

「………お前は意外にはっきりものを言うんだな」

「分からず屋の方にはそういたしております」

「だったらあの馬鹿領主にもそうしたらどうだ?」

「あの方は残念ながら言葉が通じません。と言うよりも、右の耳から入ると同時に左に抜けるので、どうしようもないのです」


 その返答にユルングルは思わず吹き出すように笑い、確かに、と同意を示す。


「なら抜けないように左耳を削ぎ落せばいい」

「…………貴方が仰ると、冗談に聞こえないのですが」

「冗談で言ってるわけじゃないからな」


 しれっと返答するユルングルにやはり嘆息を漏らして、アレグレットは先ほどの質問の答えをまだもらっていない事に思い至る。同時に、屋敷を出た時からずっと気になっていた物に視線をちらりと寄越した。


「……それで、その……それは一体何なのです?」

「ん?」

「…私には剣のようにお見受けいたしますが…」


 そう言って遠慮がちに指差したのは、ユルングルの肩にかけられた細長の包み。その形からアレグレットは、剣のように思えてならなかった。それをさも当然の事のように、ユルングルは答える。


「ような、じゃない。剣そのものだ」

「…!……まさかとは存じますが、今から向かう場所でそれをお使いになられる…という事はございませんよね…?」

「使いもしない物をわざわざ持って歩くと思うのか?」


 嫌な予感が見事に的中してアレグレットは目を丸くした後、深いため息と共に頭を盛大に抱えた。


「……貴方と言う方は…!少しはご自愛なさるという事をするおつもりはないのですか…!?」


 できるだけユルングルの思うように行動させたい気持ちはやまやまだが、かと言って自分の体をまったく気にかけないのは問題外だ。あの家を出たという事は、現時点で彼の周囲に諫める事の出来る人間が自分しかいない、という事。それも相まって自然と語気が強くなるアレグレットに、ユルングルは聞き飽きたと言わんばかりにため息を落とした。


「ラン=ディアみたいな事を言うな。そもそも自分の体を気にかける時間も猶予もない」

「時間は出来るものではなく作るものですよ、ユルングル様。大体、荒事ならばそれこそ我々騎士団にお任せすればよろしいではございませんか」

「…できるものなら、とっくにそうしてる」


 小さく鼻を鳴らして、ユルングルは拗ねた子供のようにそっぽを向く。


 できるのなら、言われるまでもなくそうするつもりだ。自分の体の事は自分が一番よく判っている。こうやってただ歩き回るだけでも、体がひどく疲弊して仕方がないのだ。許されるのならすぐさま座り込みたいし、何なら眠ってしまいたい。体が求めるままに休息を取りたいと常にその願望が念頭にあるのに、それが出来ないのは他ならぬ自分が動かないと未来が変わらないからだ。


 他の人間ではだめなのだ。他の人間が同じ行動を取っても、なぜか未来は変わらない。時と場合によっては代替え人で事足りる事もあったが、基本的に大きく未来を変えようと思うのなら、自分が動くしかない。それがいかにも休むなと言われているようで、忌々しさと同時にそれに突き動かされるように体を酷使し続けている状態だった。


(…自分とは無関係な事だと割り切って、すべて放り投げて逃げ出せればどれだけ楽か……)


 思うのに、それができるほど自分は非情にはなれないのだ。あるいは半分棺桶に足を突っ込んでいるような自分の状態に自暴自棄になっているのかもしれなかったし、自分にしかできない事だからと意地になっているのかもしれない、とユルングルは自嘲気味に笑う。


 そんなユルングルの逃げるに逃げられない現状をわずかに悟ったのか、アレグレットはしばらくユルングルを見つめた後、諦観のため息を落とした。


「…それで?どちらに行かれるのですか?」


**


 ガーランドは途方に暮れていた。


 わざわざ足を運んだアレグレットの屋敷には目的の人物もなく、執事に聞いてもどこに言ったか判らないと言う。ダリウスと不仲になったと報告を受けていたので家には戻っていないだろうと思いつつ念のためと顔を出したし、ユルングルが好んで足を向けていたという死の樹海にも出向いてみた。だがそのどれもが徒労に終わって、いよいよ見当がつけられず、ただ闇雲に街中を彷徨い歩く現状にガーランドはたまらず嘆息を漏らした。


「まあ、そう肩を落とすなよ、師父。そのうちユルンちゃんに会えるって」


 そう暢気な声を上げるミシュレイを、ガーランドは恨めしそうな視線で迎える。


 せめてダリウスかラン=ディアがいてくれれば、まだユルングルの魔力を追えただろうに、あの家にいたのはラヴィとアレイン、それとあの家の住人ではないミシュレイだけだった。そして何故か、頼んでもいないのに一緒に探すとミシュレイが名乗り出て、こうして二人街を彷徨い歩いているのだ。


「…お前は相変わらず暢気だな」


 一人楽しそうに鼻歌を口ずさむミシュレイに、ガーランドは呆れと恨めしさを込めたため息を落とす。そんなガーランドに、ミシュレイはさもありなんと答えた。


「焦ったからってユルンちゃんが目の前に現れるわけじゃねえだろ?」

「それは…そうだが。…そもそもどうしてお前までついてくるんだ。心当たりでもあるのか?」

「心当たりなんてねえよ。そんなのなくったってユルンちゃんに会えんだからさ」

「…?嫌にはっきり断言するんだな?」


 その根拠のないミシュレイの確信に、ガーランドは怪訝そうな顔を向ける。それをミシュレイは、にやりと不敵な笑みで迎え入れた。


「だって、あのユルンちゃんだぞ?師父が自分を探す未来なんてとっくに知ってるさ。それでもあえて自分がどこに向かうかを告げなかったって事はさ、探してほしいんだよ、師父にさ」

「……………何だ?その乙女的思考は……?」

「……あー……違う違う。……どんな想像してんだよ?」


 意を得ず、なおさら眉根を寄せながら妙な想像を膨らますガーランドに、ミシュレイは呆れをふんだんに乗せた視線を送って、核心を突く言葉を告げる。


「だからさ、ユルンちゃんを見つけた先で何かあるって事」

「…!」

「師父に来てほしいって事は十中八九、荒事だと思うからさ。多分俺が来ることもユルンちゃんは織り込み済みだろうから、俺は予備要員ってとこ?」

「……なるほど」


 言って、ガーランドは得心したように頷く。

 確かに何でも見通すユルングルの事だ。ミシュレイの言う通り、自分がユルングルを探している事は当然知っているだろうし、それでもあえて居場所を知らせないという事は、今から向かう場所で自分の存在が必要だという事だろう。


 ____(ユルングル様がなさる事には、必ず意味があります)


 度々、耳にしたダリウスの言葉。

 正直まどろっこしいとは思うが、それが必要な事ならば従わざるを得ないという事か。


「…ってことは、適当に歩いていれば___」

「ユルンちゃんと出会えるって事」


 結果的に得心を得たが、今まで散々探し回った自分が馬鹿らしく思えて、ガーランドは自嘲気味な笑みを落とす。同時にミシュレイに感嘆のため息を落とした。


「……それにしても、お前は時々ユルン並みに勘が働く時があるな」

「何それ?俺的には最上級の誉め言葉なんだけど?」

「俺的にも、最上級の誉め言葉のつもりだ」

「やった!!」


 無邪気に喜ぶミシュレイを小さく笑って、ガーランドは少し複雑そうな視線をミシュレイに向けた。


 いつも飄々としている彼と初めて出会ったのは十二年ほど前、ミシュレイがまた十代の頃だった。

 西の要塞都市トゥエンから来たというその少年は、身寄りもなく痩せ細り、ただ死を待つかのように裏路地で倒れていたところをガーランドが見つけて面倒を見たのが始まりだった。その様子から、きっと自身の身の上を恨んで心を閉ざしているだろうとガーランドは予想したが、それは見事に裏切られる事になる。目覚めた彼はとにかく陽気でよく喋り、そして感情を惜しむ事なく表に出す快活な少年だった。


 当時すでにガーランドの下についていたアレグレットとは、この頃に顔を合わせる事になる。馬が合ったのか初めて顔を合わせた時から意気投合し、歳の差が十一も離れていた事もあって友人というよりも兄弟のように見えたと、ガーランドは記憶している。


 八年前、あの愚かな領主が低魔力者を虐殺するまでは_____。


「……ミシュレイ」

「ん?」

「…お前、まだアレグレットを許していないのか?」

「…!」


 思わぬ質問にミシュレイは目を見開いた後、バツが悪そうに顔を逸らす。


「……喋ってはいるよ」

「俺は許したかどうかを聞いてるんだ」

「…………」


 そのまま押し黙るミシュレイの態度は、いかにも許していないと肯定を示したも同然だろうか。それを悟って、ガーランドは深いため息をひとつ落とした。


「…以前は仲が良かっただろう。お前はアレグレットを兄貴と呼んで慕っていたし、アレグレットもお前を弟のように可愛がってた」

「………だからってあの頃のようには戻れないんだよ」

「…もう許してやれ、ミシュレイ。あいつはあいつで今も後悔して苦しんでいる」

「…苦しんでる?…後悔だって?そんなに後悔してんなら何であの時、最初っから助けてくれなかったんだよ…!」

「…アレグレットはお前を助けただろう」

「…!ああ、そうだよ…!アレグレットは俺を助けた…!!俺だけを助けてっ!!俺の仲間は見殺しにしたんだ…っっ!!!!」


 ____八年前のあの時、領主が低魔力者を虐殺するつもりであった事を直前に知ったアレグレットは、すぐさま領主の目を盗んでミシュレイを自身の屋敷に匿った。理由を何も告げられず、ただ強制的に部屋に閉じ込められたミシュレイは、謂れのないその仕打ちに怒りを覚えて、叫び声を上げ扉を叩き続けた。その暴れように見兼ねた執事が真実を告げたことで事の一切を知ることになる。


 ミシュレイは執事が止めるのも聞かず、そのまま窓を割ってくだんの場所へと急いだ。そこで見た光景は、あまりに凄惨だったと言わざるを得ないだろう。そこにはすでに領主の姿はなく、ただあるのは無惨に積み上げられた、低魔力者たちの骸____。その中には自分が弟のように可愛がっていた幼い子供も、そして酒を飲み交わした友人たちの姿もあった。全員ではない、だがそれでもこの街に住む低魔力者の約半数が、この日何の謂れも咎もなく、虫けらのように殺されたのだ。


 そしてその骸を片付ける騎士たちの中に、ミシュレイはアレグレットの姿を見つけることになる。

 ガーランドが視察という名目で街を追いやられていた不在に乗じての凶行だった。


「…俺は許さねえよ…!!絶対に…!!許したくねえんだ…っっ!!!」


 『許したくない』____八年経って未だ頑なな心の中に、まるでそうでなければならないのだと自分に言い聞かせている様子がわずかに見て取れて、ガーランドは諦観のため息を落とした。

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